かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

久々にニュースを見る余裕が。色々あって騒がしいです。

2006-03-31 23:57:42 | Weblog
 民主党前原党首が辞任致しましたが、このところ体調悪化などでテレビ新聞から遠ざかっていたせいか、どうも唐突な感が否めません。まるで国民福祉税構想が潰えた細川首相が内閣を放り出すようにして退場したのとだぶって見えてしまいました。民主党を変えられる人かも? とちょっと期待していただけに、この辞任にはやや残念な感じもいたします。折から例の偽メール問題で民主党の調査報告書が出ていますけど、これを見る限り、前原党首が辞任までしなければならないとも思えないのですが、永田議員が辞任しない以上、民主党から国民の信頼を失わせた責任をとって辞めるんだとか。でも、永田議員がそのまま残っていたら結局国民の信頼は取り戻せないようにも思えます。永田議員を党から除名した上で、自分も責任をとって辞める、というのならまだわかる気もするのですが、どうしても、いつまで経っても回復の見込みのない民主党の退勢に、責任をとるという形で党首の座を逃げ出したような感じがしてならないのです。はたしてこの後誰がその席に着くのか。その人で民主党は挽回を期すことができるのでしょうか。民主党が力を失いすぎて結局自民党の一人勝ちという構図は見たくないので、なんとしても挽回できる人に舵取りをしてもらいたいのですが。

 建築士や建設会社への罰則が強化される建築基準法改正案が閣議決定したとのことですが、これで施工主やデザイナー、構造計算担当の建築士等の間の力関係が適切になるのか、疑問が多い気が致します。いくら罰則が強化されても、今回のように施工主が安さを求めて建築士に有形無形の圧力をかけたりしたら、ぐらっとくる人も出てくるでしょう。個々の罰則を強化するよりも、いかにこの理不尽な力関係を適切な形に持っていくかを考えた方がより安全な建築物の建設に寄与するように思うのですが、それは難しいことなのでしょうか?




 
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最近自分が「健康だ!」と胸を張れる状態って、なったことがないですねぇ。

2006-03-30 22:36:53 | 夢、易占
 昨晩はほとんど錯乱状態に近かったですね。強烈な頭痛と猛烈な嘔吐感とどうしようもない悪寒に苛まれ、寝るときも、一秒でも早く意識が無くなることを祈りながら布団の中で丸まっていました。もちろんそんな状態ですぐ寝付けるわけもなく、延々続く苦行に堪え忍んで薬がようやく効き始めた頃合いに、いつしか寝てしまっていたようでした。今朝は頭痛は激痛から鈍痛に、吐き気は胃の不快感へとトーンダウンしましたが、体はだるいし、いつまた頭痛が再発するかと思うと、何か爆弾を抱えているようで気持ちが良くありません。特に頭のことですから、多分風邪に違いない、と思いつつも、もし万一脳梗塞とか脳溢血とかくも膜下出血とかだったりの前駆症状だったりしたら、風邪と軽く見てその兆候を見逃した愚か者として、後々自分の軽率な判断を悔やむことになるやもしれません。このあたりの発想は、テレビ番組の影響が色濃くにじんでいるような気もしないでもないのですが、いつも通り卦をたててみると、医者に行かずに様子を見る、は山天大蓄六五、とにかくかかりつけのお医者に相談してみる、が乾為天九二、どちらも易では吉卦ですが、大蓄六五は、今はともかくおいといて、悪くなってから止めればいい、という意味合いなのに対して、乾為天九二は、「大人を見るに利あり」という占断。大人とは一口に言うと「偉い人」、「もののわかった人」というような具合ですので、この場合かかりつけのお医者がそのまま相当しそうです。後は私自身の判断というわけですが、自分の性格を鑑みるに、不安を不安のまま抱えていられるほど強くありませんので、ここは素直に医者に行くことにいたしました。
 結論として、激烈な頭痛を伴う頭の致命的障害は「くも膜下出血」だけで、これは一生涯でもっともひどい苦痛を味あわされる文字通りの激痛であり、しかも何の前触れ無く始まって、そのまま意識不明の状態まで落ち込んでしまうんだそうです。したがって、もしそれだったとしたら、私は今朝目覚めることもなく、ひょっとするとあの世まで直行していたことでしょう。まあ確かにひどい頭痛ではありましたが、「大の大人が痛みに耐えかねて泣き出してしまうほど」の痛みでもありませんでした。痛みのレベルで言えば、まだ二〇年近く前に煩った胃潰瘍の七転八倒した時の方が何倍も痛かったように思います。血圧も正常レベルの範囲でしたし、血縁者にくも膜下出血で倒れた人も知る限りではおりません。従ってこの線は消えたわけです。他の脳出血や血栓関係も頭痛とはあまり関係ないらしく、とりあえずはほっとした次第です。代わりに最近胃腸炎がはやっているとかで、胃腸の不調がひどくなってあちこち弱っているところを悪化させたのではないか、というご意見。確かに年明けからこっち胃の調子が悪くて一時はまた入院生活か? とまで思ったこともありましたから、今またそれが少しぶり返し気味なのかもしれません。そこで胃腸薬と、頭痛がひどい場合に飲む頓服薬をもらってきました。
 それにつけても、昨年末からずっと体の具合は低空飛行、それも猛烈な対空放火の中、重たい魚雷抱えて海面を這い進むようにして飛ぶ雷撃機のような塩梅だと、今更ながら思います。ちょっとでも浮き上がれば敵艦の対空放火に捉えられて火を噴くことになりますし、逆にちょっとでも機首を下げると海面に突っ込んで終わり、というような、まるで余裕のない状態です。早く大空を軽々と舞うような自由闊達な元気を取り戻したいのですが、そんな日が来ることはあるんでしょうか?

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せっかくのコンサートも体調悪化でダイナシ。

2006-03-29 23:20:26 | Weblog
 うぅ、風邪はもう大丈夫と高をくくって薬飲むの止めたら、たちまちしっぺ返しがきました。夕方からだんだん頭痛がひどくなり、今はこうしてキーボードたたいているのが自分でも信じられないくらい気分も良くありません。直った、と思ってから、少なくとも3日くらいは様子を見るべきでしたね。とにかく今は薬が効いてくれるのをひたすら待つばかり。こんなことなら、薬もって出かけるべきでした。
 今日は、ラ・ストラーダ弦楽アンサンブルという楽団の定期演奏会を聞きに大阪まで出かけていたのです。知り合いの知り合いが楽団員の一人だったという縁で、時々聞きに出かけるのです。出し物はモーツァルトとチャイコフスキー。バロックとブラームス以外はあまり聞かない私にしては珍しく出かけた内容でしたが、モーツァルトはともかく、チャイコフスキーは私の耳にはあいませんでした。妙にうるさいばかりに聞こえて。もっとも体調最悪な状況での拝聴だった分割り引いて上げないといけないかも知れません。

 とにかく、花粉症と風邪のダブルパンチを甘く見ないこと、が教訓の一日でした。

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久々の夢は4幕仕立てのドラマみたいでした。

2006-03-28 23:40:51 | 夢、易占
 春の嵐とはよく言ったもので、今日の風と雨はたいしたものでした。それとかみなり! 一発だけでしたけど、ぴかっと窓の外が真っ白に染まったかと思うと、一拍おいて凄まじい轟音が。窓のサッシがその重低音に震えるのが目に見えたほど、見事な神鳴りでした。幸い職場は停電しなかったのですが、ところによっては落雷の影響で停電したところもあったみたいです。ちょうど一瞬たりとも電気を切るわけにはいかない装置を稼働させていたところだったので、思わず胸をなで下ろしました。しかしこの嵐、まだ序盤だそうですね。これから週末にかけて、「また」ひどい冷え込みになって天気も荒れるらしいです。なんと長期予報ではあさって雪が降るかも? と出ています。かたや例年よりも早い桜の開花、というニュース、かたや雪の予報。もう何度も書きすぎていい加減食傷気味ですけど、今年の天気は本当に暴れん坊さんです。

 さて、体調が日増しに良くなっているためか、夜も比較的よく寝ることができて、夢も見ることができるようになってきました。
 昨夜の夢は、どこかの温泉宿に行く夢で、4幕仕立ての続き物の様なものを見ました。まず最初は早速温泉に入ろうと脱衣所にいくのですが、どういう訳か着替えや脱いだ服を入れておくロッカーが全部埋まっており、すぐ入ることができないで困惑しているのです。入り口越しに中をのぞいてみますと、そこそこ人はいるようですが、脱衣所が埋まるほど大勢の人で芋洗い状態になっているというわけでもなく、そのギャップにとまどっている夢です。次は、旅館の部屋にいます。温泉に入れなかったので、少し時間を見合わせようという算段です。10畳くらいの畳敷きの広い部屋で、いるのは私一人だけ。真ん中よりやや入り口よりのところにごろりと横になり、手元にあった2冊の漫画雑誌(多分週刊少年マガジンかサンデーと思われる)を順番にめくっています。室内は薄暗いのですが、時計を見るとまだ午後2時30分。このまま横になってぐうたらしているのもいいものの、少しもったいないから外を出歩いてみようか、と思い始めております。3番目の夢は、思い切って外に出かけている夢です。何故かバスに乗って、山の方に入っていきます。バスは普通の乗り合いバスみたいなやつで、車両中程の座席に着いています。車内はそこそこ混み合っており、後ろの席のおばさん達の会話などが結構聞こえてきます。道は右手が谷になっていて、ダムがあるはずなのです。でも、どうも水の流れが急で、とてもダム湖には見えず、私は首をかしげておりました。4番目の夢では、何故か私は藤枝梅安みたいな鍼医者になっています。ちなみに梅安は池波正太郎原作の仕掛け人シリーズの主人公です。さっきの温泉宿で、私は見知らぬ男を相手に鍼を打っています。男はパンツ一丁の半裸体で仰向けに寝そべっており、その男のへそあたりに鍼を打っているのです。男が気持ちよさそうにうなっています。

 さて、こうも妙に物語りめいた内容ですと、どこに夢の暗喩が隠されているのか、考えるのも一苦労です。暗喩だらけのような気もしますし、関係ない事ばかりのような気もまたしてきますし。とにかく記録として残しておこうと思いますが、分析はまた何か現実に起こってから掘り返してみるしか無いかも知れませんね。

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死を軽く考えることはできないとは思うものの……。

2006-03-27 21:44:07 | Weblog
 風邪はかなりよくなって参りました。少なくともノドの痛みはほぼ消滅しています。鼻に残る症状は花粉症と見分けがつきにくいので、風邪としてはひょっとしたら完治しているのかも知れません。いつの間にか破傷風予防接種痕の痛みも無くなっていますし、ここ半月ほどの間では一番具合が良さそうな雰囲気です。念のため今日もアスピリンと抗炎症剤を服用していますが、明日の状況次第で薬もいらなくなるんじゃないか、と期待しております。

 さて、尊厳死を巡る事件がまた世情をにぎわしていますが、報道の内容を鵜呑みにもできませんので、このニュースだけで是非を判断するのは難しいです。ただ、この事件を私自身に置き換えた場合は、色々考えることも出てきます。
 尊厳死を望むヒトは、延命措置を拒否するむね遺言で残しておくといいらしいですが、私としては自分の遺言にそんなことを書こうとは、今の時点では全く考えておりません。いえ、財産分けはともかく(そんな遺産ができればですが(笑))、葬式とかお墓とか書籍等の遺物とか、それらの処理についていちいち書き残そうとは思っておりません。おそらく一言、「気の済むようにしてくれ」とだけ書きそうな気がします。
 私は、死というのは二度と復活しない意識の喪失であり、意識が失われてブラックアウトする以上、死の瞬間に私という存在が消えて無くなると思っています。今のところ、死後の世界を肯定するに足るデータは見たことがありませんし、私という意識は私の脳の活動により生み出されていると考えておりますので、脳が機能を停止した時点で私の存在は失せるはずです。消えて無くなってしまう以上、死を自分の問題ととらえるすべもなく、死んだ後は自分の肉体がどうなろうが知る事もできないし、責任もとりようがない、と思うのです。後は残された連中で納得いくように好きにやってくれ、残された者達の思いや気持ちを死んだ後では知ることができないのだから、というのが私の基本的な考えです。
 
 このように自分の死に関しては無責任極まる私なのですが、両親や親類縁者、友人達の死については、かくも割り切った考えを持つことができません。彼らの死は、この場合痛切なる喪失感となって、私の心に深い傷を残すに違いないと想像されるからです。特にここ1,2年ほどの間、私は絶対避けられないそんな喪失感にどう対処したらよいのか、ということを、折に触れ考え続けています。まあ私自身がその前に事故とか病気とか何かひょんな事で先に死んでしまう可能性もありますけど、順当につつがなく過ごすことができるなら、かなり大勢の人間が私より先に死を迎え、私はその死と対面することになるはずです。私は後になってから自分の不明を悔やむクセがありますから、そのときになって狼狽するより、今のうちからある程度考えを煮詰めておきたいと思うのです。といいつつ、知人の死を迎えたときにそんな思考の積み重ねが本当に役に立つのか?という疑念もあるのですが、そう思いながらも考えを止めることができません。
 自分の親兄弟が脳死状態になったとき、果たして人工呼吸器を止める決断が下せるのか。理性は、「二度と意識が戻らぬ以上、もうその人は消えて無くなったも同然」と私に告げるでしょうが、喪失そのものを恐れる私の感情が納得するだけの言葉を、私の理性が紡ぎ上げることができるかどうか。私は実は絶対に答えのでない絶望的な思考の迷路に踏み迷っているのかも知れません。

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自分だけでなく、人様にも喜んで頂けるよう進化していればいいのですが。

2006-03-26 21:23:12 | ドリームハンター麗夢
 今日の「かっこうの本棚」定期更新は、短編の中でもお気に入りの一品である「ある日常的戦いの風景」をアップしてみました。襲い来る夢魔の恐怖やドリームガーディアンとしての華麗な活躍を一切描かずに、それでいてちゃんと麗夢の小説として成り立たせるという挑戦をいつから意識してやるようになったか、定かには覚えていないのですが、「カレンダー」や「死神の聖夜」なども同じ系譜の作品といえますので、やはり21世紀になるかならぬかあたりの事だと思います。同人における「短編小説」のあり方に、自分なりの一定の尺度のようなものが確立した時期になるんじゃないでしょうか。例えば最初期の「地底魔神」や「精神細菌論」は、今の私ならきっともう少しふくらまして、長編として作品を構築することを目指したと思います。実際書いていた当時もあの長さに押さえ込むのに四苦八苦しておりましたし、当時は短編を書く、という事自体を、多分よく理解していなかったんでしょうね。それが「榊の秋」で何となく「短編」というものの尺度を実感できるようになり、それがきっかけとなって、その後のスタイルが徐々に形作られていったような気がしています。
 また、こうしていくつか並べて旧作から順番に読んでいきますと、自分の小説に対する態度や書き方の変化が見えてきそうで結構楽しいです。元々私は自分が書いたものを読むのが好きな質なのですが、小説の内容だけでなく、そうやって読むことでかつての自分が何を考えていたか、どんな苦労をしたか、そして、脱稿したときの虚脱感を伴う喜び、などなど、過去の自分が浮かび上がってくるのもまた面白いのだと思います。いわばアルバムをみているようなものでしょうか。私の場合は、活字で刻みつけられた過去の記憶というわけです。
 さて、ここしばらく短編ばかり更新してきましたが、とりあえずあと一つ短編をアップしたら、その後はまた長編の連載に切り替えようと思っています。ただこちらは準備がそれなりに手間なので、それまでには体調が快復して欲しいと今のもどかしい状態をじれったく感じつつ、来週の私に期待しているところです。今週末には「マリみて」新刊もようやく出ることですし、身体はどうか判りませんが、精神的にはもう少しましになっているのではないか、と甘めに見積もっています。本当に風邪なんて早く治って欲しい、マスクなしで自由に呼吸したいと思うこの1週間です。

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サボテンの植え替えをしつつ、将来の夢を妄想す。

2006-03-25 23:46:48 | Weblog
 風邪の症状は未だ改善の見通しが立ちません。いい加減もうそろそろ復調の兆しが現れてもよさそうなものなのですが、やりたい事ややらなくてはならない事などが山積している現状を鑑みますと、さすがに嫌気というか焦りというか、とっとと直りやがれ! と自分自身に罵声の一つも浴びせたくなります。本当に、早く良くなってもらえないものでしょうか?

 そのやらなくてはならないものの一つに春恒例のサボテンの植え替えがあります。昨年は27日に行ったのですが、今年はほんの少し早めに、今日無理をおして片づけました。相手は生き物ですし、飼い主としての責任がありますので、いくら体調不良だからといっていつまでも放置するわけにもいけません。それに植え替えには植え替えた日と翌日くらいは良い天気が望ましいので、天気予報を信じる限り今日は最適な日取りだったのです。幸い培養土は昨年の残りが大量にあったのでわざわざ買いに行く必要もなく、朝から一時間ほどで手早く片づけることができました。あとは数日は植え痛みを癒すためにこのままおいて、落ち着いたところで水をやり始めることになります。本当はちゃんとした温室を建ててそこで飼ってやりたいですし、それが無理でもせめてもう少し日当たりの良い場所に鉢を移してやりたいのですが、土地や資材の問題もあって、思うように実現できないのが残念です。
 将来家を構えるのなら、まず絶対温室を建て、写真を現像できる本格的な暗室と、本棚が山ほどある書斎が欲しいと思うのですが、果たしていつになったら実現することでしょう。
  
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迷信を真剣に科学する人達も、西洋にはいらっしゃるようです。

2006-03-24 23:57:34 | Weblog
 花粉症が遂に始まったのか、今日は一日中くしゃみをしておりました。くしゃみその物はまあ大したことではないのですが、問題はくしゃみするたび、炎症を起こしている喉が引きつりそうな程痛むこと。風邪ひきながら花粉症というのは大変やっかいです。それにしても、以前は花粉症で数日くしゃみに悩まされた末に、喉に炎症を起こして風邪ひいて寝込む、と言う順番だったのに、今は先に風邪をひいて、それから花粉症に悩まされております。どちらにしても季節の変わり目に弱いことには違いがないのですが、昨年に続いて今年も花粉症の症状が出ず、このまま乗り切れるのかも? と期待していただけに、今日のくしゃみ連発には少し落ち込みました。世の中、そう甘くはないと言うことでしょうか?
 甘くないと言えば破傷風の予防接種した腕が結構痛みます。日を追って筋肉痛のような痛みが増してきているみたいです。今のところ腕が動かなくなる、と言うほどでもないし、
日常には何ら影響がないのですけど、何となく腕が重い感じで、ふとした拍子に意識させられます。ともかく、何かに付け体の調子が今ひとつというのは心の方にも影響するみたいで、気力が削がれること著しいので、早くましになって欲しいと願うばかりです。

 日本では迷信を真剣に研究する学者は民俗学関係くらいのものではないかと思われますが、西洋では医学系を初めとする色々な研究者が、結構大まじめに取り組んでいるらしいです。例えば13日の金曜日に交通事故が増えるか、とか、手術後の出血が多くなるか、とか、満月に精神疾患受診者数が増えるかとかいうような統計解析を行っている例が結構あるそうです。いずれも大体否定的なデータが揃っていますが、ごく一部何とも言い難いデータが出る例もあるようです。この種の結果には、データの取り方などにも色々問題もあるらしいのですが、オカルト系の雑誌や下らない特集を組みたがる低俗なテレビ番組などでは、こういう針先の小さな孔を思い切り拡大解釈して、あたかも本当に不可思議な事象があったかのごとく大声を張り上げるので、注意が必要です。日本ではどうなのでしょうね。仏滅とか4の付く日とか、個人的にはこれら「迷信」を全否定するのはどうも味気ない気がするのですが、人の不安につけ込んで金儲けを企むような輩が横行する世の中では、神秘な浪漫に心遊ばせる余裕も抱いてはおれないのかも知れません。

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今更手を取り合ってもどれほどの力になりうるのか疑問ではありますが・・・。

2006-03-23 22:17:06 | Weblog
 一度かかってしまうとなかなか回復の兆しが見えないのが最近の風邪のようで、というより、私の体力がそれだけ昔と比べて落ちてきているということなのかも、と少々弱気になりつつありますが、とにかく今日も症状に改善は見られず、どちらかというと悪化しているのではないかという気もして参ります。

 新聞の政治欄の端っこに小さく、共産党と社民党が28年ぶりに党首会談を行ったという記事が載っておりました。自民公明民主による憲法改正の動きを阻止するための取り組み強化で、改正の手続きを定める国民投票法案に反対することで一致したのだとか。このところ著しく精彩を欠く両党ですが、とりあえず新聞には載せてもらえるくらいの余喘は保っているみたいです。まあ今更この2党が結託したところで一体何が変わるのか、という気がしないでもないですが、国民投票法案とやらに反対するのはとりあえずよろしいのではないかという気が致します。私は今の憲法はもう少しちゃんとした日本語でわかりやすく書いて欲しいとか、自衛隊一つとっても、いつまでも拡大解釈で読み返して言い訳するのは止めた方がよかろう、という点とか、色々な点で何らかの改正が必要だと思っておりますが、今、与党が衆院議席の3分の2以上をしめ、改正論者が過半を占める大政翼賛会的現状を鑑みると、そんな情勢の中での国民投票というのは、どうも先行き危ぶまれる気が致します。我が国の行く末を照らす規範たるべき日本国憲法を、国民投票という手段を使って大衆の手にゆだねていいものかどうか、疑問があるのです。たとえ国民の大反対を押し切ってでも、国家の大系のために必要と思えば全力で説得して自らの責任で行動するのが政治家たるものであるはずで、改憲気運が高まっているから、と国民投票でそれを決しようと言うのは、政治家の政治家たる責任を国民にすり替えているような気がしないでもありません。
 とはいえ、改憲論議はどんどん活発になって欲しいですし、我が国の新しい憲法が生まれるのを見てみたいとも思います。両党とも国民投票反対というのはまあよいとしても、所詮そんなものは改正の中身とはあまり関係のない議論ですし、中身の論議については、同じ土俵で堂々是々非々の論議を闘わせるわけにはいかないのでしょうか。どうも反対のための反対というような姿勢に見えて、訴えがいまいち琴線に響かない気がするのです。

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辛いものは苦手なのですが、将来は積極的に食べないといけないのかも?

2006-03-22 23:13:17 | Weblog
 風邪は小康状態、と言うより膠着状態の方がより正しいかも。そんな状態ではありましたが、取りあえず半年前からの予定である破傷風予防接種3回目を行いました。一応医者が問診を基に接種可能かどうか判断するのですが、現状熱はないし、飲んでいた薬が悪影響を及ぼすこともないとのことで、予定通り注射いたしました。相変わらず「痛い」注射ですが、前2回と比べるといささか痛みもましなような気がいたします。2回の接種で多少は免疫が付いてきているのでしょうか? まあともかくこれで次は10年後のいつかに一回打てば大丈夫とのこと。これでいつでも安心して土の上で怪我が出来ます(もちろんしたいわけでは無いです)。
 
 さて、唐辛子が前立腺ガンに効く、というニュースを見たのですが、また根拠の怪しいお話かと思いましたら、一応それなりのバックデータのあるお話のようでした。
 前立腺は男性しか持たない臓器ですが、その働きはまだよく判っていないそうです。よく知られているのは、年をとると次第に肥大して尿道を圧迫し、排尿を困難にすること。これに対してサプリメントの一つ、ノコギリヤシエキスにその肥大を抑える効果があると言うことで、盛んに宣伝・消費されています。
ただ、実際に効果があるかどうかと言うのは疑問で、アメリカでは効果無しとする研究もあったりしますが、体験者によると顕著な改善効果がある事は間違いないそうなので、ライトグレーくらいの怪しさなサプリメントと言えるかも知れません。
 それはともかく、前立腺に発生するガンが前立腺ガンなのですが、これが今、日本人で急増しているそうです。原因として、例によって食の欧米化が上げられていたりしますが、それに加えて、昔に比べて人が長生きになったこと、それから簡単で高感度な検査方法が開発されたため、発見されやすくなったことが、急増の原因と考えられているそうです。
 まあ男性である以上宿命的にいつかは対峙しなければならないかもしれない病の一つと言えます。
 そんなガンに、唐辛子の辛み成分である「カプサイシン」が顕著なガン細胞増殖抑制効果を示したのだそうです。これはマウスを使った実験で、人工的に前立腺ガンにしたマウスにカプサイシンを経口投与してガンの成長を調べたところ、投与した方が明らかにガンの成長が遅くなったことが判ったとのことです。その原因として、ガン細胞のアポトーシスを助長したことが上げられております。アポトーシスというのは細胞の自殺のこと。普通の細胞は分裂後一定時間たつと自殺を促す遺伝子が動きだし、自ら命を絶って寿命を迎えます。新陳代謝はそう言う細胞の働きで維持されるのですが、ガン細胞は、その自殺遺伝子の働きを何らかの方法で抑え込んで自ら死を選ぶことなく生き続けるため、ほぼ無限に増殖を続けてやがて本体を死に至らしめるものです。このガン細胞の自殺回避の働きをカプサイシンが弱め、ガン細胞の80%を自殺に誘導し、結果としてガンの成長を抑えたと言うことだそうです。
 こんな話が出るとまた唐辛子とか唐辛子をふんだんに使ったキムチなんかが、「ガンに効く!」とばかりにどーんと売れたりするかも知れませんけど、残念ながらまだ研究は動物実験レベルでヒトのガンでも本当に効くのかどうか不明ですし、第一実験に使ったカプサイシンの量は、90kgのヒトが週3回激辛唐辛子を3個から8個食べる量に匹敵するそうです。辛いもの好きのヒトならどうか知りませんが、私は到底そんな量食べることは出来ません。もし本当にヒトでも効果が確認されたら、是非辛いものが嫌いな人間でも食べられるような方法も、あわせて考えていただきたいものです。

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風邪を引いてしまいました・・・・・・。

2006-03-21 22:37:17 | Weblog
 何かと問題も多そうな催しではありましたけど、まずはWBC日本優勝めでたしめでたしです。オリンピックではなかなかあと一息届かなかっただけに、本当によくやったと思います。それもあわや予選落ち寸前からの逆転劇。神懸かりだろうがラッキーだろうがまさに勝負は時の運。勝てば官軍、といっていいでしょう。来年以降も続けるのなら、是非やり方を見直して、今回の後味の悪さを払拭してもらいたいものです。

 さて、困ったことに風邪を引いてしまいました。鼻の奥、ノドとつながっているあたりで炎症が起こっているらしく、痛い未満の違和感がとれません。このところの気候変動についていけなくなったのかもと思っておりますが、一番問題なのは、やはり睡眠不足で体調の自律調整機能が衰えていることでしょう。まだ熱が出るところまでいってないのですけど、このまま無理すると多分倒れますね。私は熱にはとにかく弱く、他の人が微熱というレベルでも動けなくなってしまいます。もっとも、39度とや40度なんていうような体温にはお目にかかったことがないのですけど、多分そんな熱が出たら即昏睡状態になって病院に担ぎ込まれたりするんじゃないか、と想像しつつ、まだそういう経験はせずに済んでおります。
 そういうわけで風邪薬を飲んでおりますが、そのせいか今日一日は眠くて眠くて、といって昼寝するとまた夜寝られなくなりそうなので、なるべく頑張って起きておりました。でも気がつくと机に突っ伏していたりもして、暖房で部屋は暖めているとはいえ、これはあまり体にいい過ごし方ではありませんね。
 ところで風邪を引くといつも思うのですが、炎症は局所的にノドだったり鼻だったりするわけですから、ピンポイントでそんな炎症箇所に消炎剤を直接打ち込むことができたら、あっさり直ったりしないものか、少なくとも楽になることはできないか、と考えるのです。薬を飲むのはどうもまどろっこしいというか、内臓で消化・吸収される課程で大分ロスが出ているような気がいたしますし、血液に乗って体の中をぐるぐる回るのも、回っている間は役に立ってないですし、第一経口摂取した薬なんて、薬にもよりますけどおよそ2時間ほどで代謝されて出て行ってしまうわけですから、結構無駄が多い様に思うのです。それよりも、例えば歯医者さんの麻酔みたいな注射器で長い針を鼻か口から入れ、患部に直接薬を注入してやるような方法で、無駄なく直接的に効果を発揮させることができないのだろうか、と考えてしまいます。まあそう単純じゃないのだろうとは思うのですが、痛みや違和感がありまくりで意識の大半がそちらに奪われてしまう状況では、ついついそういうらちもないことを考えてしまうのです。

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漱石が読みにくいなんて、冗談だと信じたい。

2006-03-20 23:23:37 | Weblog
 この間から確かに天気はヘンでしたけど、それでも暑さ寒さも彼岸まで、と心のどこかで信じておりました。でも結局それは甘い幻想に過ぎなかったようですね。いまだに雪はちらつきますし、朝の厳しさは相変わらずな気配です。その一方で桜の花が咲き始めたという便りもちらほら。暖かいのか寒いのか、いい加減はっきりして欲しいものです。
 
 さて、以前(2006年2月18日の日記http://blog.goo.ne.jp/tbinterface.php/b4dbfca8e7c0c7ba91463598785a5333/21 )で、夏目漱石にも現代語訳が必要な時代になるかも、なんて書いておりましたが、どうやら冗談では済まなくなってきているのかも知れません。
 漱石の代表作の一つ「坊ちゃん」の舞台となった愛媛県の県立高校1年生のうち、この作品を読んだ生徒が半分もいなかったという結果が新聞に出てました。私は逆に今時の高校生が4割も読んでいたのか、と驚いたりしたのですが、およそ10年前の調査では7割に達していたと言いますから、その急減はやはり「事件」なんでしょう。
 地元松山は2005年7月22日にも書きましたように、歴史と文化を大事にする街ですが、それ故にこそまだ高校一年で4割も「坊っちゃん」を読破する生徒達に恵まれたと言えるのではないでしょうか? 松山の人にとってはショックな数字なのでしょうけど、読んだとする生徒がそれなりの数いると言うことは、誇りに足るのではないかと思うのです。
 それよりも私は、読んでいないと答えた生徒達の読まないでいる理由が気になりました。「身近に本がなかった」「読みにくい」と言うのです。その昔、私が学んだ教科書には、
ちゃんと「坊ちゃん」が載っておりました。森鴎外とか芥川龍之介とか中島敦とか梶井基次郎とか、皆私は教科書をきっかけにはまりこんだ(森鴎外だけ別ですけど。私は戦前の文豪達の中で、この作家だけ大嫌いなのです)作家達です。でも、「身近に本がなかった」という答えが返ってくると言うことは、今の小中学校の教科書には、これら名作は掲載されていないということなのでしょうか? 
 もう一つ、「読みにくい」という答えの方には一段と戦慄させられます。今手に入る本なら、ほとんどが現代仮名遣い、漢字も旧字と言うことはないでしょう。そして漱石の文章は、2005年6月17日の日記にもしたためたように、1世紀前の文章とは思えない実に読みやすく古さを感じない文体です。それが「読みにくい」なんて、私には理解出来ない理由です。

 ところで、読書率の数字に関しては、もちろん他の地域での数字が判らないので比較しようもありません。でも、例えば教育熱心で知られる私の住む街の高校生達が一体何人読んだと答えるか。想像するに何とも心細い気がいたします。
 是非文部科学省は、全国規模で日本の古典名作を児童・生徒達がどれだけ読んできたか、調査すべきではないでしょうか? そして、その愕然たる結果に、おのが教育政策の過ちを思い知るべきだと思います。そうでないと、本当に冗談抜きで明治の文学は現代国語の教科書から古文漢文の方に掲載場所を移される事になるかも知れません。その時現国の教科書に一体どんな文章が載っているのか、私は怖いもの見たさに覗いてみたい気がいたします。

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脂肪は脳をたぶらかす働きをするんだそうです。

2006-03-19 21:41:20 | Weblog
 さて今日も日記をしたためておこうかとブログにアクセスしてIDとパスワードを入れて待つことしばし、会員ページにログインした私は、信じられない数字を見てちょっと固まってしまいました。昨日のアクセス数が、異常なのです。486ですよ。486。昨年末の一時期、このブログとしては非常にアクセスの多い週がありましたけど、それでも1日200を超えることはありませんでした。それなのに急に1週間分にも相当する数がたった1日で上がるなんて、一体どうしたことでしょう。タイトルにもあるようにこれは個人のごく私的なテキスト。要するに戯れ文でそんなに大したこと書いているはずも無いと思うのですが、どこか面白いと思って頂いたんでしょうか? とはいえ、だからといって一段と気合いを入れて、と言うつもりもないのがこのブログなので、なるべくったりとおつきあい下さればありがたいです。

 ところで、先週は本家の更新をさぼってしまいましたので、今日はその分も含めて2本の短編をアップしてみました。どちらもそろそろ短編というモノを書き慣れ始めた頃の作品で、この作品を書いた時分から長編小説の方も無理なく無駄なく書けるようになってきたように感じます。同人小説作家として一皮むけるかどうかという頃合いの文章。ご覧頂ければ幸いです。

 それでは本日のお題ですが、脂肪を食べると脳内に麻薬成分が分泌され、快感を覚えるということが証明され、この3月末に開かれる学会に報告されるんだそうです。おいしいものを食べると幸せになるというのが、生物化学のレベルで証明されたと言うわけでしょうか。今日のうちの晩ご飯は私が調理したカレーライスでして、市販のルーの他に色々香辛料やら隠し味の調味料やら加えて自分なりにおいしく仕上げたつもりでいるのですが、それを考慮に入れても、なぜかこれ、ついつい食べ過ぎてしまうのですね。おかわりはここまで、と決めていても、食器を洗い場に下げるとき、コンロの中からもう一口だけ、とばかりにお玉で皿にカレーを入れるのを、何度か繰り返してしまいます。頭では、「もうここまで。もうこの1杯で終わり」と思うのですが、どうしても止めることができません。それが不思議でしょうがなかったのですが、この説によれば、これは、カレーやその中の肉に含有される脂肪が刺激となって脳内麻薬が大量分泌され、幸せな気分に浸らされているからという理由になるのでしょう。
 私は、アメリカ産牛肉については、本当に怖いのはBSEじゃなくて脂肪過多だと思っているのですが、脂肪がこうして人間の脳に直接甘言を弄する力を持っていては、なかなかこの制御は難しい気が致します。なにか低カロリーなモノで同じような快感物質を脳内に分泌する機能を持つ食材があればいいんですが、通常低カロリーなモノはおいしいとは認識されませんし、おいしくもないのに快感物質だけ分泌することもないでしょう。ここは快感の機構をピンポイントで刺激するように設計した遺伝子改変食品なんていうのを研究してもらえたらいいんじゃないか、と思います。

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アメリカには日本の状況が正しく伝わっているのだろうか?

2006-03-18 22:23:56 | Weblog
 アメリカの国務長官が麻生外相にたいし、アメリカ産牛肉の輸入全面禁止を続けている日本の姿勢が「対応過剰ではないか」と述べて、早期輸入再開を求めたのだとか。もしこれがマスコミによるフィルターがかかっていない「生の声」なのだとしたら、日本の国民性が理解できていないとしか思えない発言ですね。ただ、では現実として日本人がアメリカ産牛肉を買うのかどうか、疑問もなきにしもあらずです。現実にはあり得ない完璧なゼロ・リスクを求めてやまない病的な潔癖症を患っている様に見える一方で、アメリカが国を挙げてキャンペーンに力を入れ、安い牛肉が店頭に並びだしたら、案外抵抗なく受け入れられたりするんじゃないだろうか、と思ったりもいたします。これがどう転ぶかは実際に輸入再開してみないと判らないわけで、いっそ牛肉に関しては、アメリカには消費者の説得は自分達で努力してやれ、消費者には買うか買わないかは自分達の意志で決めなさい、とそれぞれに言い渡して、政府としてこれに関わるのはやめにするというような形ではまずいでしょうか? まあそんなことをするには法律をいくつか改正しないといけないでしょうし、政府の責任放棄は許されるわけないと思うので現実的ではないのですが、アメリカに日本の消費者の実態を理解させ、我が国内の食品メーカーさんと同程度以上の努力をアメリカが自主的にやるようにし向けるのには悪くないような気もします。第一、今は妙に日本政府が間に挟まっている様に見えて、直接の関係者であるはずのアメリカの食肉産業の人達と我が国の消費者も、互いに相手の姿が見えにくくなっているように感じられます。アメリカも本気で牛肉を売りたいのなら、我が国政府に輸入再開の圧力をかけるだけじゃなくて、大勢の消費者を説得しなければいけないということは、理解していてもおかしくないと思うのです。ところが今のところあくまで政府間の話し合いに終始して、日本の消費者に自分達の提供する牛の魅力や安全性をアピールすることが全くないまま、アメリカの焦りといらだちばかり報道されて、消費者の反感を買っているように見えます。これでは、多分今仮に輸入再開しても、消費はほとんど期待できないのではないでしょうか? そのことをアメリカが判っているのかいないのか、まるで伝わらないのがかえって不気味です。

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日本の市場に魅力があるうちは、政治的諸問題もあんまり関係ないのかも

2006-03-17 23:59:59 | Weblog
 WBCで日本が準決勝に勝ち残ったそうですね。野球にはそれほど興味がない私でも、アメリカ敗退という起死回生の吉報には、思わず心が躍りました。日の丸の下、日頃は敵同士のプロ野球選手達が団結して世界の強豪に挑むというのは、なかなか燃える光景ではあります。願わくば今度こそ韓国に勝って、3度目の正直となって欲しいものです。

 さて、今日はある業界の展示会見学に。国内企業はもとより、海外からも多数参加されるこの業界ではトップクラスの規模を誇る展示会ですが、残念というか当然というか、コミケには遠く及ばないのです(苦笑)。会場を見て思わずそ比べてしまった自分が、何となくおかしかったです。
 まあそれはともかく、まず会場で目を見張ったのが中国と韓国のブースの大きさ。数年前、同じ催しを見たときには本当に申し訳程度の参加規模だったのに、今や会場でも最大規模の展示スペースを誇っていました。それに両国ともブースに詰める男女がまた満面の笑顔で愛想のいいこと。彼ら国境を越えるビジネスマン達が、自国で日本に媚びを売る非国民と非難を浴びたりしないのか、かえって心配になるくらいです。両国とも政治やら何やらでは随分冷え込んだ関係になっているはずなのですが、ビジネスの世界ではそんなこと関係ないということなのでしょうね。ようは、日本が富を生み出す力を持つ間は、貴重な「お得意様」として笑顔で出迎えてくれるということでしょう。日本国旗を焼き、自分を傷つけて抗議をする人達と、この会場で愛想を振りまく人達とが同じ一つの国の民とは信じがたいほどですが、外国人が日本のことを「フジヤマ・ゲイシャ」で理解しているみたいに、どちらもかの国のデフォルメされたキャラクターだと思えば、そう理解も難しくないかも知れません。
 もちろん日本の市場を狙うのは中国・韓国だけじゃなく、アメリカもヨーロッパもアジア諸国も皆参入の機会を狙って懸命にアピールに努めています。さて、30年後、この種の展示会が開かれたとして、まだ日本はこうして諸外国から魅力ある市場と認識してもらえるのかどうか。下手をすると日本でこの種の展示会を開催することすらままならないようなことになりはしないか、と、思わずにはおれませんでした。

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