世の中、まちがってる、根拠なき反日キャンペーン。

相も変わらず根拠なき反日キャンペーンで、国をまとめようとする輩が存在する。

日韓併合100年(117)

2011-07-26 11:52:32 | Weblog

このことを見ても「日露戦争」は、日本の独立戦争であったことが良くわかる。

ロシア側は、賠償金の支払いの拒否、領土の割譲の拒否、そして清国における露国の権益を守ることが、最優先事項であった。日本が韓国を管理することに対しては、それほど拒否するものでもなかった。事実、1904/2/23日韓議定書を結び、日本は韓国を守ることになっている。今の日米安保条約と似たようなもので、日韓安保条約と言うべきものであった。だから、日本の韓国管理についてはそれほどの拒否感は無かったものと思われる('11/1/19,NO.59参照)。

思い起こして欲しい。ロシアは、1689年ネルチンスク条約で、アムール川の左岸(下流に向かっての左側)と今の沿海州は清国領と認めたのであるが、1858/5/28アイグン条約では、その左岸(江東64屯など)を割譲させ、更には、1860年北京条約では、沿海州まで割譲させてロシア領としてしまっているのである('11/1/20,NO.60参照のこと)。だから、朝鮮(韓国)や満州をロシア領にすることなど朝飯前のことであったのである。

だから、ロシアを満州から追い出すために、日本は日露戦争を始めたのである。このブログのはじめから、よくよく熟読玩味して貰いたいものだが、韓国を列強の手から守らなければ、日本の独立も覚束なくなるので、結局は韓国を合邦せざるを得なかったのである。

そしてロシア代表団は午後4時までには、対日回答文の作成を完了させ、翌日の会議開催の日程を打ち合わせた。8/12,09:30の会議開始予定となった。
ロシア側秘書のコロストウェツが記者会見し、「明日回答文を手渡す」と述べている。

両全権団は、ポーツマスの暑さと蚊の大挙襲来に、大いに悩まされていた。

8/12、新聞各紙は講和条件に対する各国の反応を伝えていた。

ロシア-ロシア国内では「講和条件を受諾するよりは戦争を望む」式の意見が多いと伝えている。

仏、英-「日本の要求は妥当であり、希望がもてる」と、伝えている。

独-独外務省は、特に日本の条件は公正だとは認めていないが平和を望む、的な意見を載せていた。

そして、ロシア全権団はマスコミに友好的であるが、日本側はそうではないとの記事もあった。

09:45第2回本会議開催

ロシア側の回答文の提出を受けた日本は午後3時まで休憩を求め、ロシアは明日の午前の会議の中止を求め、共に合意した。そして小村委員は、ロシアの秘密漏洩をきつく詰問した。ウィッテは東京の通信員より(APが)聞いたものであろう、ととぼけてみたものの、小村委員より問題をすりかえるなと返されて会議の守秘を確認させられている。

(続く)
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