平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
管理人えりかの趣味のページ。歴史・平安文学・旅行記・音楽、日常などについて書いています。

悪霊列伝

2013-03-09 19:43:11 | 図書室1
 今回は、奈良~平安中期を扱った歴史エッセイを紹介します。

☆悪霊列伝
 著者=永井路子 発行=毎日新聞社

(目次)
 吉備聖霊 忘れかけた系譜
 不破内親王姉妹 呪われた皇女たち
 崇道天皇 怨念の神々
伴大納言 権謀と挫折
 菅原道真 執念の百年
 左大臣顕光 不運と復讐

*この本は、昭和53年に毎日新聞社から刊行され、その後新潮社より文庫化されましたが、現在では単行本・文庫本共に絶版のようです。
 また、その後刊行された「続悪霊列伝」を1冊にまとめ、角川文庫からも発行されていたようですが、そちらも絶版のようです。ご興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。

 奈良~平安時代中期に不当に罪を被せられ、死後に「悪霊」と恐れられた人々と、その悪霊が後生に与えた影響について考察した本です。
 でも、内容はそれほど難しくなく、歴史エッセイとして楽しく読むことが出来た1冊でした。

 では、一つ一つの章について内容を簡単にご紹介します。

☆吉備聖霊
 京都の下御霊神社に祀られた神々の中で、身元不明の「吉備聖霊」について、著者の永井さんは長屋王妃の吉備内親王であると仮定し、彼女の生涯とそれを取り巻く政治情勢について解説しています。
 長屋王の変について、「藤原四兄弟が真に恐れたのは長屋王よりも、元正上皇の妹の吉備内親王と、彼女の生んだ皇位継承権を持った皇子たちだったというご意見は説得力があると思いました。

☆不破内親王姉妹
 聖武天皇を父に、県犬養広刀自を母に生を受けた井上内親王と不破内親王。彼女たちを中心に、奈良時代の政争を綴っています。2人の生涯はとにかく波瀾万丈。おっとりしていて流れのままに生きた井上内親王と、勝ち気で自ら政争の世界に飛び込んでいった不破内親王の書き分けが小説を読んでいるようで興味深かったです。
 でも後生、悪霊として恐れられたのはおっとりした井上内親王の方なのですよね。確かに、彼女は政争の犠牲になったようなところがあります。多分無実だったでしょうから、恨みを持って死んでいったのかも。

☆崇道天皇
 崇道天皇とは、藤原種継暗殺事件の首謀者とされ、桓武天皇によって皇太弟の地位を剥奪され、淡路に流される途中で自ら食を断って命を絶った早良親王のことです。
 この章では、早良親王本人ではなく、桓武天皇に焦点を当て、その生涯を綴っています。権力のためなら何でもやってしまうようなところがある反面、早良親王を廃したあと次々と近親者の死に遭い、親王の悪霊におびえたり、その悪霊に対して最後まで責任を取り続けるといったところが人間的です。帝王もただの人ということなのでしょうか。

☆伴大納言
 応天門の変炎上事件の犯人とされ、伊豆に流されてその地で世を去った伴善男の生涯を綴っています。
 彼は没落した古代の名族、大伴氏の出身で実力で出世した人ですが、実は権力者、藤原良房に取り入っていたようです。ところが、良房には天皇に入内させる娘がもういない、そこで善男はすでに娘を入内させている良房のライバル、良相に乗り換えたのです。そこを良房につけ込まれ、応天門炎上事件を利用されて失脚させられたようです。善男も無実だったでしょうから、恨みはあったことでしょうね。

☆菅原道真
 この章では、菅原道真の悪霊が後生に与えた影響を中心に書かれていました。
 道真の悪霊のため、ライバルの時平やその一族が次々と世を去っていった話は有名ですが、庶民の女や神社の巫女に霊が乗り移り、道真を祀る神社を建てることになったり、高い位を与えることになったという話は詳しく知りませんでしたので、興味深かったです。
 また、道真の悪霊を一番利用したのは、どちらかというと道真と親しく、時平に対抗意識を持っていたと思われる弟、忠平だったというのはなるほどと思いました。確かに、道真の悪霊を宣伝すれば、ライバルの時平を悪役に仕立てることが出来る→自分の権力を保持できるということですよね。

☆左大臣顕光
 関白をつとめた兼通の息子でありながら、できのいい弟に先を越され、出世も遅かったのに、疫病で上席の公卿が死んでいったために思いがけなく左大臣にまで昇ることになった藤原顕光の生涯が語られています。
 彼は道長の引き立てで大臣になり、次女の延子の夫、敦明親王は皇太子にまでなったのですが、孫を皇太子にと願う道長に押されて敦明は皇太子を辞任、更に敦明は道長の婿になってしまいます。そのため顕光は道長を恨み、彼の死後、道長の近親者が次々と世を去っていったところから、悪霊になったと言われています。文字通り不運と復讐の人生を送ったことになります。

 この本は主に、悪霊というものはそれを恐れる後生の人々によって作られるということを述べたいのだと思います。確かに納得という感じはしました。
 でもそれとは別に、私は、この本に描かれた人間模様に興味を持ちました。エッセイでありながら小説のように、人物1人1人が生き生きしています。
 上で書いたおっとりした井上内親王、勝ち気な不破内親王のほか、伴善男は融通の利かない学者タイプ、菅原道真は気が弱くて世渡り下手、藤原顕光はおっちょこちょいで家族思いの人の良いおじさん(元子を無理やり尼にしたのも、娘思いの裏返しなのかなと思ったりします)というイメージが伝わってきて、おどろおどろしい悪霊の話も楽しく読むことが出来ました。

 この本には、武士の世の悪霊を扱った続編もありますので、そちらもぜひ読んでみたいと思います。

☆当ブログ内の関連リンク
 藤原元子 ~天皇の女御から情熱的な恋愛へ *左大臣顕光女、藤原元子を紹介しています。

 天平の三姉妹 *聖武天皇の3人の皇女の生涯と、奈良時代の政争を論じた歴史評論の紹介です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ戻る