世の中、まちがってる、根拠なき反日キャンペーン。

相も変わらず根拠なき反日キャンペーンで、国をまとめようとする輩が存在する。

バラク・フセイン・オバマ大統領(2)

2009-01-31 18:53:20 | Weblog

(3)大統領選挙の被選挙権を下記しよう。

・合衆国内で生まれた合衆国市民であること、35歳以上であること、14年以上合衆国内に住んでいること、が要件である。オーストリア生まれのアーノルド・シュワツネッガー
カルフォルニア州知事は「合衆国生まれ」の項の撤廃を求めている。

若干の問題点を列挙しよう。(下記1~3は週刊新潮1/22号「日本人が知らないオバマ新大統領の秘密」による。上記のここまでと以後のものも含み、注釈なきものは、WiLL・1月号「米メディアが報じなかったオバマ最大のタブー」(古森義久氏)による。)

1.オバマ大統領の父違いの妹が中国系アメリカ人と結婚している。このことは、それな
りに中国に秘密が漏れることを心配しなくても良いのか。

2.オバマ大統領の父親の妹がアメリカに不法滞在していた。ケニア人が大挙アメリカに移ってきたら、大きな移民問題となる。

3.大統領選挙での出生記録の提出については、「どこの病院でどの医師により出産が行われたか」の出生記録の一部抄書しか出していない。
イリノイ州議会議員選挙の際の選挙管理委員会に提出した資料にも出生記録はない。そのため立候補無効の訴えが全米で、十数件起きている。オバマ側は情報公開を拒否している。

4.このようなオバマ大統領の異端な出自が、アメリカ国民にはほとんど明からにされずに大統領選挙が戦われたと言う。このオバマ氏独特の「非アメリカ的」要素が、どのように彼の政治活動に影響を与えるのか、不安を述べる有権者も多かったと言う。ちなみにオバマ氏は、仏教徒に対しての言及やコメントは一切なかったと言う。
(続く)
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バラク・フセイン・オバマ大統領(1)

2009-01-30 11:03:25 | Weblog

【1】オバマ(本名バラク・フセイン・オバマ)の出自
(1)オバマ氏の身内関係

祖父フセイン・オニャンゴ・オバマ(ケニアのルオ族の村の長老、イスラム教徒
 バラク・フセイン・オバマ(ケニア人、イスラム教徒、ハワイへの黒人留学生)
| (オバマ氏は父の名前をそのまま継いだ。)
妻 ケジアさん(ケニア人、子供2人、留学前に結婚している。)
妻(母)アン・ダンハム(アメリカ人、ハワイで結婚1961年8月オバマ氏を出産、しかし父は妻子を捨て本土に渡る。父は重婚である。)
妻(アンと離婚後の)ルース・ナイドサンド(アメリカ人、子供2人。父はケニアに帰るが、満足な職を得られず飲酒運転で事実上の自殺をする。)

 アン・ダンハム(オバマ氏誕生の4年後1965年、インドネシア留学生・・・・・・
ロロ・ソエトロイスラム教徒と結婚、1968年インドネシアへ移住する。1970年マヤ・ソエトロさん誕生、オバマ氏はインドネシア滞在は1968年~1971年としているが、妹によると~1973年までと言う。2年間の違いがある。)

(父親違い、マヤ・ソエトロさんはハワイで教師をしているが、呉・加儒と言うカナダ生まれの中国系アメリカ人と結婚している。)

父親の妹(ケニア人、アメリカに不法滞在していた。)

(2)インドネシアでのオバマ氏

自伝マイ・ドリームでは、ジャカルタの私立のカトリック系インターナショナル・スクールに入れられたことになっている。しかしインドネシア側では次の証言・記録もある。

・オバマ少年は、「バリー・ソエトロ」と呼ばれ、地元の公立学校に通い、イスラム教に基づく教育を受け、イスラム聖典のコーランの読誦もしていた。

・オバマ少年は、一時イスラム教を集中的に教えるマドラサにも通い、宗教教育もうけていた。*マドラサ、ムスリムのためのイスラム学校即ちイスラム教の基礎を教える学校。

・インターナショナル・スクールの書類によると「バリー・ソエトロはホノルル生まれでインドネシア国籍の少年である」と言う記述があった。

・しかし、このような情報は、今回の大統領選ではオバマ陣営からことごとく否定されて、何よりも強調されたのは、「オバマ氏はキリスト教徒であり、イスラム教信者だったことはない。」と言うことであった。

・そして、大統領選挙キャンペーンでは、バラク・フセイン・オバマのミドルネームである「フセイン」と言う言葉は、マスコミから一切出ることはなかったと言う。「フセイン」を口にすると、オバマ陣営からはすぐさま「人種や宗教差別だ」と激しい反撃が浴びせられたと言う。一種の恐怖選挙もどきの状態だったようだ。
(続く)
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日本は侵略国家ではありません。(15)

2009-01-13 11:16:07 | Weblog

また、日本には相変わらずチャイニーズの顔をした日本人や日本人の顔をしたチャイニーズが、ばい菌のように跋扈している。こんなやからはそのうち駆逐されるべき物であるが、その場の雰囲気で漂っているから性質が悪い。

以前にも紹介したと思うが、大東亜戦争の目的は、米英の植民地からの東亜の諸国を開放する戦争である、とした「大東亜共同宣言」を紹介する。

1938(S13)年11月3日、第1次近衛内閣は、「東亜新秩序」構想を発表した。

日・満・支三国相携え、政治・経済・文化等各般に渡り互助連環の関係を樹立するをもって根幹とし、東亜に於ける国際正義の確立、共同防共の達成、新文化の創造、経済結合の実現を期するにあり。是れ実に東亜を安定し、世界の進運に寄与する所以なり。

1941(S12)年12月12日には今次の戦争は大東亜戦争と呼称する旨閣議決定している。

今次の対米英戦は、支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す。大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず

1943(S18)年11月5,6日には、東京で大東亜会議が開催された。これは、史上初めての有色人種のみが一堂に会した首脳会議であった。そこで、「大東亜共同宣言」が採択されている。

よくよく世界各国が各々その所を得、相寄り相助けて、万邦共栄の楽を皆にするは世界平和確立の根本要義なり。然るに米英は自国の繁栄の為には他国家、他民族を抑圧し、特に大東亜に対しては、あくなき侵略搾取を行い、大東亜隷属化の野望たくましゅうし、遂には大東亜の安定を根柢より覆さんとせり。大東亜戦争の原因ここに存す。大東亜各国は、相提携して大東亜を完遂し、大東亜を米英の桎梏より開放して、其の自存自衛を全うし、左の綱領に基づき大東亜を建設し、以って世界の確立に寄与せんことを期す。

1.共存共栄、2.自主独立、3.伝統尊重・民族繁栄、4.互恵提携・経済発展、5.人種差別撤廃・文化交流・資源開放」 (一部省略している。)



また、(http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html 私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです)には、名越二荒之助(なごしふたらのすけ)氏の「世界から見た大東亜戦争」から引用したと思われる「海外における大東亜戦争の捉え方」が載っている。是非参照願いたい。
(終わり)
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日本は侵略国家ではありません。(14)

2009-01-12 10:10:31 | Weblog

平和で豊かな日本となった今日、私達はややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。特に近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、何よりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼に基づいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えに基づき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

いま、戦後50周年の節目に当たり、我々が銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

★1
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを拝し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、★2わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮める所以となると、私は信じております。

「杖(たよ)るは信に如(し)くは莫(な)し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。』


以上がいわゆる馬鹿な、頓馬な首相村山富市の「村山談話」なるものであるが、一番の間違いは★1の部分であり、次の間違いは★2の部分である。

第一の間違いの理由。
なんとなれば、あの大東亜戦争は国策を誤ったものでもないし、アジア諸国に多大な損害を与えたものでもなかった。反対に「植民地からの開放」と言う多大な恩恵を与えたものであったことは、良く理解できることと思う。


そして、第二の間違い。
唯一の被爆国として、次の被爆を防ぐ為に「核武装」を真剣に検討してゆかなければならないところを、核兵器の究極の廃絶などと「究極のたわごと」を能天気に述べているからである。ソ連、中国、北朝鮮の日本へ照準を合わせた数多くの核ミサイルの存在を気にしていない。(当時はまだ北朝鮮は核武装していなかったであろうが。また核兵器の究極の廃絶は、ロシア、中国、北朝鮮が、核兵器を廃絶してからの動きである。)

下記のURLには、良くまとまった意見が掲載されているので、参照されると良い。

http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-378.html
(後一回続きます)
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日本は侵略国家ではありません。(13)

2009-01-11 13:31:58 | Weblog

このように、全てのマスコミは「田母神論文」が村山談話なる物と異なっていることを理由に、田母神論文を批難し、田母神俊雄航空幕僚長を悪者に仕立て上げている。少なくとも田母神論文を検証して、間違っていることを提示して批難するならまだ理解も出来様ものの、ただ村山談話と異なっているという事で非難している。これではマスコミの責任を果たしていない。

批難されるべきは、「村山談話」であり、当時社会党を取り込んだ自民党である。そして今も尚「村山談話」を踏襲している政府・自民党である。そして、建前は「取り繕う」ことは、現時点では、必要となるが、他の何らかの方法で「村山談話」や「河野談話」などは否定する潮流を流すべきではないか。

麻生も「極めて不適切、再発防止、再教育に万全を期す」('08.11.13日経夕刊)と言うのも止むを得ないかもしれないが、返す刀で、「しかし今一度、歴史の真実を見直すことも必要である」などと言っても良かったではないか。

このブログ「日本は侵略国家では在りません」を読めば、そのことは証明されるからである。自虐史観から脱却しなければ、明るい未来はなかなか望めそうにない。

いかに「村山談話」なるものがゲテモノか、書き表してこのブログを終える。

戦後50周年の終戦記念日に当たっての村山首相談話」1995.8.15の戦後50周年記念式典にて

『先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私達の誇りであり、そのために注がれて国民の皆様一人一人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表すものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、改めて深甚(しんじん)な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、更には欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。
(続く)
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日本は侵略国家ではありません。(12)

2009-01-10 11:40:03 | Weblog

4.新聞に見る「田母神論文」批判の偏り
     
2008年11月1日の新聞には、「空自トップ解任、論文で日中戦争肯定」などとする記事が踊っていた。しかも1面、2面は言うに及ばず、更には社会面などにも「田母神論文」を批判する内容の記事で埋め尽くされていた。歴史の真実を知る者にとっては、田母神論文はなんら驚くことに値しない内容であったが、その記事たるや本筋から外れて、と言うよりも敢えて日本の「近現代史の真実」から逃避して、田母神空幕長の「論文の提出の仕方」とか、時間がたつに従い「再発防止」とか「再教育」の話題でお茶を濁すようになっていった。

なぜ論文の内容の真偽に言及してゆかなかったのか。もしも「村山談話」が正しくて、「田母神論文」が間違っていたのなら、正々堂々とそのことを議論して国民の前に曝け出すべきではなかったのか。そうしたほうが余程効果的ではなかったのか。

そのことから意識的に逃避して、としか小生には理解できなかったが、意識的に逃避して論文の提出の仕方についてのみ議論していたのは、「田母神論文」が正論であったからであろうと理解するのである。新聞をはじめ全てのマスコミがこの最も大切なことから逃避していた。

日経新聞でさえ、真実から逃避していた。以下、その状況を、新聞記事から追ってみよう。

まず2008年11月1日の日経新聞朝刊の記事から。

2面に、【空幕長を更迭、懸賞論文に「侵略、ぬれぎぬ」】なる記事を載せ、更に社会面に【「ひどい内容、あきれた」防衛省に怒りの声 防衛相「立場を考えて」】なる記事を載せている。

10/31の閣議で田母神俊雄空幕長の更迭を決め、監部付とした。「政府見解と大きく異なり、不適切だ」
浜田靖一防衛相の記者会見、空幕長の立場では相応しくない。更迭には「淡々と政府の指示に従う」

と言った内容の記事。これは政府の厄介払い策、なぜきちんと論文の内容を精査しなかったのか。日本には有能な学者や先生は沢山いる筈なのに。

以下次のように記事を検証してゆきたい。

NO.日付(nは夕刊)-記事見出し-----内容---【】内は筆者のコメント
1'08/11/01--空幕長を更迭、懸賞論文に「侵略、ぬれぎぬ」--10/31の閣議で田母神俊雄空幕長の更迭を決め、監部付とした。「政府見解と大きく異なり、不適切だ」
【政府の厄介払い。航空自衛隊のトップの意見、なぜきちんと精査しないのか。】

2'08/11/01--「ひどい内容、あきれた」「立場を考えて」--浜田靖一防衛相の記者会見、空幕長の立場では相応しくない。田母神空幕長、更迭には「淡々と政府の指示に従う」
【浜田も人物が小さい。本人の言わんとするところを、汲む必要がある。】

3 '08/11/01n--空幕長の個人的見解 政府、韓国に釈明か--韓国政府に、論文は個人的見解で、日本政府の立場に変わりはない、と伝える。
【釈明の必要なし。ほっとけばよい。】

4 '08/11/02--届け出手続き徹底、防衛省--文書での届け出必要。中国は「侵略を美化」 と批判、韓国「謙虚に過去反省を」
【小手先ではダメ、歴史の見直しが必要。】

5 '08/11/04n--首相、監督責任厳正に--麻生首相は浜田防衛相に再発防止と監督責任を厳正にせよと指示。浜田、不適切で遺憾だ、と陳謝。中曽根外相中韓に説明。
【くさい物には蓋では困る。中韓へ説明は良いが、しっかりと検証をすることを表明せよ。】

NO. 日付(nは夕刊)-記事見出し-----内容---【】内は筆者のコメント
6 '08/11/05--防衛相ら給与自主返納 次官等減給や戒告--自発的な辞表提出は本人が拒否。懲戒に必要な事情聴取も拒否。
【不適切なら、正式な懲戒処分の手続きで、黒白を決すべき。】

7'08/11/06--退職前に「徹底抗戦」 収拾急ぎ審理回避--自らの主張が懲戒処分に該当するか、徹底的に争う意向を伝えていた。そのため急ぎ定年扱いとした。
【それでよい。防衛省審理を省略して懲戒処分にしようとした。】

8'08/11/06n--防衛相自主返納を、退職金。定年退職は理解を--定年扱いが一番早い処分で、約6千万円の退職金が支払われる。本人の自主返納の判断を待ちたい。他にも応募者78人
【なんら返納する必要はない。なぜきちんと栄誉礼で退職させなかったのか疑問。】

9'08/11/07--田母神問題、広がる波紋 参院委、11日招致--11/11に参考人招致を行う。1995年の村山談話と異なるため、政府は中韓への説明に追われた。
【その村山談話が間違いの元。幕僚長の国会同意人事は不要】

10'08/11/08--懸賞応募94人、新空幕長「信頼損ねた」と陳謝--応募者は合計で94人。外薗健一朗航空幕僚 長は、不適切な行動で国民の信頼をそこね、深くお詫びする。
【こいつも中国工作人に篭絡されているのか。】

NO. 日付(nは夕刊)-記事見出し-----内容---【】内は筆者のコメント
11'08/11/11--懸賞論文、組織でまとめて応募--小松基地第六航空団が組織としてまとめ、投稿していた。APA側の便宜供与はない。
【組織の要素があっても問題はない。】

12'08/11/11n--懸賞論文、課長に紹介 参考人質疑 関与否定--なぜ懲戒手続きをしなかったのか。長期化して途中で終わるのを防ぐ。憲法は改正すべきだ。
【なぜ、論文の内容の議論がないのか。それが本質ではないか。】

13 '08/11/11n--全く間違っていない 改めて持論展開--参院外交防衛委員会に参考人招致され、持論を展開した。いささかも間違っていると思わない。
【それでよし。】

14'08/11/12--田母神氏だけなのか心配--どうしてこのような人物が航空自衛隊のトップになったのだろうか。
【こういう人物が居るからこそ、日本の空は守られるのだ。】

15'08/11/12--参考人質疑の内容--秦郁彦日大講師も寄稿している。こいつは一寸左ががって居る。
【なぜ批判論者の意見だけを掲載するのか。賛成意見も載せるべきである。】

NO. 日付(nは夕刊)-記事見出し-----内容【】内は筆者のコメント
16'08/11/12--文民統制に不安浮き彫り 任命責任論くすぶる--11/11の参院外交防衛委員会の参考人招致。田母神氏持論を展開。
【それでよし。文民統制を論ずる前に歴史の真偽を確認せよ。】

17'08/11/13n--首相「極めて不適切」 隊員教育見直し--11/13参院外交委、首相も、防衛相も極めて不適切、再発防止、再教育に万全を期すと述べる。
【この招致は魔女狩りと同じではないか。内容の適否が、どこかへ飛んでいる。】

18'08/11/15--空幕部長も後押し 組織関与強まる--応募への組織的な関与の疑いが一層強まってきた。
【教育とはもともと組織的関与である。こんな事を心配するよりも日本の空は大丈夫か。】
19'08/11/20n--自衛隊幹部閉じた世界 独自の養成システム--幕僚長人事に、両院の承認へ 統合幕僚学校 のカリキュラム、「歴史観、国家観」日本の歴史の本質の理解
【将に自衛隊のリーダーには、この種の教育は必要である。種々の情報は必要だ。】
(続く)
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