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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

今度は小松左京が逝くのですか・・・。

2011-07-28 21:02:56 | Weblog
 訃報というのはなにか連鎖するものがあるのかと疑いたくなりますが、今度は小松左京氏が肺炎で亡くなった、という報道がありました。なんでもかなり以前から状態が悪く、坐るのも困難なほど衰弱していたそうですが、平均寿命までは生きたとはいえ、何となく早い最後だったような気もいたします。
 小松左京の作品は、実のところあまり読んだ記憶がありません。昔々のSFマガジンに短編だったかエッセイだったか忘れてしまいましたが、それを一度読んだだけで、きちんと氏の長編SFを読んだことは無いと思います。原作映画も、「日本沈没」、「さよならジュピター」、「復活の日」は観ましたが、今、どんな映画だったか思い出そうとすると「日本沈没」しか浮かんできませんし、その他にどんな作品があったのかにいたっては、ほとんどでてこないというテイタラクです。私がSFを特に好んで読んでいたのは高校生から大学生の時分ですが、アシモフ、クラーク、ハインラインやサンリオSF文庫など海外の作家ばかりで、日本の作家は小松左京・筒井康隆・星新一も含めてほとんど読みませんでした。例外は新井素子くらいでしょうか。これもSFと思って読んだというより、その独特の文体に一時目が眩んだのが一番の理由でしたが。
 いずれにしても私には小松左京が面白かったのかどうかというと非常に微妙な作家になります。ただひとつ、「日本沈没」だけは、映画とはいえその圧倒的なリアリティの前に、子供心にも「すごいお話だ」と感動したのを覚えていますが、それで作家としての小松左京が面白そうだ、というふうにはならなかったみたいです。
 でも、我が国の文壇にSFというジャンルを根付かせた代表者は小松左京なんではないか、とは思います。漫画・アニメの手塚治虫と同じくらいの重要度で、私の頭の中では認識されている感じです。氏の活動がなければその後の作家たちの活動もなかったかあるいは随分狭小な分野に押し込められていたかもしれませんし、そうなれば私の楽しみは間違いなくその一半を失っていたことでしょう。今あらためて氏の作品を読んでみようか、という気には残念ながらやはりなれないでいるのですが、そんな氏の多大なる功績には素直に感謝を評し、その永眠に対して冥福をお祈り申し上げたいと思います。

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