水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-71- 考え方

2017年06月20日 00時00分00秒 | #小説

 考えが甘く、軽率な判断で元も子もなくしてしまうことがある。困ったことにソレに気づくときは、時すでに遅し・・という場合が多い。だが、そう思う時点では、もはや自分に負けているのだ。この世の事象はやってみなければ分からない・ころに妙があるのだ。━ なせば成る ━ という格言どおり、ほとんどの事象は、やればできるようになっている。できないのは努力が足りないか、やり方が拙(まず)いかの孰(いずれ)かである。要は、どう思うかの考え方で、先々が変化していく・・ということだ。
 小人数の会合が和室で始まろうとしていた。開催時間にはまだ30分ばかりあったが、人は集まり始めていた。
「嵐川さん、済みませんがねぇ~、そこのお座布、取っていただけませんか…」
 嵐川に声をかけたのは、和室へ入ってきた会員の堤だった。嵐川は一瞬、ムッ! として、躊躇(ちゅうちょ)した。というのも、堤は嵐川より数年年下で、しかも新入会員だったからだ。嵐川に言わせれば、『新入りの癖(くせ)に横柄なヤツだっ! 俺はこの会が始まって以来の古参(こさん)だぞっ! その俺にっ! 自分で取れっ!!』とでも言いたげな猛獣気分だったが、さすがにそうとも言えず、その気分が躊躇させたのだった。
「あっ! 私が…」
 すぐ立ち上がったのは、嵐川の横に座っていた中堅(ちゅうけん)の備場(そなえば)である。備場は人がよかった。嵐川と備場の両者には、明らかな考え方の差が生じていた。立った備場は近くに積まれた座布団の一枚を手にすると、快(こころよ)く堤へ近くと笑顔で手渡した。
「ははは…どうも態々(わざわざ)、すみません。持病の関節痛が再発してまして…」
「そうでしたか。お大事に…」
「…」
 二人の遣(や)り取りを聞いていた嵐川は、面子(メンツ)が丸潰(まるつぶ)れで、小猫になった。
「どうです、一杯」
「ああ、いいですな」
 会合が済んだあと備場と堤は飲み屋街へと消えていった。二人の後ろ姿を見ながら、お呼びがかからなかった嵐川は嵐を起こすことなく侘(わび)しく帰宅する他はなかった。考え方ひとつで、物ごとはよくも悪くも動くのである。

                         完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-70- 冷静

2017年06月19日 00時00分00秒 | #小説

 そう大したことでもないのに、慌(あわ)てたり急ぐことで冷静を欠(か)き、困ったことに大失敗することがよくある。
 冷静になる極意を鍛錬(たんれん)で身につけようと、営業統括部長の刺身(さしみ)は仕事を次長の甘煮(あまに)に任せ、ひと月の休職届を会社に出すという暴挙に出た。これでは、もはや、常務ポストの出世レースは、もう一人のライバル、総務部長の肉焼(にくやき)にほぼ、決定だろう・・と誰の目にも見えた。その頃、休職中の刺身は禅寺に籠もっていた。
「刺身さん、いかがですかな? 少しは悟(さと)られましたか?」
「これはこれは、ご老師…」
 毎朝の修行の禅を組み終え、立った刺身に声をかけたのは、荒塩(こうえん)寺の座主(ざす)、乾佛(かんぶつ)だった。
「冷静さを養いたいと寺へ来られ、かれこれ半月にもなりますかな?」
「はい、お蔭(かげ)さまで…」
「どうですかな、冷静になれる極意は悟られたかな?」
「いや、それが。どうも、今ひとつ…」
 刺身はお茶を濁(にご)した。
「ほっほっほっ…。拙僧(せっそう)の神々(こうごう)しい輝きの頭を思い出されよ、さすれば、冷静にお成りになられるはず…」
「ぅぅぅ…老師! ご教示、有難うございます。ぅぅぅ…」
 乾佛の言葉に刺身は、よよと感涙(かんるい)に咽(むせ)んだ。会社へ復職した刺身がそれ以降、重役会の信任を得て、新しく常務に就任したことは申すまでもない。冷静を得る極意は神々しく光る老師の頭だった。

                         完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-69- 灰色

2017年06月18日 00時00分00秒 | #小説

 白くもなく黒くもない色・・それが灰色である。ほどよい、いい色合いであるにもかかわらず、困ったことに悪い場合で使われる場合がある。灰色高官・・とか、かつて世間を騒がせた政界のスキャンダラスな事件でマスコミを賑(にぎ)わせたのが、その具体例だ。別に灰色を弁護する訳ではないが、色合いの薄い濃いの差はあっても、人の世は黒くても白くても生きられない灰色の世界なのだから必要不可欠の色合いなのである。さらに加えるなら、━ すべからく中庸(ちゅうよう)をもって、よしとす ━ とした中国の故事からすれば、白黒ではない中庸の灰色は理想なのである。ただ、囲碁の世界で持たれる白石と黒石は、白がいい黒が悪い・・という意味合いで打たれる石でないことは明白だ。
 プロ棋士の二人が和室で碁を打っている。中央手前には記録係と時計係の二人がいて、盤面に目を凝らしている。
「ありません!」
 後手番で白石を打つ黒崎九段は先番で黒石を打つ白橋七段に静かに頭を下げ、ポツリとそう呟(つぶや)いた。黒崎九段の顔は苦渋に満ちた顔の表情に変化し、額(ひたい)にはあぶら汗すら滲(にじ)んでいるではないか。瞬間、白橋七段は『おやっ? 』と思った。局面はこれから中盤へと大きく盛り上がろうとするところで、とても苦しくて投了するような局面ではなかったからだ。記録、時計係の二人も同様で、三人は、もののけにでも化かされたような顔つきで黒崎九段を窺(うかが)い見た。黒崎九段は困っていたのである。何に? それは、生理的な現象だ。腹が急に痛み出し、便意を覚えた黒崎九段は、ほぼ限界に達していた。漏らす訳にはいかないのは当然で、そうとも言えない。早碁の対局で、余りに長考したせいか残り時間がなくなっていたのも大誤算だった。
「ぅぅぅ…」
 がまんしきれなくなった黒崎九段は、スッ! と座布団から立つと、和室から走り去った。三人は何ごとが起きたのかと唖然(あぜん)とした。
 「ありません!」と呟き、トイレへ駆け込んだ黒崎九段の便座の横に、白いトイレット・ぺーパーがあった。黒崎九段は、用を足し終えたいい気分で、灰色だな…と何げなく思った。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-68- 救いの神

2017年06月17日 00時00分00秒 | #小説

 予想もしていない困った状況に、ヒョイッ! と正義の味方のように現れてくれるのが救いの神だ。救いの神の出現は、その者にとって、有難くも有難い。なんといっても最悪のピンチを脱出できるからだ。そうなるピンチの予想は誰もしていないし、どこで、いつ、どうなるか・・は、神のみぞ知る未来の姿だからだ。一秒でも時間がづれればそうならないし、それが可能となるタイミングが必要となるからだ。
 竹鋸(たけのこ)は、その日どうしたことか、いつもの落ち着きを失っていた。車でスーパーへ買物に出かけた竹鋸は、いつものように4階以上に敷設されている駐車場へ車を止めようと、車でスパイラル通路を上っていた。生憎(あいにく)その日は混んでいて、車は次から次へと数珠(じゅず)つなぎで上っていた。最初のうちは竹鋸の車も順調に上っていた。ところが2階の踊り場で前の車が急にストップしたのである。竹鋸の車は踊り場手前の上り坂だったから、予想外の展開に、慌(あわ)てて竹鋸はサイド・プレーキを引いた。数珠つなぎで後ろからも車が上ってきている。以前にも同じようなことがあったが、そのときは焦(あせ)っていなかったからか、スンナリとサイド合わせ[ギアをローの位置にし、アクセルをやや強めに吹かしながら静かにサイド・プレーキを戻(もど)す]が出来たが、その日にかぎって少し焦っていたこともありアクセルの吹かしが弱かったのである。当然、車は逆走し、下り始めた。下からは車が数珠つなぎで上ってきていたから竹鋸はかなり慌(あわ)て、ふたたびサイド・プレーキを引いた。そして、もう一度、試みたが、アクセルの吹かしが甘く、車は下り始めた。竹鋸はまたまた、サイド・プレーキを引いて車を停止させた。さあ! 弱ったぞ…と思ったとき、後ろの車を降りた男性が近づいてきた。
「変わりましょうか?」
 竹鋸は瞬間、救いの神だ…と思った。竹鋸は車を降りた。車は見事に上がった。竹鋸は『さすがは神技(かみわざ)だ…』と感じた。
「すみません…」
 竹鋸はフラットな踊り場に止まった車から降りてきた男性に、思わずそう言っていた。お手数をおかけして・・の意味が込められていたのは当然である。救いの神は確かにこの世に存在するのである。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-67- ついでに…

2017年06月16日 00時00分00秒 | #小説

 ふと、心に浮かんで、物ごとを『ついでに…』と、一緒にやってしまおう・・とするときがある。こういう場合にかぎって、ミスが発生することが多い。困ったことに、ミスをしてから反省することが多いのが日常、世間で生きる我々である。それだけ世の中がスピードアップされ、人が時の流れに追いつけなくなっている・・ともいえる。
「節川(ふしかわ)さん、あの…」
「なんです? 多々木(たたき)さん?」
「いや、べつに…。何かやられますか?」
「いいえ、これといって…。次の駅まで少し眠ろうか・・くらいのことです」
 列車旅行で特急・鰹(かつお)の隣席に座った節川と多々木が、車窓に流れる外の景色を見ながら話しあっている。二人は昔ながら仲がよく、飲み屋で意気投合して決めた遠くの温泉への旅に出たのだった。
「そうですか。…でしたら、ついでに…といっちゃなんですが、次の駅で私の分も駅弁買ってもらえませんか」
「えっ? ああ、構わないですよ。なにか、されるんですか?」
 多々木は『列車の中だぞ、妙な人だな…』と思いながら了承(りょうしょう)した。
「ええ、まあ。あなたも、ついでに…どうです」
「ついでに? 何をです?」
「あれですよ、アレ!」
「アレ?」
 多々木が分からず首を傾(かし)げたとき、節川は持参したクーラーボックスで冷やしたワンカップの酒を、二本取り出した。ガラスの酒は冷えに冷えていた。釣りの旅でもあるまいし、クーラーボックスとは? と、思っていたから、その謎が解けた格好だ。
「ああ! ああ、なるほど!」
 多々木は思わず口に出して納得した。
「何がです?」
「いや、べつに…」
「私、飲むと、すぐ眠る癖(くせ)がありますので、ついでに…お願いしたようなことで」
「ああ! ああ! それも、ああ!」
 節川についでに…と言われた意味が分かり、多々木はすべて得心ができたのか、酒のツマミのように美味(おい)しく食われた。
                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-66- それは困る

2017年06月15日 00時00分00秒 | #小説

 梅雨(つゆ)の頃になると、植えた夏野菜も根づき、少しだが実をつけ始める。ところが困ったことに、生育するに従って、苗に害虫がついたり菌による病気が出たりする。さらに、攻撃はそれらだけには留(とど)まらない。
「どうも、妙だなぁ~」
 早朝から家の畑へ出ていた村吉(むらよし)は首を捻(ひね)りながら呟(つぶや)いた。春に植えた夏野菜の茄子(なす)の苗だけが萎(しお)れていたのである。昨日(きのう)は一日中、梅雨の雨がシトシトと降っていたし、地は十分に水を吸っているはずで、萎れることはないはずだった。他の野菜苗が萎れていないのも怪(おか)しい。根切虫やアブラ虫などによる害や、その他の原因も考えられなくもない。村吉はシゲシゲと茄子の苗を観察し始めた。すでに小さな茄子が実をつけ、紫色の花も咲いている。葉先は萎れてはいるが、枯れかけている訳でもなく、茎はしっかりと直立していた。茎に虫がいる様子もなく、毎年、萎れるなどということもなかったから、疑問は村吉の心の中で益々(ますます)、膨(ふく)らんだ。
「まあ、いいか…」
 村吉はバケツに水を汲(く)むと、茄子の根元にやった。
 そして半日が経(た)ち、村吉はふたたび畑へ出た。すると、茄子は勢いを取り戻(もど)し、萎れていた葉も数日前のように、しっかりと開いていた。
「なんだ、やっぱり水か…」
 村吉は、なんとなく納得した。それで、コトは終わるかに思われた。ところが、である。夕方、『もう一度、見ておくか…』と、村吉が畑へ出ると、茄子は朝のようにまた、萎れていた。これは妙だ…と思った村吉の脳裏に根切虫による害・・が浮かんだ。村吉はスコップで根元を掘ってみた。すると、茄子の根元に空洞になった大きな穴が見つかった。村吉は一瞬でモグラだと分かった。
「それは困る」
 村吉は穴が開いた地面に思わず語りかけていた。村吉としては、穴の中のモグラに苦情を言ったつもりだった。バケツで何杯かの水を穴へ注ぐと、水は瞬(またた)く間に地中へと吸い込まれていった。
「なかなかの大物だな…。いや、小物か?」
 村吉はニンマリと笑みを浮かべた。その後の茄子がどうなったかは、読者諸氏のご想像にお任せしたい。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-65- 攻守(こうしゅ)

2017年06月14日 00時00分00秒 | #小説

 ここは土地保全派と建設推進派が鬩(せめ)ぎ合う最前線である。困ったことに相応の折り合いがつかず、土地保全派と建設推進派の両者が戦いを始め、幾久しかった。土地保全派は、元あった公園を憩(いこ)いの場として守ろうとする市民グループであり、建設推進派は市の建設課の面々であった。
「申し上げますっ! 敵勢およそ数人! なにやら掘立(ほったて)小屋のようなものを建て始めましたっ!」
「そうか、もう来おったか…」
 土地保全派の守将、取囲(とりい)は、笑い捨てながら静かに声を出した。取囲は公園の跡地を土地保全派の市民グループに日夜、交代で警備させていた。その全員がヘルメット、揃(そろ)いの着衣に身を固めているから、恰(あたか)も城を守備する城兵に似ていた。すでに、建設推進派である市は裁判所に対し強制代執行の許可を申請していた。これが認められれば、落城することは目に見えていた。物見の市民から報告を受けた取囲は、静かに双眼鏡を手にすると前方の茂みを眺(なが)めた。茂みの中には仮設された物置小屋の姿があった。
「もはや、これまでか…」
 総攻めをする建設推進派の動きを察知し、取囲はひと声、呟(つぶや)いた。これまで攻守を繰り返した籠城の日々が走馬灯のように取囲の脳裏を過(よぎ)った。
 それから十日ばかりが過ぎ、いよいよ建設推進派は強制代執行に踏み切った。
「ただちに囲みを解き、退去しなさい! 退去しない者は公務執行妨害で逮捕しますっ!」
 拡声機の声が公園内に響いた。
「刑部か。もはや、これまで…。皆の者、囲みを解き、退去せよっ!」
「ぅぅぅ…殿!」
 土地保全派の面々は、取囲を取り囲み、無念さに涙した。
「さあ、早う!」
 取囲の声に追い立てられ、市民達は涙しながら公園から去っていった。取囲だけは一歩も引かず座り続け、逮捕された。両者の攻守は強制代執行により幕を閉じたかに見えた。が…、現在は自然の森公園として復活し、残り少なくなった自然の寛(くつろ)ぎを市民に提供している。と、言いたいのだが、実はそうではなく、足りなくなった食糧増産の田畑になっている。攻守は人々VS飢えに変化しているというのが実態だ。

                          完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-64- 奈落(ならく)の底

2017年06月13日 00時00分00秒 | #小説

 芝居とか歌でよく見かける舞台には奈落(ならく)という装置がある。どうもその舞台の下を指(さ)すようだが、元々は仏教用語で、サンスクリット語の地獄[naraka]を音写(オンシャ)したときが始めらしい。僧が、うっかり書き間違えたのか、適当に欠伸(あくび)をしながら書いたものかまでは私には分からないが、まあ、そういうことだ。
 足利(あしかが)は奈落の底まで落ちたあと、天まで浮かんだような子だ・・と子供の頃、言われていた。困ったことに、大人になった今もそれがどういう意味だったのか分からず、考え続けている不思議な男である。
 ある時、足利はテレビニュースを見ていた。アナウンサーは、某国の金融市場が破綻(はたん)したっ! と、興奮した気持を必死に抑えるような声で読んでいた。そして、国民生活は最低ラインまで引き下がるだろう・・という悲観的な経済学者の見解を加えた。
「奈落の底だな…」
 足利はテレビ画面を見ながら、意味なくそう呟(つぶや)いたあと、ふと気づいた。そうだっ! 奈落の底とは、最低の生活状態に陥(おちい)ることだ…と。ということは、子供時代に言われていた意味は、最低の生活をしていた子が極楽のような裕福な暮らしをする子になった・・という意味だと分かった。長年の疑問が解(と)け、足利の心は晴々(はればれ)とした。そういえば、父親が宝くじに当たってからというもの、暮らしは一変したことだけは確かだった。一匹のメザシが入った遠足の弁当が、○○堂特製弁当に変化したことからも、それはよく理解できた。それ以降、足利家は利息で生活が事足りている。だから、足利は天まで浮かんでいる・・という訳だ。ただ足利は、応仁の乱→戦国乱世…と続き、やがては徳川家康が天下餅をニンマリと笑顔で頬張る先の世を知らない。

                            完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-63- 梅雨(つゆ)

2017年06月12日 00時00分00秒 | #小説

 なぜ梅雨(つゆ)入りするのか? とか、なぜそう宣言する必要があるのか? などと考えるのではなく、困ったことに梅雨がなぜ梅の雨なのか? さらには、なぜ梅雨で、[つゆ]と読むのか? などと、斜(はす)に構(かま)えて考える、風変りな男がいた。名を解明(かいみょう)という。普通に考えれば、呼び名が決まっていなければ、竹雨でも松雨でもいい訳で、取り立てて梅に拘(こだわ)る必要はないのだ。まあ、梅の実が採れる頃だから・・という人もあるだろうが、それだったら桃の実だって成長するのだから、桃雨でもよいことになる…と、解明は考えた。こうなれば解き明かさねば気が済まない解明である。外は雨模様で出にくいこともあったが、解明は書斎に籠(こも)るといろいろな資料を紐解(ひもと)き始めた。
「なるほど…。これによれば、毎日降る雨だから梅の字を当てた・・とあるな。…なになに! この時期は湿度が高く、黴(かび)が生(は)えやすいことから黴雨(ばいう)と呼ばれたものが同じ音(おん)読みの梅雨に転じた・・か…。この説も一理ある。待て待てっ! 調べたいのは梅雨を、なぜ[つゆ]と読むのかだった。少し脇道(わきみち)へ逸(そ)れたな。元の道へ戻(もど)ろう!」
 その後、梅雨を梅雨(ばいう)とも読む・・とは分かった。
「ひとまず、梅雨入りだっ!」
 解明は訳が分からないことをグダグダ…と呟(つぶや)きながら、淹(い)れたミルクティーを啜(すす)った。
「ええっ! まだあるのか。旧暦の五月に由来することから五月雨(さみだれ)な…。五月雨を あつめてて早し ナントカ・・というやつだな。…これもかっ! 麦の実る頃だから麦雨(ばくう)な…。これらも一理あるぞ。まだある! もう、いいっ!」
 解明は、梅雨は梅雨でいい…と見切りをつけ、書斎の椅子(いす)を立った。結局、梅雨が、なぜ[つゆ]と読むのかは分からず、読むから読むんだっ! ということで解明は決着させた。頭の中では、楽しみにしている冷蔵庫の餅(もち)が呼んでいた。

                            完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困ったユーモア短編集-62- 自然と強制

2017年06月11日 00時00分00秒 | #小説

 物ごとが進む場合、首尾よくいった結果は同じでも、そのプロセスが自然にそうなった場合と強制され、そうなった場合とで分かれる。強制されてなった場合は、自(みずか)らではなく何物あるいは何者かの外的な強制によって、そうなったのだから、いわば無理強(むりじ)いされた・・ともいえる。世の中の事象は自然とそうなるのがいいに決まっているが、シビアな現実はそれを許さず、強制力をもって、かろうじて治安が保たれているのが現状だ。法律、規則、ルールの類(たぐい)は、すべて強制である。まあ、ルールの場合は、この強制がなければ、試合や競技自体が成立しなくなるから少し意味を異(こと)にするのだが…。
「都代富(とよとみ)さん、どうしても、ですか?」
「ええ、これ以上、待ちましても、この地では、もはや美味(おい)しいステーキは食べられますまいっ! ははは…」
 友人の兎久側(とくがわ)に都代富は毅然(きぜん)と断言して笑い捨てた。
「と、なれば、いよいよ強制しかありませぬなっ!」
「ええ。もはや、待つだけ待ちましたからな。自然とそうならぬ以上、致(いた)し方(かた)ありますまいっ!」
 そこへコーヒーカップを運んで現れたのが、これも友人の喫茶店の主(あるじ)、先納(せんのう)である。
「そうなされ…」
 先納にそう言われ、都代富と兎久側は静かに頷(うなず)いた。三人とも歴史好きだけに、時代言葉で話すのが常(つね)となっていた。
 大軍勢ならぬ大金を懐(ふところ)にして、二人が高級ブランド牛生産地、方丈(ほうじょう)へのステーキ征伐(せいばつ)ならぬ堪能(たんのう)の旅に出かけたのは、それから数日後のことであった。自然ではなく、こちらから出向く強制である。結果は語るべくもないだろう。二人は征伐ではなく、堪能(たんのう)して帰途についたのである。

                            完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする