ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

「ビューティフル・マインド」の栄光と終焉

2015年06月01日 | 随筆
 5月23日に突然の訃報を耳にしました。1994年にノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュ氏が交通事故で亡くなられたという報道でした。
 彼は、映画ファンの人には、なじみの深い「ビューティフル・マインド」という映画の主人公です。この映画は、アカデミー賞の作品賞や監督賞など4部門に輝きました。それはジョン・ナッシュという、アメリカの天才数学者の実話に基づいて作られた映画なのです。勿論映画フアンの私達は、今回亡くなられてからもう一度DVDを借りて観たのを加えると、4回観たことになります。
 彼を演じた男優は、名優ラッセル・クロウです。アメリカの天才的な数学者であるジョン・ナッシュは、統合失調症を患っていました。ロシア軍の暗号解読を依頼されて、とてつもない数が羅列した乱数の中から、暗号を解読するのですが、彼でなくともその極限に近い集中力やストレスには、気がおかしくなるのも理解出来る気がします。
 彼には病気特有の妄想がつきまとい、実在しない人物がはっきりと見え、その人物と会話をします。この映画を初めて見る人には、どれが妄想でどれが真実なのか解りません。はじめに出て来るルームメイトだった人は実在しなかった、とか、彼の前に姿を現す可愛い女の子も、誰も見かけたことが無いとか、ロシアの情報部員という人も、実在していないと解ると、本当にこの病気が恐ろしくなります。
 彼は未だ病気が重くない時に、妻となるアリシアと出会い、結婚します。二人は一児(男)を儲けます。しかし次第に病気は進み、とうとう入院して、電気ショック等の厳しい治療を受けます。その甲斐あって、病は一時的に改善するのですが、病気は繰り返し襲って来て、妄想の人物は、常に身近に現れるのです。
 幾つもの危機に遭う度に、妻の優しい愛情と忍耐力が、彼の危機を救います。二度三度と、実際には有りもしない命令に従って、行動を起こしてしまう夫を、必死に諭して病院へやったり、どれが現実で、どれが妄想なのかを区別させるように導いたり、その優しく勇気のある行動と献身的な支えがなかったら、ノーベル賞を受賞する程の卓越した研究実績を上げる事は不可能だったでしょう。実際にアリシア夫人は、病気を抱えている夫を良く理解し、支え続けました。彼女の夫に対する態度(どれが現実でどれが妄想なのか、区別する)は、今も統合失調症の人の支え方として、参考にされているそうです。
 私はこの病気の人の現実を知りませんでしたから、こんなに妄想が現れて、自分を見失う程にさせてしまう、統合失調症の怖さを初めて知りましたし、一方そんな夫を支えて支えて、ついにノーベル賞の受賞に迄こぎ着けるのですから、夫人の偉大さには敬服するのみです。ノーベル賞の授賞式の時に、受賞者の挨拶がありますが、彼は多くの参加者に混じっている夫人をしっかり見つめながら「あなたがいなかったら、私の今日の受賞は無かったでしょう。」と妻に感謝する場面があり、涙を誘う感動的な場面で、万雷の拍手が湧き起こります。
 現在はこのような病気を持つ人との結婚は、しっかり薬を服用し続ければ、普通に暮らせるそうですが、病気を理由に簡単に離婚を切り出したりされそうな気がします。愛して居ればこそとは言え、ここまで深く愛せる人も居ることに、深い感動を禁じ得ません。
 アメリカという自由な社会だからこそ、このような事も出来たのではないか、日本では、こうもこの病気に理解があり、研究が出来たり、結婚生活を維持し続けることが出来るとは、思えないような気もします。何時もの私の持論ですが、病気の人が悪いのではなく、病気が悪いのです。病気の人に対する偏見は、日本はアメリカ以上に大きい気がします。
 過去における有名人で、世界を見渡した時、統合失調症であったのではないか、とされる人に、画家のムンク(「叫ぶ」の作品で有名)、小説家のフランソワ・カフカ(チェコの小説家)日本では芥川龍之介などが挙げられるそうです。みな天才で、れっきとした成果を残しています。
 ジョン・ナッシュの遭遇したタクシー事故は、数日前に個人タクシーを始めたばかりの運転手だったそうで、ガードレールに激突したのですが、夫妻は二人とも車外に放り出されての死だったそうです。痛ましい事故と未熟な運転手との出会いの偶然性に、一層心が痛みました。しかしこの事故は、ジョン・ナッシュ氏が、顕著な業績をあげた数学者に贈られる名誉ある「アーベル賞」(数学のノーベル賞とも言われる)を、5月19日にオセロで受けての帰途、ニュージャージ州で起きました。ご夫婦としては、人生の様々な苦しみを乗り越え、最高に幸せなひと時を味わった後のことだったのです。
 考えてみると、滅多に無いような深い夫婦愛に結ばれた二人が、あの世までご一緒だったのは、神のお計らいであったようにも思われ、何かしらホッとした気持ちが心のどこかに残った事も事実です。夫86歳妻82歳の希有な人生の終焉に、心からご冥福をお祈り致します。  合掌
 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする