後期高齢者医療制度の話で、反対派の言い分として明らかにおかしいと思うのが、これ。
「どうして75歳以上だけを区別するんだ、差別だ!!」
いや、気持ちは判らないではありませんが、こういうのって都合のいい使い分けなんじゃありませんか?
①旧制度でも区別されていた
前の制度は老人保健法による制度でした>後期高齢者医療制度に文句を言ってる人たちは、調べて理解してから言え
この制度だって、75歳で区分されていたわけですが、どうしてそれには文句を言わなかったのですか?いや、もうちょっと前は70歳だったんですけど、それでは老人保健制度が持ちこたえられなくなり、75歳以上となったんですが。確か、H14年から。
で、旧制度上では、70~75歳の人は「前期高齢者」として存在していたのに、誰もデモとかで文句を言ってなかったのではありませんか?いや、私が知らないだけで、本当はデモがあったのかもしれませんがね。改正前の老人保健法では、適用年齢が70歳以上という区分があったので、それを制度移行していく為に「前期高齢者」という区分けとしたんじゃないでしょうか。
要するに、前から区分していたじゃありませんか。前期高齢者と書かれた受給者証のようなものを持っていた人たちはいたでしょう?「後期」という名前がダメなんですか?でしたら、「前期高齢者」と「老人」という以前と同じ呼び方にしておくとか、「老人」じゃイヤだ、というのであれば長寿(笑)でも何でもいいんですが、名前を変更すれば解決しますね?
もしも絶対に区別するのは反対、ということなら、3割自己負担で他の現役世代と同じ負担で同じ健康保険制度ということにしますか?保険料負担もするということですね?現役世代と区別しない、というのは、そういうことなんですよ。高齢者を区別せず同じ医療保険制度にしろというのは、高齢者の特権を失う、ということを意味するのですよ。それでもいい、ということですね?
②無料化の特権は文句を言わない
地方自治体の財政状況が苦しくなったので、制度が変わったかもしれません。最近は無料というのが減ったのではないかと思いますけれども、各種サービスを無料で受けられる、というものがありました。例えば、市営バスの運賃とかの公共交通機関の運賃が免除されるとか、医療費助成なんかもそうでしたし、健康診断もそうですね。市町村によって制度は異なるでしょうが、財政的に余裕のあるところは70歳以上はタダ、なんて制度があったのです。そういう時には、「70歳になった途端に」明らかに区別されて、タダの特権を受けるわけですね。不当な差別だ、なんて文句の一つも言わずに。昔は65歳以上の人口自体が少なかったから、1割未満であった時代ならばそういうのもできたんですよ。働き手が多くて、65歳とか70歳以上の人たちなんて相対的に少なく、珍しかったから。けど、今は違う。現役世代の給料が昔より少ないとか、市町村にもお金がなくて困っているんですから。
どうせ「差別するな」と大袈裟に叫ぶならば、自分たちの無料化の特権も同じく「差別だ」と言うべきではないのか。孫が給料が少なくて困っているんです、保険料が払えなくて苦しんでいるんです、ってことなんだから、「ワシもちょっと協力しまっせ」くらいに言ってくれたっていいのではありませんか?
③昔だって、お金を払っていた
国民皆保険になったのは1961年からで、それ以前には高いお金を払わねば医療を受けられない人たちが大勢いたんです。それに、国民健康保険の自己負担率は5割でしたよ。今みたいに1割なんかではなかったのです。
その後、自治体のいくつかは医療費助成にお金を回すようになって、老人医療費の無料化をはじめた結果、1973年には老人福祉法改正によって無料化が達成された。しかし、当時は65歳以上人口は全体の1割にも満たなかったからできたことだ。65歳以上の高齢者は、1960年には約540万人(5.7%)だったのが、65年には623万人(6.3%)、70年には740万人(7.1%)、80年には1065万人(9.1%)とうなぎのぼりに増加した。国が73年に決めた老人医療費無料化政策は、わずか10年で負担に耐え切れなくなったのだ。政治家の大衆受けを狙った政策は、あっという間に制度根幹を揺るがす事態となってしまった、ということ。皆保険制度開始から10年余りで導入された老人医療費無料化は、老人保健法制定へと繋がっていった。
今の高齢世代が支えたという時代と現代では置かれた状況が全く違う。
年金受給者は少なかったし、65歳以上の人口比は今の半分以下でしかない。2660万人いる今と、600万人とか1千万人とかの時代とは違う。当時には5人とか10人で1人の65歳以上の高齢者を支えていた。今は、2人強で1人を支えているんですから。昔と同じような仕組みにしてくれ、ってのは土台無理な話なんですよ。
今の高齢者の人たちは、昔が天国であったかのように言うが、無料化が実現できた期間というのは、ほんの短い期間でしかなかったんです。今年78歳の人は1930年生まれですが、その親世代だと戦中戦後の苦労は大きかったけれども、年金も満足になかったか医療を受けることだってできなかったんですから。自己負担も勿論大きかった。60年代や70年代なんて無医村がたくさんあったし、「オレは外科が専門だから、あんまり診れないよ」なんてお医者さんであっても、何でもいいから診てくれればいい・専門外なんて関係ねー、ということで感謝されていたんですから。自宅に呼ばれて聴診器とガラスの注射器と針くらいしか持っていくものがなくたって、それで死んだとしても、誰も文句を言ったりはしなかったし、訴えたりもしなかった。そういう時代だったんです。それからみれば、今なんて幸せじゃないですか。誰でもCTを撮ってくれる。大金持ちしか受けられなかったような医療を受けられる。その費用の一部を負担することが、そんなに理不尽なことですか?
昔の5倍もの高齢者がいるのに、2600万人の「高齢者同士」が共に協力していきましょう、日本や孫たちを救えるのは我々だ、というような機運にならないのは何故ですか?
それは結局、自分たちに貰えるものを求めているだけだ。健康保険は積立なんかじゃないんですよ?何かの積立貯金みたいに勘違いしているのかもしれませんが、昔に積み立てたものを年を取ってから貰える、みたいなものではないのです。こういう高齢世代の過った認識が強いが故に、「払わないのにサービスしてくれ」みたいな社会風潮が出てきたのではなかろうか、と思わないでもありません。何でもかんでも、公的サービスはタダにしろ、とか。国がやるんだからタダ、自治体がやるんだからタダ、みたいな。
反論に窮すると今度は「お金は払っているぞ、税金を払ってる」とか言うんですが、そういう場合に限って受けてる給付や行政サービスの方が多かったりするんですよね。世の中、そんなに都合よくタダになることなんてないんですよ。
「どうして75歳以上だけを区別するんだ、差別だ!!」
いや、気持ちは判らないではありませんが、こういうのって都合のいい使い分けなんじゃありませんか?
①旧制度でも区別されていた
前の制度は老人保健法による制度でした>後期高齢者医療制度に文句を言ってる人たちは、調べて理解してから言え
この制度だって、75歳で区分されていたわけですが、どうしてそれには文句を言わなかったのですか?いや、もうちょっと前は70歳だったんですけど、それでは老人保健制度が持ちこたえられなくなり、75歳以上となったんですが。確か、H14年から。
で、旧制度上では、70~75歳の人は「前期高齢者」として存在していたのに、誰もデモとかで文句を言ってなかったのではありませんか?いや、私が知らないだけで、本当はデモがあったのかもしれませんがね。改正前の老人保健法では、適用年齢が70歳以上という区分があったので、それを制度移行していく為に「前期高齢者」という区分けとしたんじゃないでしょうか。
要するに、前から区分していたじゃありませんか。前期高齢者と書かれた受給者証のようなものを持っていた人たちはいたでしょう?「後期」という名前がダメなんですか?でしたら、「前期高齢者」と「老人」という以前と同じ呼び方にしておくとか、「老人」じゃイヤだ、というのであれば長寿(笑)でも何でもいいんですが、名前を変更すれば解決しますね?
もしも絶対に区別するのは反対、ということなら、3割自己負担で他の現役世代と同じ負担で同じ健康保険制度ということにしますか?保険料負担もするということですね?現役世代と区別しない、というのは、そういうことなんですよ。高齢者を区別せず同じ医療保険制度にしろというのは、高齢者の特権を失う、ということを意味するのですよ。それでもいい、ということですね?
②無料化の特権は文句を言わない
地方自治体の財政状況が苦しくなったので、制度が変わったかもしれません。最近は無料というのが減ったのではないかと思いますけれども、各種サービスを無料で受けられる、というものがありました。例えば、市営バスの運賃とかの公共交通機関の運賃が免除されるとか、医療費助成なんかもそうでしたし、健康診断もそうですね。市町村によって制度は異なるでしょうが、財政的に余裕のあるところは70歳以上はタダ、なんて制度があったのです。そういう時には、「70歳になった途端に」明らかに区別されて、タダの特権を受けるわけですね。不当な差別だ、なんて文句の一つも言わずに。昔は65歳以上の人口自体が少なかったから、1割未満であった時代ならばそういうのもできたんですよ。働き手が多くて、65歳とか70歳以上の人たちなんて相対的に少なく、珍しかったから。けど、今は違う。現役世代の給料が昔より少ないとか、市町村にもお金がなくて困っているんですから。
どうせ「差別するな」と大袈裟に叫ぶならば、自分たちの無料化の特権も同じく「差別だ」と言うべきではないのか。孫が給料が少なくて困っているんです、保険料が払えなくて苦しんでいるんです、ってことなんだから、「ワシもちょっと協力しまっせ」くらいに言ってくれたっていいのではありませんか?
③昔だって、お金を払っていた
国民皆保険になったのは1961年からで、それ以前には高いお金を払わねば医療を受けられない人たちが大勢いたんです。それに、国民健康保険の自己負担率は5割でしたよ。今みたいに1割なんかではなかったのです。
その後、自治体のいくつかは医療費助成にお金を回すようになって、老人医療費の無料化をはじめた結果、1973年には老人福祉法改正によって無料化が達成された。しかし、当時は65歳以上人口は全体の1割にも満たなかったからできたことだ。65歳以上の高齢者は、1960年には約540万人(5.7%)だったのが、65年には623万人(6.3%)、70年には740万人(7.1%)、80年には1065万人(9.1%)とうなぎのぼりに増加した。国が73年に決めた老人医療費無料化政策は、わずか10年で負担に耐え切れなくなったのだ。政治家の大衆受けを狙った政策は、あっという間に制度根幹を揺るがす事態となってしまった、ということ。皆保険制度開始から10年余りで導入された老人医療費無料化は、老人保健法制定へと繋がっていった。
今の高齢世代が支えたという時代と現代では置かれた状況が全く違う。
年金受給者は少なかったし、65歳以上の人口比は今の半分以下でしかない。2660万人いる今と、600万人とか1千万人とかの時代とは違う。当時には5人とか10人で1人の65歳以上の高齢者を支えていた。今は、2人強で1人を支えているんですから。昔と同じような仕組みにしてくれ、ってのは土台無理な話なんですよ。
今の高齢者の人たちは、昔が天国であったかのように言うが、無料化が実現できた期間というのは、ほんの短い期間でしかなかったんです。今年78歳の人は1930年生まれですが、その親世代だと戦中戦後の苦労は大きかったけれども、年金も満足になかったか医療を受けることだってできなかったんですから。自己負担も勿論大きかった。60年代や70年代なんて無医村がたくさんあったし、「オレは外科が専門だから、あんまり診れないよ」なんてお医者さんであっても、何でもいいから診てくれればいい・専門外なんて関係ねー、ということで感謝されていたんですから。自宅に呼ばれて聴診器とガラスの注射器と針くらいしか持っていくものがなくたって、それで死んだとしても、誰も文句を言ったりはしなかったし、訴えたりもしなかった。そういう時代だったんです。それからみれば、今なんて幸せじゃないですか。誰でもCTを撮ってくれる。大金持ちしか受けられなかったような医療を受けられる。その費用の一部を負担することが、そんなに理不尽なことですか?
昔の5倍もの高齢者がいるのに、2600万人の「高齢者同士」が共に協力していきましょう、日本や孫たちを救えるのは我々だ、というような機運にならないのは何故ですか?
それは結局、自分たちに貰えるものを求めているだけだ。健康保険は積立なんかじゃないんですよ?何かの積立貯金みたいに勘違いしているのかもしれませんが、昔に積み立てたものを年を取ってから貰える、みたいなものではないのです。こういう高齢世代の過った認識が強いが故に、「払わないのにサービスしてくれ」みたいな社会風潮が出てきたのではなかろうか、と思わないでもありません。何でもかんでも、公的サービスはタダにしろ、とか。国がやるんだからタダ、自治体がやるんだからタダ、みたいな。
反論に窮すると今度は「お金は払っているぞ、税金を払ってる」とか言うんですが、そういう場合に限って受けてる給付や行政サービスの方が多かったりするんですよね。世の中、そんなに都合よくタダになることなんてないんですよ。