江戸糸あやつり人形

江戸時代から伝わる日本独自の糸あやつり人形。その魅力を広めるためブログを通して活動などを報告します。

今田人形座

2010-08-22 23:27:01 | 日記
8月8日、いいだ人形劇フェスタ最終日、今田人形座とのコラボレーションの写真を
我が強力なるスタッフが観客として参加してブログに収めていましたので、
紹介します。

http://triadx.exblog.jp

人形製作に追われ充分な稽古ができなかったので、ちょっと不本意でしたが、
こういった試みは初めてでしょう、
もう少し練りこんでから、再度挑戦したいと思っています。
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天の川

2010-08-21 23:07:56 | 日記
恥ずかしながら、この年になるまで天の川を見たことがなかった。
小学校高学年のとき、サマーキャンプがあった。
夜満天の星を見ようと草っぱらに寝っころがったとき、悪友が近づいてきて
離れたところに停まっている乗用車を指し
面白いから覗きに行こう
と、誘われた。
結局何もなかったのだが、そのまま星を見ることを忘れてしまった。

小高いところにある住宅地、そこで畑を作っている人に誘われた。
ふと天を仰ぐと、満天の星。
これほど多くの星を見たことがなかった。
子どものように、夢中になって星を見る。
あれは白鳥座か、あっちはさそり座か
それよりもこんなにはっきりと北斗七星やカシオペアが見られるなんて・・・

そして雲のようにもやっとした筋のようなものを見つけた。
やっと出会えたと、わかった。
子どもっぽい話だが、嬉しかった。
酒が進んでも、折を見ては暗がりで天を仰ぎ、まだ見えると悦に入っていた。

盆踊り、トンボの群れ、そして天の川、
今回は、これ以上望みようがないくらい充実した旅だった。
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秋津島

2010-08-20 00:25:04 | 日記
カツオ船の出漁を港の防波堤の突端で見送る。
一隻、二隻・・・
手を振ると、碇を揚げ忙しく立ち働いている若者たちが、力一杯振り返してくる。
港では大漁と無事を祈願して、お酒とお米を海にまく。
そんな光景を見て感慨にふけっていると、ふと黒い点が目の前を横切った。
また横切る、また、また・・・
見るとアキアカネのようだ。
えっ? 海にトンボ?

今日の海は珍しいほどの凪ぎ。
その海から次から次へとトンボが湧き上がってくる。
いつの間にか私たちはトンボの群れに包まれてしまった。
幻想の世界
そして私は、トンボの群れに背中を押されるようにフラフラと歩き出したが、
途中で群れは見えなくなり、行く末を確かめることはできなかった。
帰ってきたご先祖がトンボに乗って帰っていくというが、
こんな情景から生まれた言葉なのであろうか。

外洋で漁をしたことのある人の話では、陸地から相当に離れたところで停泊していると、
翌朝甲板の上にトンボの死骸がいっぱい落ちている事があるという。
私もトンボが海を渡ると聞いたことがあるが、
こんな感じなのであろうか。

わが国は秋津島なのだ。
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盆踊り

2010-08-18 17:29:56 | 日本の文化について
20年振りであろうか、ここの盆踊りを踊るのは。
いつもこの時期に仕事が入るのだが、たまたま今年は入らなかったので
急遽帰ることにした。
今年知り合いに新盆を迎えるところが多い。

ここは新盆を迎えると、そのうちの前に盆踊りの輪ができる。
戸別の盆踊りなのだ。
新入りの仏様を賑やかに迎え、賑やかに送る。
ところがこの風習は、隣の集落にはなかったり全然違った形だったりする。

ここの盆踊りは
口説き(くどき)と呼ばれる謡(うたい)にあわせて太鼓が叩かれ、踊る人は
合いの手を入れながら踊る。
口説きは2拍8小節なのに対して、踊りは6小節。
口説きは何種類かあって皆物語りになっているし、口説く人は一人で30分ほど
口説き続けなければならない。
先人の口説きをカセットテープで2本聞いたが、それぞれ節回しが微妙に違っていて
面白いし、味があって二人ともうまいと思う。
私も口説いてみたいと思った。
踊りは輪になって踊るのと、輪の中に入って身体を裏表と返すだけでその場から動かない
踊りと2種類ある。

ところが今年は、実に淋しいものだった。
賑やかだとそれだけ新盆の人が多いという不幸な話しになってしまうが、
そういうことではなくて、
盆踊りをしようとする家が、本当に少なくなってしまった。
結局小さな集落にもかかわらず太鼓の音は知り合いの1件しか聞こえなかった。
地元の人も、もう無くなるだろうと言っていた。
そこに生活し築きあげてきた文化の一つが、今まさに消えようとしている、
その瞬間に立ち会ったようで、寂しさを感じずにはいられない。
「時代の流れ」
確かにそうなのだろうが、
どういう時代なのか考察もなく使われることが多く、私は使いたくない・・・

ここはカツオの一本釣りで賑わった港町。
その港が寂れてしまった。
両隣に大きな港がある。
良かれと防波堤がどんどん伸び、大型船が接岸できるように港を拡張するから、
挟まれたこの港から見る景観は、がらりと変わってしまった。
当然潮の流れも変わる。
この海岸には有名な大きな遠浅の海水浴場があったが、砂がすっかり減ってしまい、
私が見たときはほんの数人が泳いでいるだけだった。

一度出漁すると何日も帰って来れないし、危険が伴う。獲れりゃ一攫千金だが、
獲れないときも多い。
だから日本の若者が離れていき、今じゃ東南アジアからの研修生がいなければ
船が出せない始末。
一本釣りの船は個人船主が多いが、巻上げ船は大会社が多い。
カツオの群れを見つけ一本釣りの船一杯に釣り上げてもカツオの群れは残るが、
巻上げ船は群れ全体を獲っていく。
水産庁に陳情に行っても、「効率が・・・」と言って相手にされなかったらしい。
流石に効率ばかり求めると資源が枯渇してしまうので、今では言わなくなったらしいが、
県の農林水産課のなかで純粋な水産担当者は2名しかいないと言う。
国内の問題だけではない。
中国、台湾、フィリピンなどの巻き上げ船が、日本に来る前のカツオをごっそりと
獲っているから、日本で獲れなくなったという。
ごっそり獲られたカツオは、タイでツナ缶になってヨーロッパに輸出されているそうだ。

農業問題は何かとマスコミに取り上げられるけれども、
水産関係はマグロと鯨、漁船の転覆くらいで、日本の水産業が抱える問題を
取り上げられる機会はない。
私は魚が好きなだけに、いろんなことを盆踊りを通して考えてしまった。
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糸あやつり人形の歴史 はじめに

2010-08-13 10:32:50 | 糸あやつりの歴史
和妻の藤山新太郎氏の著書「手妻のはなし」(新潮選書)を読んだ。
実に良く調べたもので、また糸あやつりに関わる記述も見え、とても面白く読んだ。
そのあとがきに、
「先人の立場に立って、先人の考え方を共有した上で改良を加えなければ、ちぐはぐな
ものになってしまう。」
とあった。
これは大切な事である。

色川武大著「寄席放浪記」中の矢野誠一との対談にあった会話。
「孫三郎は二代目が吉祥寺にいる。だけど、みんな芸術になっちゃうんですよ。・・略
・・文楽のミニチュア版なんですね。」
以前この言葉を目にして、いろんなことを考えさせられた。
糸あやつりの古典作品は、文楽の作品以外になにがあるのだろう。
歴史に関しては糸あやつりに関しての研究者がほとんどいないらしく
おざなりなものしかない。
ただ共通しているのは、"資料がない"と書かれてあること。
一介の人形遣いが調べるのだから、集まる資料にも限度がある。
畢竟"人形遣いの勘"が中心になるだろう。
でも敢えて仮説として考えを述べたいと思う。
新しい資料が手に入ったら書き加えればよいし、
仮説が間違いだと分かったら、訂正すれば良い。

島根県益田市の糸あやつり人形に関わった事も大きい刺激になった。

時間のかかることだけれども、ゆっくりと進めたい。
コメント (2)
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