教える、は難しい

2015-09-03 16:45:09 | 塾あれこれ
以前に少し触れたことがありますが
再び同じ話題で恐縮です。

塾が生徒に対するスタンスをどうするか、
予想以上の塾が「教えない」を実践しています。
特に個別方式では多いでしょうね。

一斉授業で「教えない」は難しい。
実行しても半端になりそうに思います。

もちろん、初めから「教えない」わけにはいきません。
中学を終える頃には、教えられずとも自分で歩めるように
徐々に「教えない」を拡大してゆくのです。

「今日は二次関数に入ります。80頁をあけてやってください」
という具合に、何も教えないで生徒が自学するのです。

高校になって予習をしっかりとできるように。
大人になって指示待ち人間にならないように。


以前、「お母さん、家で勉強を教えないで」という
本が話題になりました。

塾で「教えない」をやってるのに、家で教えたら
勉強の効果が薄れますよね。


教えない、ではない塾に行かせていても基本は
「家で教えない」が大切です。

サポートが必要な段階では家で教えても仕方がない、
のですが、子供の足を引っ張る危険が大。

数ヵ月後、また何年後かに、自分が教えたことが
定着しているかどうか、を検証できますか?

ほとんどの「教える」人は一度教えたキリで終了。
教えてやった効果がない、逆効果になっている、のを
ご存じでしょうか。

ましてや「自分で考える」ことの邪魔をしている
などとは、つゆ思われないでしょうね。


塾では時折、その子にとって難しい問題を宿題に出します。

完璧にやってきた場合、家で誰かに教わってきたことが
推測できますね。

そこで、まったく同じ問題を数値だけ変えてやらせます。

出来ない子の多い事。

「勉強」をしないほうがマシかもしれません。


ヤル気を出させるためには、出来ない子に家で教える
ということも有効です。
100%否定することではないと思います。

ただし、愛情を注いでいる行為が、毒を散布する役目も
働いていることは、自覚していただきたいですね。

山頭火=59

2015-09-03 09:48:40 | 句など
山『風をあるいてきて新酒いつぱい』
井 「風の中新酒一杯頂戴す」

山『訪ねて逢へて赤ん坊生まれてゐた』
井 「訪ねゆき赤子の声に迎へられ」

山『ふりかへる椿が赤い』
井 「ふり返る、赤い椿をふりかへる」

山『酔ひざめの春の霜』
井 「春の霜 酔ひを冷まして路長し」