(反同胞団の若者過激集団「ブラック・ブロック」 “flickr”より By 75ff http://www.flickr.com/photos/46039688@N04/8416245666/)
【「カダフィを倒すべきではなかった・・・」との懐古論も】
「アラブの春」による強権支配体制の崩壊は、民主化の成果が十分に示されることもないままに、結果として国内におけるイスラム主義の台頭、それに反発する勢力との間での抗争・混乱、国境を越えたイスラム過激派の活動活発化などをもたらしているように見えます。
一部には、リビア・カダフィ政権が存続していたら現在のマリの混乱、アルジェリイアでの人質事件などもなかっただろうといった、「アラブの春」を否定し、強権支配体制を懐古する論調もあるようです。
****ゆがんだ「カダフィ懐古論」****
「アラブの春」を支持し独裁者を倒したことをアルジェリア人質事件で世界が後悔し始めたが・・・・
とうとう世界は来るべきところまで来た。リビアに長年にわたって君臨した独裁者のムアマル・カダフィを倒すべきではなかったという声が噴き出している。
ある戦略アナリストは、西アフリカのマリが南北に分裂したことを受け、カダフィが生きていたら避けられただろうと論評した。マリで反政府闘争を続けていた遊牧民トゥアレグ族は、カダフィに傭兵として雇われていたが、政権崩壊後に武器を手にしてマリに戻った。
1月中旬、英フィナンシャル・タイムズ紙は、カダフィが「ジハード(イスラム聖戦)組織と戦う欧米諸国の協力者」だったと表現。イギリスやフランス、アメリカは、カダフィを倒すべきではなかった、彼は北アフリカが混乱に陥るのを防ぐ役割をしていたと論じた。
もちろんカダフィは、リビア第2の都市ベンガジを壊滅させようとした男だ。だがあれから2年が過ぎ、決して聞き流せない意見が噴き出している。カダフィがリビアを掌握していたからこそ、欧米諸国の戦略的権益は守られていたのではないのか、というものだ。
カダフィ懐古の空気が強まったのは、フィナンシャル・タイムズの記事が出た数日後。アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で、モフタール・ベルモフタール率いるテロ集団と政府軍がにらみ合い、人質に多くの犠牲者が出た事件は、カダフィの死と「アラブの春」がもたらした影響を全面的に問い直すきっかけとなった。
この修正主義的な見方をこれまでで最も強烈な表現で書いたのが、ニューヨーク・タイムズ紙のロバート・ワーースだ。北アフリカの混乱は「リビアやチュニジア、エジプトで独裁者を倒したといって有頂天になったことに対する大き過ぎる代償だ」と、ワースは書いた。(後略)【2月5日号 Newsweek日本版】
*******************
こうした“懐古論”は「アラブの春」がもたらしている現実の一面を語ってはいますが、“欧米諸国の戦略的権益”に偏った視点であり、また、変革の途上にある国々について結論を急ぎ過ぎているようにも思われます。
【エジプト:混乱を助長する旧政権勢力や若者過激集団】
2年前ムバラク大統領を辞任に追い込んだ「アラブの春」を代表するエジプトでは、1月24日にカイロで、治安部隊とデモ隊が衝突したことを契機に混乱が激化、これまでに約60人が死亡しています。
こうしたエジプトの混乱は、変革が未だ道半ばであり、変革の将来像を国民に明示できずにいることを示しています。
****エジプト:大統領宮殿に火炎瓶、数千人デモ、1人死亡****
エジプトの首都カイロにある大統領宮殿前で1日、モルシ大統領に抗議する数千人規模のデモがあり、暴徒化したデモ隊の一部が宮殿内に火炎瓶を投げ入れた。
治安部隊は放水や催涙弾で応戦し、アルアハラム紙(電子版)によると、デモ隊の1人が死亡し、数十人が負傷した。
ムバラク政権を倒した1月25日の革命記念日前後から激化しているデモに対して、31日には与野党の政治勢力が一致して暴力を非難したが、一部では暴動が続いた。経済の低迷を背景に、政権への不満はくすぶっており、治安の悪化が懸念されている。
宮殿前では、イスラム教恒例の金曜礼拝後、モルシ大統領の辞任を求めるデモが始まった。一部が暴徒化して宮殿に火炎瓶や石を投げ込んだ。主要野党連合「国民救済戦線」は1日夜、「我々は大統領宮殿前での暴力とは無関係だ。大半の国民の要求を無視している大統領に責任がある」との声明を発表した。大統領府も声明を発表し「断固たる措置を取る」と警告。デモ隊に対し治安部隊は催涙弾や放水で対抗した。(中略)
一連の反政権デモは1月24日にカイロで、治安部隊とデモ隊が衝突したことを契機に激化。これまでに約60人が死亡した。
野党側は当初、政権側との対話を拒否していたが、死者の増加を受けて対話に応じた。
ただ野党側は、昨年12月に施行された新憲法について、女性の人権や表現・信教の自由が保障されていないとして反発を続けており、与野党融和の見通しは立っていない。【2月2日 毎日】
*********************
混乱を助長している犠牲者の増大については、モルシ政権や内務省治安部隊の指示ではなく、旧権力につながる旧公安警察などの勢力によるもので、ムスリム同胞団を基盤とするモルシ政権に対する揺さぶりをかけている・・・という見方があるようです。
****実弾を撃っているのは誰か****
情勢の混乱ぶりを示すのは、1月25日のエジプト革命2周年の日から始まった治安部隊とデモ隊の衝突で、27日までに全国で死者50人が出たという混乱の有り様だ。
しかし、アルジャジーラTVによると、内務省は治安部隊にデモ隊を抑えるために催涙弾しか使用を認めていないという。催涙弾だけでは、それほど多くの死者が出るはずがない。衝突の現場ではデモ隊に「誰が発射したか不明の実弾」によってデモ隊の死者が出ている。
2年前の革命でデモ隊に対して実弾を使ったのは治安部隊ではなく、公安警察の狙撃者だった。タハリール広場の周囲のビルの屋上などに陣取っているのだろうが、頭や胸に銃撃を受け、一発で落命した若者の写真を、近くの救急病院の医師から見せられた。銃撃で多くの死者が出たことが、デモ隊の怒りに火をつけた。
実弾を使用して、デモ隊を殺せば、デモを制圧できるどころか、政権の命取りになることは、ムルシ大統領や同胞団指導部は肝に銘じているはずである。
デモ隊に対して実弾を使っているのは、事態を混乱させ、同胞団政権を揺さぶろうとする旧公安警察など旧政権勢力の仕業の可能性が高い。エジプトは都市住民の間に銃が出回っているわけではないので、デモ隊に銃をつかうとすれば、旧政権下で同胞団を最大の敵としていた公安警察のメンバーか、公安警察に金で使われる「バルタギー」と呼ばれるやくざ集団ということになる。【2月1日 中東マガジン「エジプト革命2年 政治的混迷の背景と今後を読む」 川上泰徳】
***********************
旧権力につながる勢力以外にも、同胞団を敵視する若者過激集団もあらわれ、状況を過激化させています。
****放火・車強奪…黒覆面の若者集団現る エジプト、同胞団を敵視****
エジプトで続く反政府デモで、「ブラック・ブロック」と名乗る覆面の若者たちが暴れ回っている。ムルシ大統領の出身母体であるイスラム組織ムスリム同胞団を敵視し、治安部隊を挑発する。1日にカイロの大統領府前で火炎瓶を投げつけた暴徒の中にも姿があった。過激な覆面集団が市民デモの先鋭化に拍車をかけている。
黒ずくめの服装に、黒い覆面。デモ隊の中でも異彩を放つ集団は1月25日、カイロのタハリール広場であったデモで初めて目撃された。このような外見の若者たちは、ムバラク政権を崩壊させた2011年のデモでは見られなかった。
行動は過激だ。メンバーが立ち上げたとみられるフェイスブックのページで、治安部隊の車両を奪ったことを写真つきで紹介。同胞団の支持者が経営するとされる商店に放火したことも認めている。
創設者の一人だという大学生を名乗る男性は、地元紙に対し、「我々はどの政治組織とも無縁。『報復か革命か』がメンバーの信念だ」と語った。
大統領府前で昨年12月、デモ隊が同胞団の支持者に襲われたことが結成の動機だという。「自衛に加え、(2年前の)革命でデモ参加者を殺した者たちに報復するためだ」という。メンバーは1万人との情報もある。
中心は20代の若者で、20人ほどのグループで行動し、「監視」「実行」などの役割分担もあるという。
ブラック・ブロックは、欧米の反資本主義デモなどで、黒い服装で過激な行動に出る人々のことを指し、それにならって登場したとみられる。国営中東通信によると、検事総長はこのグループを「テロリスト集団」と断定。捜査当局に対して逮捕を命じるとともに、市民に対しても、拘束して当局に突き出すよう求めた。 【2月3日 朝日】
********************
【政権側も反政府勢力も、ともに一般国民の支持を掴めていない】
イスラム主義勢力・モルシ政権と世俗リベラル派及び旧政権下で利益を得ていた階層の対立が激化するなかで、一般国民はこうした対立を冷ややかに眺めているように見えます。
一般国民が求めているのは治安の安定であり、疲弊した経済の再建です。
そうした点で、モルシ政権に反発する反政府勢力は国民の広範な支持を獲得できていません。
昨年12月に行われた新憲法案をめぐる国民投票の投票率が33%と低くかったこと、賛成64%、反対36%で承認されたことが、一般国民の冷めた視線、反政府勢力の支持が広がっていないことを物語っています。
また、この数字は、モルシ政権の目指すイスラム主義もやはり多くの国民の支持を得ている訳ではないことを示しています。
モルシ政権は、権限を集中させる強権的手法すらとりながら、イスラム主義の理念を推し進める憲法改正を急いできましたが、これも一般国民の求めている安定・経済再建とは乖離があります。
【変身が求められるモルシ政権・同胞団】
前出【2月1日 中東マガジン「エジプト革命2年 政治的混迷の背景と今後を読む」】の川上泰徳氏は、トルコ・エルドアン政権の事例を対比させ、“トルコの場合は、世俗国家という国是のために、イスラムを表に出すことができない、というエジプトとは異なる条件が、逆に(エルドアン政権与党の)AKPがイスラム色を押さえながらも、イスラム的な理念に基づいた社会政策、経済政策で、支持の裾野を広げることにつながっている”と論じています。
****エジプト革命2年 政治的混迷の背景と今後を読む****
「イスラム化」が一人歩き
エジプトの場合は、トルコのような世俗主義の足かせはない。だから、ムルシ大統領のイスラム色は、具体的な政策を伴わないまま、新憲法起草などで、イデオロギーとして表に出ている。
政権を民主的に運営することもなく、一方で、イデオロギーとしてイスラム色が前面に出ている。それはラシュワン氏がいうように「権力を固めることを急いでいる」という印象を与える。
同胞団の本来の支持が有権者の2割しかないのに、「合法的に選挙で権力を得た」と言わんばかりに、イスラム化や同胞団支配を強める手法をとっている。国民の間には、ムルシ大統領が実現しようとしているのは、ナショナル・プロジェクトではなく、同胞団プロジェクトなのではないか、という疑念が根深くある。多くの国民が、ムルシ政権は同胞団メンバーの利益や特権化にしかつながらないと考える以上、支持に動くはずはないのである。(中略)
継続する革命
同胞団政権の下で、このように政治的な混乱が続くのは、強権を倒した革命がまだ継続しているからと考えるしかない。同胞団政権の手法を見て、「革命が求めたものではない」という思いが、反同胞団派以外の国民にも多いということだろう。それは、同胞団政権は過渡的なものであり、今後、さらに政治の主役は変りうるという思いともつながっている。
革命が継続しているということは、政治的な混乱や反発を前に、国民の広範な支持もないのに、同胞団が権力を固めようとして強権を使えば、同胞団はムバラク政権に続いて、新たな民衆革命によって打倒されることを意味する。
幸いなことに、と言っていいだろうが、ムルシ政権が成立して、まだ半年しか経過しておらず、ムルシ政権が、公安警察や治安部隊などの強制力を使って反対派を弾圧する道具として使うまでにはなっていない。
下院選を契機に転換は可能か
・・・・ムルシ大統領と同胞団指導部が、反対派の主張を入れて、民主化を通しての国民のコンセンサスづくりのために妥協し、軌道修正できるかどうかは、4月に予定される国民議会下院選挙に向けた動きで試される。
ムルシ大統領と同胞団指導部は、しばらくイスラム政治の実現を棚上げして、エジプトの政治の正常化を実現し、経済の立て直しに全力をつくすべきだろう。それが国民に、同胞団が独自の利益を追求しているわけではない、ということを納得させることになる。
しかし、同胞団の中でも、いまの指導部は、バディウ団長以下、ムルシ大統領を含めて、同胞団至上主義で、同胞団以外の政治組織や市民組織と連携や協調に消極的で閉鎖性だと指摘されてきた。そのような姿勢を克服して、同胞団が変身できるかどうかが問われている。【2月1日 中東マガジン 川上泰徳】
*****************
日本の安倍総理は総理就任以来、持論の安全保障や憲法改正に関する議論を棚上げ気味に、経済優先で政局を運営し、就任直後よりも支持率を上昇させる成果を得ています。
エジプト・モルシ政権より賢い政治を行っているとも言えそうです。
エジプトの新憲法(昨年12月施行)の草案を作成した憲法起草委員会の正当性を巡る裁判で、最高憲法裁判所は3日、判決を1カ月延期することを明らかにしました。
理由は明らかにされていませんが、政権側・反政府勢力の間で政治的和解が模索されているなか、最高憲法裁はひとまず事態が沈静化するのを優先したとみられています。【2月3日 毎日より】