かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

機体が2つに割れるほどの事故なのに、死者0とは本当に驚きです。

2011-07-31 21:46:36 | Weblog
 南アメリカのガイアナの首都ジョージタウンの国際空港で、ボーイング737旅客機がオリカラの豪雨で着陸に失敗、滑走路から外れて草地に突っ込み、胴体の前部が折れて大破した、というニュース、映像も観ましたが、胴体が翼の手前、全体の3分の1くらいのところで、まるであのコンコルドの機首のようにくの字に折れ曲がり、ほとんどちぎれかけているようにも見える壊れ方に目が吸い寄せられました。これで、乗り合わせていた乗員乗客合わせて163人から死者が一人も出ていないなんて、にわかには信じがたいひどい事故っぷりです。もっとも、ほとんど運が良かったとしか言えないような状況だったようで、突っ込んだ草地は少し先に深さ60mの谷があったとのことです。もちろんそこまでオーバーランしていたら全員死亡もありえたわけで、こうしてけが人だけで済んで機体も無事回収できる形で残ったのは僥倖だったと思います。でもどこかの国みたいにひょっとしてとっとと埋めてしまったりしないだろうか、なんて一瞬でも考えてしまうのは、彼の国の高速鉄道事故の影響が頭にこびりついているんだな、と意識しないではありませんが、この国、英国連邦の一員だそうで、そのような非文明的な取り扱いをしないだろうとは信じられそうです。
 それにしても、このガイアナという国、不勉強ながら私はこのニュースで初めて知ったのですが、一体どこにある国なのか、とちょっと調べてみましたら、南アメリカ大陸の東北、丁度大きく東に出っ張るところの一番上のところにチョコン、と乗っかっている感じの、人口76万、面積21万5千平方キロほどの小さな国でした。大体本州くらいの大きさの国です。国名は現地の言葉で豊かな水の地、とよばれるそうで、熱帯雨林に覆われた自然豊かな国土とのこと。コナン・ドイルの書いた、アマゾンの奥地に恐竜が残っている未開の土地がある、という話、「失われた世界」を着想した舞台がこの国だそうですから、どんな自然環境か、何となく想像できそうです。
 およそ100年前に小説を書いたコナン・ドイルには信じがたい光景かもしれませんが、今やそんな「失われた世界」にもジェット旅客機が飛んでいるんですね。ソレはソレでちょっとした感慨を催します。もちろん上を飛べるようになったからと言って熱帯の原生林が全て赤裸々に解き明かされるわけではけしてありませんし、マヤ・アステカ文明などを含め、多くの謎を秘めた『暗黒大陸』の側面はまだまだ根強いものがあります。恐竜よりもはるかに巨大な『鋼鉄の鳥』が24時間無数に跳び回る時代だからと言って、「失われた世界」がどこかで密かに息づいていたほうが、夢があってよさそうです。
 ・・・それにしてもB737なら長距離飛ぶ飛行機ではなかったと思うんですが、一体どことどこを結んで飛んでいたんでしょうね。ガイアナを知らなかったと同様に、出発先もまた知らない国や都市である可能性も大きそうですが、ちょっと気になります。

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今日は暇にあかせて読書三昧です。

2011-07-30 21:10:49 | Weblog
 ブログを読み返していたら、2007年の今日、寒くて防寒着を着て通勤した、と書いてありました。当時はバイクで通勤していましたが、普段通りの格好で出たらあまりの寒さに途中で雨合羽を取り出して着こみ、帰りもソレ無しでは寒くて耐えられなかった、とあります。正直なところ、自分の文章を読んでも一向にその記憶は蘇ってこないのですが、その日、雷に叩き起こされて慌てて窓を閉めに行ったのは、何となく思い出しました。バイクに乗っていた記憶、なんだかもう夢のように霞んでいますね。夢でもほとんど見なくなりましたし。ソレはソレでちょっと残念な気もしますが、さすがにもうかつてのように雨だろうが雪だろうが二輪で突っ走っていたようなことはできそうにありません。でも、天気のいい日には、今バイクで走ったら気持ちいいだろうな、と思うことはまだあります。まあ車があるのにこの上天気のいい日だけ用のチョイノリバイク(もちろん原付スクーターじゃなくて)なんて、ちょっと今の私の財布には贅沢が過ぎて到底かないっこないのです。

 さて、今日は何をするにつけ今ひとつ気乗りしない怠惰な1日だったので、朝からずっと読書にふけっておりました。読み物は、夏目漱石の「門」。いわゆる前期三部作の3つ目で、執筆途中に胃潰瘍になり、「修善寺の大患」と漱石年表に記される大喀血をするなど、その後の漱石の文章に大きな影響を与えた事件の渦中に書かれた本です。友人の女を奪い取る主人公、という、前作「それから」と同じ構造で、「それから」のそれからを描いたもの、なのだそうです。
 私が夏目漱石の本を読み始めたのはかなり昔、小学生の頃で、何故か自宅にあった古い日本文学全集の中にあった「吾輩は猫である」を何とか読んでやろうと何度も挑戦しては挫折を繰り返したのが始まりです。まあ挫折と言っても、確か昭和20年代刊行の古い本のせいで漢字やかなが旧字体であり、到底小学生の手に負えるものでは無かったのが一番の原因ですが、いつか読みきってやろうと子供心にも闘志を燃やしていたようです。
 その後長じて大学生になる頃には、目に付く古本屋を駆けまわって文庫で発刊されていた漱石本を片端から買い集めて読んでおりましたが、「門」もその時に一度は読んでいたはずのものでした。
 今回読んだ本は、25年ほど前に出た「ザ・漱石」という、第三書館という出版社が出した1冊でB5版・783頁のボリュームに、7ポイントくらいの活字が4段びっしりと埋めこまれて、漱石の小説を全て収めた、という触れ込みの本でした。今は現代仮名遣いの本が出ているそうですが、私が買ったのはその前の版で、旧仮名遣いでルビは殆ど無い、丁度小学生の時に挫折したのと同じような内容の本でした。このシリーズは他に梶井基次郎と三国志演義、それに西遊記を持っておりますが、紙の質は悪いし印刷も字が小さすぎて潰れているところもあるし、本としてはあまり嬉しくないながら、1冊2000円足らずで普通なら何万円にもなりそうな全集が手に入るところが魅力でした。改めて調べてみたら、堀辰雄、大菩薩峠、シェークスピア、聊斎志異、それに与謝野晶子訳の源氏物語なんてのも出ているそうなので、また探して見るのも面白そうです。

 それはともかく今回読んだ「門」ですが、確かに読んでいるはずなのに、全くもって読んだ記憶が無いことにはちょっと驚かされました。どれだけ記憶の薄れた本でも、読み返せば大抵一箇所くらいは見たことあるような、という気がする所が出てくるのですが、これに関しては全然ソレがありません。お話自体、実は漱石のお話の中でも特に微妙なやつで、さあこれからクライマックス! というところで急に話が尻すぼみになって終わってしまうところなど、「これが本当に漱石の小説なのか?」と疑いたくなるような出来なのですが、どうやら漱石の宿痾である胃潰瘍の悪化がその背景にあるそうで、さすがの文豪も病には勝てないらしい、と感じさせられました。ただ、明治時代の下級官吏の生活を克明に描いて飽きさせないところなどはさすがの文章です。しかもその明示の生活が案外今と大きくは違わない感じがするのも新鮮でした。もちろんテレビもラジオもなく、電気は富裕層だけの贅沢品、貧乏とはいえ家には家政婦さんがいたり書生がいたりすることもあるなど、現代からすればちょっと考えられない部分も多々あるのですが、銭湯に通ったり路面電車で通勤したり大晦日に障子紙を張り替えたりのし餅を切って正月用に小分けにしたり、といった日常のちょっとした姿が、かつて自分が小さかった頃とほぼ同じで、懐かしさを覚えるほどでした。思えば、昭和40年代前半までは半生記前とそれほど違わない生活を我々はしていたのですね。それからまた半世紀を経て、なんと世界は様変わりしたことか。このブログ一つとってもあまりの変化の激しさにちょっとめまいを覚えかねないほどのことを過ごしてきたのだな、と改めて感じさせられました。

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久々の夏日だった気がする週末の一日でしたが、この暑さも次の台風次第なんだとか。

2011-07-29 21:38:32 | Weblog
 なんだか久しぶりにカッと照りつける太陽を見た気がする今日でしたが、それでも見上げる空はどこまでも青く、とはいかず、程なく白~灰色の雲が空の大部分を埋めてしまいました。最近では「珍しい」くらいに蒸し暑さもあって、夏らしさがそれなりにあったのですが、蝉は相変わらずヒグラシばかり目立つようでもう一つはっきりしませんし、果たしてこの暑さもいつまで続くのか、先行きが危ぶまれそうな予感です。
 そのせいか、7月初めに猛暑になった時は、もう勘弁して欲しい、と思っていましたが、ようやく7月も終わり、8月になろうという時分になりますと、もう少し夏らしい日があってもいいんじゃないか、と現金なことを考えるようになってきました。台風からこっち、ずっと夏らしくない日が続いていましたし、身体があの猛暑を記憶しているのかして、少々の暑さではこたえなくなってきているのもあるのかも知れません。
 現在、沖縄の遥か南方海上に発達中の台風9号がジリジリ北上を続けていますが、この台風の行方でこのあとの夏の暑さも決まることになるのだそうです。
 このまま北上を続けた後、西に流れて大陸に行ってしまえば猛暑復活、本格的な夏の到来となり、前の6号のように東に流れてくれば、いよいよ太平洋高気圧の減退は避けられず、早くも夏の終わりに、なんていうシナリオなんだとか。気象庁は西に流れる予報をしているそうですが、アメリカ海軍の予報ではふらふら蛇行しながら北上を続けるようにも見えます。気象予報士によると、台風の存在自体が太平洋高気圧を強める効果もあり、それぞれの相互作用を読み切れない部分もあって、今のところ予断を許さないのだそうです。そう言えば今年は扇風機のタイマーが切れて目が覚める、という経験が一度もないまま夏が進んでおり、あの猛暑の折も、昼間は確かに暑かったですが、朝夕は結構涼しくなって、暑くて寝苦しい、というようなことは無かったと思います。そんな暑さなら十分やっていけそうですので、私としては、お盆くらいまでは夏らしくなってもらって、その後すうっっと暑さが引いて爽やかな秋に移行してくれればいいな、と勝手に妄想をたくましくしています。台風が接近してくるのは来週の中盤以降。果たしてどうなるか、また気象庁やらアメリカ海軍やら、色々と進路情報を見るのが楽しみです。

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今度は小松左京が逝くのですか・・・。

2011-07-28 21:02:56 | Weblog
 訃報というのはなにか連鎖するものがあるのかと疑いたくなりますが、今度は小松左京氏が肺炎で亡くなった、という報道がありました。なんでもかなり以前から状態が悪く、坐るのも困難なほど衰弱していたそうですが、平均寿命までは生きたとはいえ、何となく早い最後だったような気もいたします。
 小松左京の作品は、実のところあまり読んだ記憶がありません。昔々のSFマガジンに短編だったかエッセイだったか忘れてしまいましたが、それを一度読んだだけで、きちんと氏の長編SFを読んだことは無いと思います。原作映画も、「日本沈没」、「さよならジュピター」、「復活の日」は観ましたが、今、どんな映画だったか思い出そうとすると「日本沈没」しか浮かんできませんし、その他にどんな作品があったのかにいたっては、ほとんどでてこないというテイタラクです。私がSFを特に好んで読んでいたのは高校生から大学生の時分ですが、アシモフ、クラーク、ハインラインやサンリオSF文庫など海外の作家ばかりで、日本の作家は小松左京・筒井康隆・星新一も含めてほとんど読みませんでした。例外は新井素子くらいでしょうか。これもSFと思って読んだというより、その独特の文体に一時目が眩んだのが一番の理由でしたが。
 いずれにしても私には小松左京が面白かったのかどうかというと非常に微妙な作家になります。ただひとつ、「日本沈没」だけは、映画とはいえその圧倒的なリアリティの前に、子供心にも「すごいお話だ」と感動したのを覚えていますが、それで作家としての小松左京が面白そうだ、というふうにはならなかったみたいです。
 でも、我が国の文壇にSFというジャンルを根付かせた代表者は小松左京なんではないか、とは思います。漫画・アニメの手塚治虫と同じくらいの重要度で、私の頭の中では認識されている感じです。氏の活動がなければその後の作家たちの活動もなかったかあるいは随分狭小な分野に押し込められていたかもしれませんし、そうなれば私の楽しみは間違いなくその一半を失っていたことでしょう。今あらためて氏の作品を読んでみようか、という気には残念ながらやはりなれないでいるのですが、そんな氏の多大なる功績には素直に感謝を評し、その永眠に対して冥福をお祈り申し上げたいと思います。

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ヒトが死ぬ、ということは色々な意味で大変なことですね。

2011-07-27 21:53:48 | Weblog
 芦田豊雄氏の訃報に接し、私の知る範囲で、最も氏に間近く、長年の戦友とでもいうべき立場におられた御大に弔慰のメールを差し上げたところ、丁重なお礼と、かつての芦田氏との交流、そしていまの心境を綴られたお返事を賜りました。その全てを開陳するわけには行きませんが、御大の今の思いが凝縮された一言のみ、転載しようと思います。
それは、「悔しい!」です。

 単なる言葉の示す意味のみならず、はるかに膨大な感情がこれでもかと詰め込まれた一言に、私も色々と考えさせられるものがありました。
 普段はまるで意識しませんが、確かに『死』は、間近に常に存在しています。人間ドックの結果が返ってきて、数字、所見とも大過ない事が明らかになってほっとはいたしましたが、だからと言って明日もちゃんと生きていられることが保証されたわけではありません。先日も、動画投稿サイトで人気の歌い手さんが、ツイッターに頭痛がしていることを訴えた数時間後に脳の出血で亡くなる、という衝撃的な話が出ていましたが、そのように、病気でも突然襲ってくることがありますし、人間ドックで見逃されたり、そもそも検査してなかったりしたところで、「何か」が起こるかも知れません。ましてや日々車で通勤しているんですから、何かの拍子に自分が事故を起こしたり、はたまた事故に巻き込まれたりして儚くなってしまうことはそれなりの確率であり得る話です。件の歌い手さんは友人が訃報をネット上に流すことでその死を皆が知り得たわけですが、仮に自分がある日突然亡くなったとしたら果たしてどうなるのでしょう。職場や親族、恩師や学生時代からの友人達には、程なくその訃報は伝わっていくでしょうし、滞りなく後の始末も付けてくれるはずです。でも、ネット上のお付き合いなどについては果たしてどうなるでしょうか? 私のハンドルネームしか知らないような方もいらっしゃるでしょうが、うちの家人でその付き合いを知る者はいませんし、そもそもネットでメールひとつまともに出すこともできませんから、仮に私のバーチャルな交流関係を知っていたとしても、まるで連絡の取りようがないわけです。更に、今やリアルな関係と同等に、あるいは場合によってはソレ以上に利用しているとも言える、ネット上における有料サービスの整理(例えばこのブログがまさにそうですね)とか、プロバイダ契約などのネット環境そのものの整理が、残された家人達に果たして可能なのかどうか、現状では非常に暗い見通ししか立たないことに改めて思い至り、少し愕然としてしまいました。
 個人的には死んでしまったらソレで終わりと考えており、死ねば恥も外聞も関係なし、本棚の奥とかパソコンの中身などは一切気にしない、と思っておりましたので、結構楽観的に考えていたのですが、よくよく思いをいたせば整えておくべきことはちゃんと用意しておいてやらないと、恥以上に残された者たちに大きな迷惑をかけてしまいます。これはちゃんと時間を作って、私の死後のネット対応マニュアルでも作ってきっちり印刷して遺言として残しておいてあげないと、と反省した次第でした。でもこれは大変な作業になりそうです。なにせ生きている今この時点でも、全貌が思い出せるかどうか結構怪しげだったりしますし、それぞれについて連絡先とか対処方法とか違うはずですので、それらをいちいち整理して、わかりやすくまとめておく必要があるのです。
 芦田氏は、会社をきっちり後継者に託して逝かれたそうです。JAniCAのこととか未練もおありだったかもしれませんが、人生の出処進退は整然とされたものだったのでしょう。願わくば自分もその例に習い、いつか必ず来る日に備えられるように心がけたい、と思いました。

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巨星墜つ!

2011-07-26 22:26:41 | Weblog
 中国が一度埋めた事故車両の残骸を掘り返した、というニュースに、あの国は本当に見ていて飽きないというか、とても信じられないことを本当にするのだなあ、と妙に感心したのも束の間、アニメーターの大御所にしてJAniCA創設者、芦田豊雄氏が23日に逝去されていた、という報を見て、中国のことが頭から飛びました。私は作品を制作している方々のことは元々あまり関心が無かったですし、芦田氏のことも、御大からお話を伺ったりした位の事で面識もない方ではありますが、その手がけられてきた作品の数々、それにJAniCA創設における尽力ぶりを見れば、間違いなく偉人と呼ぶにふさわしい人物であったことがうかがい知れます。年かさのヒトから順番に寿命を迎えるのは自然の摂理ではあり、いずれ自分にも順番が回ってくることもまた確実なのではありますが、こうして少しずつ知己の方や世話になった方々が鬼籍に入っていくのを観ていますと、言い知れぬ感慨が胸に去来するのを痛感致します。
 兎にも角にも、まずは芦田氏のご冥福を心より祈り、その素晴らしい作品群を世に送り出されてきたことに、お礼を申し上げたいと思います。
合掌。
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中国のあまりに迅速な事故処理に魂消ました(万一機会があっても絶対乗らない)。

2011-07-25 20:38:49 | Weblog
 今日も涼しい一日でしたが、やっぱり月曜日なせいなのか、体調は今ひとつぴりっとしませんでした。なんだか眠いというかだるいというか。けして体力が消耗しているわけではなく、例えば歩いたりすると結構力強くどんどん行けるのですが、座って仕事しているとだんだん弛れていって、生産性がまるで上がらないという厄介な状態です。いつも火曜、水曜と日を追うに従ってしゃっきりしてくるので特に心配もしていないのですが、1日が騙し騙しになるのはやはり難儀なことです。いっそ月曜日を休んでしまえば気も楽になるのでしょうが、そうなると今度は火曜日が月曜日の代わりになるだけなのでしょうね。年をとったとはいえ、まだリタイヤするまでにはン十年ある身としては、後何百回もそういう月曜日を過ごすことになるのかと思うとさすがにぞっといたします。何とかもう少しピリッと月曜日を迎える方法を考えた方がいいかもしれません。

 さて、中国版高速鉄道の事故、それ自体も大変衝撃的でしたが、その始末のつけ方というのがあまりに理解しがたいぶっ飛びようだったので、事故の衝撃が随分和らいでしまいました。
 何で事故車両をろくに検分もせず埋めてしまうのか。
 何で事故原因をろくに追求することも無く、強引に運行を再開するのか。
 彼の国は、そもそも日本人の常識とは少々かけ離れた世界なのだ、とは認識しておりましたが、あの事故処理と運行再開のニュースには、もはや全く理解の及ばない不思議の国なのだと思わざるをえませんでした。運行再開したらしいですが、あれだけの事故のあとに乗客は居るんでしょうか? もし安くもない運賃を払って乗車している中国の人が居るのだとしたら、それもまた理解に苦しむ行動です。飛行機は、空港まで遠いは時間通りに飛ばないでやたら遅れるは、と悪評が目立つそうですが、とりあえずぽこぽこ落ちているわけではなさそうで、それなりには安全に飛んでいるようです。一方で鉄道の方は事故原因がはっきりしないことにはいつまたどこで事故が発生するかわかったものではありません。事故調査では何かと物議をかもす我が国でさえ、あの規模の事故が起こったら事故車両は破片まで可能な限り集めて保管したでしょうし、その事故車両の除去や線路や架線の点検・整備やらで最低でも1週間くらい、場合によっては半月や一月止まっていても不思議ではなかったはずです。ソレが良いか悪いかはこのさい棚に上げたとしても、これまでの事故の例を見る限り、国民が安易な運行再開を認めないのはほぼ間違いないでしょう。
 何故そんなに焦っているの? 大国らしく悠々と構え、事故原因を徹底究明した上で、ソレに対して万全の安全対策をこれこのとおり整えました、と堂々世界に公表すればいいのに、と思うのですが、そういう余裕を持てない何かしかの切迫感に、関係者一同が呑まれているのかもしれませんね。


 
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テロやら事故やら、何やら各地で物騒なことが相次いでいます。

2011-07-24 20:25:35 | Weblog
 今日は妙に涼しい一日でしたが、夕方5時頃からポツポツ雨が降り出して雷がゴロゴロと不機嫌そうに鳴り出し、7時頃から何度か近所に轟音を轟かせる雷を伴って雨脚が強くなり、一瞬ふっと室内の照明が消えるなど、夕立らしい夕立がありました。一時的ですが、ゲリラ豪雨の警報も出ていたようで、うちからほんの数キロ離れたアメダス観測拠点では時間雨量30mmを超える土砂降りになっていましたが、8時前には大体雨も上がり、雷もたまに遠く聞こえる程度になりました。おかげで今はちょっと寒気を覚えるほどに涼しくなっています。

 さて、そんな快適さを覚えているところではありますが、中国ではバスと電車で大変な事故が起きて大勢の方が亡くなったり怪我をしたりしているとのことですし、また、ノルウェーでは100人近い人が犠牲になるテロが起こったとのこと。それぞれ基本的には何の因果もない現象ではありますが、ほんの1日2日の間に、何十人、何百人ものヒトがあっさりと亡くなるというのは、何となく何かの因果関係でもあるのではなかろうか、という疑いを覚えさせるものでした。ノルウェーの方は、報道されているところによると一人のキリスト教原理主義者によるテロ行為とのことで、良くも悪くも原因がある程度はっきりしているわけですが、中国の事故は、情報が錯交していたり情報量が少なかったりするせいか、どうもよく分からない所が多いです。バスは35人定員の夜行なのに47人も乗っていたとか、爆発炎上して犠牲者がすっかり炭化して判別できなくなるほど可燃物が載っていたとかいう話ですし、電車の方は、中国がこのほど大々的に発表した中国版新幹線の追突事故、という、およそ日本の新幹線では考えられない事故が起きたらしい、という話です。本来なら後のはずの電車が先を走っていて雷で故障して立ち往生したところに、後続の、本来は先に走っていなければならない車両が突っ込んでしまったとの話が今の段階で目にした事故の模様ですが、それが本当に正しい内容なのか、信を置くのに躊躇してしまう所を彼の国の報道には感じてしまいます。既に責任者の上海鉄路局局長が管理責任を問われて免職されたそうですが、ソレはソレとして、事故原因の究明をしっかりやって、納得の行く結果を公表してもらいたいと願うばかりです。これが我が国で起きたのなら事故報道が百花繚乱してソレこそうるさいくらいなのですが、事実が無事公表されるかどうかは、彼の国のことですからなかなか難しい気もいたします。
 

 
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今日はカラオケ定例会。二〇曲を熱唱して少し喉が枯れました。

2011-07-23 23:35:59 | Weblog
 今日は二四節気の大暑、ではありましたが、暑さはそれほどきついとは言いがたい一日でした。ただ、台風以来久々に青空が広がりましたし、週明けからは節気にふさわしい暑さとなることでしょう。最もその暑さも長続きはしないらしいのですが。寒暖の差、というのには若干の違和感もありますが、気温がめまぐるしく上下するのは身体に何かと負担のかかることではあるので、風邪など引かぬようにしたいものです。

 さて、今日は月例のカラオケ三昧の日で、八時間、いつもの仲間と楽しんで参りました。私は都合二〇曲を歌いました。この日のために、腹筋を鍛えたり発声練習をしたり、日々努めてきているのですが、寄る年波のせいか、無理が効かなくなってきているのをこの日ほど実感する日もまたありません。以前なら絶叫系や超高音を延々と続けても平気でいられたのに、今やのど飴は必須、選曲にも留意して喉の酷使を避けないと、歌い続けることが難しくなってきました。今もそうやって大分気を使ってきましたが、喉にガラガラ感があります。きっと明日はもっと明確な違和感として認識されることでしょう。折角の月一の楽しみなのですし、もう少し喉を痛めない工夫を研究する必要がありそうです。
 研究というと、カラオケのサービス、どれを選ぶかというのも大きな課題になっています。
 これまではずっとDAMを選んできたのですが、ここ二回ほどはJOYSOUNDにしています。それぞれ一長一短あり、特にJOYの方は、ラインナップに「何でこの曲がないの?」的な妙な歯抜け感が目立つのですが、とてつもなくマイナーな曲(例えば私が選曲する「ゲルニカ」の曲とか)がわんさかあったりするのでなかなか捨てがたい魅力があります。ただ、歯抜け感は相当厳しいことも確かですし、皆が皆そんなマイナーな曲を喜んで歌うわけではありません。たぶん次もJOYを選ぶことになるでしょうが、その次、本格的な秋の訪れのころには、またDAMで定例会を行うことになるんじゃないかと思います。

 ところで、民主党が首相、幹事長とも衆院選の時のマニフェストについて、実現への見通しが甘かったことを認めて陳謝したとのことですが、そのマニフェストの美辞麗句甘言令色で票を釣ったのですから、それが実行できそうにないというなら改めて信を問うのが筋なんじゃないか、と私には思えます。少なくとも、野党時代にはそういうことを声高に連呼して時の与党自民党を責め立てていたような気がするのですが、もう少し過去まで振り返った総括をしてもらえないか、とも思います。政策がどうとか言う以前に、そんな姿では国民にも示しがつかんでしょう。

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未曽有の円高がどうもピンとこないのですが、単に感覚が麻痺しているだけなのでしょうか。

2011-07-22 23:02:14 | Weblog
 台風が行ってから、なかなか天気が回復せず、涼しいままなのですが、今日の昼間は少し蒸し暑さを覚えました。徐々にではありますが、一旦は後退した『夏』が戻ってきているのでしょう。それにしても、私が夏休みを享受していた頃はこの時期に曇りとか雨とか言うようなことはまず無かった、と思うのですが、思えば妙な気候になったものです。そう言えば蝉の声もあまり聞きませんし、早々と暑かったかと思うとこの天気、来週には暑さがぶり返すとのことですが、一体今年の夏はどうなるのでしょう。

 さて、異様といえばなんだか円高がむちゃくちゃ進んでいて、今、1ドル78円台なんですって? 昔々、瞬間的に79円台になったときはそら恐ろしい感じがした気がするのですが、今この数字を見ても、それほど戦慄できなくなっている自分にかえって驚かされます。元々経済に疎いところに来てずっと円もこの調子ですから、感覚が麻痺してきているのでしょう。何でこの不景気で政権も不安定で頼りなくて大震災にも遭遇してものすごい借金をかかえている青息吐息な我が国の通貨がこんなに強いのか、私にはさっぱりなのですが、アメリカの方の事情はそんな日本の比ではないらしく、8月にはデフォルトになるかどうかの瀬戸際になっているとか聞きます。アメリカとかと違い、日本はまだ間接税を上げる余地が大きいからゆとりがあるのだそうですが、もしそれで消費税を上げて借金の額が減ったりしたら、ますます円が強くなってしまうんじゃないのでしょうか? そうなると国内産業が更にダメージを受けて雇用も減り、いずれソレが税収の減少になって跳ね返ってきて、一気に没落したりするようなイヤーな未来があったりするんじゃないか、というような気もして参ります。とはいえ、私には正直経済情勢など考えても無駄な手に余る話なので、それよりは、どのような状況になろうとも、今の自分の手持ちの武器、知識なり技術なり体力なり人脈なりで生き残りを図るにはどうしたら良いか、を検討したほうが、まだしも建設的で前向きな事を考えていられそうな気もいたします。楽観的に過ぎて単に無知蒙昧を晒しているだけなのかもしれませんが、私が幾らない知恵を絞ってみたところで今の円相場に極僅かな影響を与える事もできないのは間違いないですし、色々な話を読んだり聞いたりして情報には接しておくようにはして、分相応にできることをやるしか無いと思うのです。それにしてもこれだけ円が高くなったのですから、もう少しガソリンとか安くならないものでしょうか?
 マックブックとかも、もう少し安くなってもいいんじゃないか、と思うのですが、これも私のあずかり知らぬ経済の不可思議さの中で、説明つく話なのでしょうね。

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スペースシャトルフライト終了。宇宙が少し遠くなってしまった気がしないでもないです。

2011-07-21 20:34:01 | Weblog
 台風一過、爽やかな天気には残念ながらならず、一日どんより曇って時折霧雨が降る鬱陶しい一日になりましたが、気温の方は見事に下がって、涼し気な日中になりました。本当に、まるで夏が一段落して秋を迎えようとしているかのような気分ですが、実際にはまだ7月は10日残していますし、来週からは暑さもぶり返すとの予報です。ただこの気温の変化のせいか夏風邪が流行っているようで、職場でもくしゃみしたり咳をしたりするヒトが目立っており、自分も気を付けないと、と思います。それに早くも次の台風になるかもしれない予備軍の熱帯低気圧が太平洋上で発生の兆し、との話ですし、油断は禁物ですね。

 さて、スペースシャトル・アトランティスが最後のフライトを終え、無事帰還したそうです。1981年4月12日に2号機である「コロンビア」が飛び立って以来30年。ひたすら宇宙へと飛び続けたその仕事は、またショッキングな事故の記憶でもありました。コロンビア自身が2003年に地球に帰還途中で空中分解して乗員7名死亡の大事故を起こしていますし、1986年1月のチャレンジャーで起きた打ち上げ直後の大爆発事故は、その映像が繰り返しニュースでも流され、非常な衝撃を受けたのを覚えています。残る3機は2011年まで無事に飛び続けたのですが、特にチャレンジャーの事故の記憶はいつまでも色あせませんでしたし、また、飛び立つ前に何かとトラブルが見つかって発射が再三延期されていたのを見てましたから、どうしても宇宙への旅は非常に困難な仕事のように感じてしまいがちでした。スペースシャトルが飛び始めた時は、これでそう遠くない将来に自分達も宇宙に行ける日が来る、と楽観的に思えたものですが、実際にはそう簡単なものではないのでしょうし、それは今後も劇的に改まることはないでしょう。アメリカは次の有人宇宙飛行計画を練っているそうで、次の目標は火星だとか言う話もみますが、それでも果たして自分の寿命のうちに宇宙に行く事が可能かどうか。それがダメなら、せめて人類の足跡が火星とか小惑星とか木星とかもう少し遠くまで延びているのを見たり、今空に浮かんでいるISSのような恒久的な基地が月に出来ていたりするのを見たりしてから死にたいな、と思います。あと、地球外生命の存在を、どこかで発見して欲しいです。

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台風、気づかないうちに通りすぎてしまいました。

2011-07-20 22:24:33 | Weblog
 台風、行ってしまいましたね。奈良県的には、山のほうでちょっと盛大に雨を降らせただけで、何の爪あとも残さず、至極あっさりと。一応今朝には暴風圏に入っていたはずですが、単純に風だけなら昨日のほうがよほど強かったですし、昨日あれだけ降った雨も今日はほとんど降らず、ただどんより曇っていただけの一日でした。昨日は真っ赤になっていた気象警報も、今朝には大半が解除されましたが、仕事に出る前ににソレを知らずに車に乗ったために、途中とある高校は学生の姿が見えず、休みになっているのを見た後で、終業式に急ぐ小学生の集団登校を見て、『警報出ているのに小学校は休まないのだな』と驚かされました。小さな学区内の子どもだけが通う小学校と違い、高校の場合は県下全域から学生が通学してくるので、一部でも警報が出ていると休校にすることがある、というのを今日はじめて知りました。
 帰宅後は緊急避難していたサボテンを元通り温室に戻しましたが、さて、次の台風までには、何か避難以外の対策をもう少し考えておきたいです。

 さて、台風も去って週末くらいまでは少し涼しくなるそうですが、週明けからまた猛暑がぶり返すのだとか。いい加減少しは暑さに慣れてもいいんじゃないか、と思いつつ、その来週でもまだ7月が終わらないわけで、更にそのまま8月になるのを果たして無事やり過ごせるのかどうか。少々うんざりしながらも何とか少しはいいところを見つけたいのですが、以前は有明に行くという一大イベントに全てを託して他は省みないでも良かったのに比べ、今は残念ながらそうも行かないのが難しいところです。

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台風の余波で朝3時に目が醒めてしまいました。

2011-07-19 21:33:45 | 夢、易占
 今朝3時頃、びゅうぅううぅっびゅううぅぅ、と窓の外ですごい風が何度も吹きすさぶ音で目が覚めました。普段なら窓をしっかり閉め直して二度寝に入るのですが、サボテンの温室がひっくり返ったりしないか、と気になりだすとどうにも目が冴えてしまいました。以前のミニ温室と違って、今のは高さ1.7m程あるスチール棚に農業用ビニールをかぶせて作ったものなので、どうしても風を受けやすい形をしています。一応前回の台風の時にひもをかけ、少しは風に耐えられるようにしたつもりではありますが、なんといっても心もとないのは否めないところで、今日の夕方にもサボテンを一時室内に非難させようと考えていたところでした。それでも、まだ台風は遙か四国沖だし風も音ほどの事はない、大丈夫なはずだ、と自分に言い聞かせ、二度寝しようと努力していくらかまどろむ時間もあったのようですが、結局どうしても気になって、5時に起きだし、温室のサボテンを全て家の中に収容しました。丁度雨もあまり降っておらず、それほどの苦労もなく収容を終えましたが、その後風は3時に聞いた音からは想像できないほど静かに凪いでしまったのは拍子抜けでした。結局やはり本番は明日になりそうですが、明日朝は無事出勤できるのかどうかがまず心配です。

 さて、そのまどろんだ時に見た夢で覚えているのが一つあるので、記録しておきましょう。
 どこか広々とした公園にいます。30センチ角くらいの白い石のタイルが敷き詰められ、中央に噴水がある近代的な公園です。そこに、彗星(隕石)が降ってきました。10度位の低い角度で、妙にゆっくり侵入してきた彗星は、そのままドスン、と石のタイルを幾枚か割って地面に軽くめり込みました。直径は2m位、色は赤色、丁度小学校の運動会で玉転がしに使う大玉のような外観です。飛んできた時か地上に激突したときにか飛び散った破片が周囲に転がっています。その大きな赤い球が、突然蠢き出し、中央に大きな目と口をパカっと開けたかと思うと、細い手足が生えてきて、すくっと立ち上がりました。まるで昔観た映画グレムリンで暴れていた妖精が巨大化したみたいな化物です。周りに飛び散った破片も肉体を得て、腕になったりしています。多分落ちたときに腕が折れたんだな、とその様子を見ながら私は考えておりましたが、その巨大グレムリンもどきが目を剥きながらこちらに向かって飛び掛ってきました。私はびっくりして走り逃げましたが、化物はずっと追いかけてきます。このままでは食われてしまうに違いない、と恐怖に恐れおののきました。

 とまあ久々に化物に追いかけられる夢を見ました。彗星は、昨日たまたまネットで311の地震がなんとかいう彗星のせい、なる珍説を見ていくつかソレに関連するトンデモ話を読んでいたのが影響したのでしょう。ただ、怪物になったり襲いかかってきたのはよく分かりません。サボテンのことが気になってしょうがない不安が反映されたんでしょうか?

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サッカー女子もいいですが、国際化学・物理オリンピックの成果ももっと顕彰してあげて欲しいです。

2011-07-18 20:56:40 | Weblog
 昨日から一転して今日は朝から雨が降り続き、気温も上がらず、機能と同じ格好でいたら寒さを覚えるほどでした。台風はまだ四国南西はるか沖合いだというのに、しっかりその影響が届いています。気象衛星の画像を見ても、日本列島と変わらないくらいの巨大な雲の渦が出来上がっていて、その一端が我が紀伊半島を撫でているのがわかります。明日は更に接近して東に向きを変えるらしく、そのためにかなり長時間にわたってじっとその場で動かなくなるようですから、しばらく相当量の雨が降り続くことになるのでしょう。今は涼しくて過ごしやすさを楽しんでおりますが、明日以降のんびりそれを享受していられるか、今後の台風の進路次第です。

 さて、サッカー自体にあまり興味がなかったこともあって、サッカー女子ワールドカップとやらが開催されており、そこで日本チームが優勝した、ということをほぼ知らずにいたのですが、家人が「勝った勝った」と喜んでいるのを聞いてようやくなんのことか理解しました。なんにせよ頑張った人たちがいて、それが報われたというのですから、おめでたいことだと思います。一方で、蓮舫首相補佐官殿が優勝したなでしこジャパンについて、ツイッターで祝福メッセージを発信して、それが盛大にネットで叩かれているとのこと。スポーツ振興の予算などを例の事業仕分けでバッサリやったことや、優勝チームのメンバーが低給料で頑張り、この遠征でも飛行機はエコノミークラスだったのに対し、蓮舫氏は600万円ものボーナスをもらっていた、とか言うような事情が背景にはあるそうですが、まさに口は災いのもとを自ら体現されている様子には、どうしてここでこう墓穴を掘りたがるのか、若干の疑問が募ります。中央舞台から事実上下ろされたわけですから、しばらくは雌伏して黙っていればいいのに、何を焦っているのやら、と私などは思うのですが、ひょっとしたら既に自分の政治生命があの事業仕分けをきっかけに消えかかっていることを自覚されているのかもしれません。振り返ってみたらあの事業仕分けの時が絶頂だった、ということなのでしょう。
 最盛期にその後の衰退を予測して手を打つというのは大変難しいことだと思いますが、それができないと回復不可能なまでに衰え、そのまま滅んでしまうことにもつながりかねず、蓮舫氏の生き様は、ある意味大変象徴的で反面教師として学ぶ点が多々あるような気がしております。
 それにしても、トルコで開かれた第43回国際化学オリンピックで日本代表の高校生が金メダル×1、銀メダル×3、バンコクで開かれた第42回国際物理オリンピックでは日本の高校生代表5人が、金メダル×3、銀メダル×2を受賞、という優秀な成績を挙げたことは、もっと報道されてもいいんじゃないでしょうか? まあ金といっても優勝した、というのではなく、成績上位1割に与えられる栄誉だそうですが、理科離れが喧伝される昨今、我が国の学生の底力を見せてくれたこの成果は、我が国にとってワールドカップ優勝よりも未来に期待が持てる素晴らしいものだと私は思うのですが。

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自宅は暑いです。

2011-07-17 21:48:53 | Weblog
 気象庁によると、今日は全国920の観測地点のうち、最高気温が35℃を超えたのが今季最多の143か所。30℃以上も674か所で今季最多となったのだとか。我が町がどれくらいになったのか情報はありませんが、30℃超えは確実、ひょっとしたら35℃にもなっていたかもしれません。こうなんだかずっと暑くて夏も今が真っ盛り、という感じで、かつ体力的にもそろそろ夏バテが不安、なんて言う具合な頃合いなのですが、カレンダーをみるとまだ7月半ばを過ぎたばかり。近所の小学校も中学校も、まだ夏休みにすら入っていないんですよね。まだこれから真夏の8月を越えないといけないなんて、考えるだけで気が遠くなりそうです。ここまで季節前倒しで来ていますから、秋もそのとおり早めに来てくれるとありがたいのですが、このまま9月頭まで残暑厳しく、なんて気候になったら、果たして無事秋を迎えることができるかどうか。
 なんせ、休日の自宅は暑くて厄介です。まだ午前中、特に朝のうちは涼しくて実に気持ちの良い風が入ってくるのですが、昼を回り、午後2時から5時過ぎまでは、もう暑くて何もする気も起きず、ただ竹マットの上でゴロゴロするばかり。5時を回って少し気温も下がってきだすと少し動く気になって、6時過ぎに家の前に水を撒いて少しでも涼しくなるようにして、ようやく人心地つく、という土曜日と日曜日です。しかも、今回まだ休みは明日もあるのです。街中の自宅よりもまだ山の中の職場の方が昼間は過ごしやすいので、早く休みが明けてくれれば、などと思わず願ってしまいます。もっとも、休みが明けたら明けたで、また次の土日が来るのを心待ちにしているのでしょうが。
 でもまだこちらは多少はマシなのでしょうね。同じ内陸部でも関東では37℃とか38℃とか、体温ならとうに倒れて動けなくなっていそうな温度の空気に包まれているそうですから。電力事情も極めて逼迫しているというのにこの暑さ。『天は我を見放したか』とギラつく太陽に嘆息したい気分です。
 今はもう台風6号頼みのみ。ただここに来て関西直撃コースが示唆されていて、ちょっとそれは勘弁願いたいとビビっても居るのですが、それにしても、四国沖までほぼ真北に向けて上がってくる予定の台風が、どうしてその直後に急に真東に進路を変えるのか、素人の私には今一つ理解できかねます。普通に弧を描くなら九州と四国の間を抜けるか、四国へ直撃するんじゃないのでしょうか? よほど強い西風が四国沖辺りの上空で吹いているのでしょうね。
 まあ兎にも角にもこの分だとうちとかサボテンの温室とかに、本格的な台風対策が必要なんじゃなかろうか、と思い始めています。明日は暑い中ではありますが、休みのうちにそのあたりを少し手がけておきたいです。

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