
【ポプラ社文庫「蜘蛛の糸」】
【「玄関口」イタリアと隣国フランスの押し付け合い】
EUを中心に欧州では、出入国審査なしで国境を自由に往来できることを定めた「シェンゲン協定」に、アイルランドとイギリスを除くEU加盟国と、EU非加盟のアイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの合計29ヵ国が参加しています。(2013年10月時点で、キプロス、ブルガリア、ルーマニアは協定には加盟していますが未発効)
協定により加盟国域内での出入国審査を廃止し、域外からの入国者には共通査証(シェンゲン査証)が発給されます。
また、国境を越える犯罪に対し加盟国の司法・警察が協力することでも合意しており、指名手配者、テロリスト、盗難車、偽造旅券、偽札、麻薬などに関する共通情報システムをもっています。
多くの欧州諸国間において人の移動の自由が保障された訳ですが、「アラブの春」以降の北アフリカからの移民の大量流入という環境変化で、関係国間の軋轢を生むことにもなっています。
****<難民受け入れ>密航者の越境巡りイタリアとフランス対立****
欧州に新天地を求めるアフリカからの密航者の受け入れを巡り、イタリアとフランスが対立している。
地中海経由でイタリア入りした難民・移民約250人の越境をフランス側が拒否したためだ。
これに対してイタリアは「目をつぶっているわけにはいかない」と反論。両国が責任の押し付け合いをする中、難民・移民は国境地帯で足止めを食っている。
足止めされているのは紛争で国内が混乱するリビアやスーダン、エリトリアなどの出身者。
地中海につながるリグリア海に面し、フランスとの国境にあるイタリア北西部の町ベンティミリア(人口約2万6000人)にたどりついたが、必要書類を持っていないことを理由にフランス側から国境通過を禁じられたという。
難民らは「フランスの自由はどこにある」などと書かれた段ボール紙を持って座り込みやハンガーストライキなどの抗議行動を開始。AFP通信などによると「フランス通過許可をもらって欧州他国に行きたいだけだ」「通れないなら海に身投げする」などと話しているという。
イタリアのアルファノ内相は「欧州への打撃だ」とフランス側の対応を批判した。
これに対してフランスのカズヌーブ内相は、欧州連合(EU)の規則に従っているだけだと主張し「不法経済移民は受け入れるわけにはいかない。イタリアが対処すべきだ」と反論。
17日の閣僚会議で難民問題について「かつてない人道的危機」と述べ、正式な亡命希望者については滞在施設の拡充などを進める方針を示したが、不法移民については態度を変えていない。
フランス側の姿勢に業を煮やしたイタリアのレンツィ首相は14日、「欧州が目を背けるならイタリアは独自に対応する」と警告。イタリア紙コリエレ・デラ・セラによると、イタリア入りした難民らに欧州内を自由に移動できる通行許可証を発行する案などを検討しているという。
イタリアは地中海対岸のアフリカや中東からの密航者の「玄関口」で、欧州の他国に難民受け入れの分担を求めている。イタリアには今年、既に5万人以上が入国。北部ミラノや首都ローマの駅にも難民らが押し寄せ、地元自治体が臨時テントを設置するなど対応に追われている。【6月18日 毎日】
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アフリカからの難民は「玄関口」イタリアやギリシャに到着しますが、旧宗主国のフランスや、待遇・条件がいいとされているイギリス・ドイツ・北欧をめざし移動することを希望しています。
同じような問題は2011年にも起きています。
(2011年4月18日ブログ「イタリアに押し寄せるチュニジアからの不法移民、フランスはイタリアからの受入れを拒否」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110418)
イタリア・フランスの働きかけで、2011年6月、EUは緊急時に限って、シェンゲン協定の一部を見直し、国境審査を再開することで合意しています。
****シェンゲン協定改定 国境審査の復活承認 EU、難民問題で****
混迷が続く中東・北アフリカからの難民流入に対応するため、欧州連合(EU)は12日、ブリュッセルで開いた内相理事会で、欧州の25カ国間で各国民の自由移動を認めた「シェンゲン協定」について、一時的に国境での入国審査の復活を認める改定案を基本承認した。
欧州では反移民政党が台頭する中、欧州統合の象徴である「人の自由移動」を制限する動きに警戒感も出ている。
内相理事会では、大量の難民流入などが起きた場合に限り、「最終手段」として協定加盟国が一時的に国境での入国審査を復活できるとした欧州委員会の改定案を賛成多数で支持した。公共の秩序や安全に深刻な脅威を与える場合に国境審査の実施を認めている同協定の例外規定を拡大した。
ただ、欧州委員会の承認が必要とする多数意見に対し、ドイツやフランスは各国の判断で実施できると主張しており、最終結論は6月24日のEU首脳会議に委ねられた。(中略)
一方、シェンゲン協定加盟国のデンマークは11日、密輸対策の一環として、隣国のドイツやスウェーデンとの国境で抜き打ちの税関検査を復活させると発表。デンマークでは移民排斥を唱えるデンマーク国民党が政策決定における影響力を増しており、欧州委員会からは同国の真意をいぶかる声も出ている。
欧州では反移民政党が勢力を拡大、少数民族ロマを多く抱えるブルガリアやルーマニアのシェンゲン協定加盟も予定より大幅に遅れている。【2011年5月14日 産経】
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【ハンガリー「この国には、よりよい暮らしを求める移民に仕事を与える力などない」】
命懸けで地中海を渡るアフリカ難民への対応に欧州は苦慮していますが、シリア・イラクなどからバルカン半島を伝う陸路もあります。
****<ハンガリー>難民阻止へ防護柵検討****
欧州連合(EU)に加盟するハンガリーのシーヤールトー外務貿易相は17日、大量に流入する難民を阻止するため、隣国セルビアとの国境沿いに防護柵(高さ4メートル)を建設することを検討すると表明した。AP通信が伝えた。
バルカン諸国の陸路を伝って欧州を目指す難民にとってEUの玄関口となるハンガリーは近年、難民申請数が増加の一途をたどっている。
今年に入ってからの難民申請者は5万3000人を超え、昨年の約4万3000人を既に上回った。2150人だった2012年に比べると約25倍だ。最近は、過激派組織「イスラム国」(IS)が勢力を広げるシリアやイラクなどからの難民が大半を占めている。
ハンガリーのオルバン首相は5月、「この国には、よりよい暮らしを求める移民に仕事を与える力などない」と語って、「反移民」の姿勢を表明。
欧州委員会は同月、難民の受け入れをEU加盟国に割り当てる制度を提案したが、オルバン氏は「さらにたくさんの難民を運んでくるだけ」と否定的だ。【6月18日 毎日】
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シリア・エリトルア難民に関して、上記にもあるように、EUは加盟国に4万人の難民を分担して受け入れるよう要請しています。
****EU、加盟国に難民4万人の受け入れを要請****
欧州連合(EU)は27日、加盟各国に対し、シリアとエリトリアからイタリアとギリシャに上陸する4万人の難民を分担して受け入れるよう要請した。
この緊急提案は、危険を冒して地中海を渡り押し寄せる難民が急増している問題に対応するためのもの。EUはこれとは別に、約2万人のシリア難民を加盟各国に再定住させる提案も行っている。
イタリアとギリシャの両政府は、押し寄せる難民への対応に苦慮しており、他のEU加盟26か国に負担の分担を訴えてきた。
ディミトリス・アブラモプロスEU移民担当委員の記者会見によると、今回の提案内容は、4月15日以降にイタリアとギリシャに到着したシリア人とエリトリア人の難民4万人を、2年以内に他のEU諸国に移住させるというもの。
移住先は国民総生産(GNP)、人口、失業者数、国内で登録済みの難民申請数の4基準に応じて配分される。受入れ国には、難民申請者1人当たり6000ユーロ(約80万円)が支給されるという。
ただし、EU当局者によると、現行のEU条約により、英国、アイルランド、デンマークは移住・再定住の受け入れ国の対象にはならない。【5月28日 AFP】
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【オーストラリア:密航業者にカネを払い追い返す インドネシア「事実なら最低の行為だ」】
難民に苦慮しているのは欧州だけでなく、ロヒンギャ難民で揺れる東南アジア諸国も同様です。
東南アジアの難民の場合、主たる最終目的地はオーストラリアですが、オーストラリアは受け入れを拒否しています。
****密航船対策でまた亀裂=船長に金銭渡し追い返す?―豪インドネシア****
オーストラリアと隣国インドネシアとの関係がまた冷え込んでいる。
盗聴疑惑や死刑問題でぎくしゃくしてきたが、豪当局が最近、豪州へ向かってきた洋上の密航船船長らに金銭を渡しインドネシア側に追い返した疑惑が新たに浮上。インドネシアは反発を強めている。
報道によると、インドネシアのロティ島沖で逮捕された船長らは警察に「近づいてきた豪艦船の当局者から1人当たり5000米ドル(約60万円)をもらったので引き返した」と供述。船員5人も含め300万円以上を受け取ったもようだ。
船にはバングラデシュ人、ミャンマー人、スリランカ人ら60人以上が乗っていた。洋上の難民保護は国際的な義務だ。インドネシア政府は「事実なら最低の行為だ」(外務省広報官)と怒りを隠さない。豪政府に説明を求めている。
豪アボット政権は2013年9月の発足後、押し寄せる密航船を軍の艦船まで動員して追い返す強硬策を貫いてきた。経済難民流入阻止で効果は上がったが、インドネシアは行き場を失った大量の移民を押し付けられる形となり、不満は強い。
アボット首相は密航業者への金銭提供についてコメントを拒否。ビショップ外相は15日、「インドネシアにとって最善の密航船対策は、自国の国境警備を強化することだ」と反論し、インドネシアの神経を逆なでした。
豪国内からも、アボット政権批判の声が上がっている。野党労働党議員は「もし金銭支払いが事実なら、密航業者を喜ばせるだけではないか」と指摘。豪当局が支払う金銭目当てで洋上に乗り出す密航船の増加を不安視している。【6月15日 時事】
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アボット豪首相は16日、当局は「法の範囲内で」密航船取り締まりに必要なあらゆる手段を尽くしていると述べています。
また、現地紙は、オーストラリア情報当局から密航に関与する人物への支払いが、前労働党政権の期間を含め少なくとも4年にわたって続いていたとする複数の情報筋の話を伝えています。
【現実的なのかもしれないが、間違いなくモラルを守っていない】
関係国間で難民・移民を押し付け合い、壁を築き、軍艦で追い払い、カネで買収する・・・・。
もちろん、難民・移民の大量流入によって懸念される問題は多々あります。
低賃金労働を巡る職の奪い合い、社会保障給付の増大、治安の悪化、文化的軋轢等々。
ただ、厄介者は追い払って、自分たちの生活を守ればいいのか?・・・という疑念が残ります。
****だから欧州は移民問題を解決できない 自国の利益だけ追う閉鎖的政策の限界****
欧州の移民問題は、現在も続く経済の不均衡に関する討論の中に根本的な欠陥があることを暴露した。
豊かな国に生まれ育った幸福な私たちだけでなく、地球上のすべての人々に平等なチャンスが与えられるような、真に進歩的な支援は実現できないのだろうか。
先進国の思想的リーダーの多くは絶対的権利の精神性を信奉している。だがその範囲は一定の境界線で区切られる。自国内での権利の浸透が最も重要であり、市場が発展しつつある国や途上国に住む人々には関心を持たない。
15%の人々が40%の資源を使っている現実
先進国のミドルクラスに属する人々でも、世界的に見ればアッパークラスに属している。国家の停滞期を過ぎてもこのことを忘れてはならない。先進国に住む人の数は地球人口の約15%にすぎないが、先進国は世界の消費と資源使用の40%以上を占める。
豊かな場所で税率を相対的に高くすることは、一国内の不平不満を緩和する方法として理にかなう。しかし、このやり方では途上国の深刻な貧困問題を解決できないだろう。
ピケティは自著で、国内で発生した不平等が確実な後退をもたらしているため資本主義は失敗しつつある、と述べている。一方、世界中の市民すべてを等しく見ることができれば、物事はかなり違ってとらえられる。
さまざまな手段により、国家間の格差は過去30年間で著しく縮んでいる。これは資本主義が大成功を収めてきたことを示す。
資本主義によっておそらく、先進国の労働者は裕福な国に生まれたために楽しい生活ができているという不和の理由が徐々に消えている。さらに資本主義は、アジアや新興マーケットで生活する真の中間層といえる人々の収入を伸ばす要因にもなっている。
人が国境を越えて自由に移動できるようになり、貿易のスピードよりも速く機会の均等化が進むことになる。
しかし反対派の意見は激しい。移民推進政策反対派の政党はフランス、英国で大きな支持を得ており、ほかの国でも同様の方針を持つ政党が大きな力を得ている。
もちろん、紛争地域や崩壊国家に住む絶望的な数百万人の人々にとっては、どんな危険を冒してでも裕福な国に亡命するしか方法がない。
シリア、エリトリア、リビア、マリでの戦争は、欧州の地を求める難民数の急上昇の大きな要因となっている。こうした国が安定しても、ほかの地域が不安定になって同じことが繰り返される可能性は高い。
先進国がすべきこととは
経済的圧力も移民を生み出す強い力となっている。貧困国の労働者は、最低水準の賃金と思える条件であっても先進国で働く機会を歓迎している。
残念なことに、左翼、右翼を問わず、現在の豊かな国における議論のほとんどが、外からやってくる他人を追い出す方法をテーマにしている。現実的なのかもしれないが、間違いなくモラルを守っていない。
また、気候学専門家の標準的予測によれば、地球温暖化が進むと移民の圧力は顕著に大きくなるという。赤道付近の地域は温度が急上昇すれば農業を持続できないほどに乾燥する一方で、北側は温度が上がれば農業生産力がさらに増大するとみられる。赤道に近い貧困国や新興国は深刻な気候変動問題に直面する。
豊かな国の大半において、移民を受け入れるキャパシティと寛容さはすでに限界に来ている。地球規模の汚染と商業的消費に関する不釣り合いな共有状態が大きな原因となっている先進国への憤りは、吹きこぼれる可能性がある。
残念ながら、この格差に関する話し合いは国内に集中したものであり、もっと大きな問題である世界規模の格差については注目されていない。
先進国はほかの手段を採ることもできる。無料の医療や教育サポート、新薬の開発、債務の軽減、市場アクセスの向上、世界の治安への貢献ができるはずだ。
ボート難民が欧州の沿岸地域に向かっているのは、今までのやり方が失敗している証左だ。【6月6日 東洋経済online】
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“現実論”が幅を利かす今日の社会にあっては、口にするのをためらうような理想論でもあります。
ただ、難民・移民問題でいつも言うように、「この国は俺たちのものだ。よそ者は来るな!出て行け!」と叫ぶ姿には、「蜘蛛の糸」の「この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚くカンダタの醜さが重なります。
“外からやってくる他人を追い出す方法”ではなく、どうすれば共存できるのか、そのためにどれだけのコストが必要なのか、それは私たちの社会が耐えられないほどのものなのか?・・・ということを議論したいものです。
****世界の避難民ら、14年は過去最多の5950万人 国連****
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は18日、世界の紛争や暴力行為、人権侵害などが原因で家を追われた人の数が、2014年末時点で過去最多の5950万人に達したとする報告書を発表した。
報告書によると、難民や国内避難民の数は2013年から830万人増加。1年間で過去最大の増加幅となった。内訳は、1950万人が難民、180万人が難民申請者、3820万人が国内避難民だった。
世界中の難民の半数以上は子どもで、2009年の41%より増加。家を追われた人の数はこの3年間だけで40%も急増した。UNHCRによると、シリアとイラクにおける紛争だけで1500万人が家を追われている。
2014年末時点の難民受け入れ国トップはトルコ(159万人)で、パキスタン(151万人)、レバノン(115万人)が続いている。【6月18日 AFP】
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