平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
管理人えりかの趣味のページ。歴史・平安文学・旅行記・音楽、日常などについて書いています。

北条政子

2006-11-04 00:26:59 | 図書室3
 十数年前に古本屋で購入した歴史小説を、最近になってやっと読みました。今回ここで紹介させていただきますね。

☆北条政子
ちょしゃ・永井路子
・永井路子歴史小説全集9 価格・3,873円 中央公論新社
・文春文庫版 価格・770円 文藝春秋

 なお、上の写真は私が所持している、昭和53年に講談社より発行された単行本ですが、こちらは絶版となっております。上記に挙げた2種類のみが現在でも入手可能のようです。

☆本の内容紹介
伊豆の豪族北条時政の娘に生まれ、流人源頼朝に逢い恋をした政子。やがて夫は平家への反旗を翻す。歴史の激流にもまれつつ乱世を生きた女の人生の哀歓を描く歴史長篇。

 タイトルや紹介文でもおわかりのように、源頼朝の妻、北条政子を主人公にした小説です。

 物語は、治承元年(1177)、政子21歳の年から始まります。
 十代で結婚することの多い当時としては行き遅れてしまった政子が、源頼朝の家臣安達盛長の仲立ちで頼朝と相思相愛の仲になります。そして政子はある日、父時政の反対を押し切って北条館を抜け出し、頼朝の許に走ります。しかしその逃避行が、政子の波瀾万丈の人生の幕開けでもあったのでした。

 波乱の幕開けは、頼朝が平家討伐の兵を挙げたことでした。やがて石橋山合戦で頼朝は行方不明となり、政子は身をもだえるほど心配します。しかし、その中で少しずつ強くなっていく自分を感じる政子なのでした。
 幸いなことに頼朝は生きており、やがて本拠を相模の鎌倉に移します。しかし政子の心は安まることがありません。頼朝の浮気、いいなずけ木曽義高を頼朝に殺されたことによって政子をも拒絶するようになってしまった娘の大姫…。そのたびに政子は自分を責め、悩み続けます。そんな中でも歴史は平家滅亡、それに続く頼朝と義経の不和、義経の死、頼朝の征夷大将軍就任、頼朝のもう1人の弟範頼の死と、着実に動いていきます。

 政子の苦悩はその後も続きます。大姫の死、最愛の夫頼朝の死、そして大姫の妹三幡の死と運命は彼女を痛めつけます。
 しかし、頼朝の死後、政子は否が応でも自分の足で歩き始めざるを得なくなります。その手始めは、頼朝のあとを継いで征夷大将軍となった頼家が、理不尽な理由で安達館を攻めようとしたとき、それを体を張って泊めたことでした。
 その後、政子は父時政や弟義時らと組んで、頼家のバックで権力を握ろうとしている比企一族を滅ぼします。しかしその結果、頼家もを追放せざるを得なくなります。やがて頼家は北条氏の刺客によって殺害されます。「これで良かったのか…」とまたも悩み苦しむ政子なのでした。

 そこで政子は、三浦義村が養い親になっていた頼家の忘れ形見、公暁に目をかけてやることになります。出家させた公暁を京に勉学に出し、鎌倉に帰郷後は鶴岡八幡宮の別当に就任させます。しかしそのことが大きな悲劇を巻き起こすこととなるのです。

 建保七年(1219)正月二十七日…、頼家のあとを継いで三代将軍となっていた政子の次男実朝は、鶴岡八幡宮にて、右大臣就任の拝賀に望んでいました。しかし儀式が終わった直後、突然賊に襲われて落命します。そして賊は政子が目をかけてやっていた公暁でした…。その公暁のバックにいたのは養い親の三浦義村だったのです。

 私は、「実朝を暗殺した公暁のバックにいたのは、北条氏ではなく三浦氏である」という永井さんの説を、他の本で読んでいてすでに知っていました。なので永井さんが、政子を主人公にしたこの小説で、実朝暗殺事件の背景をどのように描いているか、とても楽しみでした。まだ読んでいない方のために詳細は書きませんが、政子と義村の関わり、公暁と三浦一族の関わり、公暁とその取り巻きの「将軍暗殺までに至るいきさつとその実行」を見事に描いていて、「本当にこれが事実かもしれない!」と納得してしまいました。

 さて、この小説を読んだ感想ですが…、「尼将軍」と言われた権謀実数にたけた政子のイメージとはだいぶ違うという印象を受けました。確かに気性の強い女性ですが、夫や子供のことで悩み苦しむ、普通の女性だなというイメージを受けます。彼女が本格的に鎌倉幕府にたずさわるようになったのも、頼朝の死後のことのように思えました。
 でも、こういった描き方だからこそ、政子という女性をとても身近に感じることができました。彼女は家族に対しても家臣に対しても、とても愛情が細やかです。それでいて愛する人にどんどん先立たれていく…、彼女に襲いかかる運命の残酷さをひしひしと感じずにはいられませんでした。

 ところで、政子や頼朝と言った主役級の人物だけでなく、脇役にも魅力的な人が多いことも、この小説を読む楽しみの一つだと思います。時々語り手のような立場で登場する安達盛長、無口だがやり手の政治家北条義時などはその代表格ですが、私が一番心を引かれたのは北条三郎宗時です。

実は私、この小説を読むまで彼のことをほとんど知りませんでした。彼は北条時政の嫡男で、政子や義時の兄に当たります。石橋山合戦で戦死しているので影が薄いですが、もし長生きしていたら、鎌倉幕府の重要人物になっていたことは間違いないと思います。
 その宗時ですが、この小説では、政子を静かに見守る優しい頼りがいのある兄として登場します。政子の考えていることはすべてお見通し…という不思議なところもあります。それでいて自然と政子の力になってくれるのです。政子が頼朝の許に走るお膳立てをしたのも彼です。「私にもこんなお兄さんがいたらいいなあ。」と、読みながら思いました。なので、「宗時が石橋山で戦死した…」という知らせを聞いた政子の悲しみが胸に迫ってくるような感じがしました。

 このように人物も生き生きしていますし、ストーリーも変化に富んでいます。それと同時に当時の時代背景や歴史事項の説明もふんだんに盛り込まれています。私もこの小説を読みながら、伊豆・鎌倉を中心とした平安末期~鎌倉初期の歴史を楽しみながら勉強できました。その点でもお薦めです。