原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

ずさんな自治体避難命令に異議申し立てする!

2014年08月13日 | 時事論評
 昨日(8月12日)より毎年恒例の「徳島阿波踊り」が始まり、我が郷里もやっと無事にお盆の時期を迎えているようだ。

 そんな故郷は今夏、幾度も繰り返す豪雨や台風の到来により歴史的大被害を経験した。
 度重なる豪雨被害により、未だ浸水した家屋が片付かず夜もろくろく眠れない地域の皆さんも多い事であろう。
 それでも、年に一度だけ郷里に於いて開催されるビッグイベント初日が、暴風雨の影響を受けて中止に追い込まれる事態とならなかった事に一応安堵している私だ。


 ところで、台風11号が四国を直撃した8月10日の夜、私は郷里の母より一本の電話を受けた。
 ちょうどNHKテレビ7時のニュースライブ映像が、高知や徳島が暴風雨で大荒れ模様を映し出したその直後の19時40分頃の事だ。

 母曰く、「これから避難する事になった。 高齢者の私を避難所まで車で連れて行ってくれる地域担当女性が近くに住んでいて、迎えに来てくれる。 今夜は避難所で寝る事になると思うから、これから家に電話をくれてもいないよ。」
  
 そんな事態になっても不思議ではない事は、遠方に住む私にもテレビライブ映像を見れば理解可能だ。
 ただ、ちょっとおかしいんじゃないの?? なる疑問符が私の脳裏をかすめる。  台風直撃による暴風雨の真最中に、何でこんな夜になって自治体は避難命令を出したのか!? これじゃあ、避難所へ移動中に暴風雨に打たれて死ね!と言ってるも同然ではないのか??

 などと思っても、母はおそらく急いでいるであろうから、ここは早めに電話を切って送り出してやるしか方策が取れないと判断した。 「気を付けて移動するのよ。」とだけ言って、とりあえず電話を切った。

 田舎暮らしの経験がない方には分かりにくいであろうから、私から追加説明をしよう。
 田舎とは大自然に溢れていて、主要道路ではない小道などアスファルト舗装されていない場所が今だ多い。 そして何故か、その小道の横に蓋の無い溝があり、昼間でも考え事などして歩くと若い世代の私でもその溝に落ちそうになる。 
 更には我が実家の近くには川縁のガードレールのない土手があり、常に強風が吹いている。 そこを通る時には、徒歩であれ車であれ細心の注意を払い慎重に通行しない事には、川に転落しかねない。 母の話によると、普段の日でもたまに人が転落するそうだ。
 母の電話では近くの女性が車で迎えに来てくれるとの事だが、その女性がまさかプロのベテランドライバーでもあるまい。 それ以前の問題として、あの横殴りの暴風雨状態では、避難グッズを抱え家の玄関から出て車に乗り込む行動すら大仕事であろう。


 そうこう考えている中、テレビニュースは三重県の自治体が次々と避難命令を出している報道を繰り返している。
 やはり他府県でもこんな夜の時間帯に住民を避難させるのか??と思いつつ、私はある事に気付いた。
 どうも、避難命令・指示が地方自治体間で「連鎖」しているのだ。 その「連鎖」状態に避難命令発動に於ける「他力本願」性を嗅ぎ取った私だ。
 要するに、「隣の自治体が避難命令を出したからうちも出すべきかなあ?」なる論理が自治体間で行き交っているとすると、そんな無責任な話はないだろうに… なる不信感が我が脳裏をもたげる。


 話題を、郷里の我が母に戻そう。

 次の日の朝10時頃、母が住む実家に電話をかけてみた。
 そうしたところ、母が電話に出るではないか!
 「えっ。もう避難所から帰って来たの?」と問う私に対し、母が言うのには「避難するのをやめた。」との事だ。 (さすがに、この娘にしてこの母ありを実感だが。
 母曰く、その後自宅周辺を自ら確認出来る範囲で確認したとの事だ。 そうしたところ、特に近くの小川が氾濫している様子もないし、明朝には台風が抜けるとの事だし、今までの経験からだと家に留まった方が安全と判断したとの回答だ。
 そして母は早速役所に電話を入れたらしい。「今回は全員が避難せねばならないのか?」と。 そうしたところ役所から返って来た返答は「安全が確保できるならば自宅に留まってもよい。 ただ、避難する気になったら(一人暮らし高齢者の場合)役所から迎えに行くので今一度お電話下さい。」との事だったようだ。

 その我が母と役所とのやり取りを聞いて私が思ったのは、我が母は意外と未だしっかりいているとの感覚だ。 と言うのも、私の判断でも今回の場合は自宅に留まるべきと考えたからだ。
 それにしても、さすがに私も母に一言付け加えた。 「避難せずに自宅に留まる場合も細心の注意を払い、諸準備を施す事に超したことはない。 水害を想定し食料と水と携帯電話を持って2階で一夜を明かすべき。」と。 


 さて、次の日(8月11日)の各メディア報道によれば、徳島県阿南市に位置する加茂谷中学校周辺が、近くを流れる那賀川の氾濫により、一時2階部分まで浸水したとの事だ。

 この報道に於いて私が一番驚かされたのは、当該公立中学校が地元住民の「避難場所」として指定されていた事態であり、実際にこの中学校に避難していた住民が少なからず存在した事実だ。
 今回の場合、自治体としては“歴史的に鑑みても想定外の洪水”だったらしいのだが…。

 それにしても、“安易に”地元の公立小中学校を「避難場所」とする地方自治体の政策こそ、どうにか改善出来ないものか??
 原左都子の私事を述べると、管轄自治体が設定した都心の我が家の「避難所」も近くの公立小学校と定められている。
 ところがこの公立小学校の現状を語るなら、築年数が古いし正直言って今にも倒壊しそうな外見だ…。

 それだからこそ、我が家では我が家なりの“独自の避難所”を設定している。 
 それこそ、築11年にして上階に位置するマンション物件である「我が家」に他ならない。
 火事以外は、まかり間違っても何処に避難するでもなく、この場に留まる事が命を繋げる最善の場であると、私は家族に教育し続けている。