人は限られた時間を生きている。無から生を受けた以上、孰(いずれ)は無となる訳だ。などと語ると、出来が悪くキナ臭い愚僧(ぐそう)のような語りとなるが、まあ、そのようなものだ。
限りある生命なら有効に…ということになる。だが、それに気づくのは、大凡(おおよそ)の場合、人生が半(なか)ばを過ぎ、少なからず生きているということを考えさせられる頃になってからだ。
川堀(かわほり)は虚(むな)しく街路を歩いていた。苦労して、ようやく築き上げた会社での地位や蓄財を、一瞬のうちに騙(だま)し盗られ、失(な)くしたのである。俺の人生は何だったんだ…と思いながら、川堀は虚しく歩くのだった。明日をどう生きる…と思う気力も、すでになかった。
「やあ、川堀さん! こんなところでお会いするとは…」
いつぞや仕事で資金援助したことのある浜長(はまなが)が擦(す)れ違いざまに声をかけた。浜長に勧(すす)められるまま、二人は喫茶店で四方山(よもやま)話をした。
「ははは…大丈夫ですよ、川堀さん。有効ですよ、有効!」
「えっ!? 有効?」
浜長から唐突(とうとつ)にそう言われ、川堀は訝(いぶか)しげに浜長を窺(うかが)った。
「そんなに悩まれなくても、人生はなんとかなるものです。会社再建の資金は私が用立てましょう。まずは小さなお店から有効に…お暮らしください。なんとかなりますよ、ははは…」
「有効に…ですか?」
「はい、有効に…です。無駄(むだ)を省(はぶ)いて…。きっと上手(うま)くいくはずです。私もそうでしたから…、また、ご連絡いたします。では…」
浜長はレシートを手にすると、席をあとにした。川堀には浜長が救いの神に思えた。
それ以降、川堀は有効に…を心がけ、生き続けているそうだ。最近、漏れ聞いた話によれば、以前以上の会社再建を果たしたということだ。私も、あやかりたいのだが、さっぱりだ。
完