池澤夏樹

2010-12-14 10:44:50 | 塾あれこれ
ブログ画面の右上に検索スペースがあります。
ここに池澤夏樹と打ってブログ内検索をしますと
過去、3つの投稿が出てきました。

彼は信頼するに足る作家、私は彼の感性が好きです。

私は本をたくさん読む人間ではありませんから
他にもこういうレベルの人はおられるはずと思いますが
つい、おっくうになって「池澤夏樹でいいか」という
態度で生きています。

変わった方の作品をしんどい思いをして読むとか
無理やり造った難しすぎる表現に苦労するとかは
もう嫌ですね。
あとどれほど生きられるかも分からないのに。

考え方や情報は大切ですが、それを伝える日本語が
良い物でなければ


で、今の私は池澤夏樹で勉強しているわけですが
今月9日の朝日新聞に彼の文章が載っていました。

毎月一回で連載されている「終わりと始まり」

加藤周一の「夕陽妄語」より遥かに読みやすい文で
さすがに現代の作家ですね。
さらりとした日本語が好もしいのです。

今月は『死んだ子供たちのために
    閉鎖空間という地獄』
というタイトルです。

十月に群馬の小6、一月後の札幌の中2と自殺が
続いたことへの思いと、内藤朝雄『いじめの構造』
を読んでの考察。


当ブログの11/25,26の2回の投稿はこれらの自殺を
念頭に置いたものでもあったのですが、ハンパで
何を言いたいのかよく分かりませんでしたね。
(いつものことですが)

その死を深く悼み、社会を憤る文章を書くべきでした。


さすが池澤夏樹は短い文章で私の頭の中のモヤモヤを
きちんと表現されています。
書かれている内容に全面的に賛成です。

ここに全文を引用したいくらいですけれど叱られます
から長めですが以下に一部だけ。


『・・・
子供をそんなところへ追い込んではいけない。
 しかし、新聞報道を見ていても、これが実際に
どれほど重大深刻な事件であるか、それが伝わって
こない。

・・・

教育機関失格という事態だろうに、関係者のふるまい
には善後策という印象が見える。

・・・

原因は加害者の側にあるのに、その部分はなかなか表に
出てこない。加害者とは生徒だけでなく、学校も、親も
教育委員会から文科省、いや日本の社会全体まで含まれる。

・・・

(子供たちの実例を内藤朝雄が挙げた部分をうけ)
これは普通の人間関係ではない。彼らはどうして
暴走するのか?内藤は、学校の聖域性を理由として
挙げる。

・・・

学校ではすべては内部に封じ込められる。

・・・
「学校が児童生徒の全生活を囲い込んで、いわば
頭のてっぺんから爪先まで学校の色に染め上げようと
する」と内藤は言う。

ぼくは日本の学校は今も軍隊をモデルにしていると
思っている。
(同感ですねえ)

・・・

人は閉鎖空間においては正気を保つことができないのだ。

・・・

子供が信じられる言葉を日本の大人は
発することができるか?


以上、青字部分が引用です。

骨子だけですのでこれだけでは粗い論になりますが、
それでも憤りと深い哀しみが伝わるでしょう。


大人はいったいどこを向いているのか、
視線が問題です。

子供の命すら顧みないで自らの給料を得る
そんな仕事があり得るのでしょうか?


追記です。

上の文章ですと私が偉ぶっているようにも思えます。
反対で、私だって当該の学校にいれば批判されるような
情けない言動をしてしまうかもしれません。
いや多分そうなると思います。
弱いから。

だからそういう仕事につかないのです。
(就かせよと言っても向こうが断るでしょうけれど)

人を殺したくない人間は軍人にはなりません。
それと同じことです。