A・AALTO設計「パイミオ・サナトリウム」の紹介― 4(了) :スケッチから:その2

2013-09-08 09:57:24 | 建物案内
このサナトリウムの設計にあたってのA・AALTOの提案の「MOTTO」、今風の言い方で言えば「コンセプト」は、「大気療法」に相応しい病室の窓に施す「工夫」です。そして、提出図面のすべてに、その「工夫」を示す「マーク」が付してありました。その元図が次図です。


この図を見ると、病室南面の窓の欄間を「内倒し」の建具にしてあるのが分ります。
以前に載せた図では、二重のガラス窓の欄間が、内側は「内倒し」、外側は「押出し」になっています([文言訂正9月9日 8.30])。図を再掲します。
       
なお、前回、この図もスケッチであると解説しましたが、これは、このサナトリウムを紹介する「展覧会」用に作り直したイラストとのことです。
なお、病室平面図には、平面的に両側の窓を「片開き」にして、そこからも外気を採りいれています。その部分を再掲します。  
      

次図は、開口部の立面と平面詳細のスケッチです。

そして、これを「清書」したと思われるのが次図です。

L型鋼やT型鋼(Tバー)でつくった枠材に木製の建具を取り付けていると考えてよいと思います。躯体への取り付け法、開閉装置の詳細などは不明です。
   なお、A・AALTOの初期の建物では、枠も木製の例が多くあります(銅板でくるむ例もあります。たしか、銅はフィンランドの特産だった?)。

ガラスは、これも今は見かけなくなりましたが、薄い銅板片や銅の小釘(腐食しにくい金属製の材、真鍮製も見たことがあります))を板ガラス面に添って何か所か框に向け打ちガラスを仮止めし、次いで、ガラス全周に「パテ」を充填しヘラで三角型に押さえる方法が使われているものと考えられます(図のガラス~木枠の三角表示部分。金具は隠れます)。
   パテ:putty :接合剤。炭酸カルシウム、亜鉛華などの粉末を乾性油で固めたもの。弾力性がある。         
              glaziers' putty:窓ガラス固定用のパテ。
           洋風建物などの木造建具のガラスはこの方法で取り付けられていました。
               金属製の場合もパテ止めですが、仮止めをどうしていたか、忘れました!ご存知の方がおられましたら、ご教示を!
           パテは、木材へのオイルペイント塗装の際に、木材の目止めにも使われました。          
           擬洋風・洋風の木造建物のオイルペイントが、よく遺されているのは、このパテによる目止めの効果のようです。
   Tバーは、最近見かけませんが、かつては、鋼製サッシの主要構成部材として使われた鋼材で、いろいろな寸面がありました。
   L型鋼にもサッシに使える小さな断面の材がありましたが、現在もあるのでしょうか?

この窓の断面図が次の図です。ベネシャンブラインドの断面と立面が示されていますが、作動のメカニズムは分りません。


病棟のメインエントランスと主階段・エレベーターの位置については、相当に考えられた様子が、スケッチに残されています。それが次のスケッチです。



この部分は、最終設計図では、次のようになります。比較対照ください(スケッチと図の「向き」が異なりますので、合わせてご覧ください)。

                      
このスケッチでは、どれも、エントランスを入ってほぼ正面にエレベーター入口ドアが見えますが、先回載せた平面図案のように、階段とペアに置いた案(階段室を設け、そこに置く案)もあったようです。
察するに、階段の置き方が「悩みのタネ」だったのではないでしょうか。階段を歩行することが、利用者:療養者・患者にとって主な行動形式であるかどうか、決めかねたのでしょう。
結局は、主にエレベーターを使い、時には階段を使う、あるいは「積極的に階段も使ってもらう」、と考えるに至ったのではないかと私は推察しています。
それは、「従」として扱われる階段だったならば、通常は、「裏勝手のような」様相になるのが普通だからです。つまり、好んで歩く気にはなれない。
   私のいた回復期病院の階段は、素っ気ないものでした。「しょうがないから使うのだ」、と言い聞かせて使う、そういう階段でした。
   しかし、病院スタッフは、ここを昇り降りしていました。せめて、もう少し気分よく昇り降りできるようにすればよかったのに、と思っていました。

しかし、このサナトリウムの階段は、「体調さえ好ければ、エレベーターではなく階段を使いたくなる」、そういう階段になっている、そのように私には思えます。

そういう気分にさせるのは、階段の「向き」が効いていると思います。それにより、森林に向って降りてゆく、あるいは天空に向って登ってゆき踊り場で森林を眺める・・・、簡単に言えば、「歩きたくなる階段になっている」からだと思います。階段室型の階段では、こうはゆかない、こういう気分にはなれないでしょう(階段室型もいろいろ考えている様子がうかがえます)。
また、きわめてゆったりとしたつくり・寸法になっていることも効いていると思います。

主階段の平面設計図と踏面・蹴上詳細図がありますので、下に転載します。先に載せた写真も再掲します。
平面図はトレーシングペーパー鉛筆描きですが、破れて欠損した部分があり、無理してつないであるので、一部歪んでいます。
踏面×蹴上は、340mm×135mmのように判読しました。これは、普通の(かなりよくできた)JRの駅の階段よりもゆったりとしています。


  
           

ところで、階段をはじめ、この建物の床に使われている仕上げ材は、「リノリウム」です。
リノリウムは、コルクの粉末と顔料を「亜麻仁油」系の樹脂(リノキシンと呼ぶようです:リノリウムの名の由来)で固めたシート状の材料で、弾力性があり、抗菌力もあります。床の他に壁にも張られ、かつては高級・高価な材料として使われました(今でもありますが、高級の部類に入るでしょう)。
   こういう材料では、現在は塩ビシートなどが主流ではないでしょうか。

リノリウムは下地になじみやすいので、上図の階段のように、床~立上り部を曲面にして張ることができます。
その「張り仕舞」の設計図(詳細図)がありましたので転載します。

立上りの上端がはがれやすいので、端部を別材(木製、あるいは金属製か?)を打付けて押さえています。
図には、右からSⅠ、SⅡ、SⅢの三つのタイプが描かれています。
書かれている語彙のうち分るのは beton:コンクリート、 linoleum :リノリウムだけ。それゆえ、図から推測すると、次のような仕様ではないかと思われます。
SⅠ仕様は、壁の下地(木製骨組か?)に取付用兼壁の見切になる材(木製か?)を横に流し(釘打ちか?)、壁の仕上げ材を納めた後、リノリウムを立上げ「押さえ材」を打付ける方法。
SⅢ仕様は、壁下地(コンクリートと思われる)の所定の位置に、「木レンガ」を一定の間隔で埋め込んでおき(コンクリート打設時)、木レンガに取付け材を打付ける。あとは、SⅠに同じ。図では、壁仕上げを床躯体まで施工した後、取付け材を付けるようになっています。
SⅡは、左側をSⅠ仕様、右側をSⅢ仕様とする場合と思われます。ただ、右側の台形の材は木レンガなのかどうか不明。
   書かれている語彙の意味を知りたい!フィンランド語の分る方、教えてください!
多分、この三つの場合を決めておけば、建物のすべての床と壁の施工が可能になるように考えてあるのだと思います。Sは、standard のSではないでしょうか。

   現在多用される塩ビシート張りでは、立上げて糊付けするだけの場合が多く、それゆえ、剝れている事例をよく見かけます。
   この図は、それを防ぐための方策を提示しているのです。

   今の我が国の建築家・設計者で、設計図に、ここまで提示する人は少ないのではないでしょうか。
   これは施工者が考えることだ、施工者に「施工図」で描いてもらえばいい、と考える人が、ことによると、大半かもしれません。
   

以上、スケッチや図面をいくつか選んで転載させていただきました。
この多数のスケッチや書き直した多数の図面は、文学者の遺した「原稿」を思い起こさせるところがあります。多くの場合、原稿には書き込みや取り消し線が書かれています。つまり、「推敲の過程」が生々しく遺されています。ワープロで書く原稿は、こうはゆきません。多くの場合「上書き」され、一瞬前の段階の「記録」は残されません。記録を残そうとすると、その方が面倒。
つまり、ここに紹介したスケッチや、同じ個所を何回も書き直している図面は、「設計の推敲の過程」の記録に他ならないのです。

これらからだけでも、「建物をつくるとはどういうことか : 設計とはどういうことか」、「設計図は何のために描くのか」、についてのA・AALTOの考えを多少でも読み取っていただくことができるのではないか、と思っています。
元本の“The Architectural Drawings of Alvar Aalto”(Garland Publishing,Inc. New York and London )には、このサナトリウムで使われている「家具」や「照明器具」などの図やスケッチも載っていますが、また別の機会に紹介したいと考えています。  

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