原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「走れメロス」再考

2019年09月23日 | その他オピニオン

 本日紹介するのはやはり娘の大学時代のレポートですが、これに関しては娘が単独で仕上げたものにサリバンの私が少し目を通した課題です。

 何故、大学生にもなって「走れメロス」なのかの理由を娘本人が本文内で記していますが、これはやはり常に時間不足の娘に私から「そうしたら時間短縮になる。」とアドバイスした結果です。

 

 それでは、娘記・「走れメロス」をお楽しみください。

 

 私が日本の文豪 太宰治 の名作とされている「走れメロス」を初めて読んだのは、中学生の時でした。

 この作品に関しては、世間では小中学生が好んで読む短編小説との評判があるのですが、その評判のごとく子どもが喜びそうな作品を、なぜ大学生の私が特論の読書課題に取り上げ、その感想を書こうとしたのかに関しては、私なりの理由があります。

 正直に言いますと、この小説は「短編」であるため読み直すのにさほどの時間がかからないとの理由が第一でした。 何せ皆さんもおそらくご存知の通り、何をするにもスローペースの私です。常に物事の優先順位を考慮しながら課題に取り組む日々ですが、9月には料検受験も控えている身で、残念ながら夏休み中に長編小説を読みこなす時間が取れないのが実情でした。 

 もう一つ理由があります。 私が小中学生の頃に周囲から見聞した主人公メロスの評判とは「悪しき国王を改心させた英雄であり、勇者として讃えられるべき存在」とのプラス評価でした。

 ところが、私が中学1年生の時に学校の夏休みの課題でこの物語を読んだ感想を一言でまとめますと、主人公メロスの人物像とは、向こう見ずで浅はかとのマイナス印象しか抱けなかったのです。

 いくら国王が人殺しをする暴君であるとは言え、それに反発して単身で王城へ出向き、挙句の果てには親友のセンヌンティウスを自分の人質に差し出してまで妹の結婚式を実行しようとするそのメロスの姿に、私は反発心すら抱きました。 しかもその結婚式の場でメロスは妹の幸せを願うがあまりに、王城へ帰る時間が遅くなってしまいます。 やっとメロスが王城へ向かって走り出したと思えば、川が氾濫していたり国賊に出会ったりして、疲れ果ててしまう場面にはいらいらさせられました。 メロスは親友を人質として国王に差し出している現実をどのように考えているのだろうかと。

 結果としてメロスは人質である親友の処刑に何とか間に合ったからよかったものの、もしも間に合わなかったならば、メロスは一体どのような責任をとったのかと、当時中学生だった私は相当気をもまされました。

 その後年月が流れて大学生となった現在、特論課題として、もう一度この名作に触れる機会を得ました。

 どこかで聞いたのですが、「小説」とは数多くの作品に片っ端から触れることも重要ですが、同時に、自分が気になる作品を何度も読み返すことも有意義であるとのアドバイスがあります。 スローペースの私の場合、時間的制限の観点からも、それこそが自分の個性に適していると自分に都合よく考えたりもしました。

 そして大学の夏休み中に、私はこの短編小説を今一度読み返しました。

 今回新たに感じた事は、国王がなぜ自分の身近な人間を殺すのかに関する疑問でした。 それは国王が人間不信に陥っている結果の行為であることを改めて認識したのですが、それにしても国政を操る国王たる者に、そのような精神面での欠落が許されるはずはありません。

 片やメロスという人物とは正義感旺盛ではありますが、向こう見ずで浅はかとの印象は大学生になった現在も変わりはありません。 親友を人質として差し出してまで国王と対決する究極の場面において、大人であるメロスの計画性、実行可能性こそが問われるべきでしょう。

 そうだとしても、よくぞメロスの親友は身代わりとなってくれたとも思います。メロスの親友であるセンヌンティウスこそが、この物語の登場人物の中で一番冷静な人物であろうと、私は今でも評価します。

 さらにメロスが命からがら王城に戻ってきた時に、国王がメロス達の友情愛に感動し改心する場面など、ずい分と単細胞の国王である事に何だか笑える思いでした。

 こんな単純思考の国王が現在の現実世界に存在しないことを信じたいですが、もしかしたら私達が現在生きている時代も似たようなものかもしれないとも思わせられる事件が、日本を取り巻く世界規模で発生しています。

 この読書感想文を書いた当時は8月下旬の大学の夏休み中でしたが、当時韓国大統領の「竹島」上陸事件により、我が国日本を取り巻く周辺海域で領有権争いが勃発し始めていました。

 その後、尖閣諸島をめぐり中国との領有権争いも激化して、政治分野のみならず経済・文化分野も巻き込みつつ、現在日中韓外交関係が冷え切ってしまっています。

 日本を含めた各国共に、もっと冷静かつ大局的視野を持って対応できないものかと感じながらも、国家を統治する人間達とは、メロスの時代と同様に意外と単純思考なのかとも感じさせられる今日この頃です。

 (以上、娘の大学時代の読書課題より掲載したもの。)

 

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 まあ最後の政治論評部分など、「原左都子エッセイ集」ファンの皆様にはお見通しであろうが、これぞサリバンである私の“入れ知恵”だ。

 実はこの娘の課題は、大学へ提出後の「選抜者5名による発表会」の一人に選出され、学生達の前で発表と相成ったようだ。

 テーマが「走れメロス」であり誰しも分かりやすい内容だったこともあろうが、この発表会にて一番の注目度だったとの話だ。(上記文章はその発表に合わせて、娘が敬体表現に書き直したものだが。)

 しかも最終章にて話題を現在の近隣国政治時事論評に終結した点は、(まさかサリバン母のアイデアとは露知らない??)担当教官より大絶賛されたとのことだった。