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今回は、院政期~源平時代をあつかった歴史小説を紹介します。
☆夢熊野
著者=紀和 鏡 発行=集英社 税込み価格=3675円
本の内容紹介
平家と源氏の栄枯盛衰の時代を、熊野別当の妻であり、義経の叔母でもあった丹鶴姫の謎の生涯を通して描く。熊野の闇の奥深さ、戦乱の時代が浮かびあがる、ドラマチックで壮大な歴史長編。
この本は、源為義と熊野別当長快の女との間に生まれ、熊野別当の妻として母として、熊野を支えた丹鶴姫(小説では鶴(たづ)という名で登場していましたので、以下は「鶴」と表記します)を主人公にした歴史小説です。
鶴は大治五年(1130)頃に生まれ、十代半ばで熊野別当で本宮別当家の湛快の妻となりますがやがて離別、30歳頃に後に熊野別当となる新宮別当家の行範と再婚します。その間に保元・平治の乱がおこり、父為義は敗死、鶴も乱に関わることとなります。40代初めに行範と死別、その後は平家寄りだった本宮別当家と源氏寄りだった新宮別当家を源氏方にまとめ、熊野の陰の実力者となり、最終的には鎌倉幕府の女地頭となります。
この小説は、そんな鶴の生涯を、史実と虚構を織り交ぜ、多彩な人物と関わらせながら描いたものです。登場する歴史上の人物は、源為義、義朝、行家、頼朝、義経といった源氏の武将はもちろん、平清盛、重盛、それに奥州の藤原秀衡、更には藤原頼長や崇徳上皇、後白河院も登場します。このあたりは歴史好きにとってはたまらないです。
私はお恥ずかしながら、源為義が熊野別当との間に娘をもうけていたことなど全く知りませんでした。当然、鶴の生涯についても今回初めて知りましたが、夫に縛られずに物事を推し進めたり、自由な恋愛をしたりするなど、自立したたくましい女性というイメージを受けました。
そしてこの小説では、鶴の母方は熊野別当家であると同時に、熊野権現のお告げを伝える古い巫女の家系の血も引いており、鶴は巫女の継承者と見なされていたと描かれていました。このことが、小説の大きなキーポイントになっています。このように鶴は、様々な宿命を背負った女性だったようなのですよね。
そんな鶴の波乱の生涯を追ってみるのも興味深いですが、やはりこの小説の面白さは、院政期~源平時代を熊野の立場で描いたところだと思います。
熊野は霊験あらたかな地と言われ、鳥羽院や後白河院が何度も行幸をした場所です。つまり、熊野は都の実力者たちと深い関わりを持っていました。「平家物語」の所々にも熊野が登場しますよね。平重盛は熊野権現を信仰していましたし、文覚は熊野の那智の滝で荒行を行いました。源氏につくか平家につくか迷った熊野別当湛増の闘鶏の話も有名ですよね。(2005年大河ドラマ「義経」第33回感想参照)そのようなわけで、私は以前から熊野という土地に興味を持っていました。
この小説では、熊野別当の歴史、熊野の立場の微妙さ、本宮別当家と新宮別当家の対立が詳細に書かれていて興味深かったです。また、熊野という土地の神秘的なところも十分描かれています。登場人物の性格や行動もわりとはっきり書かれているので、物語の世界に浸ることもできました。
ちょっと残念に思えたのは、物語が進むにつれて主人公の鶴の存在が薄くなっていったところです。私の個人的な意見かもしれませんが、鶴が熊野の陰の実力者になっていくにつれて、物語でも陰の存在のようになってしまったような印象を受けてしまったのです。その代わり、存在が徐々に大きくなっていくのが湛増です。
上でも少し触れた闘鶏の話でも有名な湛増は鶴の最初の夫、湛快の息子なのですが、鶴の産んだ子ではありません。ただ、そのような義理の親子という関係から、物語の前半からたびたび登場します。平治の乱の頃から清盛と接近し始め、完全な平家方として行動していたのですが、以仁王と頼政の挙兵の頃から源氏に接近し始めます。闘鶏の話はもちろん小説にも出てきますが、湛増はこの時点ですでに源氏方につくことを決めており、弱い鶏を平家方に、強い鶏を源氏方に仕立てて闘鶏を行った…と描かれていました。このように、湛増は世の中の動きに敏感なしたたかな人物に描かれています。でも、なかなか魅力的な人物だと感じました。
ところで、「夢熊野」はあくまでも小説ですので、「あれ?」と思うところや明らかに虚構であろうという描写もたくさん出てきます。鶴が50歳を過ぎて出産する所など、その最たるものですが…。その虚構の一つが弁慶の出生の秘密についてです。しかし、この弁慶の出生が物語の大きなカギとなっています。ネタ晴れになってしまうかもしれませんが、紹介しておきますね。
鶴は、湛快の妻であった十代後半に、突然神隠しにあってしまうのです。そして、鬼か天狗かという怪しげな様相の男に襲われ、その男の子供を身ごもってしまうのです。そして、生まれた子は鶴の幼友達の計らいで湛増に引き取られ、彼の子であるとされるのです。その赤子が後に弁慶となるのです。
しかも、話はそれだけではありません。実は鶴は、その時にもう一人、子供を産んでいるのです。つまり双子だったわけですよね。もう一人の子はほとんど仮死状態で生まれたため、誰もが死んだと思っていたのですが、実はしぶとく生き残り、ある巫女に引き取られます。その子は「神無月」と名付けられるのですが、相手の精神をあやつったり世の中の先の動きを見通したりなど、様々な不思議な力を持っていました。彼女は重盛や文覚、後白河院や義経にとりつき、不思議な行動をとります。その行動はかなりオカルト的で、まるで怪奇小説を読んでいるような気分になりました。でも、神無月の怪しげな行動がなかったら、この小説の面白さはかなり減少していたかもしれません。つまりこの小説での神無月は、源平時代の歴史を動かす大きな力の象徴だったのかな…と思います。
ともあれ、親子と名乗ることのできない鶴と弁慶の関係がなかなか面白く描かれていますし、弁慶が義経とともに平泉に逃亡したラストの方では、鶴と弁慶の心が通い合う感動的なシーンもあります。
ただ、義経のその後の行方の描き方についてはかなり消化不良でしたが…。鶴と湛増が、義経一行を平泉から逃がしたと暗示されるような書き方をしていましたが、どのように逃がしたのか具体的に書いて欲しかったようにも思えます。まあ、史実では義経は平泉で自刃したということになっていますので、「そのあたりは読者の想像にお任せします」ということなのでしょうけれど…。
このように、義経の行方にしても、熊野の神秘性についても、小説のタイトルにある「夢」に通じるものなのかもしれません。とにかく、かなりバラエティーに富んだ異色の歴史小説ですので、ぜひ堪能してみて下さい。
*ご参考までに、熊野別当とは、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の統轄にあたった官職だそうです。
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