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医療過誤と責任・賠償問題についての私案~その5

2007年05月03日 22時22分08秒 | 法と医療
これまで、問題点について見てきたので、これからは制度設計について考えていくことにする。

1)概略

本シリーズで書いてきたように、医療側、患者・遺族側、司法側、行政側のそれぞれがバラバラになっており、これらを繋ぐ役割が存在していないことが問題の中心であると思う。そこで、これらを連結できる組織を整備することとする。この組織は委員会設置法で設置可能なものを考えている。米国の破産裁判所や日本の海難審判庁のような組織を作るよりも、委員会形式の方が設置が容易なのではないかと思う(現実にどうなのかは判らないが)。大雑把な組織の性格をいうと、公正取引委員会(以下、「公取委」と呼ぶ)や航空・鉄道事故調査委員会(以下、「事故調」と呼ぶ)を参考例としたものを想定している。

この委員会において、医療に関する民事訴訟の全てを処理することは想定しておらず、基本的には従来の民事訴訟は残される。定義は難しいのであるが、「医学の介入しない(介入するべきではない?)範囲」についての問題・係争は、通常の民事訴訟で処理されるということである。例えば、美容形成手術をした結果、患者が「術前に想定していたよりも美しい顔にならなかった、どうしてくれる、損害賠償せよ」というような主張をするような場合であろうか。

新たに設置する委員会の名称であるが、「医療事故調査委員会」とか「医事問題調査委員会」とか、適切な名称を考えて頂ければいいのではないかと思う。取りあえず、この委員会の名称を今後は『医調委』と呼ぶことにする。

医調委は患者・遺族、医師・医療機関又は行政機関の申立(申請?請求?、正確な呼び方は専門の方々に考えてもらいたい)があれば、調査を開始するものとする。医調委の調査によって事故原因の究明を行い、過失・責任等についての判定を行う。調査結果に基づき、「刑事告発」すべきと判断されれば、刑事処罰の対象として取り扱われる。それ以外においては、刑事処罰を受けないものとする。

医調委の調査結果から、過失認定、無過失保障、何もなし、の区分を行うこととする。過失があれば損害賠償請求の対象とするのは当然として、責められるべき重大な過失のない場合であっても「医療行為」に起因する合併症で被害を受けた場合には保障対象とする。このいずれかに該当する場合には、それ以後事実関係の係争は行わず、賠償(保障)額は示談(ADRのような制度?)か、その額が不服であれば損害賠償請求訴訟とする。過失責任がなく、また医療行為に起因した被害もない、「何もなし」である場合(呼び方として「却下」「棄却」とか似たような用語があるかもしれませんので正しく決めて下さればと)には、申立者には金銭は支払われないが、通常の民事裁判のような「裁判費用」が発生することはない(勿論、医調委で扱うべき事案に該当せず、ということもあるので、その時は通常の民事事件として裁判をやってくれ、ということになる)。

行政機関に対しては、調査結果に基づいて勧告・建議を出せることとし、必要な施策を講じることを求めることができるものとする。これを受けた行政機関(厚生労働省・厚生労働大臣)は、通知・通達を出したり、当該医師・医療機関に対して行政指導を行うことや改善命令(再発防止策の提出など)を出すものとする(都道府県・保健所等、下級機関でもよいだろう)。医道審議会に対しては、医師免許取消、医業停止、医業停止+指定する研修機関での再研修義務付け等、勧告できるものとする。

以上のように、刑事・民事・行政責任について、医調委で総括的に対応していくことで、これまでよりも専門的な判断が可能になり、行政施策上において「変えていける」可能性は高まるであろう。事故再発防止という観点からも、刑事・民事訴訟に頼ってきたことに比べれば望ましいのではないかと思う。科学的立場からの原因究明、再発防止、行政施策、被害者の保障・救済、これらを一体的に行えるようになること、これが重要であると考える。


以下からは各論的に述べていくこととする。

2)医調委の目的・役割

主として2つを考えている。1つは従来から存在してきた医療事故に関する紛争である(無過失であっても取りあえず事故と呼ぶことにする)。もう1つは、医療行為についての違法性の有無の判定である。参考までに、事故調の条文(設置法)を見てみると、次のように規定されている。

(所掌事務)
第三条  委員会の所掌事務は、次のとおりとする。
一  航空事故の原因を究明するための調査を行うこと。
二  航空事故に伴い発生した被害の原因を究明するための調査を行うこと。
三  航空事故の兆候について航空事故を防止する観点から必要な調査を行うこと。
四  鉄道事故の原因を究明するための調査を行うこと。
五  鉄道事故に伴い発生した被害の原因を究明するための調査を行うこと。
六  鉄道事故の兆候について鉄道事故を防止する観点から必要な調査を行うこと。
七  前各号の調査の結果に基づき、航空事故及び鉄道事故の防止並びにこれらの事故が発生した場合における被害の軽減のため講ずべき施策について勧告すること。
八  航空事故及び鉄道事故の防止並びにこれらの事故が発生した場合における被害の軽減のため講ずべき施策について建議すること。
九  前各号に掲げる事務を行うため必要な調査及び研究を行うこと。

これを土台として考えると、
①医療事故の原因究明
②医療事故に伴い発生した被害の原因究明
③再発防止
④施策の勧告
⑤施策の建議
⑥調査研究
ということになろうか。

これに加えて、事故調にない役割として、「⑦医療行為の違法性の有無の判定」を必須としておきたい(これはある種の「法令適用事前確認手続」(ノーアクションレター)にも該当するかもしれない)。これまでは厚生労働省の疑義解釈によって「通知」の形(通達もあるかも)で法令解釈が出されていたが、このレベルに問題があると思われるからである。厚労省の回答は実務とかけ離れているとか、実態にそぐわないとか、色々と問題が多すぎるからである。「内診行為問題」などがその1例である。従って、疑義については厚労省が受けるが、医調委に意見を求めることとし、医調委が「看護師は~をやってよい」という具合に判断を下してそれを厚労省に伝え、最終的にはその意見を元に厚労省が回答する、ということにするべきである。個別具体的な医療行為の違法性を判定するのは、専門性と豊富な臨床経験が必須であり、それがなければ適切に判断することはできない。

以前、看護師の内診行為問題で医師が起訴された刑事事件があった(参考記事)が、この事件では「保健師助産師看護師法第30条違反」ということで起訴された。「助産師以外は内診行為を行うことが違法である」とする解釈を出した厚労省の通知に基づくものと考えられた。個別の医療行為について、同法30条規定や医師法第17条規定に反するか否かといったことは、警察や検察には判定できないのである。本来的には、例えば詐欺事件とかニセ医者事件のような「無資格営業」という線引きの明瞭なものについて適用するのであると思う。


3)医調委の調査権限

公取委や事故調などに定型的に見られる権限を附与することでよいと考える。大まかに書くと、
①関係人や参考人の意見・報告の聴取
②鑑定人(外部専門家)の鑑定
③証拠類全ての保管権
④立入調査権
となっている。条文の表現方法には若干の違いはあるものの、大体共通した調査権限である。

①は事件の直接的関係者や病院管理者等、同地域の医療従事者等、想定では範囲に制限はほぼないと思う。委員会が必要と考えれば意見を聴くことはいくらでも可能である。公取委では警察のような取調ということではなく、任意の意見聴取という形が多いようであるので、実際の運用上でも任意の聴取ということになるであろう。正当事由なき拒否等があれば、罰則規定の適用は必要(形式的には条文中に罰則規定を盛り込む必要はあるということ)であろうが、通常の医療従事者では考え難いであろう。参考人としては、同僚医師とか近隣病院の同じ分野の医師といったことも考えられるであろう。「検査」、「質問」規定は必要であるなら入れておくべきだろう。

②の鑑定人であるが、これまでの裁判における鑑定人と意味合い的には似ているだろう。ただし、選任は医調委に委ねられるのでこれまでよりも運用は容易になる。専門分野の学者、臨床医、学会等に意見を求めることが可能であると思う。裁判での鑑定人は大学教授などであったりすることが多いだろうが、必ずしも「臨床経験が豊富」とは限らないので、一般臨床家からの意見を求め難い面があったかもしれない。所謂「教科書的意見」や「実践的ではない意見」というものが出されてしまうことも多々あった、ということである。そういうことの改善は期待できるようになるであろう。

③はこれも当然のもので、証拠保全とか提出と同じ意味合いである。医調委で必要と認める証拠類は全て預かり、調査終了まではその保管権を持つことになるであろう。「~の提出を命じ、~と留め置くことができる」とか何とかの条文で規定されるものである。事故調での規定では保全措置や立入禁止措置なども含まれている(事故現場などの大きい範囲が調査対象となる為だろう)が、現実に必要な範囲で条文に規定すればよいであろう。

④についてもありがちな規定であるが、立入調査において「何をどこまで調査できるのか」ということは細かい規定を見たことはないので、関係している範囲において制限はないと考えるのだろう。それであれば、①で触れた「検査できる」という規定はあまり意味はないかもしれないな、と思うのだが、別に規定されている法律は複数あったはず。法律の用語としては、厳密に規定されているのかもしれない。

他には、事故調で見られる「委託」という規定であるが、これはあった方が良いと思う。設置法では次のように書かれている。

(調査等の委託)
第十五条の二  委員会は、事故等調査を行うため必要があると認めるときは、調査又は研究の実施に関する事務の一部を、独立行政法人(独立行政法人通則法 (平成十一年法律第百三号)第二条第一項 に規定する独立行政法人をいう。第十八条において同じ。)、民法 (明治二十九年法律第八十九号)第三十四条 の規定により設立された法人、事業者その他の民間の団体又は学識経験を有する者に委託することができる。
2  前項の規定により事務の委託を受けた者若しくはその役員若しくは職員又はこれらの職にあつた者は、当該委託事務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。
3  第一項の規定により事務の委託を受けた者又はその役員若しくは職員であつて当該委託事務に従事するものは、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。

例えば、薬剤に関する事件があって、その因果関係を調査したりする場合に、「委託」することで調査時間短縮、専門性の高い調査などが期待できる。「タミフル騒動」のような場合に因果関係の特定をすることは大変であり、そういう場合には「厚労省研究班」とか「○○大学」とか当事者以外に依頼して調査の一部を担わせることも必要になるからである。委託の場合には、「誰が請け負ったか」「どのような内容であったか」ということは非公開とするべきで(不利益を受けないとも限らない、中には同業者たちの逆恨みとかあるかもしれないし)、守秘義務を求められることも当然である。完全匿名であるが故に、公平な結果は期待できるのではないかと思う。多くの事故調査を行う必要があるかもしれず、そうなれば医調委の組織内部だけでは手が回らなくなる可能性がある為、委託を利用できる部分は利用した方が迅速な処理に繋がるであろう。


4)医調委の構成メンバー

手続関係にもよる(後述する予定)のだが、大体公取委に近い構成を想定している(あまり大掛かりにならなくてもいいけど)。基本的には実務経験の豊富な医師、法曹界の人(弁護士、判事経験者)が必須である。行政との折衝とか、行政の法規に関連する部分があるので、それらにも精通している人は必要であろう。

医師は主として技術的なこと、実務上のキーポイントを判断するのに必要であり、事件の本質に迫れるのは医師のみであると考えるので、メンバーということになる。但し、委員に選任される人は「両院の同意を得て」という形になる為に、名誉職というかある種の飾り的な面があるのであれば、やはり学識経験者(普通はどこかの大学教授だろう)ということになるかもしれない。手足になって調査するのが「優れた医師」であるなら、調査報告書をまとめたり実質的に動く人が正しく判断できていれば大丈夫かもしれないが、やや心配は残るか。

法曹を入れるのは、「法的判断」を求められることが大半になるので必然となる。医師等学識経験者は技術的・自然科学的判断を担い、法的側面を支えるのはこれら法曹ということになる。個別の医療行為の適法性についての判断や、刑事告発する事例の選別など、法学的問題とは切り離せない役割を持つので、合議制(非公開とする)として「突っ込んだ意見交換」を徹底的に行って、結果を出す、ということである。過去の判例、通知、疑義解釈等、広い範囲について検討する(時には、過去の判断を破棄・覆す必要性が出てくるかもしれない)ことになるので、かなり大変であろうと思う。

行政処分や勧告・建議を出すことになるので、医療行政政策について意見を出す、つまり部分的には「政治に口を出す」ことになり、そこら辺の役割はやはり「行政専門の人」が必要になるだろう。ただ、事務局関係は必ず行政の人が付くことになるので、委員会の委員に行政専門だった人を置く必然性はないかもしれない。しかし、医調委の役割として刑事・民事・行政の全ての分野にまたがっていることは確かであるので、行政関連の役割が低くなるという訳ではない。


長くなったので、取りあえず。