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人間学 《 長頸烏喙の凶相――伊藤肇 》

2025-02-06 | 03-自己・信念・努力
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「長頸烏喙(ちょうけいうかい)」は「首が細く、唇が鳥のようにとんがっている」という意味と「黒ずんでいる」という二通りの解釈があるが、何れにしても人相のよくない、独占欲が旺盛で猜疑心の強い凶相である。そういう男とは「患難」を共にすることはわりあいできるものだが「安楽」とか「富貴」をともにすることは難しい。


『人間学』
( 伊藤肇、PHP研究所 (1986/05)、p48 )
第2章 人品骨柄の人間学

◆長頸烏喙(ちょうけいうかい)の凶相

『十八史略』の中にも人相に関する話がアチコチに出てくる。

その中の一つに有名な范蠡(はんれい)の台詞がある。

越王、勾践(こうせん)を扶(たす)けて呉の国を平定した范蠡(はんれい)は、その直後に〈どうも自分は越王に消されるかもしれない〉という予感をもった。消されてはたまらないから、凱旋(がいせん)すると間もなく一書を呈し、

「昔から、主(あるじ)に憂ある時は臣たるもの労し、主、辱しめられたる時は死をもって讎(あだ)を報ゆるべきものといわれています。昔、君主は会稽山(かいけいざん)において、呉のために大恥辱にあわれましたが、あの時、臣が敢(あえ)て死を選ばなかったのは、何時の日か、君主の御無念をそそがんものと、心の奥深く誓ったからであります。しかし、今や宿敵、呉を平定し、臣の望は達せられました。この上は、どうか臣が君主の許(もと)を去ることをお許し頂きたい」と申し入れた。

寝耳に水と驚いた越王、勾践(こうせん)は直ちに返書をしたためた。

「何故、かくまでも唐突(とうとつ)に余(よ)が許(もと)を去るなどと申すのか。余は卿(けい)の苦労と大功を決して忘れはしない。もし、待遇に不満があるなら、余はこの越を二分して持とう、どうか、去るなどという心は捨てて、余のもとにとどまってくれ。しかし、それでも卿があくまでも立ち去るというのなら、余は心ならずも卿に誅(ちゅう)を下さねばならぬことになる」と半ばなだめ、半ば脅したのである。

范蠡(はんれい)また書を送る。

「君主が臣を誅殺しようとお考えでしたら、そうなさるがよろしかろう。ただ、臣は臣の思うところを行うまでです」

もちろん、この手紙が勾践の手もとへ着くころには、范蠡(はんれい)は輕宝、珠玉を荷づくりし、家族や家来たちと船に乗って、行方しれずになっていた。

ひとまず、斉(せい)の国に落ちついた范蠡(はんれい)は心友の大夫(たいふ)〈家老〉、文種
(ぶんしょう)に密書を送って逃亡をすすめた。

「勇略、主ヲ震ワス者ハ身危シ、功、天下ヲ覆ウ者ハ賞セラレズ。足下ノタメニ之ヲ危ブム」

これに対して、文種は決断できぬまま、次のような返事を書く。

「王ノ我ヲ遇スルコト甚ダ厚シ。我ヲ戴スルニ、ソノ車ヲ以テシ、我ニ衣スルニ、ソノ衣ヲ以テシ、我ニ食ワシムルニ、ソノ食ヲ以テス。我、コレヲ聞ク。人ノ車ニ乗ル者ハ人ノ患(わずらい)ヲ戴ス。人ノ衣ヲキル者ハ人ノ憂ヲ抱ク。人ノ食ヲ食スル者ハ人ノ末ニ死ス。我、豈(あに)、利ニ向ッテ義ニ背クベケンヤ」

自分の意中を理解されぬことを口惜しがった范蠡が再度、密書を送っていわく「越王ハ人為(ひととなり)、長頸烏喙(ちょうけいうかい)ナリ、与(とも)ニ患難(かんなん)ヲ共ニスベキモ、与(とも)ニ安楽ヲ共ニスベカラズ。子(し)、何ゾ去ラザル」。

「長頸烏喙(ちょうけいうかい)」は「首が細く、唇が鳥のようにとんがっている」という意味と「黒ずんでいる」という二通りの解釈があるが、何れにしても人相のよくない、独占欲が旺盛で猜疑心の強い凶相である。そういう男とは「患難」を共にすることはわりあいできるものだが「安楽」とか「富貴」をともにすることは難しい、と忠告したのである。

文種(ぶんしょう)は、内心、ハッと思い当たる節があったが、人間の悲しさで、越王、勾践への未練が断ちきれなかった。

しかも、最も拙劣なことをやってしまった。病と称して出仕しなくなったのである。文種ほどの智恵者としては、「魔がさした」としか説明のしようがない。

文種は范蠡につぐ功臣である。おまけにその范蠡が去った今となっては、ただ一人、位人臣を極めた宰相である。当然、やっかむ向きも多かったはずである。それらの連中が、ここぞとばかりに越王、勾践に中傷する。

「文種は君主の右腕となって呉を平定し、よく君主をして覇者(はしゃ)たらしめましたが、そのためにこれといった特別の恩典にもあずからず、領土さえも与えられていません。文種はそれを根にもって出仕しないのです。いや、仮病をつかって家にひきこもり、ひそかに叛乱の準備を進めているに相違ありません」

「衆口ハ金ヲモ鑠(と)カス」という。はじめのうちは〈そんなバカなことが〉と思っていても、大勢の者がくり返し、くり返し、いろいろなことをいってくると、相当できた人物でも〈ひょっとすると〉と疑惑を生じ、それがつみ重なると、疑心暗鬼(ぎしんあんき)で目にふれるもの悉くが疑わしく見えてくるのが人情である。ついに越王、勾践は「文種(ぶんしょう)に異心あり」と思い込み、属鏤(しょくる)の名剣を送る。「この剣で命を断て」という意味である。

文種はぐずぐずしていて范蠡の忠告に従わなかったことを悔いつつ、剣に伏して自らの命を断った。
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