かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

『麗しき、夢 屋島哀悼編』をアップいたします。

2008-04-13 20:09:15 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
2002年夏コミで出しました『麗しき、夢 屋島哀悼編』をアップいたします。
どういうわけかこの作品のCGデータがどこかに行ってしまいまして、表紙は初期の校正前バージョン、挿絵も一つしかありませんでした。そもそも、この本を製本するために作ったDTPファイルがどこに行ってしまったのやら、どうしても見つけることができませんでした。多分CDに焼いてあるはずなので、どこかにしまいこんでいるんだとは思うのですが、もはや、それを思い出すことすらかないません。あの当時はHDが飛んだりして初期化~そっくりシステム入れなおし、なんてのをやっていたような記憶もあるなし、で、当時のデータそのものがあんまり残っていなかったりするのです。それでも少なくとも文章だけは残っていましたので、アップしておきます。これで万一のことがあってもこのテキストだけは後世に伝えられることでしょう(笑)。

それでは、表紙と例によって登場人物を紹介から始めたいと思います。

 滅亡を待つばかりな平氏が拠る四国・屋島を舞台に、最後の足掻きに奮戦する智盛と、史上最強の怨霊との対決を余儀なくされる夢御前麗夢の、悲しい恋の結末を描く物語です。


 麗夢(れいむ)
 表の顔は美貌の白拍子。実体は夢を司り世の悪夢を退治する夢守の姫君。都大路で平智盛に見初められる。800年後、綾小路麗夢に生まれ変わる。
 
 平智盛(たいらのとももり)
 平相国清盛の末子で眉目秀麗な青年武将。天才的な戦上手で、滅亡迫る平氏の屋台骨を支える。麗夢とは相思相愛の仲。

 築山公綱(つくやまきんつな)
 智盛の乳母子で一の腹心。鬼築山とあだ名される剛の者であるが、外見は短躯の肥満体でにきびの目立つ愛嬌ある丸顔をしている。 

 色葉(いろは)
 麗夢お付きの童女。その実体は漆黒の巨体を持つ夢守最強の霊獣伊呂波。

匂丸(にほへまる)
 智盛従者の童子。その実体は白銀の巨大な狼。伊呂波と同じく、夢の姫君を護る最強の霊獣。

平維盛(たいらのこれもり)
 清盛長男重盛の嫡男で、時代を代表する美男子。清盛から将来を嘱望されるが、貴公子然とした柔若な性格がわざわいして、運命に翻弄される。

平宗盛(たいらのむねもり)
 智盛の兄。清盛三男。父無き後をしきる平氏総大将。狭量で嫉妬深くて小心者と、およそ人の上に立つ器ではない。

二位の尼(にいのあま)
 清盛の本妻で宗盛、知盛らの母。本名時子。清盛と共に出家し、以後二位の尼、尼御前と呼ばれる。

平時忠(たいらのときただ)
 清盛の妻、時子の兄。清盛に信任され、「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した辣腕家。平氏長老として一門に重きをなす。

平知盛(たいらのとももり)
智盛の兄。清盛四男。事実上平氏を支える軍略家。末弟智盛と共に最期まで奮戦する悲運の名将。

顕姫(あきひめ)
 平時忠の娘。鈴のような麗しい声を持つ御年一八の美しい姫君であるが、その正体は……。

後白河法皇(ごしらかわほうおう)
 源頼朝から、日本一の大天狗と称された都一の実力者。源平を相争わせ、その後は源氏兄弟の対立を演出した稀代の策謀家。

源義経(みなもとのよしつね)
 戦いにおける「速さ」の大切さを熟知していた天才武将。しかし、あまりの政治音痴のため、後白河法皇に踊らされて兄頼朝と対立を深めていく。

源頼朝(みなもとのよりとも)
 源氏の総帥。義経の異母兄。政治力に優れた権力者。義経が法皇に踊らされているのを苦々しく思っている。
 
崇徳院(すとくいん)
 院政の犠牲になった悲劇の帝王。死語その恨みは史上最強の悪霊となって祟りをなす。
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1.法皇 憂慮

2008-04-13 20:08:52 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 目覚めは急であった。
 文字通りの跳ね起きに夜具は他愛なく吹っ飛び、体当たりされた紗の帳が不満げに揺れ動く。闇を透いておぼろに見えるその景色にほっとする暇もなく、軽いくしゃみが鼻を襲う。途端に背筋がぞくと冷えて、もう一度くしゃみが帳を揺らした。じっとり冷や汗を吸った単衣が、まだ恐怖に戦く主人に絡みついてくる。
 寒い。
 しん、と静まり返った中で、己の息と高鳴る心の臓がうるさいほどであるのに、四肢は夜の気に侵されてすっかり冷たくなっている。
喉も渇く。
ひりひりと痛むのは、一昨日歌った今様のせいもあるだろう。若い頃は何度も声が出なくなるほどに歌い詰め、ついに一巻の書物にまとめるほどに今様を愛していたというのに。年をとるというのはなんと味気ないものであろうか。あの程度で喉がやられてしまおうとは。
 何とはなしに拳を作ったおのが手に目を落とし、その張りのない染みの浮き出た様子に、五〇も半ばを過ぎた老いの実感を思い知らされた。そういえば、自分が御位を継いだときの父の手が、こんな姿をしていた。老いさらばえた、権力の権化の手。もちろんそれは勝利の象徴でもあったのだが、今、丑の時を幾分か過ぎた頃合いの闇の中で、その勝利こそが、今こうして老体を苛んでいるのだ。
「誰やある? 誰やある?」
 賽の目と、川の流れと山法師の他は意のままに出来たはずの権力者は、その権威がまるで通じない引きつるように痛んだ喉を堪え、すぐ近くに寝ずの番をしているはずの宿直を呼んだ。
「有信に候」
 即座に寝ずの番につく役目の者が一人、ひかえめに名乗りを上げる。
「水を持ってたも。それと、着替えじゃ」
「はっ」
 忌々しいはずの北陸なまりの声が、いっそ小気味よく、また頼もしく聞こえるほどに、この夜の心はさっきまでの夢におののいていた。
(やはり急がねばならぬ。この様ではどうにもままならぬが、何が何でも疾く遷してねんごろに祭り上げてやらぬと、あの兄君はこの心の臓が止まるまで、悪しき夢を送り込んで来るであろう)
 寿永二年(1182年)12月のある夜。今は本来なら心安らぐはずの新居にて幽閉の身をかこつこの老人-死後後白河の追号を受ける万乗の天子は、六条西洞院の屋敷の奥で、ただ一つ、賀茂川の向こう岸にある一枚の鏡に心を囚われていた。
(急がねば。既に評定は済んでおるのだ。早くせねば・・・)
 その評定は、つい一月前に、前宅五条殿にて公卿等を集めて済ませている。その席で、縁ある春日河原という賀茂川の対岸に粟田宮と名付けた社を建立し、遷宮する旨詮議したのである。だがそれも、あの北陸から来た乱暴な田舎者、木曽冠者朝日将軍源義仲の為に話が前に進まなくなってしまった。世に言う「法住寺焼討ち」の為である。おごり高ぶった義仲は、畏れ多くも法皇の御所法住寺を襲撃、法皇を五条殿、続いて六条殿へ幽閉した上、法皇の親任厚い公卿達のほとんどを朝廷から一掃、自分の意のままになる人物を高位に付ける人事を強行した。このために、折角苦心してまとめ上げた粟田宮遷宮の沙汰がその他の諸事全般と共に停止(ちょうじ)され、法皇は夜毎の悪夢にうなされるようになったのである。
(兄君も祟るなら義仲に祟れ! 我に何を言おうと、どうにもならぬわ!)
 心中憤りつつも、このままではいずれとり殺される、という恐怖が癒される事はない。法皇はやるかたなく頭を左右に振り、ため息を一つ付くと、懸命に般若経の一節を口ずさんだ。こうして僅かに人心地付いた法皇だったが、結局この老体は、殺されるまでにはいたらぬまま、生殺しの恐怖を毎夜味わわされ、ついに桜が青葉に衣替えし、義仲が源義経の手で成敗されるまで待たされることになる。あらゆる権力を一身に集めたはずの法皇であったが、この激動の時代に突き転がされる無力さこそが、実は本当の祟りだったかもしれなかった。
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2.智盛 困惑 その1

2008-04-13 20:08:46 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 一五夜の月の下、数人の白拍子を舞わせ、今様や鼓などに打ち興じながら、平氏一門の和やかな酒盛りが続いている。そんな中、上座についた平氏の総帥、平宗盛とその母二位の尼は、真ん前の座に据えられている、まだ二〇を幾ばくか過ぎたばかりの若者に、それぞれの表情を浮かべて相対した。
 若者の名は、四位少将平智盛という。
 「桜梅少将」とその美を讃えられた甥の維盛に匹敵する端麗な顔立ちが、日焼けのためかより精悍さを増し、内からあふれる自信に照り輝くばかりに見える。二位の尼は、この自分の腹を痛めたわけではない息子に、実の子にも勝る愛情と信頼を寄せ、目を細めてその言葉に聞き惚れていた。また、そのすぐ側にいる時子の兄、平大納言時忠や、経盛、教盛といった長老達、小松家の次男資盛などの居並ぶ面々が、皆この若者に、期待のこもった視線を向けている。
 それに対して、二位の尼の隣で首座を占める宗盛だけは、一人苦虫を噛みつぶしていた。自分の息子である清宗までが、一〇代前半の熱い眼差しで憧れを隠そうともしない様子なのが一段と腹立たしい。だが、二ヶ月前の一ノ谷での惨敗後、意気消沈する平氏一門の中で、智盛の活躍は確かに傑出していた。現在、あの惨敗後も平氏が西国に覇権を保ち、源氏とまがりなりにも対抗できるのも、ほとんどこの若者のおかげと言っても過言ではないのだ。
 平氏の命運を文字通り決めた大一番、一ノ谷の合戦。そんな滅亡か再興かの瀬戸際に、平氏は旧都福原を核に大軍を結集して、今にも京都奪還の勢いを天下に示した。その一方で外交にも注力し、法皇との交渉が、かなりの程度まで進展していたのだ。これなら都への帰還もそう遠い話ではないと、宗盛や二位の尼が心を躍らせたのも無理はない。
 だがそれも、和平交渉に伴う休戦を破り、鵯越に奇襲をかけてきた義経の前に、全てが水泡に帰し去った。難攻不落を誇ったはずの一ノ谷の防御陣は、後ろから突如襲いかかった義経の軍勢の前に、瞬く間に崩壊してしまったのである。宗盛は、休戦破り、しかも軍使の交換も矢合わせもしない礼儀を無視した源氏軍のやり口を口汚くののしり、法皇に糾問の使者を出したが、所詮は後の祭り。後に残ったのは、激減した平氏直属軍と失墜した平家の威光だけだった。
 流れは白旗にあり、と見た地方豪族達が、それまで掲げていた赤旗を放り投げ、我先にと源氏の陣営に駆け込むのはまさに時間の問題だったのである。
 その歩みを辛うじて踏みとどまらせたのが、智盛であった。
 智盛は、息子知章を一ノ谷に失った悲嘆から逃れるためか、がむしゃらに挽回策を押し進める中納言知盛の副将となり、四国山陽道を走り回って諸国の動揺を沈静させるのに力を尽くした。特に源平相争う前から平氏に逆らい、何度叩いても知らぬ間に復活して抵抗を続ける伊予の河野通経を攻めて、四国の揺れ動きを掣肘できたのは大きかった。宗盛以下の平氏首脳が、ここ讃岐国屋島で落ち着いていられるのも、これによって生まれたゆとりのおかげなのだ。
 宗盛もそれは理解している。それでも、兄重盛を彷彿させる妾腹のこの弟に、宗盛は好意を覚えることが出来なかった。何故こんな若造、それも一門でも傍流に過ぎない成り上がりを頼りとしなければならないのか。宗盛の不愉快は、自分とは似ても似つかぬその美しい横顔に、また一段とかき立てられる。だが宗盛は、垂みの目立つ頬をわずかに膨らませるだけでその不愉快に耐えた。今や、気ままに振舞える立場ではないことは、さすがに宗盛も承知している。清盛亡き後を率いる責任は、それほどに重いのである。
 宗盛は、何とか細い目に浮かぶ不快の色を抑え、銚子を若者の杯に傾けた。
「して智盛、中納言殿は何と?」
 智盛は、そんな異母兄の心中に気づく様子もなく、屈託ない笑顔を浮かべて、宗盛に言った。
「はい、彦島の防備はほぼ完成した。屋島とこの彦島を抑える限り、瀬戸内海は平氏の海も同然。いかに源氏が大軍を寄せようとも、岩峯に打ちつける波のごとく、皆飛沫にして跳ね返してご覧に入れましょうぞ、とのことです」
 この勇ましい言葉に、列席の諸将からもおおと感嘆のため息が漏れた。さすがは中納言殿、と呟く若者や、うんうん、とただ笑顔で頷く老人など、これまで平氏の行く末に言いしれぬ不安を抱いていた顔から、憂いの色が拭われる。もっとも、それもいつまで保つものか・・・。杯を傾けつつその様子を見ていた智盛は、別れ際の兄の憂い顔を思い出し、自分の顔色にそれを出さないよう少なからぬ努力を続けていた。
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2.智盛 困惑 その2

2008-04-13 20:08:40 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 現在の平氏の勢力は、瀬戸内の制海権を抑えつつ、何とか余喘を保っていると言ったところであった。特に平氏戦力の中核をなした重衡が囚われの身となり、驍将を歌われた忠度や能登守教経を戦死させてしまった今は、もはや陸戦で源氏に対抗することは難しかった。ただ、残存兵力は水軍を主体に八〇〇〇騎を余す数があった。知盛はこれを屋島と長門国彦島の二つに分かち、東西からにらみを利かせることで、瀬戸内海を平氏の海に仕立て上げたのである。一方源氏には、平氏に対抗できるだけの水軍がない。一ノ谷の圧勝後、衝撃さめやらぬ平氏本陣を一挙に突いてこないのも、この天然の要害瀬戸内海を外堀とする屋島本陣の攻めにくさと、平氏水軍の戦力が、いまだ侮りがたい勢いを保持していたからであった。
 源氏がいかに舳先を揃えて大軍で押し寄せようとも、この態勢なら一泡も二泡も吹かしてやれる。平氏一門の士気は、ただその一点で保たれている。だが逆に言えば、到底こちらから攻めることはできないということである。和平交渉も決裂した今、平氏には、もう京都還御の未来はない。知盛、そして智盛にはそれが判る。それでも平氏に残された二人の勇将は、平氏の命脈を保つため、精一杯文字通り命がけでやるしかないのだ。
「それは上々。さすがは中納言殿よな」
 そんな息子達の悲痛な決意も知らず、二位の尼は相好を崩して智盛に言った。
「智盛殿もご苦労じゃった。帝もさぞお喜びのことだろうて」
 帝、後に安徳の名を冠される幼子は、既に母である建礼門院に手を引かれ、奥の寝所に下がられていた。智盛はその姿が見えないことに、内心安堵の溜息を禁じ得なかった。幾ら十善の位につく帝とはいえ、所詮今年十才になるばかりの幼児である。まだそんな童の行く末が暗く閉ざされている事を知りつつ、その面前でおくびにも出さず振る舞うのは、さしもの智盛にも難しい。
「時に智盛殿、本日はおことに目出度き話が一つあるのじゃが」
 溜息をついたばかりの智盛の耳に、ほぼ真横から、張りのある声が届いた。
「おお、そうじゃったそうじゃった。まずはこの話からせねば」
 兄時忠の言に忘れていたものをふと思い出したかのように、二位の尼は満面を喜色と変えて智盛に言った。
「智盛殿、おことに今日、是非娶せたいものがある。大納言殿」
 おう、と応えて、時忠は末席の方に目配せをした。するとたちまち後ろのふすまが音もなく左右に開き、白拍子達も脇に控えて道を開けた。示し合わせたように諸将がふすまの向こうに目をやった。つられて振り向いた智盛の目に、目にも鮮やかな朱の打ち掛けに、艶やかな黒髪を流した一人の貴婦人の姿が映った。頭を下げているので顔立ちこそ判らないが、そ、と前に美しく揃えた指の白さが、袖口の朱に映えて神々しい光を放つかのように見える。
「さあ、遠慮は要らぬぞ。近う」 
 二位の尼に勧められて、その女房はにじるようにわずかに席を改め、更なるお声にまた前に進んで、ようやくふすまのこちら側に来た。
「我が娘、顕姫だ。以後、お見知り置き願おう。さあ、姫、智盛殿にご挨拶なされい」
 自慢の娘を披露できてうれしさや誇らしさを隠せないのであろう。いつになく弾んだ時忠の呼びかけに、顕姫と呼ばれた女房の身が、さざ波のように打ち震えた。
「顕姫にございます」
 鈴が転がるような麗々しい声とともに、姫はゆっくりと頭を上げた。同時に、部屋全体に微妙な震動が走った。ため息、感嘆、あるいは刺激された情欲の吐息が、一同の間に渦を巻く。意中の相手が挨拶を返すのも忘れて呆然と凝視する様子を満足げに見やった時忠は、一拍の間をおいて智盛に言った。。
「尼御前殿とも相談申し上げていたのだが、智盛殿よ、我が娘、貰うてやってはくれまいか」
 智盛が惚けたように時忠に向きを変えると、今度は二位の尼が声をかけた。
「驚かれたかの、智盛殿。じゃが安心召されよ。顕姫は今年十八になりなさる。大納言殿が掌中の玉のようにして育て上げた自慢の娘御じゃ。見目美しさも、智盛殿におさおさ劣るものでもない。似合いの夫婦となると思うのじゃが」
「お気にめさなんだか? 智盛殿?」
 時忠が笑みを堪えながら、答えを返そうととしない智盛に促した。もとより断られるなど露も考えていない。故入道殿の正妻にして安徳帝の御祖母にあらせられる二位の尼の兄、この大納言時忠の娘をやると言えば、舞い上がらぬ者など一人もいまい、と言う自信だ。
「い、いえ、滅相もございません」
 智盛は、しどろもどろになりながらも辛うじて答えた。
「ですが、これは私如きには過分の娶せ、なにとぞ御再考願わしゅう存じます」
「ほほ、智盛殿は遠慮深いの」
 二位の尼は口元に手をやり、さもおかしげに笑声を漏らすと、智盛に言った。
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2.智盛 困惑 その3

2008-04-13 20:08:34 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「確かに母者の出自は何ではあるが、そう卑下することもない。第一、今やおことは我が平氏の大将軍にあらせられる。この縁組みに何の不足があろうものか」
「しかし・・・」
 智盛は口ごもりつつ、視線を顕姫から後ろに下がって脇に控えている白拍子の群に移動させた。その内の一人の様子を、伺うようにかいま見る。目ざとくその動きを見た時忠が、ここでもう一押しと智盛に言った。
「もちろんわしも智盛殿が今、誰に心奪われておるかはちゃんと知ってござる」
 智盛と、白拍子の一人がかすかにびくっと身を縮めた。
「じゃがのう智盛殿。亡き入道殿も正室の尼御前殿の他、幾人もの側室を迎えておられた。また、今は席を外しておられるようだが、あの小松中将殿のように仲むつまじき夫婦仲の家でさえ、二人の側室を置いておられる。じゃから、側室を一人二人持ったからと言って、この時忠、智盛殿に何の注文も付けはすまい。ただ、我が娘を正室に迎え、おことと我らの縁を深う取り結びたいのじゃ」
 確かに時忠の言うとおり、この時代、それなりの地位に就いた者が、正室の他に側女を幾人か抱え込むのはごく当たり前の事であった。一つには世継ぎの男子を確実に生み出す必要があったからでもあるし、一つには、まだ中世の妻問い婚、即ち夫の方から夜毎妻の元に通うという習慣の名残があったからでもある。それは智盛も自然のこととして肌で理解している。だが、だからといって一生の大事をこのような宴席で返事をするのははばかられた。第一、今智盛が全身全霊を尽くして愛しているのは、ただ一人の白拍子なのである。
 智盛は軽くため息をつくと、威儀を正して正面に向き直った。
「わが不肖の身を案じて下さるお話の儀、まことに忝なく、智盛、深謝いたしまする」
「では、お聞き入れ下さるか? 智盛殿」
「いえ、今は一身の栄華よりも一門の無事こそ大事かと存じ奉ります。一応の小康は保ち得たとはいえ、まだ都への還御もままならず、帝の宸襟を安んじ奉ることもかなわぬ今、我一人吉事にふける訳にも参りませぬ。何卒、しばらくの猶予を賜りたく」
「うむ、智盛の申す通りじゃ」
 意外な助け船が、智盛の正面から降ってきた。事の行方を苦々しげに眺めていた宗盛が、ここぞとばかりに口を挟んだのだ。
「今は婚儀で浮かれておられるような時ではない事は、尼御前殿も大納言殿もわきまえておられよう。この儀、宗盛が預かる。しかるべき時が参れば、このわしが仲を取り持ってくれる」
「お、お待ち下され、宗盛殿」
 二位の尼が少し慌てて宗盛に言った。
「しかるべき時と申されるが、そはいかなる時の事じゃ」
「知れたこと。我が平氏が憎き源氏を叩きつぶし、父上の御遺言通り、頼朝がそっ首を父上の墓前に奉る時までじゃ」
「そんな! 姫は既に十八、そのような時を待っていては、嫁がずして年を重ねてしまおうぞ」
「だからといってこの宗盛、帝と平氏の行く末を預かる身として、今この婚儀に費やす時も費用も出すわけには参りませぬ。お聞き分けなされ」
 宗盛は、自分の知らぬ間に、兄妹の仲をいいことに内々で叔父と母とが事を進めるのが気にくわなかった。平氏の統領が誰か、はっきりとしめしを付けておかねば。そんな気持ちでこの話をぶち壊しにかかったのである。
「あいや、内府殿がそこまで仰せなら、従いましょう」
 時忠は、一転して宗盛の肩を持った。機を見るに敏な老獪さこそが、時忠の持ち味である。時忠はまだ渋る妹をなだめると、改めて宗盛に言った。
「では内府殿、婚儀はしばらく置くとして、智盛殿と我が顕姫との仲は、ご承認いただけましょうな?」
「む? う、うむ。もちろんじゃ」
 いつもながらの時忠の変わり身の速さに面食らいながら、宗盛はつい返事をしてしまった。時忠は、取りあえずこの言質を取れた事に満足した。二人だけの間ならともかく、こう一門が居並ぶ席で婚儀の事を承認したからには、もはやこれを覆すことは出来ない。時忠は、不機嫌そうにふんぞり返る宗盛と、その前で下がろうとする「婿殿」を交互に見ながら、自信たっぷりに杯を傾けた。
「ささ、皆も飲め。白拍子共も舞え、歌え。今宵は目出度い夜となろうぞ」
 はぁい、と嬌声を揃えてそれぞれの配置に散っていく白拍子の群を見やった智盛は、そこに、つい今さっきまでいたはずの想い人の姿がないことに気が付いた。
(どこへ行った? まさか、この婚儀に気を病んで出ていったのではあるまいな)
 智盛は、目出度い目出度いと脳天気に酒を勧める一門から杯を受けながら、気もそぞろにただ一人どこかに去っていった白拍子の行方を案じていた。
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3..維盛 悩乱 その1

2008-04-13 20:08:11 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 普段は遠く耳について離れない波の音が、珍しく今日は静かであった。そのためか、風に乗って聞こえてくる今様や笑いさざめく御所の声が、より間近くはっきりと聞こえてくるような気がする。小松三位中将平維盛は、天にかかる満月のような明るい音に顔をしかめ、一人黙然と濁り酒に口を付けた。
 酒は嫌いな質ではない。御所の女房や公達達と明るく遊び歌うのも良い。だが、今は駄目だった。あの八ヶ月前の都落ち以来、維盛は心の底から楽しむということができない。代わりに胸を満たすのは、頭を締め付けるような耐え難い哀しみと、やもすれば止めどなく涙を溢れさせる、深い後悔の闇であった。
 何故連れてこなかったのか。
 どのような恥辱を受けようとも、生まれは違えど死ぬときは同じとまで誓い合った大事な女(ひと)を、どうして都へ置いてきてしまったのだろう。
 この八ヶ月というもの、何万回思ったかもしれないその繰り言を、維盛はひたすら続けている。そして、幸せだった頃の婉然としたその微笑みや、別れ際に見せたくしゃくしゃに泣きつぶれた顔を思い出し、自分もまた新たな涙におぼれるのである。
 妻だけではない。幼い子供達も、笑い、泣きして維盛の嗚咽を絞らせる。何度都で再会する夢を見て、うれしさに目覚めた事か。そして、あれ、どこに? と彷徨う目が、都の屋敷とは似ても似つかぬ黒木作りの柱を見たときの言いしれぬ虚無。それが夢であったことを、夢に過ぎなかったことを理解するしかない胸苦しさ。会いたい。一目でいいから夢でない姿を見たい。幻ではない暖かく柔らかな体を抱きしめたい。だが逢えない。ここは讃岐国屋島。寿永二年七月の都落ち以来、半年以上に渡って帝の坐す「都」として居を定めた、西国の辺地である。ここから、源氏の手に落ちて久しい京の都に戻るなど、夢でも叶う物ではない。
 その絶望がかえって維盛の妄念を膨らませる。
 会いたい。
 話を交わしたい。
 手を握りたい。
 抱きたい。
 抱きしめたい! 
 不意に怒りが心の表面に躍り出て、維盛は杯を床に叩きつけようと手を振り上げた。そして、そのまま力つきたように座へへたり込むと、今危うく難を逃れた杯に、次の濁り酒をついだ。勢い余って狩衣にこぼれるのも構わず、その酒を口に注ぎ込む。
 そう、維盛には判っていたのだ。もともとどう望もうとも、愛する家族を同伴することなど到底不可能だったことを。
 平氏は都落ちするに際して女子供を全て残していったわけではない。むしろ、清盛の正室であり、宗盛、知盛ら首脳陣の生母でもある二位の尼こと平時子や、彼らの妹で今上帝の母である建礼門院徳子を始め、おのおのの奥方、側室や、幼い子供達、帝の世話をする女官や日々の慰みにと白拍子などまでごっそりと連れて、平氏は瀬戸内の海に浮かんだのである。維盛のように捨てるがごとく妻子を残していった者の方が、極めて稀だった。
 維盛の正室は、治承元年(1177年)夏に起きた鹿ヶ谷の陰謀の首謀者、新大納言藤原成親の愛娘だった。
「平氏にあらずんば人にあらず」
 平大納言時忠が当たりはばかることなく豪語した、平氏の権勢絶頂期のことである。ほんの足元で突としてわき起こった平氏追い落としの密議。影の首謀者である後白河法皇こそ難を逃れたものの、その罪を一身に着る羽目になった成親には、何の容赦も加えられなかった。いや、日頃目にかけ、大事な嫡孫の正室に娘を貰い受けるほど近しい関係を取り結んでいた相手の裏切りだ。終生人に対して激しい愛憎をぶつけてきた清盛に、その裏切りが許せようはずもない。清盛は、桓武帝以来守られてきた「貴族に死罪無し」の不文律すら踏み潰して、成親を極刑に処した。それも、崖の下にたくさんの菱を植え付け、上から突き落とすという残酷な処刑方法だったという。維盛の妻は、そんな平氏に徒なした謀反人の娘なのである。よくその時に離縁されなかったものだが、これは、父重盛の尽力のおかげであった。天皇家の外戚となり、権勢の絶頂を極める清盛も、嫡男である重盛の言葉だけは耳を傾けたのだ。だが、辛うじて守られた維盛の幸せも、重盛と清盛、この傑出した父と祖父が亡くなるまでの事だった。清盛亡き後、その後を襲ったのは、清盛の三男坊、宗盛である。兄重盛の訃報に、「世の権勢は、今こそこの手に入る」と喜んだという、いわく付きの人物は、当然のごとくその遺児達を暖かく遇そうとはしなかった。
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3..維盛 悩乱 その2

2008-04-13 20:08:06 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 もともと宗盛は、九才年長の兄とそりが合わなかった。それに身分が違う。重盛の母は左大臣藤原頼長の家司、高階基章の娘である。一方宗盛の方は兵部権大輔で死後正一位左大臣を追贈された、平時信の娘、時子だった。つまりまるで格が違うのである。当時、兄弟の序列は年齢よりも、母親の家格の高低の方が重んじられた。ただ重盛と宗盛では年が開いており、清盛もこの長男を何かと立てたが故に、宗盛はこの自分より身分卑しい出自の兄に対し、頭を上げることが出来なかったのだ。その鬱憤が、残された重盛の子供達、小松一門に向けられた。維盛や弟の資盛は、しばしば困難な戦に大将軍として出征するよう強要され、そして当然のように何度も敗けた。北陸遠征では木曽義仲の奇襲に為す術もなく撃ち破られ、命からがら逃げ帰ったことすらある。それでも維盛には、都落ちの際離脱した池大納言頼盛のような真似は出来なかった。平氏を離れて生きていくなど、祖父と父の厳しくも愛情溢れる庇護の元、宮廷人として出世した身には想像すら出来るものではない。だから今や一門主流と化した時子の息子達に邪険に扱われ、その無能ぶりを嗤われようとも、黙ってついていくしかないのだ。
 今維盛は、あの時祖父の怒りのままに、すんなり離縁していた方が良かったのではなかったろうか、と真剣に悩むことがある。もちろん、比翼の鳥、連理の枝とその仲睦まじさを例えられた維盛に、そんなことが許せるはずもない。でもそれなら、ただ祖父を恨み奉るだけで済んだかもしれない。あの威厳と力に満ちあふれ、法皇すら歯牙にかけない権勢を振るった恐ろしい祖父。全てをこの祖父のせいにして、気持ちを整理し諦めることも出来たかもしれない。そうすれば、今、何の希望も見いだせず、近い将来きっと訪れる討ち死への恐怖と、絶対に会うことはない妻子への未練に溢れるこの生き地獄を味わわずに済んだかもしれない。
 いっそ自ら命を絶とうかと思ったこともあった。酔いの勢いに任せて、目の前の海に身投げすれば、それで楽になれる。現に弟の左中将清経は、九州を追い落とされ、この屋島に流れ着く途上で入水して果てているではないか。
 だがそれでも、妻子への慕情が後ろ髪を引いていた。頭では二度と会えないと理解しているはずなのに、心の隅に、「ひょっとして、もしかして」と思う未練が残っているのだ。そのために維盛は、自らの出処進退を定めることが出来ないまま、日々鬱々とした酒浸りを続けるしかないのだった。
 やがて、維盛の右手でほとんど垂直に傾けられた銚子から、最後の一滴がぽたり、と下に待ち受ける杯に落ちた。維盛は軽く舌打ちして、酒に曇りつつあった目を杯から上げた。
「誰やある、酒を持ってたも」
 言いながら、辛うじて半分ほどを濁り酒で埋めた杯を、かつて都の女性に夢見させたというその端麗な唇へと持っていった。
 ?
 右手が、ちょうど胸の前で静止した。ふと見上げた瞳に、あり得べからぬ光景が映ったのである。
「お代わりをお持ちしました」
 維盛の耳までが、あるはずのない声を拾い上げた。
「……おことは……」
 維盛は惚けたように一言呟くと、慌てて杯を放り出し、目を瞑って頭を殴った。一度そうやって夢から無理矢理覚めたことがある。これも夢だ。それも極めつけの悪夢だ。奥が、愛する家内が、土の地面を踏んだことすらない深窓の令嬢が、どうして京の都からこの屋島まで足を運ぶことが出来ようか。こんな夢は早く覚めるがいい! 目覚めて深い落胆に陥るくらいなら、いっそ今の内に醒めてくれ!
 だが、維盛の必死の叫びを嘲笑うかのように、衣擦れの音が耳をくすぐり、香を焚きしめた匂やかな懐かしい気配が、鼻孔から心へと忍び込んできた。
「おやおや、お召し物が汚れてしまいますよ」
 維盛は恐る恐る目を開き、そこに変わらず婉然と微笑み続ける想い人の姿を見た。夢ではない・・・。これは、夢ではない! 
「ど、どうした、何時参ったのだ? 何故、何故参る前に一言なりと手紙を寄越さなかったのだ?」
 すると愛しき奥方は、相変わらず微笑みつつも少しすねたような色を閃かせて維盛に言った。
「殿は一向に使いも参らせなんだゆえ、斉藤殿に頼んで連れてきて貰いました」
 維盛はかつて、「落ち着きどころが定まったら、必ず迎えを使わす」と別れの際に申し述べた言葉を思い出した。斉藤とは、維盛子飼いの郎党で、その忠義を信じ、妻子の後事を託した男である。そうか、斉藤が連れてきてくれたのか。もはや維盛は、これを夢と疑うこともなく、久しく浮かべなかった笑みを満面に湛えて言った。
「まさか、屋島のきつねがこの維盛をたぶらかさんとして参ったのではあるまいな?」
「殿はいじわるでございます」
 ぷいと向こうを向いたその横顔が、片時も忘れることが出来なかった記憶と、貝あわせの貝のようにぴたりと合わさった。
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3..維盛 悩乱 その3

2008-04-13 20:08:00 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「す、すまぬ、許せ。さ、近う、もっと近う参れ! この維盛に、おことの美しい顔をもっとはっきりと見せてたもれ」
 だが、奥方はただ変わらぬ微笑みを浮かべたまま、その場にじっと固まっていた。
「何故参らぬ? 早う参れというに」
 言いながら維盛は立ち上がろうとしてふらりと崩れ、そのまま床に手をつくと、四つんばいになって愛しき妻の元ににじり寄った。
「さあ、捕まえたぞ!」
 奥方の目の前でもう一度身を起こした維盛は、そのまま奥方目がけ倒れ込んだ。

 耳に盛大な激突音が鳴り響いた。同時に全身を硬いものに打ち据えられたような衝撃が走り、目に火花が散るのを維盛は呆然と眺めた。
 維盛は、素っ気ない白木の床に、うつぶせに寝そべっていた。
 あまりの痛さに酔いも醒めた気分で維盛は身を起こした。白木に点々と赤く映えるのは、鼻から吹き出た己の血であろう。そして維盛は見た。ちりぢりに目の端の方へと走る白い星達の流れの向こうで、再び愛する妻が宛然と微笑みかけているのを。そしてその妻の両脇に、これも忘れたことなど一日とてない小さな顔が二つあることを。
「六代……それに姫、い、一体今までどこにいたのじゃ?」
 今年十才になる若君と、八才になるいとけなき姫君とが、同時に維盛に笑いかけた。
「父上、お懐かしゅう存じます」
「父上、姫を抱いてたも」
 可愛らしい紅葉の手が、すっと維盛に伸ばされた。維盛は痛みも忘れて座り直すと、かつて都の屋敷でよくやったように、大きく手を広げて姫が胸元に飛び込んでくるのを待ちかまえた。
「さあ、参れ」
 姫はさもうれしげに立ち上がると、たちまち維盛目がけてとことこと走り寄った。
「ようし、よく来た・・・?!」
 しっかりと飛び込んできた姫を抱きしめた維盛の手は、むなしく空を切って左右から自分の身体を抱きしめていた。ついそこまで、その美しく櫛を入れたつむじの髪の毛一筋しっかと見分けがつくところまで目を離さなかったというのに、目前で、姫の姿がふっと消え失せた。その維盛の困惑がまるで解けぬ内に、今度は嫡男六代が駆け寄ってきた。そして、思わず手を出した維盛の目の前で、またしても、消えた。
「ど、どう言うことだ! おこと等、やはり狐狸妖怪の類か!」
 ぐるりと見回して、また違うところに三人並んでいるのを見た維盛は、さっきまでの喜びも忘れ、にわかに襲ってきた悪寒に身を震わせながら後ずさった。そこへ、また娘が、息子が駆け込んでくる。そして、また維盛と衝突し、何の感触も得られぬまま、維盛の後ろへ走り抜けた。
 そう、消えたのではなかった。
 奥方も、二人の子供も、維盛の身体を通り抜けていたのだ。
「うおぉぉおおぉおぅっ!」
 突然維盛はありったけの力を振り絞って吼えた。これは夢だ! また自分を苛む悪夢だ。消えろ、消えてくれ。そして二度と現れないでくれ!
「く、来るな! 来るなあっ!」
 再び走り寄ってくる子供達目がけ、維盛は無我夢中で手を振り回した。が、維盛の両手は、やはり何かに当たることも、何かをつかむこともなく空を切った。そして子供達が顔に、身体に、腕に衝突し、感じられるはずの衝撃を一切感じさせないまま、すっと通り抜けていった。そこへ、今度は奥方が床にはい回る長い黒髪を引きずりながら、維盛の元に近づいた。恐ろしさの余り瞬きすら忘れた目が、表面上は何も変わらない美しい妻の姿に注がれる。やがてほとんど重なり合うように近づいた奥方は、震えの止まらない維盛の耳にその唇を近づけた。
『どうじゃ、本物に会いたくないか?』
 それは、心地よい慣れ親しんだ響きではなかった。野太くしわがれ、妙に間延びしたささやくような低い声であった。抗いがたい威力を秘めたその声に、ほとんど泣きわめこうとしていた維盛の心が奇妙な落ち着きを取り戻した。
『どーうした? 会いたくないのか、もう二度と会わずともよいのか?』
 もし清盛か重盛が今この場でこの声を聞いたならば、剛胆な二人をしても、怖気をふるい、あり得ぬ事と冷や汗にまみれたかもしれない。だが、維盛の記憶には、幸か不幸かこの声の主はいなかった。それも無理からぬ事である。この声の主が都落ちしたのは、維盛が生まれる一年前のことだったのだから。だが、維盛はおぼろげながら理解した。到底敵う相手ではない。また、逆らっていい相手ではない。維盛は口輪をとられた牛のように、言葉を漏らした。
「あ、会いたい。都に帰って、皆と会いたい」
 つ、と、その青磁のような頬に一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。何度も思い切ろうとしたのに、何度も諦めたのに、やはり忘れることなどできようはずがないのだ。この三位中将平維盛が生きていくためには、奥と童達が必要なのだ。
 維盛の返事に、奥方の姿を借りた老いた声が、くくく、とくぐもった笑いをその唇に刻んだ。嘲るような、それでいて初めから成功を疑わない不敵な笑い。不快感よりも戦慄が維盛を包み込んだとき、その声の主はおもむろにこう告げた。
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3..維盛 悩乱 その4

2008-04-13 20:07:52 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
『では会わせてやろう。このような幻でない、本物とな』
「そ、そんなことが出来るはずが・・・」
『案ずるな。我に従え。さすればたちどころにその身は都の愛しき者共の元に立ち、このような妖しき幻ではない、正真正銘を抱くことが叶おうぞ』
 会える・・・。そうか、会えるのか・・・。
 維盛の目から、おびえた光がすぅと消えた。再びくぐもった笑いが奥方の唇から漏れた。維盛はぞんざいに立てかけられていた太刀を手に取ると、酔いの千鳥足さながらに、部屋を出ていこうとした。
「お待ちなさい」
 突然維盛の背中を、凛! とした声が貫いた。維盛の体が一瞬ぎくりと硬直し、ついで石を咬んだ車輪のように、ゆっくりと後ろに振り返った。
「白拍子?」
 濁りを見せる維盛の目に、純白のその姿は痛みを覚えるほどまぶしく映った。よく見れば、ただ月光をはじくばかりでなく、自らぼうと発光しているようにも思える。真白き水干と烏帽子、そして折り畳んだ白い扇子。腰まで届く漆黒の艶やかな髪が清楚ないでたちにことのほか映え、維盛は目を細めながらも思わず舌なめずりをした。
「いつの間に入ってきた? まあよい。前祝いに、一つ遊んでくれようか」
 一端外に出ようとした維盛の足が、再び部屋の奥へとその方向を変えた。白拍子は、ついさっきまで維盛が酒を酌んでいた座に立ち、身じろぎもしない。
「哀れな。今その悪夢を払って進ぜましょう」
 白拍子は、深山に人知れず月を映す湖の如き瞳にわずかな憂いの色を浮かべると、扇子を腰に差し、懐から、一節の横笛を取り出した。それをたおやかな指で摘み、その衣装に勝るとも劣らず白く抜けた顔(かんばせ)の、唯一ここが色のある世界であることを気づかせてくれるような、美しく朱を差した唇に、そ、とつけた。維盛を見つめていた大きな瞳がゆっくりと閉じ、露を含んだ長いまつげが微妙な震えを見せながらその上を覆った。維盛は背筋を雷電が貫くのを感じ、激しい欲情に身を焦がした。その激情の赴くまま、維盛は太刀をかなぐり捨て、たちまち駆け寄ってその白拍子に飛びかかった。おろし立てのようなその襟元を引きむしり、しわ一つない袴を破り捨てて思う様に陵辱してくれる! 次の瞬間には、あどけなさの残るその落ち着いた顔が恐怖に崩れ、丹念に梳られた黒髪が乱れ絡まるであろうことを、維盛は疑わなかった。
「?」
 唐突に維盛の足が止まった。ほんの三寸も伸ばせば相手の顔に右手が届くというその際になって、維盛の体が動かなくなった。その耳に、聞き覚えのない哀調を帯びた調べが、染み入るように聞こえてきた。低く、高く、不安定に揺れるようでいて、その実確かに一つのまとまった旋律が、永遠に繰り返す波のように、とどまることなく維盛の全身を包み込む。白拍子のたおやかな肉体を指向した両手は、やがて力無く両脇に垂れ、どす黒い笑いに硬直した顔が、穏やかな微笑みに変化していく。今や維盛は立っているのが不思議なほどに体の力を抜き、ただ全身で笛の音色に聞き入るばかりの姿となった。
「さあ、悪い夢から醒めて、ただゆっくりとお眠りなさい」
 維盛の耳に、笛の音に混じってそんな声が届いたように感じられた。維盛の頬に、再び一筋の涙が流れ出た。維盛は素直にその声に従い、深い眠りに落ちた・・・。
『まさか、このような辺地に夢守がいようとはな』
 突然、今は眠りに落ちるばかりだった維盛の目がまん丸に見開かれた。仏像のように笑みを湛えた端正な唇から、ひとしきりの哄笑が白拍子に浴びせられた。
「貴方は何者です。何故維盛殿を苦しめるのです」
 白拍子の問いに、維盛は答えずただ嗤い続けた。
『ふふふ、これは楽しみが増えたわ。もうこの若造は使えぬが、あちらには幾らも使える身体がある。夢守よ。名乗れ。名は何という』
「麗夢。麗しき夢を護る役目を負う者」
『そうか、麗夢か。なかなか引き裂き甲斐のある名じゃの』
「貴方の名は?」
 だが、維盛に宿る不穏な影は、麗夢の問いかけを無視して言った。
『もし機会があれば白拍子狂いの我が弟にも教えてやるがいい。我が恨みは今や魔界に充満し、四海を覆い尽くすほどになった。その力もて必ずこの国を亡ぼし、法皇などとよい気になっておる貴様を、八大地獄の奥の院にまで引きずり込んでくれる、とな』
 それだけ言うと、維盛は再びひとしきり哄笑で部屋を満たした。そして再び目と口を閉じると、今度こそ真の眠りへ、何もかも放擲してただ安らかに寝息を立てる至福の時へと下りていった。維盛がまるで見えない糸で吊られているかのようにゆっくりとその身を横たえると、白拍子はようやく全身の緊張を解き、今、妖気が抜けていったちょうど真西に当たる部屋の一角を睨み付けた。それは、かつてない難事の予感に自然と険しさを増した、戦士の横顔であった。
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4.智盛 消沈その1

2008-04-13 20:07:29 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 このところ智盛は忙しい。梅雨も明けて毎日暑い晴天が続くようになると、暇さえあれば海に出て軍船の調練に勤しんでいる。また、彦島にも頻繁に赴き、平氏軍の実質的な総指揮官である知盛と、九州、山陽道、四国と言った平氏の死命を制する地域の動向について、情報と意見の交換を行っている。その甲斐もあってか、このところの情勢は比較的安定している。緒方惟義を筆頭とする九州の反平氏勢力も、外へ出てこようとしない。また、伊予の河野四郎通信も、さすがにこう海を押さえられては、息を潜めているしか為す術を知らぬようであった。こうして四海に威を震う間、来るべき源氏の遠征に備えるため、智盛らはその水軍の戦力増強と、源氏の来襲地点の研究に努めていた。
 この時、平氏一門がほぼ確信を持って予想していた源氏の進撃路は、一手をもって山陽道を九州まで西下し、九州勢と一つになって西から東へと平氏を圧迫しつつ、もう一手をもって東から屋島をうかがう道筋であった。東から屋島に至るには、摂津から淡路島西岸に寄りつつ南下するか、あるいは備前まで出てきて、八〇〇年後、巨大な橋が架けられることになる塩飽諸島の島伝いに来るかである。その構想通りに行けば、源氏は彦島と屋島の二大拠点を同時に攻撃でき、それらを落とした後は、東西からの理想的な挟撃体制で、平氏方を一網打尽に殲滅することができるはずだった。これに加えて、智盛はもう一つ、淡路島東岸に沿いつつ阿波国に渡り、そこから陸路北上して屋島本営を突く道も危惧していた。もともと淡路島は源氏に心を通わせる侍が多い。淡路島を経由すれば、源氏が苦手とする舟行も最短距離で済み、平氏方が寄せるまでに四国へ渡りきってしまう可能性が高い。そうなれば、平氏は一ノ谷で激減した陸戦力で源氏勢と対しなければならなくなり、これはまだしも優位を保てる水上戦力での邀撃を狙う平氏にとっては、由々しき事態と言えるはずだった。だが、この智盛の指摘にも、一門の危機感はあまり喚起されなかった。まず淡路島に渡るには紀州、熊野の目の前を通らねばならない。確かに紀州勢は源氏に心を通わせているようだが、熊野水軍の棟梁、熊野別当湛増(たんぞう)は、清盛公以来平家に忠義だてする家柄である。今のところ表面上は旗幟不鮮明を装ってはいるが、都落ち以来続けられた外交努力により、内々には平氏に助力あることを既に約している仲である。紀州勢如何に盛強なりと言っても、しょせん湛増の水軍に比べれば水に浮かんだ木の葉にも劣る弱勢でしかない。従って、熊野水軍の目が光っている間は、この方面を渡航する事はほぼ不可能なのである。それに、阿波には平家恩顧の侍、紀重能(きのしげよし)が控えてにらみを利かせている。阿波民部と称される壮年の豪族は、その息子田内左衛門教能(のりよし)と共に四国きっての強者をうたわれている。また、太宰府から落ちた平氏をいち早く屋島に迎え、御所を初めとする一門の住まい一切を、私財を投じて新築・献上するなど、その厚い報恩の志は既に折り紙付きであった。この親子がいる限り阿波路はそう容易く抜かれるはずがなく、いかに義経が得意の奇襲を企てようとも、遠路阿波からの道では奇襲そのものが成り立つはずがない。智盛、それはおことの杞憂ぞ。それよりも、もっと海の護りに意を砕かれよ・・・。長老連中にこう反駁されては、まだ歳若な智盛が、阿波路の守りをもう少し手厚く、といつまでも我を張る訳にはいかない。それに、確かに備前、あるいは淡路島西岸は屋島へ迫る極めて常識的な正攻法の手段である。従って絶対にこちらの防備を手抜きするわけには行かない。結局智盛は、南方からの陸路に不安を覚えつつも、限られた戦力の過半を北側に配置するより無く、水軍の実力向上に専念する事で、その不安を和らげようとしたのである。
 水軍の主戦力は当然舟である。舟戦が陸戦と異なる最大の点は、舟という乗り物が一人では何もできない代物である、と言うことに尽きた。例えば陸であれば、徒歩立ち(かちだち)であれ騎馬であれ、最低自分一人あれば戦いは出来る。一騎当千の強者、などというように、その力さえあれば、たった一人で寡よく衆を制するような芸当さえ可能なのだ。第一当時の戦いには、後世登場するような足軽、と言うような集団の戦闘単位はまだ見られない。せいぜい騎馬武者の従者が、馬から射落とされた敵の首を取るために徒歩で戦場を往来する位のものである。従って、その戦いは多く一騎打ちで決する。どんな乱戦でも、雑兵には目もくれず、互いによき敵を求めて駆けあうのが戦闘の常だ。つまり、何千騎もの軍団がぶつかる集団戦と言っても、実は単なる個人戦の集まりにすぎない。
 だが、舟戦は違う。
 まず第一に、舟は武者一人では動かせない。当時の一般的な戦用の舟は、最も大きな物でおよそ二〇〇石積み程度の大きさであった。米500俵、およそ30トンを積める大きさである。今日で言うと、ちょっとした漁船程度であろう。だが、如何に小さいとはいえ、これは一人で操船するのは不可能な大きさであり、実際には、楫取(かんとり)、水手(かこ)という操船専門の者が数人、船に付随している。当時の舟は後方側面に張り出しを設け、漕ぐ者はその上にのって櫂を操る。もちろんむき出しであり、甲冑もつけずにただ船を動かすことだけに専念している。いわば、この者達が陸で言うところの馬に相当し、陸戦で馬を狙って攻撃するのが卑怯とされたように、海でも、楫取、水手を攻撃するのは非難に価する行為であった。
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4.智盛 消沈その2

2008-04-13 20:07:24 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 肝心の武士はと言うと、およそ30人程度が一つの舟に乗っている。これが、一つの戦闘単位になるのである。小さな舟に甲冑を着込み、大太刀を持った武士が多数乗る。もちろん兵糧やその他の武具、替えの馬も何頭か載せているから、相当の積み荷である。だから、ちょっとしたことで簡単に舟は左右へも傾ぎ、ひどいときには転覆もしただろうし、もちろん船足にも影響が出た。陸戦で人馬一体と言われるような人と馬との連携が重要だったように、舟戦では、操船役や武士達が一致して呼吸を合わせ、自在に舟を動かして戦場を往来できるようにならないと、一人猛っていかに奮戦しようと思っていても、まずまともに戦すら出来ないのである。このように特殊性を持つ舟戦は、その水域の海流や風の動き、隠れた岩礁などを熟知する優秀な楫取、水手を確保し、武士達と呼吸を合わせ、戦に耐えるようにする調練が肝要であった。智盛が時間を惜しんで盛んに海に出るのも、実にこのためである。平氏は拠点を二つに分けているため、どうしても個々の戦闘は人数的に劣勢を否めない。その不利を補うには、相手よりも素早く動き、数百艘の戦船が呼吸を合わせ、あたかも一匹の龍が自在に海を泳ぐかのように動いて相手を圧倒せねばならない。そのためには個々の船はもとより、集団で舳先を並べ、大将の意のままに全員が動くという全く別種の操船術が要求されるのである。
 この日も智盛は、朝早くから深い霧に包まれた屋島の山道を抜け、海上からは見えないように偽装した船着き場に足を向けた。瀬戸内海はよく霧がかかり、酷いときにはまるで白い壁に囲まれたように視界が効かなくなることが間々ある。これでは調練どころか舟で沖に出ることすらままならぬが、智盛の足には全く気後れがない。いや、源氏の奇襲好きな性格を考慮すれば、あえてこんな時こそ攻勢に出てくる可能性すらある。そう思えば、ますます備えを怠るわけには行かなかった。それに、日が昇れば霧もすぐ晴れる、という計算もできる。
 だが、実はこの時智盛の頭を支配していたのは、そんな夜明け間近の清澄な空気のような冷静さ、ではなかった。
(何故あんな事を言ってしまったのか・・・)
 悔恨と怒りがない混ざり、眉間に稲妻のごとく閃く。大太刀を握りしめる左腕の静脈が、心の様を映すように浮き上がる。
(麗夢も麗夢だ。分かってくれても良さそうなものではないか)
 智盛は、昨夜の相手の頑なな態度を思い出し、思わず太刀を振り回して周りの草木に八つ当たりした。だが、心の片隅には、そんな激情を批判する冷静な声も残っている。その声に素直に従って、一言「すまぬ」と言えば万事丸く収まるに違いないのだが、激情の炎(ほむら)を鎮火するにはどうしてもその声は小さかった。意固地になったところで得るものなど何一つないことは承知していながら、それを受け容れることが出来ない。潔く頭が下げられないその頑迷さもまた腹立たしいが、それを知っていながら助けの手を差し延べてくれない相手の態度にも腹が立つ。
 それは昨夜のことであった。
 蒸し暑さに眠りを妨げられ、涼を求めて海岸まで出向いた智盛は、星明かりの下、自ら燐光を放つかのように舞を舞う、白拍子麗夢の姿をそこに見いだした。実のところ、あの夜大納言時忠から婚儀を申し込まれて以来、智盛と麗夢の仲はどうも疎遠になっていた。一つには、智盛自身が多忙を極めたせいもあるが、以前には、いかに大変であろうとも必ず時間をやりくりして、たとえ寸刻と言えども語らいの場を絶やさずにいた事を思えば、やはり互いに気の引ける部分があったのだろう。事に智盛は、それが自分のせいだという意識が根底にあるから、余計に麗夢と相対するのが苦痛なように思え、忙しさにかまけていたのである。見かけの華麗さからすれば以外とも言えるが、智盛はこんな男女間の微妙な空気に浸るのがひどく苦手である。思えばあの維盛も愛妻一筋だったから、平氏の色男は総じてそういう不器用な性格を共有していたのかも知れない。数多の愛人を抱えていた父清盛が見たら歯がみして焦れるに違いないが、裏を返せば心映えが誠実かつ純情であるということでもあろう。これと決めた一人に生涯を尽くす訳であるから、この時代の男としては極めて貴重な、女性にとっては得難い人材だったに違いない。ただそれだけに、こじれた時のヨリの戻し方もまた、どうしようもなく下手だ。だが、さざ波を笛や笙の代わりにしたその美しい舞に見とれている内に、智盛のそうしたわだかまりは春の淡雪のように胸の内から溶けて消えた。
 舞が一段落した、と思うところで、智盛はそっと近づき、遠慮がちに声をかけた。
「麗夢・・・」
「智盛様!」
 はっと見開かれた目に、驚きと安堵と戸惑いの色が複雑に混ざる。智盛は、この少女が自分と同じ心境にあったことを敏感に感じ取った。
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4.智盛 消沈その3

2008-04-13 20:07:18 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「麗夢、見事な舞であったな」
「恐れ入りましてございます。なかなか眠りにつけず、戯れに一差し仕った次第」
 一呼吸置いて落ち着きを取り戻したのか、その表情は先ほどの感情の発露を瞬きに終わらせ、何者にも侵しがたい微笑みで満たされていた。
「麗夢、あの、実は・・・」
 智盛がどう話したものか、言葉を探しあぐねて口ごもった時、麗夢は言った。
「申し上げるのが遅れまして相済みませぬ。まずは大理殿のご息女とのご婚儀の由、お言祝ぎ申し上げます」
「ま、待て! あれは・・・」
「何もおっしゃるには及びませぬ。私めはちゃんと自分の立場をわきまえております故。この卑しき身に忝なくもお目をかけていただき、それだけでも身の誉れと幸せに存じておりまする」
「何を他人行儀なことを迂遠にも申すものかな!」
 智盛は、はじめて色を変えて怒声を上げた。
「そなたを都の大老の手から奪い、この辺地まで具してきたのは、我にはそなたしかいない、と思ったからだ。それをその様に申そうとは、智盛、夢にも思わなんだぞ!」
 木曽義仲の圧迫に抗しきれず、遂に都落ちを余儀なくされた一年前の七月二四日。夢守の儀式の贄とされつつあった麗夢を、儀式の場に乱入し、強奪同然に連れ去った智盛は、内心不安に思うこともあった。麗夢は、夢守としての務めを全うせずに自分に付いてきたことに、実は後悔しているのではなかろうか。あの時、麗夢は夢守の秘術を尽くした儀式の末に、末法の世を救う無限の力、夢の御子を生む定めになっていた。一族の中から選び出された一人の男と、意に添わぬ婚儀を強いられる立場にあったのだ。ただあの時は、それが夢守にとってどれほど大事なものであるか、智盛には露ほどの関心もなかった。ただ麗夢を愛おしいと思うあまりの情熱が、二度と会えなくなるかも知れない都落ちの事態に遭って、無謀な暴発をなさしめたのである。だから、一度落ち着きを取り戻すと、麗夢の立場をおもんばかる冷静さが、智盛にも戻ってきた。そしてそれは、不安の形に姿を変えて、次第に智盛の心に結晶し、ゆっくりと無視できない大きさにまで育ちはじめた。あえて麗夢にその事を問うことは出来なかった。もし実は後悔している、と、片言半句でもほのめかされたら、一体自分はどうしたらいいのか。そのおびえが、本当にこれでよかったのか、と自問自答することすら避けさせた。それは、これまで強引に心の奥底へしまい込んで厳重に封をした、けして表沙汰にしてはならない不安なだったのである。
「甲斐なき我が身をそこまで想うて下さるとは、麗夢は果報者でございます。ですが、我が身は智盛様の御身と替える程の価はありませぬ。どうか、我が事は思慮の外に置かれ、御身の幸せをお掴み下さりますよう」
 智盛は耳を疑った。
「れ、麗夢! 世迷い言はよせ! よもや本心からそんなことを申したのではなかろう?」
 だが、麗夢の頭は上がらなかった。艶やかな黒髪で星月の微かな光を跳ねながら、言葉だけが智盛の方を向いていた。
「どうか、一時の気の迷いで道をお誤りなきよう」
 気の迷いだと! その瞬間、何かが智盛の中で、ふつ、と音を立てて切れた。
 「そうか、やはりそうだったのか! 都を落ちて以来ゆるりと肌を暖めあうこともなかったが、本心では既にこの智盛を見限っていたのだな! 迂闊にもその事に気付かず、ここまで未練がましく引き回していたとは、我の何と愚かな事よ! いや、一ノ谷でそなたに拒絶された時に気付くべきであった・・・」
 智盛は、一ノ谷の合戦の際、麗夢に一度だけその力を貸して欲しいと頼み込んだことがあった。当時の戦は単に戦闘力の強弱を競うだけではなく、互いの精神的支柱の強さも争う。即ち、巫女や覡(かんなぎ)を陣頭に立て、神の祝詞を奏させて、味方の勝利と敵の調伏を祈らせるのである。それは、単に兵士達の士気を向上させるだけでなく、自軍に神の恩寵を宿らせ、勝利を確実に手にするための、必須の行いであった。智盛はそれを麗夢に願った。夢守としての力を持つ麗夢ならば、並の神職とは桁違いの、超常の力を発揮するに違いない。その力をもって平氏を護り源氏に祟れば、勝利を得ること万に一つの間違いもなし! この一戦に賭けていた智盛は、ただただその思いで、必死に平氏のため「戦って」くれるよう麗夢に頭を下げた。だが、麗夢は哀しみを湛えた瞳で、期待に満ちた智盛を見据えてこう言った。
「智盛様が私を具したのは、このためだったのですか?」
 その一言で智盛の意気地をへし折ってしまった。愛しい(かなしい)と言ってくれたから付いてきたのに、所詮自分を道具としてしか見ていなかったのか。そう正面から言われては、智盛も黙って引き下がるしかない。だがあれも、もし自分に愛情を感じていたなら、手を貸してくれて当然だったはずだ、というわだかまりが智盛には残った。まして平氏の死命を制した大敗北を喫してからは、考えてはならぬ、と頭では思うものの、それは小さく鋭い棘となって、心に刺さったまま抜けなかった。それが、ここに来て遂に爆発してしまった。そして智盛は、絶対言ってはならぬと固く押さえていた一言を、撃ち出してしまったのである。
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4.智盛 消沈その4

2008-04-13 20:07:12 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「・・・もうよい! これからはそなたの身を縛ろうとは思わぬ。浮き草の白拍子らしく、波に流れてどうなりと好きにするがいい!」
・・・。
(何故あんな事を言ってしまったのか)
 あの時、麗夢は終始うつむいたままで遂に顔を上げなかったが、ひょっとして、涙を見せまい、としていたのではないだろうか。後悔しきりの智盛は、そんなことさえ考えて、昨日の愚かな自分の行いに悪態を突いた。そして、もし本当に麗夢が屋島を去りでもしたら自分はどうしたらいいだろう、と本気で悩んだ。二ヶ月前の四月、満月の夜の翌朝、小松三位中将維盛が居なくなった。噂では、都に残した妻子恋しさの余り、出奔したのだという。資盛ら小松家の者達が手分けして行方を追ったが、結局は判らなかった。智盛はあの時、何と不甲斐ない、父重盛公の御名を汚す柔弱漢よ、とこの年長の甥を蔑んだ。だが、今改めて維盛の評価を問われれば、智盛は自分の心境を勘案し、口ごもるしかなかったに違いない。
 それでも智盛の足は船着き場に向けて進んでいる。麗夢のことで心乱れること海岸に打ち上げられた藻屑の如きであったが、一軍を預かる責任が、ともかくも足だけを突き動かしている。こうして形だけは傲然と霧を押しのけるように山道を下りていた智盛は、そろそろ海岸も近い松林の手前で、ふとその足を止めた。白色にたちこめた霧の中、おぼろに黒く浮かぶ松の木の傍らに、白い人影を見たからである。
(麗夢?)
 智盛は、その大きさや色から、思わず悩みの種がそこに立っているのでは、と思った。向こうから和解を求めて来たのではないか、などと、あらぬ期待に胸躍らせたのは、智盛の心境からすればやむを得ない所だろう。自然、一度止まった足は思わぬ追い風をうけて更に速くなり、黒髪を打ちかけたその後ろ姿を目にしたときは、ほとんど駆け足になっていた。が、「麗夢!」と声をかけようとしたその時、智盛は、それが全くの自分の思いこみに過ぎなかったことを知った。
「智盛様、お待ち申し上げておりました」
「そなた、顕姫?」
期待が大きかっただけに、智盛は見るからにしょげ返った。その様子がおかしかったのか、顕姫は口元に手を当て、ほほと明るい笑い声を立てた。
「どなたかとお間違えでありましたか? 智盛様」
「だ、誰も間違えてはいない! ただ、思わぬ所に人が、それもそなたが居た故、驚いたまでのこと。だが、どうしてこんな朝まだきからこんな所におられるのか」
「もちろん、智盛様をお待ち申し上げておりました」
「私を?」
「はい」
 智盛は、あえて無視していたもう一つの悩みに打ち当たって内心でうめいた。この姫との婚儀を持ち出した平時忠は、あの場では平氏棟梁宗盛のほとんどひがみでしかない反対に遭い、素直に引き下がっていた。だが、老練をもってなるこの大納言が、それだけで満足して時節を待つはずもない。かつて、清盛の懐刀として辣腕をうたわれた長老は、宗盛の承諾が得られたを幸い、早速翌日には婚儀に向けて精力的に動き出したのである。そのため、宗盛預かりとなっていたはずの婚儀の日程さえいつの間にやら一門の間では既に定まりつつあり、後は宗盛を説得するばかりとなっていたのである。智盛は、一方の当事者でありながらほぼ完全に蚊帳の外に置かれた格好となり、叔父時忠も、
「内々のことは全てこの時忠に任せて、智盛殿は我が一門のため、ただただ戦のことだけを御勘考あれ」
 と勧めるばかりで、婚儀に関する大事な事は、一切智盛の耳に入れなかった。そのために、この件に関する限り智盛には何一つ決定権がなく、ただ受け身になっているより仕方がなかったのである。だが、その相手がこんな早朝から自分を待っていたという。なにやら尋常でないものを感じて、智盛はわずかに身を退いた。
「して、私に何用ですか?」
「お知らせしたい儀がございます。智盛様と妾との婚儀の日取りが、決まりました」
「何? 日取りが?」
 驚いて鸚鵡返しした智盛に、顕姫はにっこりと笑いかけた。
「ええ、昨晩、父から伺いました。それを智盛様にお伝え申し上げたくて、昨夜はよく眠れませんでした」
 頬を染めて少し視線を逸らした姿が、意外に愛らしく智盛には見えた。
「して、何時になりました」
「明年の二月、一ノ谷の追善供養が終わってからすぐに、とのことでございます」
 そうか、意外に先に延びたな、と智盛は薄ぼんやりと考えた。恐らく宗盛が我を張って、少しでも日程を遅らせようとしたのであろう。基本的に好きにはなれない兄ではあるが、この時だけは智盛もこの我が儘で尊大な兄に感謝した。
「これで、ようやく智盛様とあい結ばれる仕儀と相成りました。誠心をもってお仕え申し上げますので、どうぞ末永うお側に置いて下さりませ」
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4.智盛 消沈その5

2008-04-13 20:07:05 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 頭を下げる顕姫に曖昧に頷きながら、智盛はこれが麗夢だったなら、と思わずにはいられなかった。全く、麗夢もこれ位かわいげがあれば、こちらもこれほど心乱れようもないものを。智盛は自分のことは棚に上げて、そんな愚痴を心中に漏らした。すると、頭を上げた顕姫が、頬をぷっと膨らませて智盛に言った。
「また智盛様は他の人のことを考えていらっしゃる」
 図星を射抜かれて智盛は狼狽した。
「そ、そんなことはない! 誤解めさるな」
「いいえ、確かに智盛様は根無し草がたまたまつけた花の美しさに御目を奪われなさっておられます」
 言いながら顕姫は智盛の方へと歩を進め、突然あと小さな悲鳴を上げて躓いた。思わず智盛は前に手を伸ばし、麗夢とはまた少し異なるその可憐な肩を持った。
「大丈夫か?」
「忝のうございます」
と言いながら、顕姫は突然智盛の胸に飛びかかった。思わず平衡を失って智盛は仰向けに倒れた。兜が頭の向こうに飛び、背中を強烈な衝撃が貫いて一瞬息が詰まる。だが、それ以上に智盛を動揺させたのは、甲冑越しに感じられた、柔らかな重さであった。
「あ、顕姫!」
 智盛は動転して思わず振り払おうとするが、顕姫もしっかりと抱きついているので簡単には離れそうにない。なおももがく智盛に、顕姫は叫んだ。
「嫌でございます! 智盛様が他の女の事をお考えになっておられるなんて! どうか妾を、私のことだけをお考えになって!」
「顕姫! どうか、まずはそこをのかれよ!」
「いえ! ここでのけばきっと智盛様はあの女の所に逃げて言ってしまいまする! どうかお忘れ下さい。昨夜あのようにすげなくなされたのを、智盛様はもうお忘れか?」
 痛いところをつかれた、と思った刹那、智盛は妙なことに気が付いた。
「顕姫・・・、何故そなたが昨晩のことを存じておられる?」
 智盛には聞こえなかったが、その瞬間顕姫は智盛の胸に顔を埋めながら、舌打ちを鳴らしていた。が、その途端、海岸の方から聞き慣れた声がこだました。
「殿! そこにおわすか? 殿!」
 智盛の側近、築山次郎兵衛公綱の声である。智盛は先ほどの疑問も放着してただ焦った。普段はまず戦仕度を第一とせよと配下には言い募っているのに、それがこんな姿を見られては言い訳の仕様もないではないではないか。だが、顕姫は公綱が辿り着くまでしがみついている気はないようだった。焦る智盛から至極あっさりと離れると、唖然とする智盛を後目に霧の中に去っていった。
「お忘れめさるな。智盛様の正室はこの私ですよ」
 それが、顕姫の最後の言葉であった。その声がまだ耳に残る内に、すぐ近くでまた公綱の声が聞こえてきた。
「お? そこにおわすのは殿でござるな」
 智盛は仰向けのままようやく上体を起こし、丸顔ににきびをちりばめた愛嬌ある一の家来の顔を見た。その横に、智盛の従者である匂丸の姿もある。
「余り遅いので探しに来てみれば、そんなところに寝転がって、何をしてらっしゃる?」
「い、いやなんでもない。ちと霧で足元を踏み違え、転んだだけだ」
 すると、公綱と匂丸は互いに顔を見合わせ、明らかに大丈夫か、と気遣わしげな色をその顔に浮かべて、智盛に言った。
「殿、頭を打たれたのではあるまいな? 今朝は朝から霧など出ておりませぬが?」
「何?」
 智盛は改めて周りを見回した。公綱、匂丸の姿が見える。松の木とその青々とした針葉が、一本一本見分けが付くほどにはっきりと見える。その松越しに、今朝行こうと思っていた船着き場の様子が見える。先ほどまであれほど濃密にたちこめていたはずの霧が、すっかり消えて見えすぎるほどによく周りが見える。智盛はまさに狐に摘まれたような気持ちで、松の向こうの波の光に目を細めた。
「ここに誰か、そう、女が、女が一人いなかったか?」
「夢でも見てござるか、殿?」
 公綱は智盛に手を貸しながら、呆れるように言った。
「ここは水軍の荒くれ男共が集う船着き場ですぞ。女などいるはずがないではありませぬか。のう、匂丸」
「大方、夢御前様のことで頭が一杯になっていらっしゃったのでしょう? さあ、お立ち下さい、皆智盛様を待ちかねております」
「おこな事を申すな、匂丸」と口では叱りつつも、智盛は匂丸が拾った兜を手に取ると、釈然としないまま二人のあとについて、自分を待つ水軍の方へ歩いていった。
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5.義経 鬱屈 その1

2008-04-13 20:06:36 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
 魚油の焼ける生臭い煙が、いつになく燻(いぶ)せしかった。もう呑み飽きるほどに呑んだ濁り酒も、今夜のそれはいつになく苦みがきつい。それにこの寒さ。平泉も冬はただ黙って立っていると寸刻の内に凍り付いてしまいそうなほど苛烈な寒さであった。だが、あの寒さには、厳しい内にもどこかからっとした切れのよい気持ちよさを覚えるものがあった。それに比べてこの都の寒さはどうであろう。まるで、冷え切った空気がべっとりと肌にまとわりつき、じわじわと締め付けるように寒さを骨の髄に染み通らせる。ただそれは、一人うまくもない酒に気を紛らわす、五位検非違使尉源義経だけが感じる都の寒さかも知れなかった。
 呑むほどにやりきれない思いが義経の胸に詰まる。
 全てが気にくわない。毎日不満だけが募っていく。朝廷に出仕するのも疎ましいし、鎌倉の意向をあれこれ想像しては、思い悩むのも煩わしい。このおよそ政治感覚というものが欠落した天才児は、今自分が置かれたかつてなく難しい立場に、ほとほと困り果てていたのだった。
 表面上、この都に置ける義経の評判はすこぶる良好である。何といっても義経は、あの恐怖の権化木曽義仲を瞬く間に敗滅させて都を開放した英雄であり、その後与えられた検非違使の役目でも、その用兵同様に神速の裁判で、口さがない京童達の絶賛を取った。何しろ判決の要旨が明快であり、公平にして正確でもある。配下の統率も行き届き、ほとんど都の人々と問題を起こすこともない。体つきはさして大きくもなく、また顔立ちも反っ歯でけして端正とは言えないが、きびきびしたその動きは小うるさい貴族達から見ても完璧に作法に則り、小気味よいほどだ。その上実権を握る後白河法皇の覚えも目出度いとあっては、義経の評価は、公卿九条兼実をして「古今に比類無き」と脱帽させるほど、鰻登りに上がるばかりであった。
 一方、鎌倉における義経への風当たりは、都での評判に比例して、険悪さを増していた。いや、はっきりと不評の声が義経に届いたわけではない。兄にして源氏の棟梁である頼朝から叱責を受けたわけでもなければ、その家内である北条政子から、小言を耳打ちされたのでもない。それでも東から吹く風は、なまじはっきりしないが故に、余計冷たく義経を凍えさせた。
 原因は、と考えてみると、これが義経にはよく判らない。自分を境にして法皇と頼朝がつばぜり合いを演じつつあることに、義経は気づかないのだ。それでも義経は頼朝の意向を案じ、法皇との距離をなるべく保とうと努力はした。五位検非違使尉という位も、頼朝の許可なしに受けられないと固辞していたのに、勅命を以て法皇に押し付けられたものだ。
 事は四月のこと。何とかという社の宮移しを奉行するよう命じられた義経は、早速法皇に無理難題を申しつけられた。「無位無冠」の者を朝廷の儀式に参加させることは出来ないから、先に下した五位判官の位に着け、と言うのである。何とも無体な物言いに、いつも通り鎌倉からの許可なしでは受けかねると固辞した義経だったが、法皇はいつになく強い態度で、位への就任を義経に迫った。結局あくまでも儀式の間の臨時の処置という条件を付けて、義経はその位に就いたのである。もちろん鎌倉には、法皇に無理強いされたこと、儀式が終わり次第直ちに返上することなどを細々と書き記し、自分がいかに鎌倉の意向を都に反映させるのに日々努力しているかを丹念に書状にしたためて、直ちに送りつけたのだった。ところが鎌倉からは、幾日たっても、事後承諾を認める許しの言葉も、その独断を譴責する使者の一人も、送られてこなかった。
 その「返答」が届いたのは、秋も深まり、早くも冬の気配が大路小路に忍び寄る、九月初めのことである。今年二月の一ノ谷の合戦以来、ほぼ半年ぶりに平氏追討の軍旅を起こすことが決まり、その命令が鎌倉から都まで届いたのだ。この事あるを予期して密かに準備を進めていた義経は、追討軍指揮官の名を見たとき、頼朝の怒りの深さを思い知った。そこに当然あると思っていた自分の名がなく、大将軍の名を冠せられていたのは、異母兄の三河守範頼だったのである。そして義経に与えられた任務は、平氏追討の宣旨を賜るべく上京する範頼とその軍勢の京都における便宜一切を計ること。並びに前線と鎌倉の連絡役や兵糧の調達といった、完全な後方支援の裏方であった。
 この手紙を主人義経から披露された家中一同は、当然ながら烈火のごとく憤った。一ノ谷後、義経には未ださしたる恩賞の沙汰もない。今回総司令官に補せられた範頼が戦後直ちに三河守へ成り上がられたというのに。戦場に立てば、鬼神も避ける荒くれ男達が我慢できたのは、もちろん義経の統率が行き届いていたからであるが、それ以上に、次の合戦、それも恐らく平氏の息の根を止める史上最大の大合戦で、必ずこの戦の天才が大将軍を拝命し、自分達の先頭に立つに違いない、と信じていたことが大きい。そもそもあの一ノ谷の合戦は、義経の鵯越の奇襲こそがその勝敗を決定づけたのである。
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