(シリア軍は、首都ダマスカス北西のジャムラヤにある軍事研究施設が30日未明、イスラエル軍に爆撃されたと発表しています。 地図は【2月1日 産経】より)
【「シリアに対処する政策は、悪い選択肢と、より悪い選択肢しかない」】
これでもイスラエルは、イラクやシリアの原子力施設空爆、近いところでは昨年10月、イラン空爆の予行演習もかねたとも見られるスーダン軍需工場の空爆(2012年10月31日ブログ「イスラエルとイラン スーダンを舞台に神経戦を展開」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121031)など、自国の安全保障に必要と判断したことは躊躇なく実行する独自の強い姿勢を取り続けています。
今回の舞台は内戦状況のシリアで、レバノン国境付近。
空爆目標については、シリア軍は“科学”研究施設と発表していますが、AFP通信ではレバノンに向けた武器輸送車列とも報じられています。
シリア軍の声明によると、“イスラエル軍の複数の戦闘機が領空侵犯し、研究施設の建物や車庫を破壊した。シリア軍は「イスラエルによるテロ行為」とし、シリアの反体制派を支援する行為だと批判した”【1月31日 毎日】とのことです。
同研究施設はレバノン国境から約15キロにあって、シリア反体制派はメディアに化学兵器が製造されていると主張していました。
いつものようにイスラエルは沈黙していますので詳細はよくわかりません。
また、“治安当局者によると、武器輸送隊空爆に関連し、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラ向けにシリアからロシア製地対空ミサイルを輸送する計画があり、イスラエル軍は阻止する準備を進めていた。イスラエルはヒズボラがシリアの地対空ミサイルや化学兵器を入手すれば軍事的な優位が崩れると懸念しているという。イスラエルはシリア、レバノン両国と国境を接する”【同上】とのことで、イスラエルの攻撃の狙いは、アサド政権が保有する武器が敵対するヒズボラに渡ることを阻止するものだったと見られています。
****化学兵器移転の情報? イスラエル、先制の可能性 シリア空爆****
イスラエルが1月30日未明、内戦下の隣国シリアを空爆した。シリア軍が同日声明を出し、標的は首都ダマスカス近郊の科学研究施設だったと発表した。イスラエルは沈黙しているが、アサド政権による報復もあり得るとして、緊張が高まっている。
「シリアに対処する政策は、悪い選択肢と、より悪い選択肢しかない」。イスラエルのネタニヤフ首相は28日、米議員団との会談で、今後シリアが保有する化学兵器がどうなるかについて懸念を示した。エルサレム・ポスト紙が伝えた。
同紙によると、同施設は、化学兵器や生物兵器が製造され、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラやパレスチナ自治区ガザのハマスなどの武装勢力に供給されているとイスラエルが疑っていた国営の施設に似ているという。この施設についてシリア軍は30日に発表した声明で「自衛能力を高めるための施設」と説明し、「過去数カ月にテロリストのグループが施設を乗っ取ろうとしたが、失敗した」としている。
イスラエルはこれまで「化学兵器の移転」を軍事行動に踏み切る一線とほのめかしており、事前に何らかの情報を得て先制攻撃を仕掛けた可能性もある。シリア国営通信によると、シリア外務省は31日、ゴラン高原の国連兵力引き離し監視軍司令官を呼び、イスラエルの攻撃が両国の停戦合意違反だと抗議した。
イスラエルは今年に入り、シリア攻撃の機会を狙っていたふしがある。ネタニヤフ氏は1月6日の閣議で、ゴラン高原のシリアとの境界にあるフェンスの強化を表明。13日には、ゴラン高原の軍基地を訪問した。
23日には、秘密裏に安全保障関係の閣僚会議を開催。27日には、ミサイル防衛システム「鉄のドーム」を北部ハイファに配置した。最近、イスラエルの軍情報機関や治安機関トップが、米国とロシアに派遣されたとも報じられている。両国の了解のもとで攻撃が実施されたとも考えられる。
国内の反体制派の制圧に手いっぱいのアサド政権が直接、イスラエルへの反撃に打って出る可能性は低い。だが、AP通信によると、シリアのアリ・アブドルカリーム駐レバノン大使は31日、「報復の選択肢はある」と述べた。
一方、イスラエルと敵対するイランは「シリアへの軍事攻撃は、イランへの攻撃と同じ」としており、今回の攻撃で地域情勢がさらに不安定化する懸念もある。【2月1日 朝日】
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国際的な批判をものともしない大胆な行動のようにも思えますが、“最近、イスラエルの軍情報機関や治安機関トップが、米国とロシアに派遣されたとも報じられている。両国の了解のもとで攻撃が実施されたとも考えられる”ということで、おさえるべきところはちゃんとおさえたうえでの行動・・・ということでしょうか。
また、アサド政権側に報復の余裕がないことを計算しての攻撃とも思えます。
アメリカしてみれば、国際的立場を考えると自分では手はくだせないが、イスラエルがやってくれるなら好都合といったところでしょうか。そういうことであれば、イスラエルは非常に危険な“汚れ仕事”を果敢に実行しているとも言えます。ロシアの立場は、アサド政権への対応を含めて微妙で、よくわかりません。
【「抑圧者」アサド政権が「被害者」に】
当然のように、シリアを支援するイラン、イスラエルと敵対するヒズボラは、イスラエルの攻撃を非難しています。
****シリア:イスラエル軍の空爆 イランが批判****
イスラエル軍がシリアの首都ダマスカス近郊の軍事研究施設を空爆したことに対し、シリアの同盟国イランのサレヒ外相は31日、「西側諸国の外交方針によるもので、シリア政府と国民が進める安定を損なうものだ」と批判した。
また、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラも31日、「野蛮な侵略行為だ」とする声明を出した。今後、シリア情勢を巡り、イラン・ヒズボラとイスラエルの間で緊張関係が高まる恐れもある。【1月31日 毎日】
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かねてよりイスラエルから狙われているイランは警戒を強めているところでしょう。
ただ、対イランとなると話が大きくなるので、アメリカも簡単には了承しませんし、実行した場合のイラン・ヒズボラなどからの報復も考慮する必要がありますので、さすがのイスラエルも容易ではないところです。
軍事作戦的にも、イランの地下核施設攻撃は難しいとも見られています。
イスラエルと対立するアラブ連盟、【2月1日 朝日】では内諾していた(あるいは、事前通告を受けた)ようにも報じられているロシアも批判声明を出しています。
****アラブ連盟、シリア空爆のイスラエルを非難****
イスラエル軍が30日未明、シリア国内で空爆を実施したことについて、アラブ連盟のアラビ事務局長は31日、「領土と主権の明確な侵犯であり、露骨な侵略行為だ」と非難する声明を発表した。
アサド政権寄りの立場をとるロシアも、「事実なら、主権国家に対する一方的な攻撃であり、国連憲章違反」とする外務省声明を出した。シリア内戦では、国際社会がアサド政権に一層の圧力をかけるための方策が焦点となっていたが、同政権を「被害者」とする空爆が起きたことで、事態が複雑化する恐れも出てきた。
空爆について一斉に報じた米欧主要メディアは、米当局者らの情報として、標的がシリアからレバノンに向けて先端兵器を運んでいた車列だったと報じた。両国の国境近くで爆撃された車列には、ロシア製の地対空ミサイルSA17などが含まれており、アサド政権と盟友関係にあるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに向けたものだったという。【1月31日 読売】
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【国連人権理事会の審査をボイコット】
イスラエルは、国連人権理事会でもパレスチナ入植地などを巡って批判の矢面に立っています。
****国連人権理事会:イスラエルが欠席 開催延期に****
ロイター通信によると、国連人権理事会は29日、国連全加盟国(193カ国)の人権状況を点検する普遍的定期審査のイスラエル作業部会をジュネーブの国連欧州本部で開こうとしたが、イスラエルがボイコットし、開催を10月以降に延期した。審査される国のボイコットは初めて。
占領地ヨルダン川西岸への入植活動やパレスチナ人政治犯の収監などが国際人権法に違反すると他国から批判されるのを避ける狙いとみられる。イスラエルは昨年5月、人権理事会が入植活動に関する特別調査を開始したことを受け、人権理事会への協力拒否を宣言していた。
作業部会では他国や非政府組織(NGO)などが改善要求点を挙げ、当事国には釈明の機会が与えられる。審査結果は勧告などの文書にまとめられ、人権理事会の本会議で採択される。イスラエルは前回会合(08年12月)には出席した。【1月30日 毎日】
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“定期審査は国連加盟全193カ国が対象。審査される国が自国の人権政策について各国に説明するものだが、今後、深刻な人権問題を抱える国がイスラエルに倣う恐れがあり、「あしき前例」(外交筋)になるとの懸念が出ている”【1月30日 時事】とも。
“人権理事会が入植活動に関する特別調査を開始した”というのは、下記調査のことでしょうか?
もしそういうことなら、入植活動を全面否定する報告書内容はイスラエルも分かっているところですから、イスラエルの審査ボイコットも想像はつきます。
****全入植者の引き揚げ開始を=イスラエル非難―国連調査団****
国連人権理事会の独立調査団は31日、パレスチナの人権状況に関する報告書を発表した。イスラエルによる占領地の入植地拡大を人権侵害と批判、「無条件で入植活動を停止し、全入植者の引き揚げを直ちに始めるべきだ」と結論付けた。報告書は3月の人権理に提出される。
報告書はヨルダン川西岸など占領地での入植地拡大に伴い、パレスチナ市民の自決権、移動や表現の自由といった人権の侵害が「日常茶飯事」と強調。「入植地拡大のため、パレスチナ市民を占領地から追い出すことがその動機だ」とイスラエルを非難した。【1月31日 時事】
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調査は昨年3月、人権理事会での決議に基づき開始されましたが、イスラエル政府は協力を拒否し、調査団による関係者の聞き取りはヨルダンで行われました。
【新党躍進で政権基盤弱体化】
もっとも、この類の国際批判には慣れているイスラエルですから、あまり痛痒は感じていないのでしょう。
イスラエル・ネタニヤフ政権に問題なのは、国連での批判よりは、国内の選挙結果です。
22日に行われたイスラエル総選挙では、予想されていたようにネタニヤフ首相率いる右派統一会派「リクード・わが家」が第1党となり、ペレス大統領は31日、現首相のネタニヤフ氏を次期首相候補に指名することを決めています。
ただ、右派統一会派「リクード・わが家」は選挙前の42議席から11議席減らして31議席となった一方、人気ジャーナリストのヤイル・ラピッドが立ち上げた中道政党のイエシュ・アティドが19議席を獲得するという予想外の健闘を見せて第2党に躍り出て、大きな存在となっています。この結果、これまでキャスチングボートを握ってきた宗教政党の影響力が相対的に低下すると見る向きもあります。
“イエシュ・アティドは宗教とは切り離した社会経済運営を主張して公平な兵役義務を支持するとともにパレスチナ和平交渉に前向きな姿勢を見せており、ネタニヤフ首相に穏健な経済政策と和平交渉への新たな取り組みを求めるものとみられる”【1月24日 AFP】
ただし、イエシュ・アティドにおいては、“パレスチナ和平交渉に前向きな姿勢”というのは、そんなに優先順位の高いものではないとも言われています。ネタニヤフ首相が重視する安全保障論議より国内経済政策重視ということです。
****勝ったネタニヤフに迫る究極の選択****
先週行われたイスラエル総選挙は、オバマ米大統領にとって希望が持てる結果だった。といっても、対イランや対パレスチナ問題で穏健路線を取るハト派が勝ったわけではない。強硬派のネタニヤフ首相率いる右派リクードと極右政党「わが家イスラエル」の統一会派が第1党となり、ネタニヤフの続投はほぼ確実だ。
それでも新政権の弱体化は避けられない。ネタニヤフが連立政権を樹立するには、宗教色の強い右派政党の寄せ集めと組むか、躍進した中道勢力を取り込むかの二者択一しかない。
前者の場合、パレスチナとの二国家共存を否定し、ヨルダン川西岸の占領地併合を訴える声が連立内で強まるだろう。だが国際社会の非難を呼ぶのは確実で、長期政権にはなりそうにない。
現実昧が高いのは、人気ジャーナリストのヤイル・ラピッドが立ち上げた新党などの中道勢力との連立だ。しかし急速に支持を伸ばしているラピッドは「超正統派ユダヤ教徒の兵役免除の廃止」など大衆受けする政策を掲げてネタニヤフと対立し、連立を割って出る可能性が高い。
どちらのシナリオにせよ、再び総選挙が行われる日はそう遠くないかもしれない。【2月5日号 Newsweek日本版】
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【アメリカ国防長官に「反イスラエル」との批判があるヘーゲル氏】
ネタニヤフ首相の懸念材料がもうひとつ。
イスラエルの唯一とも言える後ろ盾アメリカのオバマ大統領との不仲は周知のところですが、オバマ米大統領は7日、引退するパネッタ国防長官の後任にチャック・ヘーゲル元上院議員を指名しました。
“ヘーゲル氏は、イスラエルと敵対するイランとの話し合いに前向きで、共和党内から「反イスラエル」だとして指名に反対する声が上がっている”【1月8日 時事】とのことで、イスラエルにとっては歓迎できない人事のようです。
国防長官承認に向けた公聴会でも“ヘーゲル氏が上院議員時代、イランに対する米国単独制裁やイラン革命防衛隊をテロ団体に指名する採決で反対したことを批判。また、イスラエルの影響力について「ユダヤ・ロビーが多くの人を脅している」と発言したこともただされ、ヘーゲル氏は「後悔している」と弁明した”【2月1日 毎日】とのことですが、最終的には小差ながらも国防長官への就任は承認されるとの見通しです。
オバマ大統領・ヘーゲル国防長官となると、イスラエル・ネタニヤフ首相もアメリカの支持取り付けには苦労することも出てくるかと思われます。
それとも、アメリカの制止を振り切って・・・という場面もあるのでしょうか。