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日本で現存最古の鋳鉄橋が二橋、中国山地のほぼ中央、兵庫県朝来(あさご)市に保存されている。
朝来は江戸期に生野(いくの)銀山が栄えた地で、姫路から北へおよそ50キロの地点、播但線が通っている(地図参照、見にくくて恐縮!)。
地図は『日本大地図帳 三訂版』から転載。
日本の鉄の橋は、1878年(明治11年)につくられた鋳鉄橋「弾正橋」が最初と言われているが、兵庫に遺されているのは1885年(明治18年)完工の「神子畑(みこはた)」鋳鉄橋と「羽淵」鋳鉄橋である。いずれも重要文化財。
この二つの橋は、明治になって発見された神子畑銀山から、鉱石を生野の精錬所に運ぶ輸送路としてつくられ、全部で五橋あり(先の二橋だけが現存)、一時はレールが敷かれ、トロッコや鉄道馬車も走ったという。
写真は「神子畑橋」。
橋の長さ16m、幅は約3.6m、設計製作は当時の工部省、建設は地元の人たち。
一説によると、部材(鋳造品)は横須賀でつくられ、海路運ばれた後、陸運で現地に運ばれたという。陸路は今なら車で2時間ほど、当時は人力だけだから、大変な作業だったろう。
1992年の夏、当時、たまたま鉄骨の大屋根の設計をしていたこともあり、鋳鉄による構築法を見ておこうと思い現地を訪れた。写真はそのときのもの(「羽淵橋」は、時間の都合で見ることができなかった)。
その設計の神経の細やかさには、隅田川にかかる鉄の橋に通じるものがあった。
おそらく、《近代化》の世になっても、工人たちには、近世まで培われてきた「ものをつくることの真髄、その裏づけとなる繊細な感性」が引継がれていたのである。
なお、全景写真の奥に見えるロープは、左手にある林業地からのもので、橋とは無関係。
関心のある方は、詳しい写真が「技術のわくわく探検記:生野鋳鉄橋群」に載っていますのでご覧ください。