
(モスクワの刑務所を出たところで警察官に身柄を拘束された野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏【9月24日 AFP】)
【年金問題で盤石のプーチン支配体制に“ほころび”も】
ロシアで行われた首長選で、盤石を誇ってきたプーチン政権の与党「統一ロシア」候補が敗れるという事態が注目されています。
****プーチン与党に“ほころび”の兆し ロシア統一地方選で相次ぐ敗北****
ロシア統一地方選(9日実施)をめぐり、2つの連邦構成体(自治体)で23日、首長選の決選投票が行われた。
極東ハバロフスク地方と西部ウラジーミル州でプーチン政権の与党「統一ロシア」の候補が敗北。
また16日に決選投票が行われた極東の沿海地方では、統一ロシア候補が対立候補を僅差で上回ったものの、集計に不正があったとして結果が取り消された。
統一ロシアは昨年や一昨年の首長選では全勝しており、一部の地方では権力基盤に“ほころび”が生じている可能性もある。
4構成体で決選投票
今年の統一地方選では、22の構成体で首長選が実施され、統一ロシアは19の構成体に候補を擁立。15の構成体で勝利した。
ただ、4つの構成体(ハバロフスク▽ウラジーミル▽沿海地方▽南部ハカシア共和国)では過半数を獲得できず、決選投票に進んでいた。
決選投票で統一ロシア候補が相次ぎ敗れたことで、長引く経済低迷や国民の反発を招いている年金制度改革、言論の自由の制限などによりプーチン政権の支持率が低下している現状が改めて裏打ちされた。
ハバロフスクでは、統一ロシアの現職候補の得票率は約28%にとどまり、ロシア自由民主党候補に敗北。ウラジーミルでも統一ロシアの現職候補の得票率は約37%で、ロシア自民党候補に敗れた。
ハカシアでは、9日の首長選でロシア共産党候補を下回っていた統一ロシアの現職候補が決選投票を辞退。統一ロシアを除いた3党の候補で、10月7日に決選投票が行われる見通し。
不正?で取り消し
16日に決選投票が行われた沿海地方では、統一ロシア候補で現職のタラセンコ氏と共産党のイシェンコ候補が接戦に。開票率98%の段階で劣勢だったタラセンコ氏は、同99%の段階で突如として2万8千票を上積みし、逆転した。
イシェンコ氏陣営は「地方選管により不正集計が行われた」と抗議。調査に乗り出した中央選管のパムフィロワ委員長は19日、「2万4千の投票用紙が紛失していることが判明した。結果は無効とすべきだ」と勧告した。これを受け、地方選管は3カ月以内に決選投票をやり直すという。
プーチン政権は、沿海地方や今回敗北したハバロフスク地方など東部地域に対し、投資を通じた発展をたびたび約束してきた。しかし「目に見える成果は出ておらず、住民らの不満が現れた」と敗因を分析する現地メディアもある。
「選挙で圧勝するシナリオを描いていた統一ロシアにとって思いがけない結果となった」(ロシア紙ノーバヤ・ガゼータ)との論評もあり、今回の結果がロシアの政治情勢に与える影響に注目が集まっている。【9月24日 産経】
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“長引く経済低迷や国民の反発を招いている年金制度改革、言論の自由の制限などによりプーチン政権の支持率が低下している現状が改めて裏打ちされた”とありますが、今回の“波乱”の直接のきっかえとなっているのは年金問題であることは間違いないでしょう。
****年金の支給開始年齢引き上げに反対、モスクワで3000人がデモ****
ロシアの首都モスクワで22日、国民の反発が強い年金改革案に反対するデモが行われた。共産党が企画し当局の許可を得て実施されたもので、約3000人が参加した。(後略)【9月23日 AFP】
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年金問題を引き金として、他の経済問題や表現の自由などに関する不満にも火がつきかけています。
****「プーチンは去れ!」…ロシアで大規模反政府集会、150人以上拘束 国民の不満高まり反映か****
ロシアの数十の都市で9日、政府による年金支給年齢引き上げ政策に反発する国民らによる集会が一斉に行われた。モスクワ中心部での集会には約数千人が参加したとみられる。ロイター通信によると、日本時間午後9時半時点で、ロシア全国で少なくとも150人以上が治安当局に拘束された。
プーチン政権は反体制勢力への弾圧を強めているが、強権的な政治手法や長引く経済低迷、政権長期化などへの不満が国内に募っている実態が改めて浮きぼりとなった。
集会は露統一地方選の実施日に合わせ、反体制派の野党指導者、ナワリヌイ氏がインターネット上などで参加を呼びかけていた。
しかし当局は8月25日、3月の大統領選へのボイコットを呼びかける集会を無許可で組織したとする容疑で同氏を拘束。拘束は現在も続き、同氏の広報担当者は「集会を防ぐための不当逮捕だ」と反発していた。
参加者には20〜30代とみられる若者も多く、警察車両から「社会秩序を乱す行為には公権力行使も辞さない」との警告が続く中、「プーチンは去れ」「ロシアを自由に!」などとシュプレヒコールを上げた。
年金制度改革と直接的には関係のない若者らが多く参加した背景には、政府によるネット上の情報統制などへの反発があるとみられる。
年金改革をめぐっては、財政難に悩む政府が6月、支給開始年齢を段階的に引き上げる法案を下院に提出。国民の猛反発を招き、支持率が低下した。
プーチン氏は8月29日、法案内容の一部を緩和修正することを表明したが、支持率の劇的回復には至っていない。
ナワリヌイ氏は元弁護士で、政権幹部らをめぐる不正蓄財疑惑などを告発。2013年のモスクワ市長選でも健闘したが、刑事罰を受け、3月の大統領選への出馬は認められなかった。5月にも反政府集会を組織し、同氏や参加者ら1000人以上が一時拘束された。【9月9日 産経】
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【人口構成の変化で不可避な年金改革】
プーチン大統領としても年金受給開始年齢引き上げが国民の反発をまねくこと(それはロシアに限らず、どの国でも同じですが)は百も承知ですが、少子高齢化はロシアも同じで、ロシア財政がもはや避けてとおれないところに来ているのでしょう。
高支持率を維持している間になんとか・・・と考えているのでしょう。
あるいは、女性について「国民不満に配慮して63歳を60歳に変更する」という“見直し”で、“良き皇帝”としての地位を保てると考えたのでしょう。(7月29日ブログ“ロシア 年金受給年齢の大幅引き上げに高まる国民批判 プーチン支持率も急降下”
もともと長期政権に対する倦みから一時プーチン人気は陰りをみせたことがありましたが、それを立て直したのはクリミア併合への熱狂的国民支持でした。
しかし、その“クリミア併合人気”も、次第に“賞味期限切れ”にもなりつつあるのでしょうか。
初期のプーチン人気を支えていた、ソ連崩壊後の混乱を収めて経済を再建し、社会に安定をもたらしたという実績(プーチン大統領の力量だけでなく、原油価格高騰という環境に恵まれたことも大きな要因ですが)は、当時を知らない若者が増えたこともあって、こちらも“賞味期限切れ”になっています。若者たちの目の前にあるのは、経済制裁で疲弊したロシア経済だけです。
****ロシアの年金制度改革がプーチン人気を潰す****
<少子高齢化と長引く経済の低迷でロシアの年金制度は破綻寸前。しかし改革を実行すれば餓死者も出かねない>
2005年秋のこと。前年の選挙で再選を果たしたロシアのウラジーミル・プーチン大統領は国民から寄せられるさまざまな質問に答えるテレビ番組に出演した。番組の終わり近く、中年女性が切実な問いを投げ掛けた。政府は年金の受給開始年齢の引き上げを検討しているというが、大統領はどうお考えか。
これは重要な質問だった。プーチンが00年の就任以来、一貫して高い支持率を誇ってきたのも、1つには退職者にきちんと年金を支給し、老後の生活に対する国民の不安を払拭してきたからだ。前任者のボリス・エリツィンの時代には年金の支給が滞ることは珍しくなかった。
プーチンはテレビカメラを真っすぐ見据えた。「私は退職年齢の引き上げには反対だ」。人さし指を左右に振って、そう言い放つ。「私が大統領である限り、そんな決定は下されない」
それから13年。今も大統領の座にあるプーチンはかつての約束に苦しめられている。プーチン率いる与党「統一ロシア」は6月14日、年金制度の抜本的な改革案を発表した。
ロシアの年金受給開始年齢は世界でも例外的に低く、男性は60歳、女性は55歳だが、改革案ではそれぞれ65歳と63歳に段階的に引き上げることになっている。ただし、兵士や警察官など一部の職業は現状のままとする。
ロシア各地で抗議デモが相次ぐなか、プーチンは8月29日、女性の受給開始年齢を当初案の63歳から60歳にする修正案を発表した。世論の猛反発に譲歩した格好だが、この程度の修正で国民の怒りは収まりそうにない。
盤石に見えたプーチン体制も、年金制度改革で最大のピンチを迎えた。これまではロシアと欧米の亀裂が深まることで、かえって国民は一丸となってプーチン体制を支えてきた。だが、そんな「強い指導者」マジックも老後の不安には勝てないようだ。
現行の受給開始年齢はスターリン時代の1930年代に設定され、以後一度も引き上げられていない。年金制度改革は待ったなしだとエコノミストは以前から警告していたが、世論の反発を恐れて、政府はなかなか手を付けようとしなかった。
現行の制度も「手厚い」とは言い難い。平均で月額200ドル相当。年金頼みの高齢者はかつかつの暮らししかできない。
年金事務所の爆破テロ
庶民の怒りに拍車を掛けたのは、改革案発表のタイミングだ。6月14日はサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕日。ロシア中がお祭り騒ぎに沸くなか、まずいニュースをこっそりと発表したのではないかとの臆測も流れた。
それが本当なら、姑息なやり方は裏目に出た。改革案にはすぐさま抗議の声が上がり、わずか2週間でプーチンの支持率は77%から63%に低下した。欧米の指導者に比べればまだ高い水準にあるとはいえ、国営メディアを完全に支配している指導者にしては危機的な数字だ。
受給年齢の引き上げが猛反発を食らうのは、ロシア人の平均寿命が短いからでもある。改善傾向にあるとはいえ、男性の平均寿命は66歳。10人に1人は65歳以前に亡くなる。
女性の平均寿命は77歳だが、年齢差別のために、多くの女性は中高年になると働きたくても雇ってもらえない。年金の受給年齢が引き上げられたら、「飢え死にするしかないかも」と、モスクワ在住の40歳のシングルマザーは言う。
政府は年金改革がプーチンの公約に反することは認めながらも、人口構成の変化で改革に踏み切らざるを得ないと主張している。
ロシアでは高齢化が急速に進み、政府の推計によれば、44年には高齢者の数が労働人口に追い付いて国家予算を多大に圧迫する恐れがある。
6月、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は「どの国の政府も自由気ままに動けるわけではない」と発言。ドミトリー・メドベージェフ首相も改革は「不可避かつ長年の懸案」だと主張した。
プーチンは改革案発表から1カ月余り過ぎた7月20日、ようやく口を開いた。改革案は気に入らないとしつつ、廃案をちらつかせることはなかった。「国民の大部分にとってデリケートな問題なのは確かだが、情に基づいて決定すべきではない」
国民は納得していない。モスクワの独立系調査機関レバダセンターが7月に発表した世論調査によれば、有権者の約90%が年金改革に反対、改革撤回を求める抗議デモも辞さないという人は40%近くに達した。「社会の激しい怒りを示すものだ」と同センターのレフ・グドコフ所長は言う。
庶民の怒りは一触即発の状態だ。8月3日、ロシア西部カルガの年金基金事務所前で爆弾が爆発、ビル入り口の一部が破壊された。爆発について国営メディアは報道せず、地元テレビ局のウェブサイトからは破壊されたドアの映像が削除された。
絶対的指導者に致命傷が
ロシア各地で共産党支持者や労働組合員や民主化活動家ら大勢の人々が年金改革に抗議する集会を開いている。人々が休暇から戻る秋には規模が拡大する可能性が高い。
反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイは「支給開始年齢引き上げは純然たる犯罪。必要な改革を装った強盗にすぎない」として、統一地方選のある9月9日に全国規模の年金改革反対デモを実施するよう呼び掛けた。そのナワリヌイが8月25日、治安当局に拘束されたことも火に油を注ぎかねない。
抗議をよそにロシア議会下院は7月19日、改革案を賛成多数で可決。だが不満の声は与党内にもあり、賛成票を投じるよう党が指示しなければならなかったほどだ。それでも離反者は出た。ナタリヤ・ポクロンスカヤ下院議員が党の指示に逆らって反対票を投じたほか、与党の下院議員8人が投票を欠席した。(中略)
一部修正案程度では焼け石に水だろう。今さら年金改革を中止しても「退却を余儀なくされた」との印象を有権者に与えるだけだと、政府のスピーチライターを務めたこともある政治アナリストのアバス・ガリャモフは指摘する。
そうなれば完全無欠の絶対的指導者というプーチン像には致命傷だ。
「もはやプーチン人気を確実に救う方法はない」【9月11日号 Newsweek】
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【相変わらずの強権的な批判封じ込め】
上記記事を含め、しばしば出てくるのが反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏ですが、今日釈放されたのですが、すぐに再拘束されたようです。
****ロシア野党指導者ナワリヌイ氏、刑務所出た直後に再拘束****
ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が24日、無許可のデモを計画した罪で言い渡された30日間の禁錮刑を追えて刑務所を出てきたところを再び身柄拘束された。同氏の広報担当者キラ・ヤルミシュ氏がツイッターへの投稿で明らかにした。
ヤルミシュ氏によるとナワリヌイ氏は、刑務所を出たところで拘束され、モスクワ中心部の警察署に連行されたという。【9月24日 AFP】
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年金問題の火の手が上がっている今、ナワリヌイ氏の言動でさらに燃え盛る事態になるのを避けたい当局の思惑でしょうか?
プーチン大統領自身がどこまで関与しているのかは定かではありませんが(“知らなかった”では済まされない問題ですが)、プーチン政権を支える勢力には批判者は抹殺してでも・・・という危険な体質があります。
****ロシア大統領批判のバンド・メンバーに毒物か ドイツで治療、命に別状なし****
ロシアのプーチン大統領への批判で知られる同国のパンクバンド「プッシー・ライオット」の男性メンバーが食事後、体調を崩す事件があり、治療を行ったドイツ・ベルリンの病院の医師らは18日、毒物が使用された可能性が高いとの見解を明らかにした。
男性メンバーはピョートル・ベルジロフさん。関係者の話によると、今月11日にモスクワの裁判所を訪れて食事をした後、急に会話や歩行が困難な状態になった。(中略)
ベルジロフさんを含むバンドの男女メンバー4人は7月、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会決勝の試合中、政府への抗議のためピッチに乱入。拘束され、15日間の拘留が決定した。【9月19日 産経】
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ただ、こうした強権的な手法も国民的には不評を買うことにつながるかも。
****英神経罪襲撃、容疑者らの「観光目的」主張をロシアメディアも疑問視****
英南部ソールズベリーで起きたロシア人元二重スパイの暗殺未遂事件で、英政府が容疑者と断定したロシア人2人が現場を訪れたのは観光目的だったと説明し、事件への関与を否定している問題をめぐり、14日、普段は愛国的なロシアメディアまでもが疑問の声を上げた。(中略)
ロシアの日刊紙コメルサントは、2人が身分証明書を提示できなかった点や、仕事や私生活について詳細に語れなかった点に疑問を呈した。
2人は職業をフィットネス業界とサプリメント業界の企業家と名乗ったが、経済紙RBKの調査によると、ロシア国内に2人の名前で登録された企業は存在しない。RBKはさらに、2人は英国観光の目玉と述べたソールズベリー大聖堂を訪れた証拠も示していないと指摘している。【9月15日 AFP】
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【アメリカの制裁「第2弾」はプーチン大統領にとって吉か凶か?】
この問題では、アメリカ議会は8月22日に制裁「第1弾」を発動していますが、ロシアが、今後化学兵器、生物兵器を使用しないことを「証明」しなければ、貿易・金融の停止、外交関係を凍結することを含む、異常に厳しい「第2弾」を11月22日に発動することになっています。
いくらなんでも、そんなに厳しい対応がなされたら米ロ関係は冷戦どころかホットな衝突になりかねません。
いずれにしても、そうした対外的危機が国内問題で苦しむプーチン大統領にとって、さらに足を引っ張ることになるのか、不満から国民の目をそらし、“プーチン人気を救う”格好の機会となるのか・・・。