
(女性の自動車運転の解禁などリベラルな改革が実施されている一方で・・・・【8月31日 Newsweek】
【カタールを運河で島に?】
アラブ諸国の盟主を自任するサウジアラビアが、何かと“勝手なふるまい”の多いカタールと断交して、関係国とともに兵糧攻めで締め上げようとしたものの、トルコやイランの支援もあってカタールも相当にしぶとく、膠着状態に陥っていることは周知のところです。
(6月6日ブログ“カタール断交から1年 関係修復兆し見えず イランとの関係を強めるカタール”)
上記ブログで、サウジアラビアがカタール国境に運河を作り、カタールを物理的に孤立させようという話があることは触れましたが、さすがにそこまでは・・・とも思い、何かの悪い冗談か、サウジアラビアの苛立ちを示す、単なる“噂話”の類だろうとも思いました。
でも、実際にその計画は存在し、今も“進行中”とのことです。
*****対立するカタールを島に・・・・国境での運河建設計画、サウジ当局者が進展示唆****
サウジアラビアの当局者は先月31日、断交状態にある隣国カタールとの国境沿いに運河を建設し、半島状の国土を持つカタールを島に変える計画が進展していることを示唆した。
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の顧問を務めるサウード・カハタニ氏はツイッターに、「サルワ島プロジェクト遂行の詳細についてしびれを切らして待っているところだ。偉大な歴史的プロジェクトはこの地域の地理を変えるだろう」と投稿している。
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、バーレーンは昨年6月、カタール政府がイスラム過激主義を支援し、イランとも近い関係にあるとして、同国と外交関係を断絶した。カタール政府はこの主張を否定している。
その一方、サウジアラビアの政府系ニュースサイト「SABQ」は今年4月、政府がカタールとの国境沿いに全長60キロ、幅200メートルの運河の建設を計画していると報じている。
この報道によれば、最大で28億リヤル(約830億円)の建設費が見積もられている運河の一部は、計画されている核廃棄物処理場の用地になるという。
別のメディアの報道によれば、プロジェクトには運河建設を専門とする会社5社が入札しており、落札企業については今月発表される見通しだという。【9月1日 AFP】
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運河でカタールを“島”にして、どれほどの意味があるのかは知りませんが、運河の一部を核廃棄物処理場にするというあたり、ひれ伏さないカタールへの“憎悪”みたいなものを感じます。
サウジアラビアは“金持ち国”として知られてはいますが、あとでも触れるように、今のサウジアラビアにそんな資金的余裕があるのかも疑問です。
【人権問題をめぐるカナダとの対立】
イランと中東世界の覇権をめぐって争うサウジアラビアは、その流れで上記のように同じスンニ派のカタールとも対立を深めていますが、もうひとつトラブっているのがカナダとの関係です。こちらは「人権問題」をめぐる争いです。
****サウジ、カナダと関係悪化 人権状況批判受け強硬姿勢****
サウジアラビアの人権状況をカナダが批判したことで、両国関係が悪化している。
サウジはカナダ大使の国外退去を命じ、航空便の往来も停止した。次期国王候補のムハンマド皇太子の主導で国内の改革を進め、外資導入を狙うサウジだが、内政批判に対する強硬姿勢は際立っている。
きっかけは今月1日、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルがサウジで2人の女性人権活動家が拘束されたと発表したことだ。そのうちの1人が、2012年に米国務省の「勇気ある国際的な女性賞」を受賞したサマル・バダウィ氏だった。
サマル氏の弟ライフ・バダウィ氏も、ネット上で「イスラムを侮辱した」として12年に逮捕され、禁錮10年の判決を受けている。ライフ氏の妻はカナダに住みながら同氏の解放を求め、子どもとともに今年、同国の市民権を得た。
カナダ市民の家族の拘束に、同国は強く反応した。フリーランド外相は2日にツイッターで、「カナダはこの難局で、バダウィ氏の家族と団結する」と訴え、姉弟の釈放を求めた。
これにサウジは、「露骨な内政干渉」だと猛反発。駐カナダ大使の召還や、新規の貿易や投資の凍結を表明した。その後もカナダにいる留学生らを他国やサウジに編入学させるなどの方針を打ち出した。カナダのグローブ・アンド・メール紙によると、サウジからの留学生やその家族は2万人以上にのぼるという。
厳格なイスラム国家であるサウジだが、6月に世界で唯一禁止されていた女性の自動車の運転を解禁するなど改革を進めている。その成果をアピールして欧米などから投資を呼び込み、経済構造改革を進めたいという狙いがある。
一方で人権活動家らは相次いで拘束されている。国連によると、5月15日以降で少なくとも15人にのぼる。政府が認める以上の権利拡大は厳しく抑え込んでいるとの見方もある。
改革には国内の保守層からの反発もあるとされ、ムハンマド皇太子にとっては、改革を他国からの批判で混乱させたくないとの思いがあるとみられる。今回の強硬な対応は「サウジの内政に口を出すな」という欧米へのメッセージとも取れる。
カナダのトルドー首相は8日、「関係悪化は望んでいない」としつつ、「人権問題について強く明確に話をしていく」と発言。23日には、反政府デモに参加したなどとして死刑を求刑されている別の女性人権活動家らについても懸念を表明した。
一方でロイター通信などによると、カナダはサウジとの関係改善に向けて、同国と人権問題などをめぐって関係が悪化したことがあるドイツやスウェーデンと、話し合いをしているという。【8月30日 朝日】
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国内で“改革”を進めるムハンマド皇太子ですが、人権活動家などの下からの改革要求は厳しく弾圧しており、カナダのような、外部からの“口出し”も一切許さないという厳しい対応です。
(8月9日ブログ“サウジアラビア カナダの人権批判に怒りの対応エスカレート”)
人権に関して言えば、ムハンマド皇太子の進める“改革路線”「ビジョン2030」にもかかわらず、サウジアラビアの基本的な抑圧体質は変わっていません。
****皇太子の改革路線でも変わらない、死刑大国サウジアラビア****
<ソフト路線でイメチェンを図ってはいても、サウジアラビアの政治的抑圧は変わっていない>
近年、社会の変革を精力的に推し進めているかに見えるサウジアラビアだが、死刑制度に関しては従来の方針を変えるつもりがないらしい。
人権擁護団体「欧州サウジ人権組織(ESOHR)」が先頃発表した報告書によると、サウジアラビアで昨年死刑に処せられた人は146人に上る。この数字は、中国(推定1000人以上)、イラン(少なくとも507人)に次いで世界で3番目に多い(アメリカは23人)。
「死刑という取り返しのつかない刑罰が、人々に恐怖心を植え付ける目的で行われている」と、ESOHRの報告書は批判している。「適正な法的手続きを欠いており、処刑が政治的手段として用いられている点は、ことのほか見過ごせない」
若いムハンマド皇太子の号令の下、サウジアラビアは進歩的なイメージを打ち出そうと努めてきた。皇太子が掲げる改革プラン「ビジョン2030」は、経済を近代化し、社会の活力を高めることを目指している。
国外からの投資を引き付け、国のソフトパワー(文化的魅力)を高める狙いで、リベラルな改革も相次いで実行されている。映画館の開館や、ポップミュージックのコンサート、女性の自動車運転なども解禁された。
しかしその半面、政治的抑圧は今も残っている。サルマン国王が絶対権力を握り続けていることには変わりがない。
最近、人権活動家や有力実業家、対立する王族を弾圧の標的にしているのは、国民に対して明確なメッセージを送ることを意図した行動なのだろう。改革はあくまでも国王からのプレゼントであって、国民が要求するものではないのだ、と。
「劣悪な人権状況がますます危機的な様相を呈し始めている。表現の自由と結社の自由は厳しく制限されていて、恣意的な逮捕もまかり通っている」と、ESOHRは指摘する。
15年のサルマン国王の即位と時を合わせて、サウジアラビアでは死刑が増えている。ここ数年の死刑件数は、90年代以降では最も多い水準だ(昨年は前年より8件少なかったが)。
昨年処刑された146人の内訳は、サウジアラビア国民が90人、外国人が56人。投石や銃殺による処刑も行われるが、最も多いのは斬首だ。処刑前に鎮静剤を飲ませ、その上で頭部を切断する。その後、再び頭部を胴体に縫い付けて磔はりつけにする場合もある。見せしめにするためだ。
死刑の大量執行が行われる場合もある。16年には、テロ容疑で有罪になった47人の処刑が斬首と投石により1日で行われた。これは、80年代以降で最も大規模な同時執行だった。
85〜16年にサウジアラビアで死刑になった人は2000人を超すと、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは報告している。ESOHRによれば、サウジアラビアには現在も、死刑判決を言い渡されて控訴している人が10人、判決への異議申し立ての手段を全て使い果たした死刑囚が31人いるという。【8月31日 Newsweek】
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【イエメン空爆は「戦争犯罪の恐れ」も】
サウジアラビアにとって、もうひとつ芳しくない話は、ハディ暫定政権を支援して軍事介入しているイエメンの状況が一向に進展せず、サウジアラビアの威信に傷をつけ、財政的にも大きな負担となっていることがあります。
それだけでなく、サウジアラビア主導の空爆が子供を含む多くの民間人犠牲者を増やしているとが「戦争犯罪の恐れ」があるとの批判が向けられています。
****<イエメン内戦>子供犠牲の空爆やまず「戦争犯罪の恐れ」****
内戦が続く中東のイエメンで8月に入ってから、子供たちが多数犠牲になる空爆が相次いでいる。
国連人権理事会の専門家グループは28日に、内戦に軍事介入するサウジアラビア主導の連合軍と、サウジが支援するハディ暫定政権による空爆が多数の民間人犠牲者を出しているとして、「戦争犯罪」にあたる恐れがあるとの報告書を公表した。
一方、ハディ暫定政権と敵対する親イランの反体制派武装組織フーシについても、拘束者の虐待、子供の徴兵などの行為が同様に戦争犯罪にあたる可能性を指摘。戦闘に関与する全ての当事者を厳しく非難した。
ロイター通信などによると、イエメンでは9日に北部サーダ州で子供たちを乗せたバスが空爆され、少なくとも子供40人を含む51人が死亡。23日には西部ホデイダ州で子供22人と女性4人が死亡する空爆があり、いずれもサウジ側による攻撃だった。
だが今回の報告書ではサウジ側だけでなく、ハディ暫定政権やフーシなど全ての紛争当事者について「市民の犠牲を最小限にする努力がみられない」と批判した。
国連の批判に対し、サウジ主導の連合軍は29日、「報告書は不正確だ。内戦を長引かせるイランの役割に言及していない」と反論した。
イエメンでは2014年以降、ハディ暫定政権とフーシの対立が激化。サウジやアラブ首長国連邦(UAE)などが15年3月に軍事介入を始め、内戦に発展した。
中東で覇権を争うサウジとイランの事実上の「代理戦争」の様相を呈しており、フーシ側も度々サウジ領内にミサイル攻撃を加えている。
サウジ主導の連合軍は度々、「市民を標的にしていない」と釈明しているが、中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると、内戦下で起きた連合軍による1万6000回に及ぶ空爆のうち、3分の1は軍事拠点に無関係の民間施設が狙われ、病院や結婚式場も攻撃されたという。【8月31日 毎日】
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サウジアラビアの空爆にはかねてより悪評がありましたが、上記記事にもある多数の子供が犠牲になったことなどで、基本的にはサウジアラビアを支持している同盟国アメリカもさすがに強い不満を表明しているとか。
****米国防、国務省のサウディに対する警告****
(中略)CNNによれば、米国防総省はサウディに対して、民間人お被害を少なくするための真剣な努力がされなければ、米といては軍事的、情報的な協力を採否変えることになろうと警告したと報じています。
また国防総省と国務省はサウディに対して直接書簡を送り、イエメンでの空爆による民間人の被害はenough is enoughだと極めて強い調子で非難している由。
観測筋は、この手紙のトーンは極めて例外的なもので、米国として友好国に対してアドバイスをするというトーンを越えているが、それはこれまでの数多くのアドバイスが、何ら効果がなかったからであるとしている由。
そして国防総省の高官は、特に国防長官及び中東軍司令官が、この9日の児童の乗った車列に対する空爆での多数の児童の死傷に関し、重大な懸念を有しているとしている由 (後略)【8月28日 「中東の窓」】
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おそらく、イエメンでの民間人犠牲者の多さは、前出の死刑問題でも触れたような、サウジアラビアの人権に対する“感覚”“体質”を反映したものと思われます。
“enough is enough”とはアメリカも相当に苛立っていますが、それは国防省・国務省の考えであり、トランプ大統領がどう考えているかは、また別物でしょう。
【国内“改革”の資金的裏付けとなる中核事業に国王が反対 改革反対派との権力闘争か】
イエメン介入、カタール断交、あるいはカナダとの対立など、権力者ムハンマド皇太子の“突っ走る”強硬姿勢が見て取れますが、そのムハンマド皇太子が進める“改革路線”「ビジョン2030」の資金的裏付けとなるはずの計画が、国王の反対で中止になったという注目されるニュースがありました。
****サウジアラムコ上場、サルマン国王の反対で中止=関係筋****
サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)が中止された背景にはサルマン国王の反対があったもようだ。同国の政府関係者に近い複数の関係筋がロイターに明らかにした。
関係者の1人によると、6月半ばまでのラマダン(断食月)の期間中、国王はアラムコIPOを巡り、王族、銀行関係者、アラムコの元トップなどの石油業界幹部らと会談。その後に、IPO中止を決めた。
会談の参加者は国王に対し、アラムコ上場はサウジアラビアを助けるどころか、打撃を与えると説明。参加者の主な懸念は、上場によってアラムコの詳細な財務情報がすべて公開されることだったという。
複数の関係筋によると、国王は6月下旬、行政機関に書簡を送り、IPOの中止を指示した。関係者の1人は、「国王が『ノー』と言えば、絶対に決定が覆ることはない」とし、国王の決定が最終的なものだったと語った。
ロイターは先週、関係筋の話として、アラムコが国内、海外ともにIPOの中止を決めたと報道。一方、サウジ政府のファリハ・エネルギー相は政府はIPOの実施に引き続きコミットしていると述べ、中止報道を否定した。
別の政府高官も、政府は適切な時期でのIPO実施に向けて準備を進めていると語った。
サウジアラビアの最高権力者であるサルマン国王が国家の政策に最終決定を下すのは異例なことではない。しかし、アラムコ上場はムハンマド・ビン・サルマン皇太子が進める経済改革の目玉だっただけに、国王の反対は皇太子の決定権を抑制する動きとも見て取れる。
国王がアラムコ上場計画のどの点に反対したかは不明。
ただ、業界の専門家や関係筋が先にロイターに語ったところでは、IPO準備が遅れている理由は少なくとも2つあり、一つは皇太子がIPO計画を発表した際に示した2兆ドルという評価額を巡る疑念、もう一つは海外上場に伴う法的リスクや厳格な情報公開義務を巡る懸念という。【8月28日 ロイター】
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人口が急増しているサウジアラビアでは、オイルマネーを国民に配分する仕組みが行き詰まりつつあり、国営石油会社「サウジアラムコ」の新規株式公開(IPO)で得た資金を経済構造改革にあて、石油依存からの脱却をめざす・・・というのがムハンマド皇太子の目指す“改革”であり、サウジアラムコ上場は“改革”の中核をなすものです。
高齢の父親である国王に代わって権力を行使してきたムハンマド皇太子の中核事業について、後ろ盾のはずの国王が反対を決断した・・・ということで、ムハンマド皇太子の置かれている立場についてあれこれ憶測も出てきます。
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ロイターの一連の報道からは、反皇太子派の動きが垣間見える。
つまり、既得権益層にとって何より貴重な資金源であるサウジアラムコの財務まで公開されたら「一巻の終わり」という恐怖から、元々保守的な考えを有する国王を取りこみ、IPOの中止を決定させた。
だが、それに従わないムハンマド皇太子側の動きに業を煮やしてメディアにこの決定をリークしたということだろう。【8月31日 藤和彦氏 JB Press】
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2017年11月に王室内の有力者や国内の大富豪らを横領などの疑いで一斉拘束したことに示されるように、ムハンマド皇太子に対しては、改革によって特権を剥奪された王族や既得権を失った財閥などから不満がくすぶっています。
今回のサウジアラムコ上場中止をめぐる動きも、その対立の一環でしょう。
“若者たちは改革を支持しているとされるが、痛みばかりで改革の果実を享受できなければ反旗を翻すのは時間の問題である。「サウジアラムコのIPO中止」報道を契機にムハンマド皇太子の改革を頓挫させようとする宗教過激派や反皇太子勢力が巻き返しを図ろうとすれば、サウジアラビア国内で未曾有の混乱が生ずるかもしれない。”【同上 藤和彦氏】