昨晩は絶望的、と思っていた今日の天気、明けてみれば見事な晴空で、一日、暑いくらいでした。これなら仕事もまずまずだろう、と感じたとおり、仕事の方は順調にこなすことができましたが、最後の最後で、帰路、大阪から奈良盆地のほうへ二上山-葛城山の山並みを貫くトンネルを越えた途端、空が暗くなって大粒の雨が。そのうち止むか、との期待もむなしく、雨は強くなるばかりで、結局最後は合羽を着てバイクで走ることになりました。まあ行きから雨に遭うよりは遥かにマシな結果でしたので、満足しておくことにいたしましょう。
というわけで、日曜恒例の小説更新をいたします。ちと量が少ないのは、話の展開上ここで切って以後の展開を次回に廻したかった、というのと、単純に時間の都合ということとで、それぞれご勘弁を願うとして、早速始めましょう。どうやら、ようやく終わりが見えてきましたようです。
---------------------以下本文-----------------------
・・・ユキーノシン-グンコォオリヲーフンデドーコガカワヤラミチサエシレズーゥッ、ウマーハタオォレルスーテテモオケズ、コーコハイーズコゾミーナテキノクニ、ママーヨダァイタンイィイップクヤレバ・・・。
自然に耳についたフレーズが頭の中で鳴り響きだしたのは、果たしていつからであろうか。初めのうちこそ、確かに日本語、と思われるのに音だけではまるで歌詞の内容も理解できず、単純で画一的な旋律にも不快に近い違和感しか覚えなかったのだが、いつの間にか、そう、本当にいつの間にか、気がつくと頭の片隅にそのメロディーが流れているようになり、次第に慣らされてしまったのか、不快さも不思議さも感じなくなり、いつの間にか、歌詞の内容も判るようになってきていた。ある日、勝手に自分がそれを口ずさんでいたことに気がついたときにはさすがに驚いたが、それもしばらくするうちに当たり前になり、今や僕は・・・俺は・・・、・・・私は、自分がそれを歌うにふさわしい者である事を疑わないようになってきていた。
思い出したのだ。
あの日。ラッパの音も高らかに、第二大隊第五中隊長の指揮で筒井の営舎を出発し、田茂木野の老村長の言葉を無視して山に入り、文字通り地獄の1週間を過ごしたあの日の出来事を。そして、あの、全てが絶望に白く塗り固められたかのような中で、唯一さしのべられた手に誓った約定のことを・・・。自分は、その約定を果たすため、ここまで来た。だが、正確に言えばこれは、約定を違えるな、と相手から迫られ、ここまで半ば強制的に呼ばれてきた、と言うべきなのだろう。もっとも、最初のきっかけとなったスキー旅行計画、そしてあの夜の肝試しは、この私が最初に立案したのだ。そのことを思えば、無意識下では約定のことを忘れてはいなかったという強弁も、成り立つことだろう。もちろん、それが言い訳以上のものではないことは百も承知であるし、そもそもそれでどの程度損ねたご機嫌をなだめることができるかどうかも判らない。現にこうしてここまで、半ば無理矢理に引っ張りまわされてきた。もう思い出した、と謝っているのに、あえて全行程をなぞらえ、艱難辛苦を再現して見せるあたり、そのへその曲げようもうかがえるというものだ。でも、ここまで来たらそろそろその機嫌も直していただかねばならない。こうして曲がりなりにも自分は約定に従いここまで訪れた。これで契りは成就し、我が戦友、我が上司、我が部下達の魂は、永劫の苦しみから解脱し、輪廻の歩みに再び戻ることがかなうはずなのだ。さあ、もう少しの辛抱だ・・・。
「大尉、その長靴をお貸しください」
唐突な声にびっくりして振り向いてみると、げっそりと痩せこけ、雪焼けしたどす黒い顔が、目ばかり異様な光をたぎらせてこちらをにらみ据えている。
どうやら軽くまどろんでいたらしい。
この、すぐそこに滝を控える窪地は、これまでの白い地獄からすれば別天地とも言うべき場所であった。左右を断崖絶壁に囲まれ、これ以上身動きが取れない、という点では絶望的な場所なのだが、そのおかげであの一吹きごとに生命力をこそぎ落とすかのような暴風雪からは護られている。ここでは、風は時折川面に吹き込んでくるだけだったし、雪も横なぎに殴りつけてくるのではなく、あくまで静かに、上から少しずつ降りかかってくるばかりで、どうということも無い。それに恐らく水辺が近いせいだろう。流れているがために凍らずにいる水が、氷点下の気温にわずかな熱を運んできてくれているのだ。ここまで我らが生きながらえてきたのも、この滝と川と崖のおかげといって間違いない。そして、緩慢にかつ確実に、命を刈り取ろうとしているのもこの川と崖なのだ。
「・・・長靴がなんだって?」
さすがにこう長いこと連れ回されて、こちらも意識がかなり怪しいようだ。だが、更におかしさを増している部下の・・・誰だろうこの男は・・・。いかんな、このていたらくではまた「思い出せないのか!」と責められるかもしれない。難儀なことだ・・・。
「その長靴は魔法の長靴に相違ありません。その靴をお貸しいただければ、あのカラスがいるがけの上まで、ひとっとびに飛ぶことができるはずです!」
とうとう来たか・・・。
見上げたがけの頂に、黒々とした影が映る。どうやらこれで辛い記憶辿りの旅も終わるようだ。
「あれはカラスじゃない・・・。カラスではないぞ伍長、あれは・・・」
そのときだった。救助隊だ! という最後の一言。それを言おうとした口が、背後から叩きつけられた叫びに唐突にふさがれてしまったのだ。
「待ちなさい! 朝倉さん! それ以上しゃべっちゃ駄目!」
予想外の闖入者の声に、朦朧とした気分が吹き飛んだのを意識させられた。やれやれ、また一からやり直しかもしれない。でもせっかくこの現地まで出てきているのだ。大目に見てもらえないものだろうか・・・。
というわけで、日曜恒例の小説更新をいたします。ちと量が少ないのは、話の展開上ここで切って以後の展開を次回に廻したかった、というのと、単純に時間の都合ということとで、それぞれご勘弁を願うとして、早速始めましょう。どうやら、ようやく終わりが見えてきましたようです。
---------------------以下本文-----------------------
・・・ユキーノシン-グンコォオリヲーフンデドーコガカワヤラミチサエシレズーゥッ、ウマーハタオォレルスーテテモオケズ、コーコハイーズコゾミーナテキノクニ、ママーヨダァイタンイィイップクヤレバ・・・。
自然に耳についたフレーズが頭の中で鳴り響きだしたのは、果たしていつからであろうか。初めのうちこそ、確かに日本語、と思われるのに音だけではまるで歌詞の内容も理解できず、単純で画一的な旋律にも不快に近い違和感しか覚えなかったのだが、いつの間にか、そう、本当にいつの間にか、気がつくと頭の片隅にそのメロディーが流れているようになり、次第に慣らされてしまったのか、不快さも不思議さも感じなくなり、いつの間にか、歌詞の内容も判るようになってきていた。ある日、勝手に自分がそれを口ずさんでいたことに気がついたときにはさすがに驚いたが、それもしばらくするうちに当たり前になり、今や僕は・・・俺は・・・、・・・私は、自分がそれを歌うにふさわしい者である事を疑わないようになってきていた。
思い出したのだ。
あの日。ラッパの音も高らかに、第二大隊第五中隊長の指揮で筒井の営舎を出発し、田茂木野の老村長の言葉を無視して山に入り、文字通り地獄の1週間を過ごしたあの日の出来事を。そして、あの、全てが絶望に白く塗り固められたかのような中で、唯一さしのべられた手に誓った約定のことを・・・。自分は、その約定を果たすため、ここまで来た。だが、正確に言えばこれは、約定を違えるな、と相手から迫られ、ここまで半ば強制的に呼ばれてきた、と言うべきなのだろう。もっとも、最初のきっかけとなったスキー旅行計画、そしてあの夜の肝試しは、この私が最初に立案したのだ。そのことを思えば、無意識下では約定のことを忘れてはいなかったという強弁も、成り立つことだろう。もちろん、それが言い訳以上のものではないことは百も承知であるし、そもそもそれでどの程度損ねたご機嫌をなだめることができるかどうかも判らない。現にこうしてここまで、半ば無理矢理に引っ張りまわされてきた。もう思い出した、と謝っているのに、あえて全行程をなぞらえ、艱難辛苦を再現して見せるあたり、そのへその曲げようもうかがえるというものだ。でも、ここまで来たらそろそろその機嫌も直していただかねばならない。こうして曲がりなりにも自分は約定に従いここまで訪れた。これで契りは成就し、我が戦友、我が上司、我が部下達の魂は、永劫の苦しみから解脱し、輪廻の歩みに再び戻ることがかなうはずなのだ。さあ、もう少しの辛抱だ・・・。
「大尉、その長靴をお貸しください」
唐突な声にびっくりして振り向いてみると、げっそりと痩せこけ、雪焼けしたどす黒い顔が、目ばかり異様な光をたぎらせてこちらをにらみ据えている。
どうやら軽くまどろんでいたらしい。
この、すぐそこに滝を控える窪地は、これまでの白い地獄からすれば別天地とも言うべき場所であった。左右を断崖絶壁に囲まれ、これ以上身動きが取れない、という点では絶望的な場所なのだが、そのおかげであの一吹きごとに生命力をこそぎ落とすかのような暴風雪からは護られている。ここでは、風は時折川面に吹き込んでくるだけだったし、雪も横なぎに殴りつけてくるのではなく、あくまで静かに、上から少しずつ降りかかってくるばかりで、どうということも無い。それに恐らく水辺が近いせいだろう。流れているがために凍らずにいる水が、氷点下の気温にわずかな熱を運んできてくれているのだ。ここまで我らが生きながらえてきたのも、この滝と川と崖のおかげといって間違いない。そして、緩慢にかつ確実に、命を刈り取ろうとしているのもこの川と崖なのだ。
「・・・長靴がなんだって?」
さすがにこう長いこと連れ回されて、こちらも意識がかなり怪しいようだ。だが、更におかしさを増している部下の・・・誰だろうこの男は・・・。いかんな、このていたらくではまた「思い出せないのか!」と責められるかもしれない。難儀なことだ・・・。
「その長靴は魔法の長靴に相違ありません。その靴をお貸しいただければ、あのカラスがいるがけの上まで、ひとっとびに飛ぶことができるはずです!」
とうとう来たか・・・。
見上げたがけの頂に、黒々とした影が映る。どうやらこれで辛い記憶辿りの旅も終わるようだ。
「あれはカラスじゃない・・・。カラスではないぞ伍長、あれは・・・」
そのときだった。救助隊だ! という最後の一言。それを言おうとした口が、背後から叩きつけられた叫びに唐突にふさがれてしまったのだ。
「待ちなさい! 朝倉さん! それ以上しゃべっちゃ駄目!」
予想外の闖入者の声に、朦朧とした気分が吹き飛んだのを意識させられた。やれやれ、また一からやり直しかもしれない。でもせっかくこの現地まで出てきているのだ。大目に見てもらえないものだろうか・・・。