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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

『海がきこえる』(1993年)

2010年04月27日 | 映画
 『大使閣下の料理人』のミン・ホアの声を坂本洋子さんにしたのは、この『海がきこえる』の武藤里伽子が大人になって、世の中の荒波にもまれて、苦労して、例えばシングルマザーになったとしたら、もしかしたらミン・ホアのようになるかもしれないと思ったから。
 私はつねづね、密かにジブリの故・近藤善文さんを「大近藤」、近藤勝也さんを「小近藤」と呼んでいるのだが(ちなみにこの“大”“小”は、単に年齢差を指して言っているだけで、いかなる価値判断も含まれていないので念のため)、私は、その大近藤の監督した『耳をすませば』(1995年、脚本・絵コンテは宮崎駿さん)よりも、小近藤のこの『海がきこえる』(キャラクターデザイン・実質的な絵コンテおよびレイアウトの作成担当・作画監督)のほうが、同じティーンを描いた作品としては、好きである。
 現代日本の若者像を描くには、ジブリの“総領息子”近藤善文さんの“それでもこうあるべき”正統ジブリ(宮崎駿)式の半歩理想主義の作風より、“放蕩息子”近藤勝也さんの“実際こうだから”式現実肯定写実主義のほうが、私にはしっくりくる。『千と千尋の神隠し』の公開時、ある米国人の少女が宮崎監督に向かって、「私の十歳はこんなステキな十歳じゃなかった」と、監督によれば「これで全てが報われる」と感じるほどこれ以上ない賞賛の言葉を述べたというが、私はこの『海がきこえる』に同じ言葉をたむけたく思う。私の青春はこんな素敵な青春じゃなかった。けどそれはそうしようとはしなかった自分が悪いのだけれど。

『茄子 スーツケースの渡り鳥』(2007年)

2010年04月14日 | 映画
 『茄子 アンダルシアの夏』(2003年)の続編。高坂希太郎さんは本作では監督・脚本・キャラクターデザイン担当。 
 ペペがルパン化しとる! それにチョッチの顔は吉田健一作画監督? あごひげを除けば『「もののけ姫」はこうして生まれた。』(1998年)で見た顔にそっくり。
 前作とトーンが違う。第一作は走っている自転車の上から見た感じ、本作は観客席から見る感じの画づくり。

『茄子 アンダルシアの夏』(2003年)

2010年04月09日 | 映画
 高坂希太郎さんが監督・脚本・キャラクターデザイン・作画監督を務めた(『ウィキペディア』「茄子 アンダルシアの夏」項より)。絵コンテも切ったのだとしたら、この人は凄いアニメーターだ。反射神経の飛び抜けた画面作りで、緻密さと緊迫感の同居が、宮崎駿監督の諸作品とも、故・近藤善文監督の『耳をすませば』(1995年)とも、『海がきこえる』(1993年・望月智充監督、近藤勝也作画監督)とも、大きく異なっている。
 とにかく、めちゃくちゃおもしろい。

「宮崎駿監督がついに登場!& 制作状況発表」

2010年03月18日 | 映画
▲「スタジオジブリ広報局長西岡純一のアリエッティ日記」2010年2月18日。
 〈http://blog.karigurashi.jp/index.php?UID=1266480000

 古いナンバーをかためて見ていたら、西岡氏のいるはずの所にいきなり宮崎監督が座っていて、やおら「西岡の言っていることは全部嘘です」などと言いだすのを、ぶったまげて眺めていた。

『紅の豚』(1992年)

2010年03月07日 | 映画
 ファシストになるより豚のほうがましさ。

 なるほどね、紅の豚。ジーナの唱う歌は「さくらんぼの実る頃」で。
 見なおして、あらためてこの映画のおもしろさがわかった。いや、わかるようになった、というべきか。「アホとロマンの肉袋」(copyright by 狩撫麻礼)、すなわち遊び足りないオジサンたちの映画である。私は今年、この映画を作った頃の宮崎さんと、ほぼ同じ歳になる。

『鬼が来た!』(2000年)

2010年01月27日 | 映画
 日本人として観るのが辛い映画だった。それは、この映画で描かれるような史実が本当にあったかどうかという以前の、出てくる日本人たちの言動がどれもこれもあまりにもリアル――あのような極限の状況下ではおそらくあんなふうになるにちがいないという意味で――だったからである。主演の香川照之さんの撮影日記(抄)『中国魅録』(キネマ旬報社 2002年4月)によれば、監督としての姜文は、撮影中もそれ以外の時間も、日本人俳優連をわざと心身の限界状態へと追い込んでいこうとしていたという。道理で演技が鬼気迫るわけだ。画が白黒であるからばかりではない。

『子供たちの王様』(1987)

2010年01月23日 | 映画
 「王福、これからは何も写すな、辞書も写すな」という最後の走り書きは、たしか阿城の原作「孩子王」(日本語訳名「中学教師」)にはなかったように思う。映画の、幻想的にまで美しい自然描写も原作にはないものだ。だがこれでいいのだろう。これは追憶で、追憶は苦い記憶でさえどこか甘くするものだから(これもたしか「ガラスの動物園」の最初の口上にあったとおり)。だいいち監督の陳凱歌は阿城と同じ時期、同じ雲南省のそれも同じ国営農場に下放されていた(DVDの「プロダクションノート」による)。同じ記憶を共有する者として、陳凱歌は阿城の原作に欠けた、この追憶にあるべき(と陳が考えた)情景を付加したのだろう。

『長江哀歌』(2006年)

2010年01月16日 | 映画
 この映画はフィクションだが、無造作な画面構成と色彩設計の荒さは、まるでドキュメンタリーのようで、ひどくリアル。登場人物たちも、一応北京話(普通話・共通語)をしゃべってはいるが(主人公が山西人だから四川語で話すと通じないという必然性がこの設定にはある)、それも地方の訛丸出しである。なかでも、16年前に別れた妻と子を探して山西省から四川省の奉節にやってきた主人公が、しばらく住むことになった安宿の老主人に山西訛の普通語で話しかけて、「わからん」とにべもなく言われるあたり、私の知る(そして経験した)中国そのもので、すごくリアルだった。おなじ北京話でも地方によって訛がはげしく、違う地方の人間同士の北京話は、共通語、あるいは日本でいう標準語のはずなのに通じないことがある。大学にいるころ、ある研究会で安徽省から来日した中国人学者の学術発表を聴いたことがあるが、側に介添人がついていて、その学者の話す普通話をさらに標準的な普通話に“通訳”していた。

『山の郵便配達』(1999年)

2010年01月14日 | 映画
 たったひとつ難を言えば、湖南省の山奥の話なのに、どうして誰も彼も北京話を話すのかということだ。侗(トン)族の女の子まで。それに訛も全然ない。
 観ていて、杉本苑子『孤愁の岸』を読んだときの違和感を想い出した。あれは薩摩人の話なのに登場人物たちは共通語(江戸時代だから江戸前言葉というべきか)で話していた。
 言葉がかわれば思考もかわる。おそらく身ごなしまでもかわるだろう。地元の人が見れば、こんなものは違うと思うのではないか。