かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

インクカートリッジ再生は違法だそうです。

2006-01-31 21:50:12 | Weblog
 昨日からさる地方都市へ仕事で出張っておりました。一通り片づいたところでこの日記を付けようとインターネット喫茶を探したのですが、なんとこれが見つかりません。今時ちょっとした都市ならネット喫茶の一軒くらいあるだろうと駅前の繁華街をうろうろした末、ようやく見つけた電話ボックスで電話帳をひいてみたら、一冊目は見事その必要なページだけ破り取られて見ることがかなわず、隣のボックスの電話帳でようやく何軒かあることが判りました。でも、住所だけ判っても地図がないのですぐどうこうできるお話ではありません。しょうがないので一旦ホテルにチェックインし、フロントで聞いてみたところ、「郊外へ5キロほど国道を走ったところにあります」。
 車があるならいざ知らず、夜中に不案内な道を徒歩でそれだけ行くのはあまりに無謀ですし、だからといってわざわざタクシーを使ってまで行くのはまた大人げない。結局やむなく一回休みになってしまいました。今度地方へ行くときは、PC持参でネット環境の整ったホテルを探す事にします。
 
 さて、結構前から二大インクジェットプリンターメーカー、キャノンとエプソンのインクカートリッジ再生品が売られていますけど、キャノンが再生カートリッジの輸入販売差し止めと在庫品の廃棄を求めた裁判の控訴審判決が今日あり、キャノンが全面勝訴したんだそうです。一審では請求その物を棄却していたのですが、二審ではカートリッジの構造そのものが特許の本質部分に相当し、インク詰め替えによる再生はその特許を侵害する行為に当たると言うことだそうです。輸入元が最高裁へ控訴するのかどうか、まだ判りませんけど、これで確定となると詰め替えインクなどもひょっとしたら日本ではおいそれと手に入らなくなったりするのかも知れません。まあ今のところこれはキャノンだけの話なのでしょうし、私のはヒューレットパッカードなのですぐ影響が出たりするということもないでしょう。まだ判決が出たばかりと言うこともあるんでしょうけど、今日仕事帰りに日本橋に寄って見てましても、堂々目立つところに再生品カートリッジを展示販売していましたから、今のうちならそれなりに手にはいるんだろうと思います。何より、輸入品と言うことなら、今の世の中、それなりに探せば個人で輸入する道もあるのでしょうし、アメリカはカートリッジ再生や詰め替えインクが盛んに使われる所らしいので、その気になればたとえ日本で違法が確定しようとも、その気になれば幾らでも入手する方法はありえそうです。
 まあA4全面フルカラー印刷をばんばんしても気にならないくらい純正インクが安ければ、そんなまがい物も無くなるのではないか、とは思います。メーカーはプリンター本体でしっかり利益を上げて、インクを安くするとか出来ないものでしょうか? 全体として同じコストがかかるとしても、ランニングコストが安くつく方が消費者としてはありがたいと思ったりするのですが。

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片付けても片付けても我がお部屋マシにならず・・・(苦笑)。

2006-01-29 22:07:53 | Weblog
 今日は一日小春日和のうららかな天気でしたので、久々に布団を干しました。もう少ししたらおおっぴらに布団干しなど出来なくなる花粉の時期になりますので、今日干せたのはありがたかったです。これで今夜はふかふかぬくぬくの寝床で夢を紡ぐことが出来そうです。

 ついでに部屋の掃除をこれも久方ぶりに行いました。大分放置していたという自覚はありましたけど、まあゴミが出るわ出るわ。しかもこれだけ処分しているのに一向に片づいた風に見えてこないと言うていたらくで、正直疲れ果てて進捗状況多分50%位で一旦停止しました。一応ほとんど見えなくなっていた床やテーブル面が、かなり見えるようには出来ました。あとはあちこち半ば強引に詰め込んだ物品達を改めて吟味選別の上、しかるべき所に納め直す必要があります。それをしておかないと、一旦は開放された「土地」が、それらから溢れる物達によってじきに埋め尽くされるのは目に見えているからです。
 
 それにしてもつくづく自分は捨てるのが苦手なのだなと感じさせられます。どう考えても1年以上使わずじまいのものがあちこちに山積しているのです。通常1年間使わないでいたと言うことはまずもってこの先使う可能性は低いですし、すっきり処分してしまえばいいのですが、もしかしたら、ひょっとして、と思うと、なかなか思い切るのが難しいのです。
 雑貨でそうですから、本なんてまずめったに捨てることが出来ません。どう考えても二度と開くことはないだろうと容易に予測されるような本でも、それが余程つまらなかったならともかく、捨てることが出来ないのです。それでいて毎月最低数冊づつは本が増えていくのですから、置き場に困ってあちこち本置き場に変化していくのです。
 これまでの人生で、主に引っ越しのために何度か本を処分したこともありますが、いずれも身を切るような思いをした事を覚えています。どの本を処分し、どの本を残すか、もう無条件で分けられるような必須のものや未練のないものは早いのですが、困るのはその境界線上にあるもので、捨てるかのこすか判断に苦しみます。どうするか決めるのに中身を確かめにかかったりしようものなら、すっかり読みふけってしまって片づけが進まなくなります。といって確かめないまま捨てたりしたら、あとで取り返しのつかない後悔をしてしまいそうな気がします。結局、時間がない事を理由に判断を先送りして、詰め込めるだけ荷物に詰め込んでしまうのです。おかげで引っ越しのような在庫一掃のチャンスでも、なかなか書籍の減量に成功した試しがありません。
 今も文庫本や新書は本棚に2重に入っています。後ろ側に積んだ本など、多分3年以上開きもしなかったものが眠っていそうです。更に押入にも箱に入れた本やコミックスが幾つかあって、どこに何が入っているのか、既に記憶も曖昧なくらい死蔵されています。この際思い切って片付けようかとも思うのですが、きっと取りかかり出すととんでもなく時間と労力がかかることは間違いないので、どうしても二の足を踏んでしまいます。なにか片づけをスムーズに進めるいい方法は無いものでしょうか?

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長生きしたければお酒も選ばねばならないのかも?

2006-01-28 21:35:49 | Weblog
 1月23日に壊してしまった愛用の単車の方向指示器、ようやく部品が届きまして付け替えました。これで安心して走ることが出来ると言うものですが、当然ながら壊して新調した方がいかにも新品の色つやで、もとのままの方と歴然とした差があります。といって壊れてもいない反対側を付け替えるのももったいない話ですし、といっていちいち新しくきれいな奴を汚すのも馬鹿馬鹿しいです。結局よほどへまをしてまた壊しでもしない限り、廃車までこのままヘテロクロミアな方向指示器で走ることになりそうです。
 
 さて、昨日は珍しくアルコールを口にしましたのですが、偶然今日目にしたニュースでお酒に関する面白いものがあったので、ちょっと備忘録がてら書いておこうと思います。アルコールは適度に飲むと体に良く、長寿に繋がることが知られております。お酒の摂取量と死亡率をグラフにするとJ型のカーブになり、アルコールを飲まない人や大酒のみよりも、適度に飲む人が一番長生きという結果が得られるのです。これは、アルコール自体に血管系の病気を予防する作用があるらしいですが、実は酒の種類によっても違いが出るそうで、それは単にアルコールだけの効果ではなさそうだと説明されています。確かにフレンチパラドックスでも赤ワインのポリフェノールが取りざたされましたし、ワインとか日本酒には、他にも色々身体によい成分が含まれているとのことです。
 ところがデンマークにおける調査によると、単にお酒の種類の問題だけではなく、ワインを好む人達とビールを好む人達とでは食べ物の選択も随分違う事が判ったんだそうです。具体的な内訳を列挙いたしますと、ワイン派は、オリーブ、果物、野菜、低脂肪な肉や牛乳やチーズをよく購入し、ビール派は総菜、砂糖、ポテトチップス、バターやマーガリン、ソフトドリンクなどを多く購入するのだとか。つまりワイン派の方がより健康的な食材を選ぶ傾向が強いという事だそうです。 また、ワイン愛好家は教育レベルが高く、高収入で心理機能も高く、主観的な健康状態が良好という報告もあり、同じ傾向はアメリカの研究でもデータが出ていて、ワイン愛好家は教養豊かで健康で痩せているんだとか申すそうです。
 ただ、この報告、日本人においても同じような結果が得られるかどうかは判りません。第一、日本なら当然日本酒や焼酎も調査対象として選ぶ必要があるでしょうし、水代わりにお酒を消費する白人と我々とでは遺伝的にも習慣的にも全く異なるわけで、その結果もまた全然違うものになる可能性だってあるわけです。といいつつも、日本のアルコール関連の宣伝、とりわけテレビCMは、ほとんど発泡酒一色と言っても過言ではないでしょう。今の段階でそれが悪いとか言うつもりはもちろんありませんが、もしこのデンマークの研究が日本でも適用されて同様の結果が出たりした場合は、ちょっと酒造メーカーも考えて頂かねばならないかも知れません。もちろん当たり前ではありますが、各個人がまず食べ物に気を付けようというのが一番なのは言うまでもありません。

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私の一番の好物は、多分小豆の粒あんです。

2006-01-27 22:38:40 | Weblog
 今日は久しぶりにアルコールが入っておりますので、かなり文章が怪しいそうです。基本的に私はお酒はあまり好きではなく、普段は全く飲みませんし、今日のように飲み会があるとき、せいぜい瓶ビール半分にワインを2,3杯も飲めば十分、という位です。もっとも昔は割と馬鹿みたいに飲んでいたときもあって、急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれたこともありますし、一晩中友人達と飲み続けていたときもあります。結局年とともにアルコールの耐性が失われてきておりまして、飲み過ぎるとたちまち肉体に響くので、自然控えるようになってきているのです。
 嗜好品としては私はお酒よりも甘いモノの方が断然よく、その甘いモノの中でも、チョコレートやケーキよりも和風の方が好ましいです。特に粒あん系のお菓子には目がなく、大福餅や三笠まんじゅうが大好きなのですが、その中でもおはぎがこの世でもっともおいしい嗜好品だと信じて疑いません。あと、今の季節ならぜんざいなども時折無性に食べたくなります。「マリみて」では主人公の祐巳が「缶入り汁粉」を買って友人達に笑われておりましたが、私自身は缶入り汁粉も好きで、自動販売機でよく探していたりします。残念ながら滅多に見かけないので、手にはいることはあまりありませんが。
 ところで、なぜ小豆あんが好きなのか、正直なところよくわかりません。油を多用する西洋菓子よりも遙かに健康的だから体が安心して欲するのだと一応もっともらしくへりくつをこねてみたりもいたしますが、少なくとも物心ついた頃にはもう好きだったようで、近所で売っているおはぎが大の好物だったようです。少し長じて学生の頃はあんパンに執心しており、多いときには一日で5個くらい平気で食べておりました。さすがに今はいっぺんにそれだけ食べることはありませんが、今でも1kg入りのあんこを買ってきて、50gずつくらいに小分けして冷凍庫にしまい、毎朝解凍してはトーストに塗って食べたりもします。
 ただいくら餡が好きでも相性というモノはあって、二度と食べたくない組み合わせもあります。私は朝食に欠かさずヨーグルトを食べるようにしているのですが、普段はジャムで味付けするのを、一度ものは試しと保存してあった粒あんを混ぜてみました。結果は見るも無惨で、もう二度とやるまいと堅く自分を戒めたものです。
 ところで同じ小豆あんでも、こしあんにはさほど興味を引かれないのです。素材は同じですし、味質的にはほぼ同じだと思うのですが、粒あんの方がよほどおいしく私には感じられます。子供の頃食べたおはぎで刷り込まれてしまったのか、はたまた別の理由があるのか定かではありませんが、たかだか小豆一つでも、私の中ではなかなかドラマが展開されているようです。
・・・この寒さを思えば、明日のおやつはやっぱりぜんざいでしょう。もう今から楽しみであります。

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あなたに食べられるものはこの世にありません。

2006-01-26 21:09:46 | Weblog
 今日はインテックス大阪で一仕事。とあるブースの店番をしておりました。ところがこれが寒いの何の。コミケほど人が来るイベントでもなし、妙にゆったりレイアウトされた展示スペースのせいもあってその様子たるや寂しいくらい。そのくせぽつぽつと忘れた頃にお客様がいらっしゃるのでむげにもできず、ヒマそうに見えてヒマでない中途半端なところが厄介でした。それに当然暖房なんてありませんし、今日ほど手元に火鉢が欲しいと思ったことはありません。ところがそれでいて今日一日は妙に眠くて、人通りが途絶えるたびに気がつくとうつらうつらしかけておりました。帰りの電車では直前までページをくっていた本を落として、初めて眠り込んだことに気づく始末。これだけ眠いと夜とっとと寝られそうなものですが、これがまた布団にはいるとなかなか寝付くことができないので困っております。

 さて、日本のマスコミはどうもなんというか、ちょっとヘンじゃないか、と前々から思っていたのですが、今回それを改めて再認識いたしました。例のアメリカ産牛肉輸入停止問題ですが、これに関連して米農務省次官が「車を運転して事故に遇う確率の方が、牛肉を食べてBSEにかかるよりも高い」と発言したのに対して、なにを馬鹿なことを言うんだとばかりに噛みついて、その発言を問題視しておりました。でも、この発言のどこがおかしいのか、私にはさっぱりわかりません。なぜなら、事実そうだからです。
 日本の交通事故死者は少し前まで約1万人、今はざっと7千人くらいだそうですが、毎年確実にそれだけの死が量産されていることは、疑いない事実です。対してBSEの感染者や感染による死者はどうかというと、比べるべくもありません。それは日本の規制が功を奏しているからというのはありますけど、では、規制以前、皆が大量にアメリカ産牛肉を消費していたほんのこの間まででBSE感染者は交通事故死者に匹敵するほど量産されていたかというとそんなことはありませんし、今回の輸入再開で入ってきた危険部位未除去肉がすべて消費されたからといって、交通事故に匹敵する死者を量産することはあり得ないわけです。ですから、善意に解釈すれば「それくらい危険度は低いので、今回の間違い肉を万一食べてしまった人も、まず安心していいですよ」というメッセージとしてとらえることも可能だったはずです。ところがやったのは揚げ足取りにもならない言いがかりで国民を不安に陥れつつ、「食の安全にリスクの高低はなく、リスクがあるのはダメだ」などと公共の電波で平気に垂れ流す愚行です。ホントにマスコミはこんな発言を本気でしたんでしょうか? アメリカ憎しのあまり、勢い余って言ってしまったというならまだしも、もし本気で言ったのなら、救いようがない無知です。一言、あなたの口に合う食べ物はこの世に存在しない、と教えてあげたい。なんと言っても、安全度100%の食品なんてものはこの世にありませんから。どんなに長い食経験があっても、また、体の維持のために必須の栄養素を含んでいても、食べ物を摂取すると言うことは、一定の危険因子もまた背負い込むことになります。たとえば最大の発ガン原因は食品という説もあるのです。それに日本人のように摂取カロリーがオーバー気味の場合は、どんなに安全度を極めた食品を食べようと、むしろリスクばかり高まっているとさえいえるかもしれません。ましてや、もし脂身たっぷりの肉や魚、フライや天ぷら、バターをふんだんに使ったケーキとか、タバコなんてものをゼロリスクを求めたその口に入れているのだとしたら、思いっきりドアホウと言ってあげたい。
 農薬だの食品添加物だのBSEだのと理解もしないまま小うるさく騒ぎ立てる前に、まずリスクとはいったい何かについてもっと正確に認識して欲しい。そしてそれを国民に正しく告げ知らせる役目を担ってこそ、責任ある報道機関といえるのではないでしょうか。適当な暴言を垂れ流して責任をとろうとしない悪い癖は、いい加減本当に改めてもらいたいものです。

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「西遊記」VSライブドア社長逮捕劇は、「西遊記」が勝ったそうでまずは祝着です。

2006-01-25 22:50:06 | Weblog
 気象庁の3ヶ月予報が修正されて、2月が寒いとおっしゃいました。12月の時には寒さが緩むと言ってたのに! 北極の寒気が蓄積時期に入ったと思っていたら、放出傾向に変わったんだとか。別に気象庁のせいではないのですが、期待していただけに何かだまされたような気がいたします。

 さて、ライブドア元社長を乗せて拘置所まで運んだワゴン車を追っかけた生中継、視聴率17%もあったそうですね。わずかな世帯数で計測される数字にどれだけ意味があるのか疑問としない訳ではありませんが、相当数の人がこのニュースに見入っていたことには間違いないのでしょう。そんな現実にくだらないと毒づきつつちょっと空恐ろしさを覚えてしまいました。そんな茶番を見ている人たちや報道する連中の感覚がさっぱり理解しがたいと思いましたけど、一方でほんのちょっぴり、やっぱり私の方が感覚的におかしいのか? と思ったりもするわけです。そのとき私が何を見ていたかというと、裏番組の「西遊記」でした。で、その視聴率はというと、23.8%だったんだとか。おかげさまで私に惹起した不安はおおかた雲散霧消いたしましたとさ(笑)。
 その「西遊記」ですが、私の世代にとってはやはり夏目雅子が玄奘三蔵を演じた1978年の番組の印象が強烈にあります。今やっているのは、配役といい筋立てといい、そのリメイクと言っていい形なのでしょう。ですからどうしても当時の印象と見比べがちなのですが、それでも今のやつは十分に楽しめそうな気配です。ちょっと香取慎吾の孫悟空はうるさすぎ、という気もいたしますが、そのうち慣れるくらいの誤差だと感じております。毎回欠かさず、とはいかないでしょうけど、それなりに楽しみにしばらく観てみようかと思っているところです。
 ところで「西遊記」というと言わずとしれた中国の古典なのですが、日本人でこの物語を全部読み切った人って、何人くらいいるものでしょう? 私の経験上、それができる人はよほどの「西遊記」好きか意地っ張りか根気のある人だと思います。ちなみに私は「意地っ張り」に分類されると思いますが、ずいぶん前に1度だけ通読してみましたが、正直なところ、二度と読みたくありません。有名なお話だけに、私はつい「三国志演義」や「封神演義」、「水滸伝」などと同列のものと勘違いしていたのです。実はおもしろいといえるのはほんの前ふりだけ、全体の十分の1くらいもないんじゃないかと思いますが、金角銀角とか火焔山とか著名なエピソードはおもしろいのです。ところがその先はひたすらワンパターンの重畳たる山脈が立ちはだかり、読者の根気に試練を与えてくれます。いわく、三蔵法師の命を狙う妖怪が現れ、悟空の救援コールで仏様が手助けしてやっつける、というお話が延々続くのです。その耐久レースに嫌気がさし、何度本を放り出そうと思ったかしれません。それでも最後まで読み切ったのは、ひとえに買ったからには読まずにはおかないと言う意地だけでした。「水戸黄門」のようにテレビで観るだけならそんなワンパターンも悪くはないのですが、活字で読むとなると途端に試練になってしまうのは不思議といえば不思議です。「西遊記」もひょっとしたら京劇などの演芸の方でいろんな話が増えていき、自然観衆受けするワンパターンな話が蓄積されていったのかもしれません。その成立の歴史を探ってみる方が、物語よりも遙かにおもしろそうな気がいたします。
 さてドラマの方は今後どういう展開になるのでしょう? 偉大なマンネリか、今風な新解釈か、それはそれで楽しみです。

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今週のお題は「最近思った「ここが変!」を教えてだそうですので

2006-01-24 22:21:34 | Weblog
 ブログサービスの一つなんでしょうか、「今週のお題」と言うのがあって、ブログに書くための話題提供みたいなことをしてくれているようです。偶然今回のネタはそれに近いものがありますので、ちょっと便乗してみました。それにしても、これだけ周りがヘンと思えてしまうと、ひょっとしてそう思う自分の方が実はオカシイのでは無かろうか、と言う気がして参ります。とはいえ、この日記はそんな私が言いたいことを節操もなく連ねるのが目的のものなので、取りあえずは気にせず参りましょう。

 さて、センター試験のICプレーヤーって、あれ、受験生の買い取りだったんだそうですね。私はてっきり回収して整備の上、来年も使ったりするのかな、と思っておりました。しかもそのためか受験料も上がっていただなんて。あんなに不細工で再生機能しかなくてそれも一時停止もスキップも出来ない無能な機械だというのに、特注品と言うことで一台3000円くらいするんだとか。もうどう考えてもただのゴミにしかならない機械を押し売りする入試センターって、どこかおかしいのではないでしょうか? 資源の無駄遣いもいいところですし、やっぱり何かきな臭い利権が絡んでいたんじゃないかと思ってしまうではないですか。正直、バカにするな、と思われた受験生やその親御さんはいなかったでしょうか? ヒヤリングが大事だというのは理解できますけど、今の入試センターって色々な意味で明らかに間違っている気がいたします。

 間違っている気がすると言えば、ライブドア騒動を巡るマスコミの姿も滑稽に思えます。社長が遂に逮捕されましたが、もし万万が一ですよ、証拠不十分で不起訴、とか、全くの無実、何て言うことに後々なったりしたら、誰がライブドア株の暴落の責任をとるのでしょう? もちろんそう言う隙を作った社長の責任は大としなければなりませんが、まだ犯行が確定したわけでもないのに、あたかも犯罪を犯したのは間違いない、と言わぬばかりな報道ぶりには非常な違和感を覚えます。検察の意気込みやらを見ても相当に怪しいのかも知れないですが、罪が確定していない以上まだ犯罪者ではないですし、無罪になることだってあり得るはずです。そしてもし無罪放免となったとして、名誉毀損とか、あるいはマスコミによる情報操作が誤った印象を世間に与え、社に甚大な損害を与えた、と裁判でも起こされたりしたら、マスコミ各社には勝ち目あるんでしょうか?
 私は別にこの社長が何をしたかとか、それがどんな罪に問われるのか、と言う点にはあまり興味がありません。前にも書きましたけど、事件そのものにそれほど興味を引かれないので、社長がどうなろうが、有罪だろうが無罪だろうがそんなことは知ったことではないのです。ただ、例えば選挙の時とか、あんなにちやほやもてはやしていた人間を、まだ犯罪が立証されたわけでもない現段階で、地に貶めて恥じないマスコミ各社の脳天気ぶりは、どうも見ていて気持ちいいものではありません。松本サリン事件の時もそうでしたが、予断ありまくりで対象べったりの報道姿勢はそろそろ改められないものでしょうか? 例えば警察に連行されるところなど映して、更にそれを追いかけたりして一体何の意味があるのでしょう? 遠山の金さんはよく「市中引き回しの上磔獄門!」などと判決を下しておりましたけど、あれは罪が確定したあとに見せしめとして「市中引き回し」にするのであって、まだ罪が確定していない人間をああして追い回してさらし続けるのは、どこかおかしいと思うのです。私は記者の方の憶測や感想などは別に知りたくないのです。知りたいのは事実。社長がどれだけ悪いのかについても、裁判で明らかになった罪や課せられた罰を淡々と報じてくれれば、後はこちらで判断したい。そして、もし有罪になったんだとしたら、マスコミにはその時点で、どうしてその様な罪を犯すに至ったのか、またそれを防ぐことは出来なかったのかと言うようなことを、調査の上しっかり解説してもらいたいのです。このところのマスコミの騒ぎぶりを見ていますと、まだ小学生の夏休みの観察日記の方がよっぽど見応えがあるような気がします。本当に、どこかにもっと理性的な報道機関が、一つくらいないものでしょうか?

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入試センターがやたらと傲慢に見えるのは、気のせい?

2006-01-23 23:15:28 | Weblog
 今日の雪はなかなか凄かったですね。といっても私の周辺は大したこと無かったのですが、夜に降ったわずかな雪が、朝にはすっかり路面に凍り付いて見事な鏡面仕様になっておりました。こうなると二輪などはもう全くのお手上げで、それでも無理して這うようにそろそろ走っておりましたけど、ものの見事に滑って転びました。のろかったのと滑り出してから転ぶまでに結構時間があったのとで身体はどうもありませんが、乗り物の方は方向指示器を壊してしまいました。走るのは支障ありませんが、修理しないと法令違反になるので取りあえず応急処置をし、なじみの店に部品を発注しました。これなら、京都の方には申し訳ありませんが、あれくらい深々と積もってくれた方が、かえって走りやすかったかも知れません。明日の朝も結構凍てつくらしいと言うのは、困ったものです。
 
 さて、センター試験何かと物議を醸していますね。私が受けた時は共通一次という名前でしたけど、まあ受験生を集めて同じ問題でテストしようというのですから、本質的にはそれほど変わりないのでしょう。当時の自分の悪戦苦闘ぶりを思い返すに付けても、受験生の皆さんには本当に御苦労なことだと思います。
 それにしても英語のヒアリングテストをICプレーヤーでやると決定したのはどういう経緯があったんでしょうね。どうも私などは利権がらみの黒いやりとりが水面下で蠢いていたんではないか、などと根拠もなく邪推してしまい勝ちなのですが、それはともかくとして、50万個使って明らかになった不具合が400件強、申告のない軽度の不調はどれくらいか判りませんけど、製品段階で不良率が0.1%と言うのは、あの種の工業製品としては許容範囲なのでしょうか? 仮に許容範囲だったとしても、その不具合に当たった不運な受験生には100%の不幸だったわけで、翌日もテストがあるのに再テストで余計な手間と時間を奪われた受験生の心労を思えば、試験の公平性はかなり損なわれているのではないか、と私などは思います。国が違えば集団訴訟の一つも起きていたんではないでしょうか? 入試センターの人はその責任をメーカーに押し付けるような発言をされたとの由、それがマスコミ特有のセリフ抽出の結果でなく、事実なのだとすれば、その意識には懸念を禁じ得ません。何故なら一義的に受験生に責任を負うのはまず入試センターだと思うからです。入試センターの事業部長さんとやらは、不具合はありえないと信じてられたようですが、機械に絶対確実、などと言うようなことこそ本来あり得ないでしょう。責任ある方の認識がその程度では、起こるべくして起こったとしか言いようがありません。そんな根拠もない完全神話を信じる暇があったら、やる前から自明の一定の割合で発生する不具合に対し、その影響を事前に可能な限り排除するにはどうしたらいいか、もっと真剣に検討されるべきだったと思います。どうも「断じて行えば鬼神もこれを避く」とばかりに、「大丈夫」「大丈夫」と根拠もなく自らに言い聞かせ、万一不具合が出たら「再試験したらいい」位に安易に考えていたんじゃないか、思われたりするのです。
 ある意味受験生にとって絶対権力者である入試センターの方々におかれましては、もっと真剣に受験生の立場に立った方針と処置を執られるよう、想像力を働かし、基本的な発想を改めるべきかと思います。それこそが強者の徳、と言うものではないでしょうか。

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たまにはじっくりと古典に親しんで見るのもよろしいかと。

2006-01-22 20:56:26 | Weblog
 今日はほの暖かい日差しに誘われたわけでもないのですが、すっかり寝過ごしてしまいました。昨夜はちょっと夜更かししましたけれど、遅くとも10時くらいには起きられるだろうと高をくくっておりました。ところが2度寝3度寝を繰り返すうちに、ようやく起きあがったのが午後1時。今はもう夜9時前で、そろそろお風呂にでも入って明日の準備を、という頃合いなのですが、気分はまだ夕方な感じがして、うまく寝られるか少々不安でもあります。
 
 さて、そんなわけで随分時間を無駄にしてしまいましたが、起きてからはずっと昨夜の続きとばかりに読書に耽り、今し方ようやく1冊読み終えました。「自負と偏見」。ジェーン・オースティンという200年ばかり昔のイギリスの女流作家の作品です。
 何故にこの本を選んだかというと、随分前に車で移動中に聞いていたラジオで、「プライドと偏見」という映画の宣伝がありました。それがなかなか興味深かったのを覚えていたのですが、1週間前ふらりと寄った書店で、その映画の原作本、と言う帯を巻いたこの本を見つけ、映画を見る前に試しに読んでみるかと手に取った次第です。
 総ページ数600ページという分厚さも気に入りました。ここのところ300ページ足らずのライトノベルばかり読んでいたせいか、そう言うお手軽な読み物よりちょっとしっかり腰を据えてじっくり読める活字を求めていた所だったのです。
 さて、この本はその期待に違わぬ読みごたえでしたし、なかなか中身も面白く、近々行くつもりの映画にも一段と興味が膨らみましたが、この本を誰かにお勧めするのは難しい気がいたしました。内容そのものは映画のネタばれにもなりそうなので触れませんけど、まず問題は、話の流れが実にゆっくりしていて、一種のじれったさを前編に渡って味わえることです。人が感じる時間の流れその物が、200年前のイギリスと今の日本とでは明らかに違うと思うのですが、その速度感の違いに耐えられるかどうか。日頃せかせか動き回っているような向きにはかえって新鮮かも知れませんが、ライトノベルのような、急流下り的展開とは全く無縁の世界です。
 それと、海外作品の場合、登場人物がカタカナなのでそれに慣れて人物の見分けが出来るようになるまで私は少々かかるのですが、この作品では一人の人間が場面ごとに愛称や苗字や名前や略名など違う形で出てくるので、そのセリフが一体誰のなのか、理解するのに手間取りました。その上本には登場人物紹介も無いので、余計人物の読み分けに時間がかかります。
 あと、描かれる出来事がごくごく普通の地味な展開なことも、退屈に感じられるかも知れません。ただ、これについては、「あとがき」の解説にあったイギリスの作家モームの評がピッタリだと思います。
 「どの作品も大した事件は起こらない。それでいてあるページを読み終えると、さて次に何が起こるだろうかと急いでページをくらずにはいられない。ところが、ページをくってみても、やはり大した事は起こらない。だがそれでいて、またページをくらずにはいられない。これだけのことを読者にさせる力を持っているものは、小説家として持ちうるもっとも貴重な才能の持ち主である」
 大した事件も起きないし、今の感覚とは随分ずれた倫理感や身分意識がそこここに溢れていたり、展開も結構読めてしまうところがあったりしましたが、それでも確かに読んでいる最中、何故かワクワクしながら次のページ、次のページと時間を忘れてくっておりました。夏目漱石も絶賛したというその書きぶりは、物書きにとって羨望するに足る「何か」があるのでしょうね。いつか自分もそんな文章が書けるようになりたいと思いますが、一体どうしてそんなにワクワクしてしまったのか判らない間は、到底無理な気がいたします。映画ではそのあたりどう感じるでしょうね。本当に楽しみです。

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やっぱり日本人には牛肉その物がいらないと思います。

2006-01-21 23:05:55 | Weblog
 ニュース見てましたら、東京がエライことになっていますね。こちらも昨日までは一応雪という予報でしたが、明けてみると一日どんより曇っただけで雨も無く、ただ寒いだけでしたが、都心部で9センチの積雪というと、さすがに交通機関などにも影響が出ていたんではないでしょうか? 関東方面の皆さん、転んで怪我などなさらぬようお祈り申し上げます。
 
 さて、前に輸入再開してもいらないなら食べなければいい、と申し上げていたアメリカ産牛肉ですが、早速やらかしてくれましたね。ただ、ニュースなどを見てますとちょっと勘違いというか、過剰反応かな、と思える話もあったように見えます。まず、今回問題なのは米国産牛肉の客観的な安全性ではなくて、アメリカが日本との約束を守らなかった、と言うことに尽きます。誤って輸入された肉に関しては、ただ食べるだけなら、異常プリオンを摂取する危険性は恐らくほとんど無かったと思われます。確率的にいっても、交通事故に遭う方が余程高い位になるでしょう。ただ、日本としてはアメリカに「ちゃんと指定したところは取ってから出してね」と約束させたのに、現場にはその話が届いておらず、見逃されてしまったということが大問題な訳です。このアメリカの不適切な行為には断然抗議すべきですし、迅速に牛肉の輸入を全面ストップさせたのは日本国として当然の行為だと思います。それと並行して、輸入再開決定直前にアメリカくんだりまで高い出張費を使ってそのあたりを確認にいった方々は、一体何を見てきたのか、ということも、もっとしっかり追求して欲しいものです。例えば実際に日本向け特別仕様牛肉を生産する食肉工場まで行って、その生産体制の準備状況まで見てきたんでしょうか? そのあたりをもっともっと追求して、事と次第によっては担当者や担当部署には、浪費した出張経費を返上させるくらいの事があってもしかるべきではないかと思います。
 でも、そもそも食糧自給がままならない上に、遺伝的にも高カロリーに耐えられない我々日本人には、やたら生産コストがかかる牛肉なんて本来不要じゃないのか、ということを何よりもいいたいです。まあ不要は言い過ぎにしても、こんないつでも食べられると言う状態というのは、まずいのではないでしょうか? 別に牛肉だけが悪いわけではありませんが、牛肉に付随する様々な食事の変化が脂肪過剰摂取を促し、日本人の肉体を加速度的に蝕んでいる現状を鑑みれば、国内生産も含めて牛肉の生産と消費をぐっと減らして行く方が、日本国民全体の健康と長寿に大きく寄与いたします。まあ制作上そこまでは無理としても、せめて国民全般に、これを奇禍として少しでも「脂肪」の魔力から逃れられたら良いのですけどね。

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ミノルタの灯も消える。しょうがないとはいえ、淋しいものですね

2006-01-20 22:26:13 | Weblog
 昼間はそうでもなかったですが、日が落ちてから急に寒くなってきたような気がする「大寒」の今日です。今、家の中でも暖房の入っていないところでは吐く息が白く見えます。明日は一日雪だそうです。もう一日家に籠もってるよりないですね。
 
 それにしても、この間ニコンのニュースに驚いていたら、今度はコニカミノルタです。しかもこちらは、カメラ事業その物を止めるという衝撃の一幕。日本最初のカラーフィルムを出し、しばらくはコダックやフジフィルムと並んで頑張っていたコニカ、宮崎美子のCMで一世を風靡し、画期的なオートフォーカス一眼で業界をリードしていた名門カメラメーカーミノルタ、起死回生をかけて合併しここまで頑張ってきたというのに、一度時代の波に乗り遅れると本当にどうしようもないのですね。思えばまだ1年たっていない昨年の初春、カメラショーで見たコニカミノルタのデジタル一眼は、一見ペンタックスやオリンパスのより出来がいいように見えたのですが、その程度の差では追いつき追い越すことは不可能だったのでしょう。デジカメの方はソニーに引き継いでもらうそうですけど、カメラメーカーでない所のカメラには、多分もう食指が動くこともないでしょう。
 と言いつつ私はペンタックスだったので、ミノルタのカメラをさわることはついになかったのですが、記憶が間違ってなければ、学生時代部活で使っていた引伸機には、ミノルタのレンズ「ロッコール」をつけてました。引伸機というのは、35ミリ×24ミリのフィルムの一こまに映った小さなネガ画像に光をあて、透過した光をレンズで写真の大きさに拡大して、印画紙に焼き付ける機械です。当初、部室の奴にはそのメーカーのレンズがついていたのですが、このレンズがまた暗くてピントが甘くていかにもおまけな性能だったもので、カメラ雑誌などを片手に皆でわいわい鳩首して、なけなしの部費を投じて新しい引伸用レンズを買い求めることにしたのでした。その当時は色々候補のレンズがあったのですが、中でもカタログスペック上の価格性能費が良く、切れのいい光学性能が雑誌でも評判だったミノルタのレンズに決まったのでした。確か皆でわざわざ大阪の専門店まで買いに行った記憶があります。
 実際にそれ以外のレンズは遂に見る機会がなかったので、他のレンズと比べてそれがどれほど素晴らしい性能なのかは判らずじまいでしたが、それでもおまけレンズからこのレンズに替えたときの衝撃はまだ何となく覚えています。もうどんな写真を撮っていたかさえ記憶からかすれつつある遠い昔の話です。
 
 さて、こうして次々なじみのあるメーカーの悲報が届くと寂しさも募りますが、フジフィルムの方のインタビューで、フィルムを作り続けることを明言されていたのが心強かったです。何となく当時の気持ちが甦ってきたような気がいたしました。暖かくなったら愛機(ペンタックスLXという古いカメラです)を手入れして、久々に「フィルム」で写真を撮ってみましょうかね。

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ライブドアの事件って、そんなに重要なことなのでしょうか?

2006-01-19 20:56:37 | Weblog
 明日はまた雪の懸念が大きい寒い一日になるそうですね。ここのところ少し暖かだったので、寒さがぶり返すのは結構きついものがあります。そう言いつつも、季節は確実に春へ向かっております。今日もたまたま見かけた梅の木の芽が結構膨らんできていて、早いものは近いうちに花開くんじゃないか、と思える程になっておりました。暖かくなったらなったで花粉とか眠気とか面倒ごとも増えるのですが、過ごしやすくなるのはやはり有り難いもの。願わくば一日も早く暖かくなってもらいたいです。
 
 さて、最近ニュースと言えばライブドアの話ばかりなのですが、これってそんなに大騒ぎするほどのものなのでしょうか? 私は経済にはとんと疎いですし株にも興味ありませんからそう思うだけなのかも知れませんけど、会社一つが不正やらなにやら働いたという疑惑が生じただけで株式市場が大荒れに荒れて取引不能になったり、それを連日大部の時間を割いて報道したりしているのをみてますと、大変奇異に感じられるのです。ライブドアが何をしたのか、と言う点も、興味がない私は実は良く判っていなかったりするのですが、たとえばかつての雪印の事件や三菱の問題とかと違い、別にそれで人が死んだりとんでもない危険にさらされたりするわけでもないではないですか。経済がそれなりに重要な社会的テーマだという位は理解しているつもりですけど、国の財政が破綻した、とか、ハイパーインフレになってお札が紙切れ同然になってしまった、とか言うのならいざ知らず、たかだか一企業の不祥事、それも人命に関わることでもないことに騒ぎすぎではないですかね。あ、何か関連会社の人が一人沖縄で亡くなっていたんでしたっけ? まあそれでも不特定多数の命が危険にさらされた訳でもない事には変わりないでしょう。
 例えば今なら、日航の相次ぐ整備ミスとか山形のJR線再開は大丈夫なの? とか、耐震偽装建築物とか、本当に人の命に関わる重大問題があちこちにあります。そんなこんなをさしおいて大騒ぎする理屈が、私にはとんと理解できないのです。マスコミは一体何でそんなにこの事件を報道したがっているのでしょう? 確かに社長は時代の寵児といえる、色んな意味で目立つ人ですけど、これまでの報道を見る限り、これは経済事件というよりまるで芸能人のスキャンダルみたいな扱いのような気がいたします。
 ネット上には、これはより大きな問題を隠蔽するための偽装工作だと喝破されるかたがいらっしゃいますが、その事の真偽は別にしても、このマスコミのはしゃぎぶりをみておりますと、あながちそう言う話も真実みを帯びて見えてくるように思えてきます。

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キャベツを食べると肺ガンのリスクが下がるそうです(ある特定の遺伝子を持つ人だけ)。

2006-01-18 21:49:41 | Weblog
 知らない間に表のサイトが35000ヒットを超えていましたね。大体一日20から30くらいのカウントですから、超えたのは昨日でしょうか? 今年でまる4年を迎える「かっこうの本棚」ですが、「麗夢」だけしか無い、それもへたっぴなCGと理屈っぽい小説だけのサイトが年1万人弱の方にご覧いただけるようになろうとは、4年前には考えもつきませんでした。ここまで贔屓にして下さった皆様に感謝申し上げるとともに、4万、5万と更に重ねるためにも、更なる精進を重ねる所存であります。
 一方このブログはと言うと、日平均7、80カウントくらい、週500から600カウントくらいで推移しているようです。トータルカウントを計測するカウンターは設置していないので、開設からどれくらいの方にご覧頂いているかは推測するより無いのですが、開設当初の記憶では日50を超えることはあんまりなくて、週300いかなかったと思ういます。それを勘案すると、多分今時分で2万ヒットいったかどうかくらいかと思います。ただ、最近は年末に週1000カウント近くいったりとか、昨日は一日189カウントと開設以来最高を記録したりもしており、この調子でもう一年経てば、本家たる拙サイトのカウントを軽く超えてしまうのは確実なもようです。こちらこそテーマも節操もなく、ただ日々駄弁を繰り返しているだけなような気がするのですが、それでもご覧いただける方がいらっしゃるのは有り難いことです。せめてそう言う方々に少しでもお役に立てるような話を、たまには載せるよう努力してみようかと思います。
 
 そう言うわけで、いきなりですが、キャベツを食べるのが体にいいそうです。それも青虫のごとく、ばりばり生でいくのが良いらしく、その根拠として上げられているのが、イソチオシアネートと言う揮発性の化学物質です。これはいわゆる辛み成分という奴で、キャベツの他、ブロッコリーや大根、あるいはいわゆる菜っぱものに多く含まれている事が知られています。そうそう、カイワレ大根とか、その親戚みたいなブロッコリースプラウドなどにもたくさん含まれております。イソチオシアネートは殺菌作用があることで知られておりましたが、最近は抗ガン作用がある、というような話も出ており、実験動物段階では、確かにそんな作用もあることが確認されておりました。ただ、そのとき動物が食べた量を人間の体重に直してみると、確か一回にキャベツ5玉分位一気食いしなければならないということだったと記憶しております。ところが最近、キャベツなどを普段よく食べる人は肺ガンにかかるリスクが明らかに低減する、という調査が、ヨーロッパの方であったとのこと。これまで肺ガンに対する野菜の効果は否定的な報告が多かったのですが、これはそれなりに期待できそうな話です。ただ、誰でも効くというわけではなく、ある特定の遺伝子型をもっている人でのみ期待できるとのこと。その人はイソチオシアネートの代謝が遅く、結果的に高濃度を長時間体内に維持することが出来るため、ガンに効果が上がるんだそうです。
 今、遺伝子の型により病気の治療方法が個別にきめ細かく行われる時代になりつつあります。遺伝子診断が更に普及して経済的な支出で受けられるようになれば、食べ物においても、単に栄養指導だけでなく、遺伝子の型によってより積極的に食べることが推奨されたり、逆にあまり食べないように注意されたり指導されるようになってくるのでしょう。そうなれば、単に美味しさの追求だけでなく、また、根拠の怪しい健康情報でもなく、本当に体にいいかどうかを個別に診断したうえで加工調理されるようになるかも知れません。確か「ジョジョの奇妙な冒険」のいつだったかに、その料理を食べることで客の身体の悪いところを直してしまうシェフのスタンドが出てましたけど、将来はそう言う超能力ではなく、遺伝子情報をICチップなどに入れたお客が店に来て、その情報に基づいてシェフがオーダーメイドで体にいい料理を作って出す、なんていうレストランが出てきたりするのではないかと思います。

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是非死刑の暁には、その脳組織やDNA情報を保存して、後世に役立てていただきたい。

2006-01-17 21:35:52 | Weblog
いわゆる「宮崎事件」の上告審判決は、上告棄却、死刑判決確定で幕を閉じました。ここに至るまで17年。この化け物を飼うのにどれだけ国費が費やされたのか知りませんけど、何故にこんなにもかかるのか本当に理解に苦しみます。そしてそれだけ時間を潰しても、結局その心の闇は解けずじまいと言うのですから、一体何をするのにかくも時間がかかったのか、全くもって不思議と言うよりありません。我々が本当に必要とするのは、この愚かな男の罪をどう裁くかではなく、何が一人の男をかくも愚かしい行為に駆り立てたのか、という原因の究明にあったのではないでしょうか。それが出来ていれば、その後も相次ぐ信じがたい事件の数々を、ひょっとしたら未然に回避する機会が生まれていたかも知れないと思うのです。でも、司法にはそんな事を解明する能力はもちろんありませんし、一審で全く異なる3種類の精神鑑定結果が提出されているのをみていると、心理学にもそれを期待するのは難しい気がいたします。
 一方、マスコミの報道をみてますと、これまで強化されてきたいわゆるロリコンモノに対する規制がどれだけ事件の発生抑止に効果を上げてきたかという検証もなしに、最近のネット上の野放し状態や、アニメ、コミックス、ゲームといった世界で繰り広げられる妄想がさも原因であるかのごとく書き連ねて、「ヲタク文化」その物に対する攻撃に終始している感があります。今や一大産業に数え上げられるほどになっている一つの風潮が犯罪を惹起するというなら、もっともっと同種の犯罪がちまたに溢れて、万引きやひったくり並に日常茶飯事となり、報道価値も無くなるような事態になっていても不思議はないと思うのですが、いまだに「ヲタク」=異常という図式で物事を眺め、その代表的存在として、宮崎勤を祭り上げることで、思考停止しているようです。
 私は再三これまでも書いていますように、いわゆる「ヲタク」とこれら犯罪者達との間には、生物学的に厳然たる違いが存在するに違いないと考えています。そしてそれは、多分脳の問題か、遺伝的な根拠があるように想像されるのです。実際の所、私は脳生理学の専門家ではないですし、人間の遺伝子に関する研究者でもありませんから、この主張は全く私個人の妄想に過ぎません。でも、例えば同性愛者と異性愛者の間で、脳の構造に明らかな違いがあるとかいうような説を読んだりいたしますと、あながち単なる妄想でもないのではないか、という気がいたします。そしてそれは、一つのパーソナリティに全然違う鑑定結果を出してしまう心理学よりも、余程リアリティのある、信のおける話のように思えるのです。
 司法には本当に残念なことに、宮崎の怪物性の根元などには何の興味もないのでしょうし、仮に興味があったとしても、それを解明しうる知識も技術も能力もありません。しかしながら、本当にその種の犯罪を根絶したいという意志があるなら、そこを解明しなければ根絶できるはずがないのです。その第一歩として、是非かの死刑囚の脳組織などを、後世の研究者のために保存すべきです。そして、心理学や精神分析学だけに任せるのではなく、脳科学や遺伝子学といった分野の研究者も糾合し、早急に異常犯罪の根本的原因を究明するための研究プロジェクトを立ち上げるべきだと思います。我々に必要なのは、マスコミが安易に取り上げる、根拠希薄なのに何となくそれらしく聞こえる「物語」では無いはずです。客観的なデータに基づく説得力ある「仮説」とその証明こそ、本当に必要とされるのではないのでしょうか?

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暖かくなるとどうしても思い出さずにはいられない、杉花粉の恐怖。

2006-01-16 22:34:03 | Weblog
 うちにもようやくというか、スパムメールが結構届くようになって参りました。といってもまだ30とか、40というような数ですが。ただ、うちのふるーいメーラーはフィルタが貧弱なのか、ある特定の条件のメールが来るとサーバーからうまく取り出してこれないらしく、そこで立ち往生してしまい、しばらく考え込んだようになって、気づいたときにはエラーメッセージを出してとまってしまいます。スパムメール自体難儀なことではありますが、メールを開けないメーラーというのも困りものです。
 
 風邪は少しましになってきたような、そうでもないようなと言う按配です。寝るときのマスクは必須ですし、朝喉が痛いのもあんまり変わりませんが、仕事をしていると気が張るのか、はたまた今日は一日わりと暖かかったからなのか、全体としては昨日ほど眠くもしんどくもないようです。ただ、今日のように暖かくなってくると、心配されるのが花粉症。まだまだ、と言っているうちに「季節」になるはずですので、油断できません。昨年はどう言うわけか花粉症知らずでシーズンを乗り切ることが出来ましたが、今年もそううまくいくかどうかは全く判りません。体質が変わって花粉症耐性になってくれていれば言うことありませんが、ここは取りあえず去年のことは忘れて予防に意を尽くさないと、と気を引き締めております。残念ながらまだ花粉症軽減米も実用化には至っておりませんし、花粉を出しにくくした杉も普及していません。これらを始め、一刻も早く有効な抜本的対策を実行して欲しいのですが、なかなかそう一足飛びには物事は進まないようです。花粉症対策を万全にするだけで、我が国の景気など一気に快復するんじゃないか、と思えるくらい花粉症というのはヒトの生産性に甚大な影響を与えていると思うのですが、そのための研究にドン!とお金をつぎ込めるような太っ腹な姿勢は、我が国にはないのでしょうよう。隣の国は、結局はとん挫しましたけど、有望な研究に一気に大金をつぎ込むだけの融通性と決断力を持っております。対して、我が国はなかなかそう言うお金の使い方が出来ないみたいです。先日の新聞で、高速道路を計画通り建設、不採算路線は税金で造る、という方針を国土交通省が固めた、とありました。そんな採算度外視で高速道路を造るゆとりがあるのなら、その余分を全部引き上げて、花粉症対策に投入してくれと申し上げたいです。
 取りあえず風邪が完治する頃には、花粉症のシーズンになっているかも知れません。喉を少しでも守るためにマスクを付けっぱなしにしておりますが、この分だと風邪が直った後もマスクをはずすことは出来ないかも知れません。 

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