(1月26日 イタリア・ラヴェンナで支持を訴える「五つ星運動」ベッペ・グリッロ氏 “flickr”より By Matteo Pezzi http://www.flickr.com/photos/matteopezzi/8429027795/in/photostream/)
【不良債権と「ゾンビ企業」が急増】
イタリアでは2月24~25日の総選挙に向けて激しい選挙戦が行われていますが、選挙の話の前に、現在の経済状況について。
ひところイタリアやスペインなどの経済危機が注目を集めていましたが、EU・ユーロ圏の必死の救済策もあって、最近は「小康状態」的な感じです。
ただ、経済構造の根幹が改善した訳ではないことは言うまでもないことですが、救済策で破綻を先送りした結果、日本のバブル崩壊後にも似た「不良債権問題」が進行しているとの指摘もあります。
****欧州の時限爆弾「不良債権問題」 債務超過「ゾンビ企業」が急増中****
債務危機が続くユーロ圏に、新たな火種が広がっている。本来なら倒産している企業が、国と金融機関の助けで生き延びる「死に体企業」の急増だ。特にイタリア、スペインなど重債務国で増えており、欧州経済再生の深刻な障害になっている。
2月24~25日に迫ったイタリア総選挙は、マリオ・モンティ首相の参戦で熱気を増した。1月半ば、テレビのインタビューに登場したモンティ首相は、シルビオ・ベルルスコーニ前首相を「ハーメルンの笛吹き」にたとえ、デタラメな公約でイタリアを破滅に導いたと酷評した。「イタリア人は彼に三度も騙された。最初は私も騙された」と、ふだんは学者然としたモンティ氏が、容赦なく続けた。
ベルルスコーニ氏は「やつこそ偽物だ」と、別のテレビ局で反撃した。外国でこそ「イタリア経済の救済者」などと称賛されているが、実際は財政再建に何の貢献もしなかったというのだ。
イタリアにとって不幸なことに、二人の批判はどちらも正鵠を射ている。保守政権時代のバブルを、子供を魔術のように連れ去った中世寓話になぞらえたのは巧みな比喩であり、モンティ政権が何もしなかったというのも真実だ。
大半の企業が「借金漬け」
イタリアとスペインの危機は、昨年後半に国債市場が落ち着いたことで「小康状態」にたとえられているものの、実態はどちらも劣化が進んでいる。それを端的に示すのは、両国の不良債権の増加である。イタリアの不良債権は2012年9月時点で1160億ユーロ、スペインは同年8月時点で1780億ユーロに達し、いずれも貸出残高の10%を超えて、なおも急増中だ。(中略)
「奇妙なのは、重債務国はマイナス成長なのに、企業倒産のペースが鈍いことだ。英国では本来は倒産すべき『ゾンビ(生き返った死体)会社』が問題になっているが、ユーロ圏でも深刻なのは間違いない」と、在ロンドン金融筋は言う。(中略)
事情はイタリアでも(スペインと)ほとんど同じである。
昨年は中小企業経営者の自殺が社会問題化したため、モンティ政権は昨春以降、財政再建を完全にあきらめて、企業防衛に奔走した。それ以前には、「年金受給年齢の67歳への引き上げ」など、一定の成果をあげていたものの、労働組合が「それなら既定のリストラ計画を見直すべきだ」と、経営陣に再交渉を迫ったため、イタリア企業の合理化が結果的に遅れることになった。
イタリアの場合、金融機関自体がユーロバブルの恩恵に浴していた。過去二十年間でイタリア各行は支店数を倍増し、「黄金時代」を享受した。現在は人口十万人当たりで56の銀行支店があり、銀行の密度では欧州屈指である。
それが今では、不良債権の急増、収益悪化が顕著なのに、ゾンビ企業を整理できず、自らのコスト削減も進まないという、多重危機に陥っている。(中略)
日本が陥った泥沼にはまりこむ
重債務の南欧諸国で「死に体企業」が延命できるのも、欧州中央銀行(ECB)の低金利政策(政策金利〇・七五%)のおかげである。マリオ・ドラギ総裁は昨年、「救済のため何でもやる」と公約して、国債、外為市場を落ち着かせて、英ファイナンシャル・タイムズ紙から「今年の人」に選ばれた。「市場安定」は今年もECBの最重要課題で、特に南欧の金融機関救済には細心の注意を注ぐ。スペイン、イタリアの各行、さらにその融資で食いつなぐ「死に体企業」は綱渡りが続くだろう。
ただ、こんな状態では、欧州経済の再建はさらに遠のくことになる。時代から取り残され、利益の出ない企業に、人工的な延命措置を施しても、国際的競争力は低下するばかりだ。イタリア、スペイン、ギリシャ三国は当面、マイナスまたは超低成長が続き、失業とゾンビ企業の増加、政府の負担増という悪循環が続く。
コンサルタントの「デロイト」チーフ・エコノミスト、イアン・スチュワート氏は週報「マンデー・ブリーフィング」の中で、欧州のゾンビ企業増加現象を、バブル崩壊後の日本と比較して、「日本の銀行各行が、不採算・重債務企業を整理できなかったことが、低成長の二十年を招いたという見方もある」として、欧州の企業延命策が続けば、欧州経済も日本が陥った泥沼にはまりこむと指摘した。
企業延命は、重債務危機国ばかりか、英国やフランスにも広がっている。経済学者シュンペーターが唱えた「創造的破壊」は、欧州ではもはや死語。表面的な小康の下で、構造的な劣化が続くという欧州の危機は、今年も不安だらけである。【選択 2月号】
********************
【「改革疲れ」した国民からの支持でベルルスコーニ派急追】
それで、選挙戦の方は、先行する中道左派連合をベルルスコーニ前首相率いる中道右派連合が激しく追い上げる展開で、モンティ首相率いる中道連合は勢いが見られず、既成政党批判で支持を広げた「五つ星運動」が3位を窺う勢い・・・といったところのようです。
****イタリア総選挙:ベルルスコーニ派が猛追****
24、25両日に実施されるイタリア総選挙で、8日付の主要各紙の世論調査結果によると、ベルルスコーニ前首相率いる中道右派連合は、支持率トップの民主党を中心とする中道左派連合との差を5ポイント近くまで縮め、猛追している。1月の時点で、両者の差は10ポイント以上あった。
9日以降は法律で世論調査結果が公表できなくなる。
レプブリカ紙によると、中道左派の支持率は34.1%、中道右派は28.6%だった。コリエレ・デラ・セラ紙の調査では、両者の差は7.5ポイントだった。モンティ首相率いる中道連合は各紙の調査で、支持率15%以下で3〜4位と低迷。【2月8日 毎日】
******************
中道左派連合の民主党・ベルサーニ氏は「責任政党」をうたい、支持基盤の労組に反対されつつも、労働市場改革などのモンティ路線を続けると主張しています。ただ、支持基盤が労組ですから、おのずと改革への制約・ためらいも出てきます。
また、経営不振に陥って公的資金投入を受けた大手銀行の金融スキャンダルが拡大し、問題銀行と関係の深い中道左派・民主党の支持率に陰りが見えています。
スキャンダルまみれのベルルスコーニ前首相ですが、「モンティ批判」を繰り返し、増税や失業率の上昇に不満を抱く人々の支持を集めて巻き返しつつあります。特に、ベルルスコーニ氏が住宅課税分の現金払い戻しを表明して以降、中道左派連合との差が急ピッチで狭まっているとも報じられています。
****増税見直し、キャッシュバックも=ベルルスコーニ氏―伊****
2月24、25日のイタリア総選挙で、中道右派連合を率いるベルルスコーニ元首相(76)は3日、北部ミラノで演説し、政権を握ればモンティ政権が金融危機対策として導入した住宅課税を廃止し、納税分を現金で払い戻すと表明した。
ベルルスコーニ氏は、住宅課税の廃止を「最初の閣議で決める」と明言。既に決まっている付加価値税(消費税に相当)引き上げや富裕層への増税も見直すとも述べた。減税を訴えることで「改革疲れ」した国民からの支持獲得に弾みを付ける考えだ。【2月4日 時事】
********************
政権交代を狙った日本・民主党の選挙公約のようでもありますが、そんなことして財政は大丈夫なの?という感もあります。
なお、“前首相は1月27日、ミラノでホロコースト(ユダヤ人虐殺)犠牲者の追悼式に出席し、報道陣にムソリーニについて、「(ユダヤ人を差別した)人種法制定は最悪だが、良いことも多く行った」と、持論を展開。ナチス・ドイツと同盟を組んだことも「ドイツの勝利」が見込まれた中、やむを得なかったとの認識を示した”【2月1日 読売】という、お騒がせぶりは相変わらずです。
【「五つ星運動」既成政党の金権体質批判】
一方、人気お笑い芸人が率いる「五つ星運動」は「ポピュリズム」との批判もつきまといますが、徹底した既成政治家・大メディア批判で政治不信が強い層を取り込んでいます。
****コメディアン新団体「五つ星運動」旋風 ネット主体の政治「金権体質を打破」****
◇若者中心、支持率が急伸
イタリア総選挙(2月24〜25日投票)まで1カ月を切った。中道左派連合、中道右派連合と、モンティ暫定首相の中道勢力連合が三つどもえの選挙戦を繰り広げる中で、コメディアンのベッペ・グリッロ氏(64)の創設した政治団体「五つ星運動」が15%前後の支持率を維持し、主要勢力を脅かす「台風の目」になっている。
ブログで情報を発信し、候補者をインターネット投票で選ぶなど、ネット中心の活動が特徴だ。「カネのかからない選挙・政治」を訴えて既成政党に対する国民の不満を吸収し、若年層を中心に支持を広げている。
ローマの南約15キロに位置する人口約6万人のベッドタウン・ポメツィア。中心部の「独立広場」の特設ステージに登ったグリッロ氏は、こげ茶のカジュアルコートに白いマフラー姿。歯に衣(きぬ)着せぬ演説に、約1000人の支持者が沸いた。
「この国(イタリア)は破産し、ないも同然だ」「指示を出す連中(政治家)をテレビで見ていても未来はない。国を立て直そう」。まくしたてるグリッロ氏に群衆が「そうだ」と応える。選挙集会というよりも、歌手と聴衆が一体化するコンサート会場のようだ。
五つ星運動は、グリッロ氏と参謀役にあたるジャンロベルト・カサレッジオ氏の、04年の出会いがきっかけだ。グリッロ氏のブログに集うファンをカサレッジオ氏が政治集団に育て上げ、09年に旗揚げした。昨年5月のイタリア北部パルマ市長選で勝利、昨年10月のシチリア州議会選でも第1勢力となるなど地方選で快進撃を続けた。
総選挙の候補者は支持者によるネット投票で選んだ。「これこそが真の民主主義だ」。グリッロ氏の口調が熱を帯びる。「スポーツのチャンピオンも、政治家の息子も、著名な判事もいない。いるのは普通の人たちだ」。集会での発言はネットで中継され、全国の支持者が視聴する。
最大の武器は「既成政党の金権体質批判」だ。イタリアではベルルスコーニ前首相ら政治家のスキャンダルが相次ぎ、国民の政治不信が深刻化している。五つ星運動は「議員報酬は月額5000ユーロ(約60万円)まで」を公約に掲げている。
集会に参加したエレオノラさん(24)は、大学卒業後も定職に就けずアルバイト暮らしだ。「月1000ユーロの失業手当」を約束するグリッロ氏に期待している。財政緊縮策の影響で若者の失業率は37・1%。「政権党が左右で交代しても何も変わらない。五つ星運動は『何をしたいか』が分かりやすい」と支持理由を語る。
経済危機に乗じて政党政治批判を繰り広げるグリッロ氏を他陣営は「ポピュリスト(大衆迎合主義者)」と批判する。だが、本人は「市民代表」としてのポピュリストを自任し、既成政党とは一線を画する戦術を取っている。
◇銀行巨額損失、既成政党に逆風
イタリア政府の支援を受ける国内3位の銀行が無謀なデリバティブ(金融派生商品)取引で巨額損失を出したことが明るみに出て、スキャンダルに発展している。銀行と関係の深い中道左派・民主党や、公的資金注入を認めたモンティ暫定首相にとっては「逆風」となっている。
問題となっているのはイタリア中北部シエナに本店のあるモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行。1472年に創設され、「世界最古の銀行」と呼ばれている。シエナは民主党の地盤で、銀行の最大株主は民主党関係者が仕切る団体だ。
銀行は経営不振で資金不足に陥り、昨年、約39億ユーロ(約4800億円)の公的資金注入を政府に申請し、承認された。だが、デリバティブ取引などで最大7億2000万ユーロ(約880億円)の損失を計上する可能性があることが今月、明らかになった。
中道右派・自由国民のレオーネ議員は「我々のポケットから救済資金を出した」とモンティ氏を批判。「五つ星運動」のグリッロ氏は「政党と銀行を一体化させた」と民主党を攻撃し、シエナ銀行国営化を主張している。
スキャンダル発覚後の支持率世論調査によると、中道左派連合(33・8%)、中道右派連合(27・6%)、中道勢力連合(14・1%)が支持を減らし、「五つ星運動」(15・8%)が伸ばしている。【1月31日 毎日】
******************
“「五つ星」の台頭を「極めて強い政治不信を表している」と憂え、欧州の現状をナチスが台頭した1920年代に重ねる。「自暴自棄な雰囲気が広がれば社会そのものが壊れる」”(国立ラサピエンツァ大のランチェスター教授)【2012年6月14日 朝日】
“「五つ星運動」はきちんとした政策は持っておらず、ポピュリスト(大衆迎合主義者)的なメッセージを送るだけだが、彼らが展開している政党批判は正しい。五つ星運動はイタリア政党政治の旧弊の産物なのだ”(ミラノ大学のアルベルト・マルティネッリ名誉教授)【2月4日 毎日】
ひところの「維新の会」のようでもあります。