孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  高支持率のマハティール首相 アンワル氏への禅譲約束は? マレー系優遇政策の転換は?

2018-09-22 22:41:09 | 東南アジア

(ランドリーが「希望基金」に取引の2%を寄付すると宣言する掲示。政権交代後、新政権は前政権が巨額の債務を残したことを発表したが、国民の一部からは政府債務削減のために寄付を集めようとする運動が自発的に起こった。政府はこの自発的な運動を「希望基金」として組織して寄付を集めている。【8月29日 伊賀司氏 SYNODOS】
上段中央がマハティール氏、左はアンワル氏、右はアンワル氏の妻でもあるワン・アジザ副首相)

国民的にも、国際的にも高い評価のマハティール氏 精力的な政治活動
マレーシアでは今年5月、独立以来政権を維持してきた与党のナジブ首相に対し、その師匠筋にもあたる92歳のマハティール元首相が、かつて自らが権力から追い落とした旧敵アンワル元副首相(政治的陰謀とも言われる同性愛の罪で服役中)に代わって野党勢力を束ねて選挙戦を戦い、見事に勝利・政権を手中にしたことは、5月11日ブログ“マレーシア  独立後初の政権交代 マハティール氏、異例の高齢再登板 難しいかじ取りも”でも取り上げました。

マハティール首相はマレーシアの首相として1981~2003年の22年間、日本や韓国の勤勉さに学ぶ「ルックイースト(東方)政策」を掲げ、工業化や経済発展を推し進め、新興国マレーシアの基礎を築いて人物ですが、1998年、後継者と目されていた当時のアンワル副首相と対立し同氏を解任するなど、強権的手法にも批判があった政治家です。

就任以来のマハティール首相は高齢とは思えない精力的な活動を続けていますが、国際的に注目されるのは、「一帯一路」の重要事業を中止するなど、中国依存を強めていた前政権の姿勢を改めていることです。

****マレーシア首相の中国を恐れない姿勢が注目集める*****
2018年8月28日、仏RFIの中国語版サイトは「マレーシアのマハティール首相の中国を恐れない姿勢が注目集める」とする記事を掲載した。

記事によると、マハティール首相は27日、中国の不動産開発会社が手掛ける1000億ドル(約11兆1200億円)規模のプロジェクトについて、外国人に物件購入を認めず、居住目的でのビザ(査証)発給も行わないと述べた。

また地元メディアの取材では、マレーシア企業と中国企業が共同開発した工業団地「MCKIP」について、「工業団地は外国の領土ではない」とし、MCKIP周辺の壁を解体しなければならないとした。

マハティール首相は20日、訪問先の中国で李克強(リー・カーチアン)首相と会談した際にも、「われわれは新たな植民地主義が生じる状況を望んでいない」とし、中国の指導者の前で、シルクロード経済圏構想「一帯一路」の重要事業として中国が関わる東海岸鉄道計画と二つのパイプライン事業計画を当面中止することを宣言している。(後略) 【8月29日 レコードチャイナ】
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国内的にも、選挙戦での盛り上がりそのままに高い支持率を維持しています。

****マハティール首相、支持率70%も財政難の壁 マレーシア****
 ■初の政権交代から4カ月
マレーシアで初の政権交代を果たしたマハティール首相(93)の就任から4カ月が過ぎた。

選挙公約に掲げた消費税廃止やナジブ前首相の汚職疑惑の追及を着実に進め、約70%の高支持率を維持。
一方、1兆リンギット(約27兆円)もの債務を抱え、財政再建や経済回復などの壁にも直面する。

いわゆる「ハネムーン期間」が既に終わり、世界最高齢の首相の正念場はこれからだ。

 ◆消費税廃止
国民は5月9日の総選挙で、政府系ファンドをめぐる巨額の資金流用疑惑を抱えたナジブ氏に「ノー」を突き付けた。物価上昇で生活が困窮する中、ナジブ氏は汚職で私腹を肥やしていたとの反発が色濃く反映された。
 
マハティール陣営はナジブ前政権が2015年に導入した6%の消費税廃止を公約の目玉に掲げ、政権交代直後の6月1日に早速実行した。
 
マレーシアの世論調査機関「独立センター」の調査(8月7~14日実施)ではマハティール氏の支持率は71%に上り、82%が選挙結果に満足していると回答した。
 
ただ、消費税に代わって9月から導入した売上税とサービス税では財源不足を賄えず、財政悪化が懸念される。調査では55%が政府の生活費負担軽減策に不満も示した。(後略)【9月18日 SankeiBiz】
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なお、マレーシアの捜査当局は9月19日、政府系ファンド「1MDB」をめぐる巨額の資金流用事件で、ナジブ前首相(65)を再逮捕、両指導者の明暗がはっきりとわかれています。

“「就寝は夜中の3時ごろ。朝7時には起床する」と話すマハティール氏は、政権交代以来、ごく最近まで土日返上で政務に明け暮れている。”

“「22年間首相を務めた老練な宰相政治家のマハティール首相だからできたこと」と実績を示すマハティール氏を高く評価する国民の声は大きく、支持率も80%前後を維持している。”

“ポンペオ(米国務)長官は、自身のツイッターでも「マレーシアよ、よくやった!」と政権交代の偉業を祝福した。”【9月14日 末永 恵氏 JB Press】

波に乗り、精力的に政務をこなすマハティール首相、国民的にも、国際的にも高い評価・・・・こうなると、アンワル元副首相への禅譲がどうなるのか・・・という問題も出てきます。

アンワル氏への禅譲約束は?アンワル氏に“焦り”も
マハティール氏は野党を長年率いた宿敵のアンワル元副首相と手を組み、政権交代が実現すれば1~2年で首相職を引き継ぐと約束しています。アンワル元首相(マハティール首相が進めた国王恩赦により、5月16日に釈放)からすれば、マハティール首相は自分が活動できない間の“代打”ですあり、本来は自分が首相に就くべき・・・ということになります。

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・・・・ただ、(マハティール首相は)就任後は「必要とされる限り務める」と交代時期を明言しなくなった。日本や中国、インドネシアを飛び回り、年齢を感じさせない過密なスケジュールもこなす。脳や体を「活発に動かし続けること」が若さの秘訣(ひけつ)という。
 
「最期まで首相を続けるだろう」(シンガポール外交筋)との観測もあり、手腕次第ではそれも現実味を帯びる。【9月18日 SankeiBiz】
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政治家の“禅譲”約束はあまりあてになりません。
政権への“色気”が強まったのでしょうか? あるいは、そのあたりは最初から念頭にあったことでしょうか?

アンワル元首相としては、非常に気になるところです。政権復帰のためには、まず議員に復帰する必要があります。
                  
****アンワル元副首相が出馬=次期首相候補、来月の補選に―マレーシア****
マレーシアの与党・人民正義党(PKR)は21日、記者会見し、10月13日に行われる連邦議会下院の補欠選挙にアンワル元副首相(71)が出馬すると発表した。
 
アンワル氏はかつてマハティール首相(93)と対立したが、現在は和解し、次期首相候補と認められている。当選して下院議員になれば、首相就任が可能となる。
 
アンワル氏が立候補するのは、首都クアラルンプール南方の港町ポートディクソンでの補選。同地の選挙区で当選していたPKR所属議員の辞職を受け、実施される。アンワル氏は会見で「政府の力に頼らず自力で選挙を戦う」と訴えた。【9月21日 時事】 
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自分の党の議員を辞職させて補欠選挙を行わせ、そこに自分が立候補するということで、アンワル元副首相には“焦り”もあるのでは・・・との指摘もあります。

マハティール氏が重用する“若きライバル”(11月の党代表選挙でアンワル氏の右腕となるナンバー2のポジションを争う党副総裁のポストを目指すアズミン氏)も存在するようです。

****根強いマハティール人気に焦り? アンワル元副首相****
(中略)マハティール氏は、国会議員でもないアンワル氏に代わって、新内閣の要職の経済大臣に若いアズミン氏を抜擢。
 
マハティール氏は筆者との単独インタビューで「自分の後継者は、本当は若い政治家がいい。アズミンは有能だ」と言っていたほど、高い評価を与えてきた。

アンワル氏の憂鬱は、ここにある。
カリスマ指導者として仰がれてはいても、現在は国会議員でも内閣の一員でもない。かつては部下だったアズミン氏の方が内外で政治的にも権力や政治力を発揮、アピールしているのだ。(中略)

「アンワル氏を全面支持する」と、アズミン氏は表面的には言うものの、実績がそうはさせない可能性がある。
アンワル氏は、もし党代表選の副総裁選でアズミン氏が敗北した場合、党員の多くを引き連れ、マハティール氏の政党に鞍替えするかもしれない、と心配する。
 
東南アジア専門の政治アナリストは「マハティール氏がそれを目論んでアズミン氏を経済大臣に抜擢した可能性がある」とさえ言う。(中略)

マハティール氏とアンワル氏はかつての古傷を癒し、共闘したと互いに傷を嘗め合う。しかし、両者をよく知る政界の重鎮は筆者に対して、「2人が、過去を本当に水に流したとは思えない」とも言う。(中略)

マレーシアの首相禅譲が円滑に進むか。「内憂外患」のアンワル氏の憂鬱は計り知れない。【9月14日 末永 恵氏 JB Press】
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割れる多数派マレー系の支持 アンワル氏が目指すマレー系住民優遇政策からの転換は可能か?】
アンワル元副首相は多数派のマレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」の変更を表明しています。
マハティール対アンワルの争いという下世話な関心はともかく、マレーシアの国内政治的にはこの問題が一番重要でしょう。

****マレーシア・アンワル元副首相 首相就任へ「年内出馬****
マレーシアのマハティール首相(93)から首相職の禅譲を約束されているアンワル元副首相(71)は28日、日本経済新聞のインタビューに応じ、首相就任の前提となる国会議員資格を得るため「10月か11月までには補選に出馬する」と初めて明言した。

マハティール氏が中止を決めた中国主導のインフラ開発に関して対中関係の改善を訴えたほか、マレー系住民を優先する政策を見直す考えも示した。(中略)

ただ「政権交代からまだ約4カ月しかたっておらず、マハティール氏が自由に改革を実行できるようにしたい」と指摘。自らは司法・選挙制度改革などを主導し、役割分担を明確にする考えを明らかにした。ナジブ前政権下で旧与党寄りにゆがめられた司法や選挙制度の改革に優先的に取り組むと話した。
 
かつて自らを解任、逮捕に追い込んだマハティール氏との共闘は「簡単ではなく苦渋の決断だった」と明かした。ただ現在は「疑うことなく彼を信頼している」と一枚岩を強調した。
 
マハティール政権に注文を付けたのは対中国政策だ。マハティール氏は中国主導のインフラ開発の中止を決めたが、アンワル氏は「政府の方針は尊重するが、友好的な解決方法を見いだしてほしい」と呼びかけた。(中略)

多数派のマレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」にも触れ「特定の民族や、仲間内、富裕層を優遇する政策は廃止する必要がある」と指摘。マレー系のみを優遇する政策から、貧困層や発展から取り残された層を対象とした優遇策に変えていくべきだと説明した。
 
「同性愛行為」などを理由に2度服役したアンワル氏。「性的少数者(LGBT)を尊重すべきだ」と語ったほか「いかなる宗教やイデオロギーの名の下でも、暴力を振るうものを容認はできない」と、イスラム過激派には断固とした対応を取ると強調した。リベラルな側面をのぞかせたが、同性婚の許容については否定的な考えを示した。【8月28日 日経】
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多民族国家マレーシアですが、いうまでもなく多数派はマレー系です。
前回選挙の投票動向、マハティール政権への支持に関して、その多数派マレー系と華人・インド系では差があります。

****政権交代から100日を迎えたマレーシア――希望連盟政権下での民主化に向けた実績と課題 - 伊賀司 / 政治社会学・マレーシア研究****
(中略)とはいえ、この首相と政権支持率を民族別にみてみると、希望連盟政権の課題もみえてくる。8月時点の首相支持率はインド人が93%、華人が83%であるのに対し、マレー人が62%と、マレー人からの支持が低くなっている。

政権支持率も同様の傾向を示し、インド人89%、華人79%、マレー人58%である。つまり、希望連盟政権は非マレー人からの高い支持を獲得しているものの、全人口の6割程度を占めるマレー人からの支持が相対的に低い。

このマレー人からの相対的に低い支持率の原因として考えられるのは、後述するように、選挙前からの政党間でのマレー人支持の分裂や、野党となった国民戦線の中核政党UMNOおよび、汎マレーシア・イスラーム党(PAS)によるマレー人支持者へのはたらきかけが指摘できる。

加えて、希望連盟政権が公には特定の民族に偏らないマルチ・エスニックな政治を語り、1970年代以降では初の非マレー人の法務長官を任命したこと、さらには、華人向けの中等教育の分野で新政権が従来よりも華人寄りの政策を発表したことで、一部のマレー人団体から批判が起こったことも影響しているとみられる。

希望連盟の公約が実際に達成されなくても、民主化の進展にプラスとなる実質的変化も起こっている。具体的には、政権交代によって、言論や表現の自由はナジブ前政権期と比べて明らかに拡大した。メディアの報道や個人のSNSを通じた意見の表出が格段に自由になる中で、市民社会組織の活動が活性化している。(中略)

新政権が政権交代を通じて生まれた改革の機運の高まりを着実に制度化していくという課題は、メディアや市民社会の分野だけでなく、警察、司法、選挙制度、反汚職対策など、様々な分野において求められていることでもある。

危うさをはらむ希望連盟のガバナンス
希望連盟政権は2018年8月時点で、国民からの依然として高い支持を誇っているものの、ガバナンスの観点から今後の安定的で民主的な政権運営にとってマイナスとなりかねない兆候もみられる。

ここでは2点ほど指摘しよう。
その1つが政権交代から現在までのところ、新政権がマハティール首相の個人的リーダーシップに大きく依存しすぎていることにある。新たに与党となった希望連盟所属の議員は、その大多数が、過去に州政権を運営した経験はあっても連邦政府を運営した経験がない(中略)

問題なのはこうして矢継ぎ早に発表される政策の多くが、マハティール首相の個人的リーダーシップに依存しすぎている点にある。

政府内での適切なチェックアンドバランスの制度を確立するうえで、強力な個人的リーダーシップを必要とするマレーシア政治の現状が、民主化定着に向けた移行期特有の問題に留まるのか、あるいは、強力なリーダーシップの遺産が今後の民主化に向けての悪影響としてあらわれてくるのかは、今後の展開をみなければならない。

ガバナンスの観点からの新政権のもう1つの不安材料は、希望連盟を構成する政党間の問題である。希望連盟政権には、大臣ポストと、連立を組む政党の勢力との間に見過ごせないギャップがある。(中略)

前政権とは異なり、希望連盟政権では現在のところ、(前与党から分派したマハティール氏率いる)PPBMと(イスラム主義政党PASから分派した)Amanahという少数党が優遇されていることが、連立内の各党が対等な立場でコンセンサスを形成していることを示しているといえるだろう。

しかし、(アンワル氏率いる)多数党のPKRの一部からは、議席数とポスト数の不釣り合いに不満の声も漏れている。

現在のところは希望連盟各党が政権交代を協力して成し遂げた達成感とマハティールの強いリーダーシップによって、多数党からの不満は最小限に抑えられている。

しかし、希望連盟内で明確に多数を占める政党が存在せず、少数党がポスト配分で優遇される現状は、今後の対立を生む火種となる可能性が高い。(中略)

「新しいマレーシア」の行方
今後の希望連盟政権の行方に影響を与えるのは、公約の達成、制度改革の進捗、政府・与党のガバナンスの問題だけではない。民族、宗教、セクシュアリティなどのアイデンティティをめぐる政治の動向も大きく影響する。(中略)

総選挙で希望連盟は、華人やインド人などの非マレー人からの圧倒的支持を得たものの、全人口の6割程度を占めるマレー人の間の支持は、(与党の)希望連盟、(前政権与党の)国民戦線(とその中核政党のUMNO)、(イスラム主義)PASの3政党(連合)の間で分裂したままである。(中略)

もともとマレー人の民族政党であって、国民戦線の他の構成政党を考慮する必要がほとんどなくなったUMNOが、今後ますますマレー人を対象としたイデオロギーや主張に接近していく可能性は十分ある。(中略)

野党のUMNOやPASが人口の多数を占めるマレー人へのアピールのために、民族や宗教に基づく政治へのシフトを今まで以上に強めるならば、希望連盟側もマレー人に向けて特別な対応を迫られる可能性が少なくない。(後略)【8月29日 SYNODOS】
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大幅に省略したためわかりにくくなっていますが、もともと支持が割れているマレー系、マレー人重視の姿勢を今後強める野党勢力、選挙対策を考えると野党に対抗して多数派マレー系にアピールする必要がある与党。

かりにアンワル氏が首相の座についたとしても、こうした政治情勢のなかで、前出の多数派のマレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」からの転換し、多民族を統合していくことができるか・・・非常に厳しい状況とも言えます。


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