(サウジの青年団体、インフォグラフィックKSAがツイッターに投稿した画像は現在は削除されていますが、ネット検索するとこんな画像が見つかりました。このことでしょうか。
トロントの風景にエア・カナダ機を重ねた画像で、カナダの動きを「余計なお世話」と批判するコメントが添えられています。どう見ても“9.11”を連想させる画像です。)
【改革を指示できるのはムハンマド皇太子だけ 人権活動家への厳しい弾圧】
サウジラビアの実権を握るムハンマド皇太子は、女性の自動車運転を解禁するなど“上からの社会改革”を行っていますが、同時に、現支配体制になじまない“下からの改革の要求”については、活動家を拘束するなど厳しい弾圧姿勢を崩していません。
****サウジ皇太子、一連の拘束劇が示すメッセージとは****
サウジアラビアでは数十人の著名な人物が投獄されたままで、その多くが反逆者だと糾弾されている。数百人、もしくはそれ以上の人が出国禁止になっている。そして、祖国をひそかに離れ、帰国の予定もなく、反政府コミュニティーを海外で作り始めている人もいる。
サウジの事実上の支配者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、どの前任者よりも踏み込んで、厳格な社会規範を緩めようとする姿勢を示してきた。だが同時に、反体制分子とみなされた人々に対しては、過去数十年間で最も容赦なく締め付けている。
サウジ当局は昨秋、汚職容疑で反体制派聖職者やビジネスマンを大量に拘束した。先月の一連の拘束劇は、これに続くもので、主に女性による自動車運転の権利獲得を推進していた活動家も標的となった。サウジ政府が女性の運転の権利を今月24日から正式に認める予定であるにもかかわらずだ。
この締め付けは、反政府活動の証拠がほとんどないにもかかわらず行われた。その裏には、サウジにおける変革のペースとその範囲をムハンマド皇太子だけが指示しようとする意図が隠されているとの見方がある。
政府から圧力を受けている人権活動家の1人は「われわれはもっとバランスのとれた社会と、より多くの権利を求めていた」としたうえで、「だが実際に起こっているのは、別のイデオロギーに基づくさらなる弾圧だ」と述べる。
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この動きに対する政府支持派の見方は異なる。サウジ政府と近い人物で、ワシントンに本拠を置くシンクタンク「アラビア財団」の代表を務めるアリ・シハビ氏は、「この国は大きな破壊的変化を遂げている最中で、幅広い政治的意見が存在する。宗教保守派から欧米型のリベラル派に至るまで、さまざまだ」と述べる。
その上で同氏は、「長年の懸案だった変革を成し遂げたいと思うなら、これら全ての層を一つにまとめることはできない。そのために独裁的アプローチが必要になる。それは当面、自由を制限するという意味だ」と付け加えた。
父親のサルマン国王が即位した2015年初め以降、ムハンマド皇太子は同国経済を石油依存から脱却させ、宗教的保守主義による支配に終止符を打つべく努めた。この結果、サウジは外国人投資家にとって魅力が増し、映画館の開設や音楽コンサートの開催といった国内の社会改革も進んだ。
しかし、一連の拘束劇は、「新しい」サウジが社会的自由と政治的抑圧との間で緊張していることの証左だ。多くのサウジ国民はそれを、政府の許容度については一歩後退だと考えている。
先月拘束されたのが明らかになっている17人の人権活動家のうち9人は、まだ釈放されていない。サウジ検察当局が3日に公表した声明によれば、この9人は「海外の敵対分子」に協力し、資金を提供したと自供したという。
これに対し拘束者の同志たちは、このような容疑内容は虚偽であり、拘束者が自ら進んで自白したか疑問だとしている。(中略)
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政府の考えに詳しい関係者によれば、サウジ指導部はメッセージを送りたいと考えているようだ。
それは、自分たちの要求を公にすることによって政府をねじ伏せ、しかも罪に問われないといった状況は誰であっても容認しないというメッセージだ。政府の改革目標と概ね足並みをそろえる活動家であっても、それは例外ではないという。
欧州連合(EU)は先週、異例に強い調子の決議で、サウジでの「人権活動家に対して行われている抑圧」を糾弾し、「(こうした抑圧は)この国の改革プロセスの信頼性を損なう」と述べた。そして逮捕者を釈放するようサウジ当局に呼び掛けた。
昨秋以降の3回の拘束劇は、サウジ社会の著名な人物が標的となった。その多くは積極的に発言する国際的に評価の高い人たちだった。正式に起訴された者はほとんどいない。
拘束された人々の縁故者は、国外に出るのが禁止された。拘束者に近い人々や活動家によれば、亡命している反政府活動家の親類は旅行も禁止されたという。
依然として釈放されていない人のなかには、汚職とほとんど関係ない罪状に直面しているケースもある。関係筋によれば、彼らは王制反対を唱えた罪に問われている。拘束された人々はでっち上げだと否定しているが、テロ罪による起訴につながる可能性もあるとサウジ当局者は言う。
サウジのジャーナリスト兼評論家で、現在ワシントンに住んでいるヤマル・カショギ氏は「ムハンマド・ビン・サルマン(皇太子)は、それまで直面していなかったし必要でもなかった反対派を作り出している」と指摘。(後略)【6月6日 WSJ】
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改革を行うのは、あくまでも賢明で慈悲深いムハンマド皇太子ただ一人であって、たとえ求める方向が同じであっても、一般民衆の勝手な要求は認めない・・・ということのようです。
【カナダの人権批判に激高するサウジ 対応を一気にエスカレート】
こうしたサウジアラビア当局による活動家拘束はその後も続いており、女性の権利拡大を求める活動家サマル・バダウィ氏などが拘束されたようです。
この件が、釈放を求めるカナダと内政干渉とするサウジの間の異常なまでの対立を呼んでいます。
****サウジ、カナダとの新たな貿易を凍結 人権活動家解放の要求受け****
サウジ外務省は声明で「カナダとの新たな貿易および投資取引を全て凍結するとともに、一段の措置を講じる権利を保持する」とした。
また、カナダ大使に24時間以内に国外退去するよう求めたほか、カナダに駐在するサウジ大使を召還したことも明らかにした。
カナダ政府は3日、サウジ当局が女性の権利を主張する著名活動家であるサマル・バダウィ氏を含む人権活動家を逮捕したことに懸念を表明し、解放を訴えていた。
これについて、サウジ政府は「あからさまな内政干渉で、国際的な規範と全ての国際協定に違反している」と非難した。【8月6日 ロイター】
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カナダのフリーランド外相や在リヤドのカナダ大使館は先週、サマル・バダウィ氏を含む女性の人権活動家をサウジ当局が逮捕したことを批判していました。
バダウィ氏はカナダ国籍を持ち、弟のライフ・バダウィ氏はサウジ政府に批判的なブロガーで既に同国で投獄されています。
カナダ側がサウジアラビアに対し活動家らの「即時解放」を強く求めるツイートを相次いで投稿していたことが、サウジアラビア側を激怒させたようです。
“サウジ外務省は声明でこれらの逮捕者について「刑罰の対象となる罪を犯したため、検察によって合法的に拘束されている。拘束中の人権は保障され、捜査や裁判の間も正当な法的保護を受けられる」と説明した。
そのうえでカナダ側が「即時解放」を求めてきたことに言及し、主権国家間のやりとりでこのような言葉の使用は受け入れられず、非難されてしかるべきとの認識を示した。”【8月6日 CNN】
人権活動家拘束への批判は、冒頭記事にもあるように、これまでもEUなどが行ってきました。
カナダ側のツイート内容は知りませんが、“上から目線”のもの言いが、サウジ・ムハンマド皇太子を怒らせたのでしょうか。それとも、そうしたツイート云々以外に、表には出ていないやり取りが両国間であったのでしょうか。
サウジアラビア側のカナダへの怒りは尋常ではありません。
カナダ側に撤回の意思はなく、サウジアラビアの対応は、カナダ留学生への奨学金を停止し、カナダ国外の大学等に移すことを決定、更にカナダへの航空機の飛行停止など拡大する一方ですが、サウジアラビア人が多く関わった“9.11”を連想させる画像投稿もあり、さすがにこれにはサウジ側も“他意はなかった”と謝罪しています。
****サウジ国営航空、トロント便を停止へ 人権問題めぐる応酬で****
サウジアラビアの人権問題をカナダが批判し、両国間の緊張が高まっている問題で、サウジの国営航空は6日、トロント便を来週から停止すると発表した。
カナダ政府が人権批判の撤回を拒否したことへの報復措置とみられる。
カナダのフリーランド外相は6日、この問題をめぐり初めて公の場で発言。「カナダは常に、世界各地で女性の権利や表現の自由を含めた人権擁護を支持する」と述べた。
サウジは5日、カナダ大使に国外退去を求め、貿易、投資分野で同国との新たな取引を凍結すると発表していた。実際には両国間の経済関係にどの程度の影響が及ぶのか、その規模は明らかになっていない。
サウジはさらに6日、カナダに留学している自国の奨学生を他国へ移す方針を示した。
この対立に関連してサウジの青年団体、インフォグラフィックKSAがツイッターに投稿した画像も波紋を呼んだ。
問題になったのは、トロントの風景にエア・カナダ機を重ねた画像。カナダの動きを「余計なお世話」と批判するコメントが添えられていた。
この機体がトロントのシンボル、CNタワーに向かって飛んでいるように見え、2001年の米同時多発テロで世界貿易センタービルに突っ込んだハイジャック機を連想させるとの声が相次いだ。同時テロの実行犯19人のうち、15人はサウジ人だった。
サウジ当局はインフォグラフィックのアカウント削除を命じ、同団体は「機体はカナダ大使の退去を象徴していただけで、他意はなかった」と謝罪した。【8月7日 CNN】
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【トランプ大統領をも激怒させたトルドー首相 人権問題では譲らない構え】
カナダ側は、アラブ首長国連邦(UAE)と英国に支援を求める方針とも。
カナダ・トルドー首相よりサウジ・ムハンマド皇太子と親密なアメリカ・トランプ大統領ですが、アメリカは“関与せず”の方針です。
****カナダ、サウジとの対立でUEA・英国に支援要請へ=関係筋****
サウジアラビア当局が逮捕した人権活動家の解放を要求したカナダに対してサウジが内政干渉だと反発し、両国の緊張が高まっている問題で、カナダはアラブ首長国連邦(UAE)と英国に支援を求める方針。関係筋が明らかにした。
一方、米国は関与しない方針を示している。(中略)
ある関係筋は、人権を重視するカナダのトルドー政権は、問題解決に向けUAEに協力を求める計画。別の関係筋によると、英国に支援を求める可能性もある。英国は7日、両国に対して自制するよう求めた。
また、米国務省のナウアート報道官は記者会見で「双方がともに外交的にこの問題を解決すべきだ。米国が両国のために行うことはできない」と語った。
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しかしサウジ側の対応はエスカレートするばかり。仲裁も必要ないとしています。カナダ資産売却も初めているとか。
****サウジ、カナダへの追加措置検討 「仲裁は不要」****
サウジアラビアは8日、カナダとの外交的対立に仲裁の余地はないとし、カナダは「大きな過ちを修正する」ために何をする必要があるかを認識しているはずだと指摘した。サウジのジュベイル外相は記者会見で「仲裁は不要だ。過ちが犯された。それが修正されるべきだ」と指摘。その上で、カナダへの追加措置を検討していると述べた。(中略)
英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙が関係筋の話として伝えたところによると、サウジの中央銀行と国営年金基金は、それぞれの海外資産運用担当者に対して、カナダの株式や債券、通貨を売却するよう指示した。(後略)【8月9日 ロイター】
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これに対し、カナダ・トルドー首相も引かない構えです。
****カナダとサウジ、人権問題めぐり緊張高まる トルドー首相は謝罪拒否****
カナダとサウジアラビアの間でにわかに緊張が高まっている。
人権活動家の拘束をカナダ政府が批判したことに反発するサウジ政府は、大使追放や新規の取引停止に続き、学生の留学先振り替えやカナダ資産の売却など追加の報復を続々と準備。
カナダのジャスティン・トルドー首相は8日、「サウジとの関係悪化は望んでいない」としながらも、自身これまでに行った批判について謝罪を拒否し、人権問題では一歩も譲らない姿勢を示している。
(中略)だがトルドー首相の立場は揺るがない。8日には「カナダは人権問題について、私的な場でも公的な場でも強くはっきり主張していく」と言明した。
一方で「サウジアラビアとの関係悪化は望んでいない」とも述べ、カナダ政府はサウジ政府が「人権問題に関して進展している」ことを認識しているとも言及した。
トルドー首相によると、カナダのクリスティア・フリーランド外相が7日、この問題の解決を目指してサウジのアデル・ジュベイル外相と長時間にわたって会談した。「外交交渉は続いている」という。【8月9日 AFP】
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トルドー首相は先のG7でもアメリカ・トランプ大統領を激怒させているように、言うべきことは言う人物ですから、簡単には引き下がらないでしょう。
****カナダのトルドー首相、西側代表としてトランプを攻撃 返ってきたのは八つ当たり****
<トランプは仕返しにトルドーが主催したG7の首脳宣言の承認をやめたとツイート、政権幹部は北朝鮮との首脳会談が失敗したらトルドーのせいだとまで>
マクロン仏大統領、メルケル独首相など最近トランプを会ったどの西側首脳より、トランプを恐れない男がカナダのジャスティン・トルドー首相だった。
小国の若い指導者ながら原理原則の人であり、G7が始まるずっと前から、安全保障上の理由からカナダに輸入制限をかけるというアメリカの論理は共に戦ってきたカナダに対する侮辱で容認できない、と言ってきた。
ところがドナルド・トランプ政権の経済顧問であるラリー・クドロー国家経済会議院長は6月10日の朝、カナダのジャスティン・トルドー首相に対し、来るべき「米朝首脳会談が失敗したらトルドーのせいだ」と言い放った。トルドーは、G7でトランプを「裏切り、後ろから刺した裏切り者だ」というのだ。
トランプ政権とトルドーとの仲が決定的にこじれたのは、前日の9日に閉幕した先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の首脳宣言を、既に大統領専用機でシンガポールに向かっていたトランプが、やっぱり承認しないとツイートしたからだ。
さらに、もしアメリカに対する「不公平な」貿易慣行が是正されなければ、6カ国とのあらゆる貿易を停止すると脅迫し、各国首脳の激しい反発を招いた。
トランプが激怒したトルドーの記者会見
サミットを締めくくる記者会見でトルドーは、鉄鋼・アルミ製品などへの「アメリカの関税押しつけは侮辱的だ」と批判。「アメリカがカナダに課したのと同等の報復関税を7月1日に必ず発動する」と語った。
機上でこれを聞いたトランプは、首脳宣言の承認を取り消した。「ジャスティンが記者会見で放った虚言や、カナダがアメリカの農家や労働者や企業に莫大な関税を課しているという事実に基づき、米政府代表に首脳宣言を承認しないよう指示した。アメリカ市場にあふれる自動車の関税措置を検討しなければならない!」、とツイートした。
トルドーは「控え目で大人しい」が「不誠実で弱虫」だと名指しで批判した。(後略)【6月11日 Newsweek】
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それとカナダには、日本のように石油のためにサウジ側の鼻息をうかがう必要もありません。
豊富なオイルサンドを有するカナダは、原油確認埋蔵量ではベネズエラ、サウジアラビアに次いで世界3位、原油産出量は、米国、サウジアラビア、ロシアに次いで世界第4位という“石油大国”です。
今回のサウジアラビアの尋常ならざる対応の背景には、石油をめぐる何かがあったのでしょうか?単に、人権問題への認識の違いというだけでしょうか?
それにしても、サウジアラビアのムハンマド皇太子も、イエメン介入、カタール断行、そしてカナダとのバトルと、次々に外交問題を作り出しています。これまでのところは問題を大きくするばかりで、うまく事態をコントロールできていません。
後先考えずに突っ走るタイプのようです。周囲にいさめるスタッフもいないのでしょう。