(“19世紀のシンガポールは中国大陸からの出稼ぎが集まる巨大なタコ部屋で、秘密結社の募集で海を渡ってきた男たちは、農園で稼いだカネを阿片と博打で巻き上げられた。その利益を、イギリス人と華僑の商人が山分けしていたのだ”【12年12月6日 DIAMONDonline】というように、そもそもが移民労働者の国であるシンガポールと日本では移民政策に関して異なる事情もあるでしょう。 写真は“flickr”より By chooyutshing http://www.flickr.com/photos/25802865@N08/6955254259/)
【強い経済 競争社会 事実上の一党独裁】
シンガポールは、面積は東京都とほぼ同じ広さ(世界175位)の小さな国ですが、人口約500万人で、人口密度は世界第2位だそうです。
民族的には華人(中華系)を中心とした複合民族国家で、“住民は、華人が76.7%、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%となっている。華人、マレー系、インド系からなる複合民族国家のため、公共メディア、文化一般に3系統の文化が共存するが、共生しながらもそれぞれ異なるコミュニティーを形成している”【ウィキペディア】
マレーシアのマレー系と華人を逆転させたような構成・民族関係にも思えます。
経済的には国際金融の中心都市であり、“2011年の一人当たりのGDPは49,270ドルであり、世界でも上位に位置する。国際競争力が非常に強い国であり、2011年の世界経済フォーラムの研究報告書において、世界第2位の国と評価された。富裕世帯の割合が世界で最も高く、およそ6世帯に1世帯が金融資産100万ドル以上を保有しているとされる。(中略)2011年7月、アメリカのダウ・ジョーンズなどが公表した国際金融センターランキングにおいて、ニューヨーク、ロンドン、東京、香港に次ぐ、世界第5位と評価された。”【ウィキペディア】と、一人当たりのGDPで見れば日本を凌ぐ水準にあります。
資源もないシンガポールでこのような経済を支えるためには人材だけが頼りということで、シンガポールは厳しい競争社会であることでも知られています。
****シンガポール 止まらない競争****
仕事帰りの地下鉄駅で、会社員風の中年男性が突然、携帯電話に大声で叫ぶのを見た。「どうしてそうなった!?」
男性は、怒りの表情で走り去った。あっけにとられていると、一緒にいた友人が教えてくれた。「きっと、子供のPSLEの結果が悪かったと妻が電話してきたんだよ」
PSLEとは、シンガポールの小学校6年生全員が受ける卒業認定試験。結果次第で進学できる先が決まる。その日は成績の発表日だった。親が結果を聞いて歓喜したり取り乱したりする姿は、この時期の風物詩でもある。
この国は小学校からの2カ国語教育や成績別クラス分けで、世界的に高い教育水準を保つ。他方、テスト成績重視の風潮は子供には重圧だとの批判もある。政府は「成績がすべてじゃない」と今年から優秀者の公表をやめた。だが、生徒への成績告知の翌日には、ネット上で親たちが匿名で成績を公表しあった。
一度始まった競争は止まらない。国の競争力を保つためとはいえ、わずか12歳でそんな関門を通らねばならない子供たちのことを思うと、胸がざわつく。【12月4日 朝日】
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一方、政治的には、“人民行動党の事実上の一党独裁制(ヘゲモニー政党制)。このため、シンガポールはいわゆる「開発独裁」型国家であるといわれ、典型的な「国家資本主義」体制であるともいわれる。労働者党などの野党の存在は認められているが、その言論は大きく制限され、投獄や国外追放などの厳しい弾圧に晒されている。21歳以上の全国民が選挙権・被選挙権を持つ普通選挙だが、野党候補を当選させた選挙区民は、徴税面、公団住宅の改装が後回しにされるなどの“懲罰”をうける。このように独裁政治、強権政治が行われている一方、経済的に豊かで表向きには華やかなことから、「明るい北朝鮮」と呼ばれることがある。”【ウィキペディア】と、問題も少なくない国でもあります。
【与党主導の成長重視路線への批判】
その“事実上の一党独裁”に変化が生じ始めたとして注目されたのが、2011年の総選挙でした。
“2011年5月の総選挙で、野党・労働者党が1965年の建国以来最多の6議席を獲得。一方、与党・人民行動党は得票率が6割に落ち込み、現職閣僚2人が落選するなど苦戦。選挙後、リー・シェンロン首相は「シンガポールの歴史的な分水嶺だ」と評した。 【2012年4月4日 朝日】”
政治的変化を求める動きの背景には、経済格差の拡大、移民増加による軋轢があると指摘されています。
****シンガポール、政治意識の芽 与党大苦戦総選挙から1年*****
・・・・人口も資源も乏しい小国が経済成長を遂げ、1人あたりの国内総生産(GDP)で日本を超えるほど豊かになった背景には、外資や競争原理の導入、徹底したエリート主義など、与党主導の成長重視路線があった。
しかし、所得格差を示すジニ係数は2000年の0.442から11年の0.473まで高まり、格差は広がった。物価高や住宅価格も高騰を続けるなか、成長の果実を得ていないと考える国民は少なくない。
海外から人材を集めて発展してきた国だが、総労働人口約320万人のうち、外国人は約110万人。外国人労働者や新移民の急増で就職難や感情的な反発も強まった。・・・・【同上】
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選挙結果を受けて政府・与党は不人気な外国人受け入れを制限しましたが、その後も、与党苦戦の政治状況は続いています。
****シンガポール議会補選で野党候補が勝利****
シンガポール議会(一院制)の補欠選挙が北東部の選挙区(定数1)で26日行われ、野党・労働者党(WP)の候補が、与党・人民行動党(PAP)の候補を破って当選した。
PAPは昨年5月の総選挙で過去最低の得票率を記録した。今回の補選でも、WPが62%の得票で快勝した。経済成長の一方で拡大する所得格差への国民の不満が、改めて浮き彫りになった形だ。
補選では、昨年の総選挙に続いて移民政策も焦点となった。外国人労働力受け入れを進めてきたリー・シェンロン政権には厳しい選挙結果となった。【2012年5月28 読売】
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社会のきしみを反映した現象も報じられています。
****26年ぶり、シンガポールでスト 中国人バス運転手ら****
シンガポールで11月26、27の両日、公共交通大手SMRTの中国人バス運転手らによるストライキがあった。政府は12月1日、首謀者ら5人を起訴、29人を中国へ送還すると発表した。政府の統制が厳しいシンガポールでストが実施されたのは26年ぶり。
ストは、社内のマレーシア人運転手との間の給与格差の解消を訴えて行われた。刑法で定める14日前までの通告がなく、政府は「違法なスト」と認定。起訴された5人が有罪となれば2千シンガポールドル(約13万5千円)以下の罰金や1年以下の禁錮刑となる。(後略)【12年12月2日 朝日】
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【少子化の中で「アジアのハブ」として生き残るために、拡大路線に回帰】
政府は“急速に進む少子高齢化による生産年齢人口の減少と労働力不足を移民で補い、経済成長を維持する”方向に最近回帰したことが報じられています。
政権与党が移民受け入れに固執する背景には、シンガポールの少子化があります。
日本をも下回る出生率で、外国から労働力を受け入れないと現在の経済を支えられないとの判断です。
****シンガポール 人口政策承認 移民拡大、くすぶる不満****
「仕事失う」「不動産が高騰」
シンガポール議会は8日、政府が先月末に発表した移民の大幅な受け入れを柱とする「人口白書」を承認した。白書で示された新人口政策の狙いは、急速に進む少子高齢化による生産年齢人口の減少と労働力不足を移民で補い、経済成長を維持することにある。だが、国民の反発を誘発し、与党内からも異論が出るなど社会を揺るがしている。
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「労働力確保」狙い
合計特殊出生率は1・2と低く、生産年齢人口は2020年以降、減少の一途をたどる。これを食い止めるため政府は30年までに、現在531万人の総人口を最大で約3割増の690万人とし、現状では年間1万8500人の国籍取得枠を、最大で35%増の2万5千人に拡大するとした。
この結果、総人口に占める永住者を含む外国人の割合は38%から45%に増え、逆に国民の比率は62%から55%に低下する。民族構成比は中国系74・2%、マレー系13・3%、インド系9・2%(12年)で、政府はこの比率を将来も維持するとみられ、今後の移民は中国人が主体だとみていい。
白書に合わせ政府は出産奨励策と、人口増に備え70万戸の住宅を建設する開発計画も打ち出した。
だが、ネット上には「白書はシンガポールで生まれたシンガポール人に対する背信行為だ」など、批判と反発の書き込みがあふれている。
議会では与党・人民行動党の複数の議員が、白書に疑義を呈し、結婚・育児支援策を強化し出生率を上げる対策を主張した。白書に反対する野党・労働者党は、30年の総人口を590万人とする対案を示した。
反対論の核を成しているのは、移民の拡大で「仕事が奪われ、不動産価格の高騰も招く」「シンガポール人のアイデンティティーの喪失につながる」という懸念だ。中国系の間には、中国本土からの中国人に対する潜在的な嫌悪感と、一種の差別意識も存在する。
これに対し、リー・イシャン上級国務相(通産・国家開発担当)は「シンガポールは日本を教訓に対策を講じる必要がある。日本は外国人に門戸を閉ざし、そのつけが今、回っている」と、白書を正当化した。
白書は与党が圧倒的多数を占める議会で賛成77、反対13で承認された。だが、集会などが厳しく規制されているこの国にあって、16日に市内の公園内の演説ができる「スピーカーズ・コーナー」に、約千人を集め反対の気勢を上げる動きもあり、不満はくすぶる。
政府は11年の総選挙で国民の不満を背景に与党が敗北して以降、外国人受け入れ拡大路線を転換、流入を厳しく規制する段階的な措置をとってきた。それでも先月の補欠選挙では与党が労働者党に敗北している。
にもかかわらず今回、拡大路線に回帰したことは、少子化の中で「アジアのハブ」として生き残るために、背に腹は代えられないという危機感の表れだろう。
規制による外国人労働力の確保難から、外国企業の一部には撤退の動きも出ている。同時に、国民の統制も難しい局面を迎えた。【2月10日 産経】
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移民の多くが中国本土からなら文化的摩擦も少ないのでは・・・とも思われるのですが、“中国系の間には、中国本土からの中国人に対する潜在的な嫌悪感と、一種の差別意識も存在する”というのも面白いところです。
それはともかく、日本としては「シンガポールは日本を教訓に対策を講じる必要がある。日本は外国人に門戸を閉ざし、そのつけが今、回っている」(リー・イシャン上級国務相)という指摘を問題とすべきでしょう。
日本の現状が “失われた20年”とか言われるほど、“つけが回った”状況かどうかについては、異論もあるところでしょう。かつてのような勢いはないものの、そこそこうまくやっているのでは・・・との見方もできるように思われます。まだ“そこそこの国”として生きていく自覚はできていないようにも見えますが。
ただ、将来的に見て労働人口が減少していくのは避けられない現実です。
これに対処するための方策のひとつが移民受け入れですが、純血主義(あるいは閉鎖的)日本社会には高いハードルです。
移民なしに、どのように少子高齢化に対応していくのか、以前から最重要課題とされていますが、あまり議論がなされているようにも思えません。
30年後、50年後、とりかえしのつかない段階になって、「あの頃、ああしていれば・・・」と悔やまれることのないように、日本としてもシンガポールを教訓に対策を講じる必要があります。