原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「学問・研究カテゴリー」を集中的に閲覧頂きありがとうございました。

2019年09月28日 | 学問・研究

 (写真は、本エッセイ集「学問・研究カテゴリー」内に公開している「左都子コレクション -大学(大学院)の講義ノート編ー」 より、記事内に文章にて紹介している大学院にての「公企業論研究」ノートの一ページを撮影したもの。)

 

 本日見た我がgoo編集画面「昨日の閲覧数」によると、そのトップ50内に「学問・研究カテゴリー」エッセイが数多くランクインしていた。

 おそらく何処かのどなたかが、昨日当該カテゴリーエッセイを集中的にお読み下さったものと推測する。

 これ、原左都子にとっては実に嬉しい現象だ。

 いえもちろんのこと、いずれのカテゴリーエッセイをお読み頂いても嬉しいに決まっているのだが。 特にこの「学問・研究カテゴリー」は、我が今までの半生に於いて一番主体的に取り組み、ある程度の成果を上げて来た分野であると今尚自負している故だ。 

 それにしても、昨日我がエッセイ集を訪れ当該「学問・研究カテゴリー」を閲覧頂いた方(複数の方々かもしれないが)は、かなりの時間をかけてその閲覧を実行して下さったのではなかろうか?

 それが証拠に、トップ50のうちの半数近くがこのカテゴリーエッセイだったのだ。

 

 それでは、冒頭写真にて紹介した大学院の「公企業論研究」の講義ノートに関して、以下にそのコピーを再掲載させていただこう。 

 

 今回紹介したのは、「公企業論研究」の講義内容部分だ。

 何故このページを紹介したかと言えば、それはそれは頑張り屋のこの私にしてとてつもなく厳しい授業だった故だ。

 そもそも経営法学専攻の私にとって「公企業論」はさほどメインではない。 にも関わらず、当該授業の厳しさと言えば、分厚い(200頁程)英文専門書一冊を和訳する課題が課せられたのだ。 しかも受講者は私一人!  意外と英語の読み書き力はあるぞ、と自負していた私ですら、くじけそうな時もあった。
 ただ、私はそれをやり遂げた!  授業の最終日に「よく頑張ったね」と慰労してくれた教官だったものの、返された評価は「優」ではなく「良」。(これが我が大学院時代の唯一の「良」評価だった。後は当然ながらすべて「優」だったのに……) どれ程落胆したことか……。 
 ただその後直ぐに退官されたとの高齢教授先生の思いは十分に理解出来る。  我が大学院生時代より過去に遡って現在に至るまで(?)、大学院生(大学生も含め)の英文読解力が貧弱過ぎやしないだろうか?!?  退官先生は、そんな昨今の学生達の貧弱英語力に警鐘を鳴らしたかったものと私は理解している。
 その最後の学生が私だった訳だが、今となっては“「良」程度の成績しか上げられず申し訳ございませんでした!”とお詫びするしかないなあ。  

 (以上、「公企業論ノート」に関する部分を再掲載したもの。)

 

 この授業は大学院生1年時に受講したのだが、200ページ程の専門書の英文和訳を完成するに関してのエピソードを語ろう。 

 我が大学院生時代は30代後半未だ独身の身にして、年末年始時期に郷里の実家へ帰省した。 

 その際、英文和訳ノートを2月に提出せねばならない立場で、当然ながらこの課題を郷里に持ち帰った。 そして、食事と寝る時間と親戚・近所への挨拶回り以外の時間は実家の2階に引きこもり、この英文和訳作業に没頭した。

 日々私があまりにも実家の2階に引きこもっているのを心配した実母が2階へやって来て言うには、「そんなに大学院って大変なのかい? それじゃ身が持たんねえ…」 私が応えて、「いや、選択する授業にもよるだろうが、専門書本一冊の英文和訳が出来なくて大学院を修了したとは言えない事は自覚しているよ! だからこそ私は敢えてこの授業にチャレンジして頑張ってるのよ。 来年度は修士論文作成に集中しなければならない立場にして、今こそそのチャンスなのよ!」

 実母の気遣いはその後も続いた。 「寒くはないか?」と電気座布団やどてらを持参したり、夜食として暖かいうどんなども作って持って来てくれた。 (これを書きつつ振り返るのだが、あの母親、いいところもあったんだ……

 そんな実母の愛情に支えられ、我が英文和訳作業は郷里の実家にて随分と進捗した。

 そして2月には無事に提出できたとの結末だ。

 

 実に、(医学分野も含めて)学問・研究時代が長かった我が身だ。 

 そんな我が過去の集大成の一端として公開している「学問・研究カテゴリー」をお読み頂ける機会とは、少ないのが実情だが…。

 昨日、これを集中的にお読み下さった方に改めて感謝申し上げる次第です。