かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

ヨルダンに迷惑かけっぱなしというのも心苦しいものです。

2015-01-31 23:16:14 | Weblog
 今日は昼日中も時折雪が舞い、朝から晩まで空気が冷え切った一日でした。明日日曜日は少しは晴れ間が出るらしいですが、安定した冬晴れとはいかず、時折雨や雪が降るかもしれない不安定な天気になるのだそうです。明日は洗濯もしなければならないのですが、干す時には天気の変化に要注意ですね。そんな一日では有りましたが、今日は月例のカラオケ定例会の日でしたので、夜8時までしっかり歌いこんできました。いつもながら、カラオケはストレス解消にはもってこいで、これで明日からしばらく、寒さに耐えて仕事や生活を続けていけそうです。

 さて、イスラム国での人質事件、期限を大きく過ぎた今日も特段の進展が報じられないまま、一日が過ぎて行きました。一方で、ヨルダンでは死刑囚釈放検討に対して世論が硬化し、王宮前でデモも行われているのだとか。我々日本人のためにヨルダン国内が割れるというのは実に遺憾なことで、大迷惑をかけていることを意識した報道なり外交なりが行われて欲しいと切に願います。後藤氏が無事に帰ってくるのは望ましい展開には違いありませんが、そのことでヨルダンに余計な負担や軋轢が生じるのは問題です。そんなことなら、いっそ日本人のことは二の次において、ついでに可能なら助けてもらうくらいの扱いにしてもらうようにお願い出来たらと思うばかりです。
 それにしても、これまで脅迫が通じなければサクッと人質を斬首していたイスラム国が、後藤氏に限って妙に引っ張りますね。それのせいでイスラム国とのグル説など結構様々な陰謀論が語られたりもしていますが、ひょっとしたら、例えば日本における世論のあり方に戸惑っていたりするんではないか、と素人目には感じます。 例えば韓国の反日の様子は、韓国政府の発言・行動、主要マスコミの報道内容、ネット上での書き込み、これらがほとんど一致しており、日本人からは、韓国全体が反日に染まっていると判断できます。ところが日本の場合は、大手マスコミの報じる論調や雰囲気と、ネット上で拡散している論調・雰囲気はまるで違います。政府についても、イスラム国にどのような顔を見せているのかまではわかりかねますが、国民に向けている顔からすると、報道やネット上の世論とは少しズレが有るようにも感じます。これは一体どれがが本当の日本人の真意なのか、外から観ている分には図りかねるところがあったりするのではないかと思ったりしたのです。それに、主にネット上で、自己責任論で憎むべき犯人であるイスラム国に倍する非難を拉致された同胞に浴びせたり、同胞が殺害されたという写真を平然と遊び道具にしてフランスの風刺画に勝るとも劣らぬコラージュを作って公開するような国民性も、理解に苦しむ要素になっていたりするのかもしれません。
 こちらには、イスラム過激派という人々の考えはなかなか理解できませんが、イスラムや欧米からすれば信じがたいほど宗教にルーズな日本人のことも、理解されにくいんじゃなかろうかとも思います。
 人質の件はそれはそれとして大事な話ではありますが、もっと基本的な理解を互いに進めないと、交渉事はまとまるものもまとまらないのではなかろうか、という気がします。

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30年を経て再びトルコに頼る日が来るようですが、日本もいい加減自分でできる事を増やさないと。

2015-01-30 22:41:37 | Weblog
 イスラム国の人質事件、2億ドルの次はヨルダンに拘束されている死刑囚との人質交換の要求、期限は24時間、と言うのがあってその起源も過ぎましたが、新しい情報は入って来ていないそうです。イスラム国との直接交渉の窓口を持たない日本としてはヨルダン当局にお任せするより無いのですが、情報がこないのが良い兆候なのか悪い兆しなのかも判らないのがなんとも居心地の悪さを覚えさせられます。業を煮やしてか、捕まっている後藤氏が自決して欲しい、との話を公表するヒトも出てきて、何もかも混沌とした有り様です。そんな中、政府筋なる向きからは、トルコにも協力要請をしているとの発言があった、との報道もありました。過ぐる30年前、イラン・イラク戦争でテヘランに取り残された日本人200人以上を救ってくれ、東日本大震災でも尽力してくれたトルコですが、イスラム国との交渉でも過去実績を上げてきたことでもあり、今度もまた、助けてくれるのだとしたらもうただ感謝するしかありません。
 ところで、安部総理は、今回の件を契機としてか、自衛隊特殊部隊による海外での救出作戦などが可能になるよう、法整備を検討しようという意志を表明されましたが、今回のようなケースに自衛隊を投入できるようにするのはいくらなんでもハードルが高過ぎる気がします。でも、そういう議論を進められれば、30年前、海外派兵反対の一点張りで200名以上の国民の命を軽んじた社会党のような人非人を生んだ悲喜劇くらいなら、避ける事が出来そうな気がします。人様の迷惑にならないように、は子供の頃にしつけられた大原則の一つですが、国同士でもやたら頼るばだけでなく、自分達でできることは自分たちの手で行って、周りに迷惑をかけずに済むようにというのは、ごく自然の想いというものでしょう。今回の件は今回の件として全力で外交努力をしてもらうのは政府として当然のことだと思いますが、今後のためにも是非この手の検討は前向きに進めてもらいたいですね。

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Macbook Pro late2011 のGPUが、巷の問題とはちょっと違う変な感じになってしまいました。

2015-01-29 20:53:01 | Weblog
 昨日は、この今使っているMacが何時止まるか戦々恐々、と書きましたが、最近、少なくともこの2日ほどの間、妙な現象が生じていることに気づきました。GPUが、内臓のintel HD Graphics3000から、外装のRadeon HD 6770Mに切り替わらないのです。なるべくインテル固定になるようgfxCardStatusを使っているのですが、それでもフォトショップとかイラストレーターなど重たいのを立ち上げると、数日前までは確かに勝手にRadeonに切り替わっていました。それが不安を醸す原因にもなっていたのですが、昨日今日と観察する限り、以前ならたしかに切り替わっていた条件で作業をしても、gfxCardStatusの表示を見る限り、切り替わっていません。変だな、と思い今度はPC各部の温度を測定するソフトで観てみたら、CPUなどは40℃ほどになっているのに、GPUの温度が4℃、なんていうありえない数字が表示され、数時間後もう一度観てみたら、今度はまるでGPUが存在しないかのように、温度表示が消えてしまいました。これは一体何が起こっているのか、不思議で不気味でも有ります。現在、ネット上で拾える情報によると、通常はGPUが切り替わるところで画面表示が乱れ、PCがフリーズして、最終的に起動しなくなる、という順番をたどるようですが、この愛機は先にGPUが逝ってしまったと疑わせるような、とにかく予想外な状況が生じています。これを起点に、他の部分にも異常が生じて突然動かなくなったりしないだろうか、と思うと、なんとも不気味な気が致します。gfxCardStatusには、動作を内蔵インテルに固定するだけでなくて、外装のRadeonに動作固定するモードも有ります。あと、電源を落として起動し直すと最初の立ち上げ時には通常は外装GPUが稼働するそうなので、そうやって確かめることも出来なくはありません。それらを使えば疑問は一発で解消されるだろうな、と予想はしているのですが、その時がこのマックがまともに動いた最後の瞬間だった、なんてことになるのはまっぴらゴメンなので、怖くて試すことができないでいます。でも、gfxCardStatusでのGPU固定はともかくとして、再起動は他で何か起こればいずれはやらなくてはならない事ですし、避けてばかりもいられません。全くもって大変困ったことになりましたが、その時は覚悟を決めてやるよりありません。この分では、内部の掃除位は思っていたよりも早く片付けておかないと。それと万万が一に備えて高伝導性のグリスの用意と。それらが整っていないと、「いざ」というときに全くのお手上げになってしまいますから。




 
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この所、うちの愛機が何時止まるのか、と戦々恐々しながら使い続ける毎日になっています。

2015-01-28 21:01:19 | Weblog
 イスラム国拉致事件で、急展開があったようです。ヨルダン政府が、イスラム国が要求する死刑囚の釈放を決め、拉致されている後藤氏との交換に応じる見込みとの報道がありました。まだ確報ではありませんが、イスラム国側が切ってきた24時間の時間制限もありますし、多分何らかの動きが生じたのは確かなのでしょう。はっきり確実な情報が入ってくるまで静観すべきと思いますが、それが良い話であることを祈ると致しましょう。

 さて、このところ、愛用のMacbook proを恐る恐る、という感じで使っています。私の使っているのは2011年製のMacbook proなのですが、これが昨年あたりから搭載しているGPUのハンダの劣化のために、画面の乱れからやがて起動不可能になる、という問題が出始め、昨年10月には、アメリカでユーザーがアップル相手に集団訴訟する、という事態に発展した、という話を、つい最近知ったからです。昔、ハンダが鉛入りだった頃は問題なかったのが、最近の環境問題で鉛フリーのハンダが使われるようになり、それが、鉛入りに比べて熱による膨張や縮小に対して弱いために、GPUという極めて発熱しやすい部品でハンダが劣化して機械をフリーズさせてしまう。その問題が頻発しているのが、この2011年製のノートPCなのだそうです。大体動き出してから2年目位から現象が生じるのだそうで、それを知ってから、どうも恐る恐る気にしながら使う、というのが習性になってしまいました。と言ってもできることはほとんど何もなくて、せいぜいgfxCardStatusというフリーウェアでGPUの起動を極力留め、あとは温度管理ソフトで極端な昇温に至らないよう気をつける、という位しかできません。一応不幸にしてなってしまった場合の対処法もあるにはあるのですが、それが、マザーボードを取り出してオーブンやヒートガンでGPUを200℃位で焼く、というとんでもなく危険なやり方なので、怖気を振るってしまいました。幸いにして今のところ我が愛機は表示の乱れも生じず、特に問題なくこれまで動き続けているのですが、それがいつまで続くのかは神のみぞ知るというもので、そこに脆弱な部分がある以上、いつかはそこから壊れるのが道理というものです。それがなるべく遠い未来で起こるのを祈るばかりですが、不幸にして起こってしまった時に備えて、そのトンデモなく危険な回復手段を記載するサイトを眺め、予習しています。
 ただ、やっぱり一度開腹して中のホコリ等を掃除して冷却性を上げておく必要があるように感じました。家も職場も埃っぽいですし、既に2年以上にわたって使い続けているのですから、普通に考えたら相当中に溜まっているはずです。それを片付けた上で、特にこの夏をどう越すかを真剣に考えてみたいと思います。

 でも、できればジャンク品で同じ問題を抱えている機種を入手して、復活方法を試してみたいと思ったりもします。方法は怖気を震うものですが、ごっそり開けて中をいじり倒す、という事自体には大変ワクワクするものを覚えてしまうのです。それはそれで危険な性分だとは思いますが。

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何が新しくなったのやら。ただユーザーを翻弄する困ったところばかり目立つのですが。

2015-01-27 21:32:13 | Weblog
 この間から、このgooブログやメールサービスが刷新されるとかで、旧メールサーバーに蓄積されたものをユーザーが手動で新サーバーの方に移管させられたりしていたのですが、今日ブログを更新しようと自分のページを開いてみましたら、なんとまあ、勝手にテンプレートが変更されておりました。「猫にこたつ」の暖かそうな絵柄から、私の嫌いなコーヒーの柄に。色々新しいことをやるために、一時的に多少使い勝手が悪化したり面倒なことが増えたりするのは致し方ないところもあるだろうな、とは思います。例えば、こうして使い続けているMacだって、何度ユーザーを裏切って旧い資産を切り捨てていったことか。そんなのと比べれば、これくらいは可愛いものと言うべきところでしょう。でも、なんの警告も無しに、ヒトが決めたブログの見栄えを断りなく変更する、というのは、やっぱり暴挙と呼んで差し支えないやりようだと感じます。直そうと思ったらそのテンプレートが新サービスの移行の際に切り捨てられたのか、一向に見当たらないですし。たかだか月に200円とはいえサービス料を支払って・・・
(とここまで書いてたら、また「自動保存された記事データを復元しました」が出て来ました。どうもこの新サービス、肝心なところで安定が図れてないみたいです。まあ幸い今度は文章は消えませんでしたが、最近はある程度たまったところで全文コピーするよう気をつけるいるので、多少の問題には対処できるはずです)

閑話休題。

・・・支払っているのですから、もう少しユーザーに気配りしてもいいんじゃないかと思います。まあこちらもたかだか200円のサービスにそうそう無茶な文句を付けるつもりもないので、とりあえずはなにより不具合をまずは解消してもらいたいです。

 さて、本来今日は今年の花粉が昨年比1.5倍~3倍! という絶望的な数字が予測された事を記録しておこうと思ったのですが、これはまた後日に回しましょう。どうも全然逆の予報を立てている機関もあるみたいなので、それを調べてからでも遅くありませんし。

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ロシア謹製戦闘ロボットは、まだまだ主たる大統領ほど威圧感を備えるには至ってないみたいです。

2015-01-26 22:27:38 | Weblog
 今日は午後からパラパラと降りだした雨が、夜遅くには本降りになり、それなりに小うるさい雨音が続いています。今は比較的暖かな夜になっていますが、明日夜からはぐんと冷え込んで真冬の寒さがぶり返すようです。これから寒暖の差がだんだんときつくなってきますから、今まで以上に風邪などには注意しなければなりません。

 さて、イスラム国の方は1日2日でどうなるというものでもなし、と思ったら黒海議員やら元外交官やら、当のイスラム過激派はそっちのけでただひたすら政権批判に終始するという珍妙な光景を見せていますが、まあ事態が動き出すまでの暇つぶしの余興位の価値はあるかも知れないと思ってみております。そんなさなか、ロシアでは、ついに戦闘ロボットが作られ、お披露目がされたというので、youtubeからその動画を拾って来ました。

Military cyborg biker presented to Putin


 うーん、私自身は、フルフェイスヘルメットを潰したみたいな頭部には特にネットで言われているような違和感というかカッコ悪さは覚えなかったのですが、なで肩の出来損ないのマネキンのような上半身は素直にかっこ悪いと思いました。おそらく中身を隠すためなのでしょうが、グリーンの上着のシワの寄り方とかもなんともみずぼらしく見えてしまい、ハンドルを握るメタリックな5本指とかいかにも、と見えるところが霞んでしまいました。下半身は露出していて腰から太もものあたりがいかにもロボット然として格好良くも感じたのに、きっと上半身も同じような光り輝くボディだったろうにと思うと、あの上着はまったくもって残念至極でした。
 とは言え、このロボットの本質はかっこよさではなくてあくまで性能のはずですから、動画でくるりと遊園地のバギーみたいにトロトロ走るシーンだけで判断もできません。なによりまだ試作品なのでしょうし、これからどれだけブラッシュアップされるかはまだまだ未知数でしょう。いずれ鋼鉄の騎士として戦場を疾駆するようになるかもしれないわけですし、今後の進化を素直に観てみたいと思わせるものがありました。
 それにしても、とうとうこんなものまで出てくるようになるとは、数十年後には戦争のやり方が大きく変わるかもしれません。悪夢のSFのようなヒトVSロボットなんてことにはならないように願いたいですが、いずれこの進化した技術が民生化され、それこそ「プラレス3四郎」みたいなものが実現したら、それはそれで素晴らしいことだと思います。

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八百万の神々坐す我が国の反応は、一神教の欧米人や中東人には理解できないでしょうね。

2015-01-25 20:06:55 | Weblog
 土日の貴重な休みに連日で上天気という恵まれたおかげで、色々家事やらなにやら捗りました。明日から雨で、その後寒気が入ってグッとまた冷え込むそうで、まだまだ一雨ごとに暖かさが増す、という展開にはならないみたいです。まあまだ1月末ですし、そんな展開はもう一月くらい立たないと無理でしょうね。
 
 さて、イスラム国による人質事件、ついに一人が犠牲に、という発表がありましたが、それが今までのように斬首動画とかではなく、単に写真だけで情報の信憑性が問われるという、なんとも歯がゆい展開になっているようです。また、身代金を止めて、残る後藤氏と引き換えに、ヨルダンで拘束されているイスラム過激派の女性の釈放を求めているという話も観ました。この後、これらの話が最終的にどう決着が付くのか想像もできませんが、ひょっとすると相当な長期戦になるかもしれない、という観測もあり、ここはじっくり構えて新たな情報が入るのを待つ必要があるようです。
 そんな中、欧米では、日本国民の反応が自分たちとは随分違うという話が出ているそうです。悪いのは民間人を拘束し、処刑も辞さず身代金を要求するイスラム国なのに、日本人は捕まった同胞が悪いと非難しているのが大変に違和感を覚えるみたいです。報道からは見えてきませんが、ひょっとするとイスラム国の方でも、日本人の反応には戸惑うか不思議がるか、あるいは気持ち悪がられていたりするかもしれません。
 まあ均質化したムラ社会である我が国においては英雄は望まれず、わざわざ自ら難を招くような目立つ行為は忌避されますから、死中に活を求めるような冒険はなかなか理解しにくい環境にあります。それに、盗人にも三分の理、とか、悪人正機説なんてことを昔から考えていた日本人は、伝統的にキリスト教とイスラム教の対立の上で、絶対正義と絶対悪をぶつけあう関係というのは理解できない世界ではないでしょうか? そもそも大半の日本国民は、なんで欧米と中東がこんなに険悪にやりあっているのか、知識としては知っていてもその根の深さは到底理解が及ばないか、はたまたその知識すらかけていたりするのかもしれません。世界史でも専攻しない限り、それぞれの宗教の成立経緯や十字軍の話などほとんど知らないでしょうし、そんな2000年来の歴史的経緯がざっとでも頭に入ってないと彼らの互いの心情は判りそうにないですし、知ってはいても、どうして不倶戴天の敵同士になるのか、少しは譲り合えば? などと考えてしまう日本人の思考は、逆に欧米からも中東からも理解の及ばない不思議な存在に見えてしまうことでしょう。
 この日本独特の文化や姿勢が、イスラム過激派によるテロに対しどのように影響し変化していくのかあるいはしないのか、今後の成り行きを見守る中で見えてくることもあるかもしれませんね。

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死刑制度云々より、社会的な死刑の痴漢冤罪をもっと大きく取り上げる必要があると思います。

2015-01-24 21:19:31 | Weblog
 今日はぽかぽかと温かい冬晴れの良い天気でした。しかしこう天気が良いと、散歩に行くにも服装が結構悩みどころです。1時間も歩けば結構熱が上がってくるのですが、だからといって最初から薄着では、幾ら日が出て暖かいと言ってもそれはまだ1月のことですから寒くて仕方がありませんし、と言って最初の体感を元に服を重ねてしまうと、30分を過ぎた頃には暑くて汗をかいてしまいます。今の季節、汗をかけばほぼ風邪をひくことは必定なので、なるべく汗ばまず、身体がそれなりに火照る程度で散歩を終えたいのですが、その加減が難しいのです。今日も結局上着を来てでかけ、帰宅した頃にはすっかり額に汗しておりましたが、途中から歩く速さを抑える、できるだけ日陰を歩く、などの工夫の末、なんとか背中がぬれるほどの発熱だけは免れました。花粉が気になるのでマスクも必要ですし、歩くには難しい季節になってきています。
 さて、政府が行った「基本的法制度に関する世論調査」の内容が発表され、中でも、死刑制度に関する設問では、死刑容認が80.3%、否定はわずか9.7%との結果が明らかになりました。これについて法務省ではこれまでの傾向は変わらないとコメントし、我が国の世論はいまだ死刑容認の声が強いとの認識を示しました。

 まあこれも妥当というか、我が国における因果応報という古くからの意識はそう簡単には改まることはない、と言うことなのでしょう。そもそも死刑についてこれまでそんなに国民の中で議論されたことはありませんし、それどころか、「死」ということに対してどれほど経験を積み、意識が醸成されているかというとなんとも心細い限りの有り様の我が国の状況なのですから、これで変わると期待するほうがどうかしているとさえ言えます。むしろ、10%近くも否定論者がいること自体驚きといえるかもしれません。私自身は死刑は容認する意見ですが、冤罪の問題を考えると、その運用は慎重になされるべきだとは思います。でも、死刑云々なんて実はさほど大した問題じゃないのではないでしょうか? なんとなれば、死刑に相当する罪を犯したり、そんな犯罪現場に立ち会ったりする可能性は、どこぞの少年探偵の身内でもない限り早々ありえない話ですし、身近でない話を真剣に考えられるほど高い意識は持ちあわせてはおりません。そんなファンタジーに近いめったにない話より、むしろ痴漢冤罪のような、社会的に死をもたらしかねない司法の問題のほうが、現代の「死刑制度」と呼ぶにふさわしいはるかに大きく切実な問題なのではないかと思います。まあこれとても車中心の田舎生活からするとそれほど身近というわけでもないのですが、仕事で大阪や東京に出る事は年に何度かはあるわけですし、その際に殺人的なラッシュに巻き込まれたことも1度や2度ではありません。となればそのような悪夢は何時でも振りかかる危険性のある話になりかねないわけです。法律や司法に関して話をするのなら、死刑制度云々を討議するより、まずはそういう身近な話題から取り上げてもらえないかと思います。

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戦場報道は素晴らしい仕事だと思いますが、その生死はやはり自分の責任では?

2015-01-23 21:23:32 | Weblog

 イスラム国による拉致殺害予告、ついに時間は過ぎましたが、今のところ新しい展開はないようです。これから一体どうなるのか、素人には知る由もないことでは有りますが、叶うことなら生きて帰って欲しいとは思います。この件では、身代金の2億ドルを巡って様々な言説が飛び交っておりますが、大体において、イスラム国に誠意を見せよと何らかの形で払えという人々と、自己責任を看板にテロには屈せず一切拒否、という人々に色分けされるみたいです。まあ見事なまでに左側と中~右と、まるで阪神甲子園球場の虎の応援団みたいな有り様になっておりますが、そんな戯画的な一面はともかくとして、オンラインメディア「現代ビジネス」編集長 瀬尾傑氏の言う、「簡単に自己責任だというのではなく、冷静に考えるべき」という指摘には少し考えさせられました。瀬尾氏いわく、「戦争報道が、ジャーナリズムの中心」、「米軍の嘘、現地民の声など、現地に行かないとわからないことがたくさんある」、「ジャーナリズムにおいて、戦争取材は極めて重要な役割を果たしている」等々ですが、なるほど、我々情報の消費者は彼らの決死の行動によって貴重な情報を入手することができているわけで、政府の注意を無視して勝手に行ったならどうなろうが自己責任だ、という論調に対しては、一定の反論にはなっているような気がします。ただ、これらの言葉をみて思ったのは、なるほど、ジャーナリストが強烈な報道マン魂を燃やして献身的な取材をなしたのは間違いないのでしょう、でも、こちらから「死んでくれ」とお願いしたわけではないですし、そうやって死と隣合わせになりに行く際の使命感はその人個人のものであって、いってしまえば自己満足、そんなものを錦の御旗と掲げて平和な世界に安住する人々を論難するのは少々図に乗りすぎているのではなかろうか。いやいや、ご本人はちっともそんな上から目線ではなくて、「自己責任」の4文字で単純に切り捨てるのではなく、戦場という極限状況を取材する報道マンの事をもう少し理解してくれ、という位のものなのではなかろうか、と思わないでもないですが、それでも、自己責任論とそれとはちょっと違う気がします。私はそんな報道マン魂は偉いと思いますし、その行動力や素晴らしい業績には尊敬もします。そのために命を落とされたとしたらそれは仕事に殉じられたわけで、大いに悼みましょう。でも、その死の理由を考えると、それはやはり自己責任ではないでしょうか。これは別に戦場報道にかぎらず、モータースポーツの世界とか他の分野でも当たり前にある話で、そのヒトが死んだとしたらそれは自分の責任において死んだのであって、逆にそうでないとしたほうがそのヒトを侮辱することになるのではなかろうか、とも思います。

 もし不幸にして今回この2人が亡くなることになったとしたら、せめて自分の心の内の熱いものに殉じて逝ったと信じたいです。

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花粉症? のせいで寝られなくなったのは困ったことです。

2015-01-22 22:36:57 | Weblog

 今朝は暗いうちに目が覚めてしまいました。枕元の時計を見ても何時かにわかには分かりかねる暗さで、まだ夜中のうちにあることは確かだろうと思えました。とにかく二度寝しようとそのまま布団に転がっていたのですが、結局寝られず、起きだして電灯をつけて時計を見てみれば、まだ朝の5時でした。してみると、最初に目覚めた時は多分4時過ぎだったのではないかと思われます。

 原因は、鼻炎です。先日来、時折我慢できないくしゃみが連続で襲う事があって警戒をしていたのですが、とうとう単に鼻がむずむずする段階を越えて、昨日辺りから鼻が詰まりがちで、特に鼻の左側を中心に、頭重感が強く感じられるようになってきてました。何の事はない、いつもの副鼻腔炎ですが、それが明け方に一段とひどくなり、鼻が詰まって呼吸が阻害されたのが、目覚めた原因のようでした。睡眠時無呼吸症候群なのかその一歩手前なのか、いずれにしても不愉快極まりないのは変わらないため、今夜から抗アレルギー剤を飲むことにしました。幾ら次世代型とは言え多少とも眠くなるのは避けられない薬ですが、明日はもう金曜日ですし、一日くらいは多少眠くてもなんとかなるでしょう。

 というわけで、今日はとっとと寝ることにします。明日はイスラム国による拉致日本人の殺害予告の日、一体どういう顛末になるのか、明日はニュース速報から目が離せないかもしれません。

 

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ひょっとして知らぬ間に疲れが溜まっているのか、久しぶりに完璧に寝坊しました。

2015-01-21 20:31:00 | 夢、易占

 最近ブログ入力がまたおかしな具合になってきて困惑しています。普通にタイピングしているはずなのに、突然その文字列が消えてしまうのです。一応、「自動保存された記事データを復元しました」と画面には出るのですが、それまで入力した文章はそこには全く出てこず、真っ白の入力画面が現れるばかりです。大体100文字くらいまででそうなることが数回起こっているのですが、一体これは何なのでしょうね。まあ文書量が少ないうちなので実害はさほどないのでは有りますが、どうにも気になる現象です。何か再現できる方法があれば対策もまた立てやすくなるのですが、ぐぐってみてもそれらしいものはヒットしませんし、しばらく様子を見るよりなさそうなのが困ったところです。

 さて、今朝は思い切り寝坊をしてしまいました。普段なら朝6時過ぎになりだすよう設定したFMラジオが動き出すはずなのですが、どういう塩梅か何故かその設定を切っていたようで、ふ、と目覚めて時計を見たらもう7時半になっていました。なんとか遅刻はせずに済みましたが、昼の弁当を作る時間が無くなるという被害が発生しました。普段は目覚ましがなくても6時過ぎには目が覚めるものなのですが、どうも休みボケが遅れて出ているのか、その自然覚醒時間が1時間ほどずれてしまっているようです。それを助長しているのが、昨夜午前2時20分に一度目が覚めてトイレに立ったからかも、と思っています。ここしばらく、夜中に目覚めてトイレに立つことはついぞ無かったのですが、風呂あがりの水分補給などもう少し考えないといけないのかもしれません。

 そんな中途半端な目覚めの時に見た夢が何故か鮮明に頭に残っていましたので、記録しておきましょう。

 自宅にいます。夕方~夜の時間帯です。下の娘を連れて耳鼻科に行こうと考えていますが、時間は18:30(?)、受付終了時間まで後30分というところです。今から行けばギリギリ間に合いますが、診察してもらうとすると待ち時間が1時間半はかかります。もう今日は諦めて風呂に入ろうか、と思いましたが、やっぱり行くだけ行ってみようと思い直しました。そこで、暇つぶしに本を持って行くことにしました。ふと思いついて、『涼宮ハルヒの憂鬱』の一冊を下げていくことにしましたが、本棚まで3m程離れたところからはその本の場所がわかったのに、近づいていざ文庫本を取ろうと思ったら肝心の本がありません。あちこち探してみましたが、どうしても見つからず、諦めて行こうと思う一方で1時間半の待ち時間を考えるとやっぱり何か欲しくなる、というジレンマに悩みます。そうするうちに、テレビがうるさいのが気になりだしました。番組は何かよく判りませんが、嫌いなバラエティか何かのようです。テレビは25インチのブラウン管タイプで、昔うちで使っていた型です。右下に2センチ角くらいの黒い押しボタン式のスイッチが有り、それを押せば電源が落ちるはずなのですが、何度やっても一向にテレビが消えません。これはリモコンで操作する必要がある、と部屋を見回してリモコンを探しました。部屋は床に本などが散らばり雑然としていますが、スマホ程の大きさの黒いリモコン本体はそのどこに紛れたのか見つかりません。あった、と思ったら電卓だったりしてイライラが募ります。もう時間がないのに! と腹を立てながら、もう無視して出発しようか、などと考えていました。

 

 

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吉凶入り乱れているような感じのする夢を観ました。

2015-01-20 21:42:30 | 夢、易占
 最近、少し日が伸びてきたのを実感しています。午後5時頃、ついこの間までは真っ暗でしたが、今は明かりがなくても車を走らせることができる位です。いずれもう少し伸びてくれば、いよいよ春の到来が実感されるようになってくるでしょうね。その一方で、一昨日くらいから突然くしゃみを連発するようになってきました。ひょっとしたら、もう天気の良い日はごく少量ながらスギ花粉が舞うようになってきているのかもしれません。ここまで時としてマスク無しで出歩くことも有りましたが、そろそろ気をつけないといけないかもしれませんね。
 さて、昨夜はかなりはっきりした夢を幾つか観ました。そのうち、一つだけ記憶に残ったので、それを記録しておきましょう。

 どこかの地下鉄?の駅から地上に出る階段を登っています。多分大阪の何処かで、この間行った本町辺りかもしれません。その階段の中程に踊り場が有ります。それを過ぎたら、後は地上までまっすぐ上がるだけ、というところです。そこの中央に、一人の老婆が倒れています。地上の方に頭を向け、顔は左下で表情は見えません。うつ伏せでやや左半身になって寝そべっています。その頭からは白髪、というより美しいと感じるくらいに見事な銀髪が豊かに腰辺りまで覆っています。その老婆の頭のすぐのところにある階段を一段上がったところから、5人づつ3列になって子ども?がしゃがみ込み、老婆を見下ろしています。周囲のヒトはまるで意に介する事無くその老婆や子どもたちを避けて階段を過ぎていきます。私は、怪我をしているかもしれないと思い、よほど老婆に声をかけて助けようかと悩みましたが、その3列×5人が老婆の関係者のように見えましたので、あえて触れず、そのまま階段をあがることにしました。
 階段にはところどころに大便のような汚物がなすりつけられて汚れています。やがて階段を登り切ると、外の光が眩しいくらいに白く輝いていました。ところが、その階段の出口、後一段登れば出られるというところの私の左側で、一人の中年の女性が四つん這いになってうずくまっています。その友達らしい二人の女性が、一人は左(つまり私と反対側)、一人は頭の方(つまり外側から)女性に声を掛け、励ましているようです。女性は苦しそうに顔をしかめながら、時折えづいて吐こうとしていますが、今は出るものも出てしまったのか唾しか出てこないようです。そう思って見てみますと、女性の足元の方になにやらぶちまけた跡があるように見えました。そこで私は、階段の汚れもこの女性が原因か、と考えていました。

 ・・・さて、美しい銀髪を意味あるものと捉えるならかなりの幸運に恵まれそうですが、老婆とか子どもというのがよく判りません。一方、中年女性の吐く、というところに着目すると、悪いものを出してすっきりする悪運昇華の吉夢と言えそうですが、階段がいたく汚れているのが気になります。吉か凶か、あるいはなんてこと無いただの夢なのか、しばらくは様子を見ながら、心の声とゆっくり対話してみるのが良いかもしれません。

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食事は教育と言いながら毎度大量の残飯を出すのは、反面教師としても問題ありすぎなのでは?

2015-01-19 22:25:14 | Weblog
 今日は朝から小雨が渋り、車のフロントガラスが真っ白になっていました。午後には上がって晴れ間も見えていたようですが、明日いったん天気が回復したらもう翌日には雨になるのだそうです。こうも目まぐるしく天気が移り変わるのは、そろそろ冬も峠を越えて春の兆しが見えてきたということなのでしょうか。1月もまだ半ばを超えたばかりで流石にそれは早過ぎると言う気も致しますが、世の異常気象ぶりを考えるとあながちそれもありえないことではないような気もします。とするとスギ花粉の立ち上がりも例年になく早いかもしれません。早めに警戒して、対策を取るべきなのでしょうね。

 さて、民主党代表選はあまり代わり映えのしない形で落ち着いてしまいましたが、維新の党最高顧問の橋下大阪市長は、民主党も体質が変わらないと国民からの大きな期待を集められない、と発言されたそうです。仰るとおりだと思いますが、個人的にはいくら期待しても無理なのではなかろうか、という気もします。余程の覚悟と不退転の意志を持って変革を志さないと、民主党に未来は無いのではないでしょうか。
 とは言え、橋下市長にはひとんちの心配よりもやっぱりまずは足元の問題に目を向けて欲しいですね。橋下市長が積極的に推進した政策、中学校での学校給食、既に散々不評で給食を残す子どもが続出しているそうですが、その原因の一つに、衛生管理を徹底するあまりの冷たいままの配食、という課題があるのだそうです。なんでもご飯はそれなりに暖かくしてあるとのことですが、食中毒を警戒し、おかずについては10℃で保管して生徒に提供されるのだそうです。コンビニなどと違って温めなおす施設は学校にはなく、子どもたちはこの冬の寒い中、冷たいままのおかずを口にせざるを得ないのだとか。「栄養管理やカロリーコントロールがされた適切な昼食の提供は、一つの教育だ」という橋下市長の理念は立派な一つの見解だと思うのですが、単に栄養管理しただけの食事など家畜の餌と変わりありません。食事が教育だと言うのなら、食べ物や、それを提供する仕組みや人々に感謝するような心を涵養するように内容を整えねばならないでしょう。おいしくもなく冷えきった料理を供され、それがほとんど残されてしまうのを放置するのは、明らかに教育的に逆効果と言わざるをえないと思いますが、橋下市長をはじめ、この形に給食を決められた人々の中に、この給食を自ら食べてみたヒトは果たしているんでしょうか?

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受信料、ネット一律徴収はさすがに無理無体だと思いますが、NHKはどうするんでしょう?

2015-01-18 22:36:20 | Weblog
昨日と打って変わり、冬晴れの今日は朝から洗濯と久々の布団干しを行いました。もうすぐスギ花粉が飛び始める季節になるはずなので、この1月中の休日の晴れ間は実に貴重です。できれば来週も晴れてくれると嬉しいのですが、さてどうなりますことか。

 HNKがいよいよインターネットに接続できる装置に対する受信料の徴収について、本格的な検討に入るのだそうです。昨年夏に、籾井会長が将来的にはスマートフォンユーザーから徴収する意向を示し、また、インターネット時代に即した受信料制度のあり方を検討もしています。おりからこの4月からはテレビ放映の一部番組を寝途上でも同時配信する予定なのだそうで、それに伴い放送法や受信料制度の見直しを本格化させるとのことで、場合によってはインターネット=受信料徴収となりうるのだそうです。
 さて、テレビはその誕生の時からNHKが放送をけん引し、その技術についても多大な貢献をなしてきており、その存在感の大きさは、それを了とするか嫌悪するかは別にして巨大なものがあるのは事実です。テレビを見る層の幾らかはNHKを観ており、受信料についても色々言われてはいますが、まだしも納得できなくもない話ではあります。ですが、ネットではどうかというと、インターネットが十分に普及してからの参入で、ネットの発展に果たしたNHKの貢献はほとんど無いのではないでしょうか。それにそもそもNHKを受診するためなのはおろか、動画を見ることを主目的としてPCやスマホを使っているヒトはそう多くいないと思われます。スマホの場合は容量制限もあってそうそう大容量の動画を観るわけにもいかない環境のヒトも多いでしょうし、そもそもそういう用途を禁止しているような業務のためのPCやスマホも結構数が出ているのではないでしょうか? うちの職場のPCはフィルターがかかっていて一部のサイトなどが観られないように設定されていますが、NHKのサイトもそうやってブロックできたとしたらそれはどうするんでしょう?
 そんなこんなを考えてみますと、やっぱりネットでの動画配信は有料会員制でやるのが一番自然だと思いますが、一律徴収など決めたらそれこそ暴動の一つも起こるんじゃなかろうか、と危惧致します。ネット時代に対応したシステム構築は組織として必要なのは理解できるとして、あまり訳の分からない制度設計をしないように期待したいですね。

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自身大した被害も受けてないのに、20年経っても怖気を震う衝撃はなかなか醒めやらぬものがあります。

2015-01-17 21:30:27 | Weblog
 今日は昨日に続いて朝から天気がいいのか、と思っておりましたら、昼間、急に暗くなって強い風が吹き出し、バラバラと屋根を打つ大粒の雨が降ってきました。気づいたのは一回だけですが、雷も鳴っていたようです。午後はゆっくり散歩でもしようと思っていたところだったので、この天気に出鼻を挫かれてしまいました。明日は天候も回復、一日晴れ模様らしいので、今日の鬱憤は明日晴らすと致しましょう。

 さて、今日は阪神・淡路大震災からちょうど20年目の節目になります。今でも思い出すことができますが、明け方の真っ暗闇の中、軽くグラっと来て、布団の中で、地震か? と目が覚めたかと思ったらいきなり建物全体がグガガガガッ! と激しく揺さぶられ、揺れが収まるまで硬直して布団をひっかぶっておりました。ただ、その後は収まってそれ以上の揺れもありませんでしたので、その日は健康診断の検診日で朝ごはんも抜かないといけなかったのもあって一旦二度寝し、出向いた検診先で観たテレビの中で、阪神高速の高架がベッタリと連続して崩れているのを見て、それが事実と信じられずただ仰天したことを覚えています。
 他に覚えているのは、阪急電鉄のたしか三宮駅だったと思いますが、完全に潰れて観る影もなくなった駅の様子とか、やはり阪神高速で崩落した高架の端っこに引っかかって半分宙ぶらりんになったバスとか、ヘリの空撮で神戸市かどこかが空襲で設けたみたいに焼け野原状態になっているのとか、いずれもテレビの映像ですが、すさまじいまでの破壊の数々にひたすら驚くばかりでした。
 今は三宮とか元町とかはすっかり綺麗になってあの惨状はすっかり歴史の中に整理されてしまった感がありますが、直下で激震を食らった方々には、私などよりもよほど恐怖の体験を刻み込まれている事でしょう。
 
 でもこの年って更にオウム真理教の地下鉄サリン事件なんかもあって、とにかく騒然とした1年だったような気がします。あれから20年、台風や地震、火山噴火など、毎年のように何かの自然災害が起こって世情を騒がしましたが、被害わずかながら暗闇で存分恐怖を味あわされたこの20年前の惨事の印象が、個人的には最も強く印象に残っています。合掌。

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