水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -37- お豆腐

2022年04月22日 00時00分00秒 | #小説

 森高はお豆腐さんと職場で呼ばれている。森高の人生は、もはや豆腐抜きでは考えられなくなっていた。なぜ森高が豆腐好きになったのか? という謎(なぞ)を、検察官バッチが意味する烈日の輝きの下(もと)、真実をつまびらかにする作業に準(なぞら)えて、ご説明申しあげよう。えっ? そんなまどろっこしい言い回しはどうでもいいから、早く話を進めてくれだって? …まあ、それもそうだと思えるから、語り始めることにしよう。えっ? 別に語らなくてもいいから、早く話してくれだって? ああ、そうすることにしよう。いつものように、眠くなった者は途中で眠ってもらっても、いっこう構わない。
 話は3年ばかり前に遡(さかのぼ)る。森高はその頃、大食が祟(たた)ったのか、劇太(げきぶと)りしてしまった。本人はそれほど食べたとは思っていなかったが、実際には普通の食事の2倍の量を一度に食べていたのである。これでは流石(さすが)に太らない方が不思議というものである。だんだん森高は太っていった。気づいたとき、森高の体重は、優に100kgを超えていた。さあ、これは偉いことになったぞ…と森高は気にしだしたが、時すでに遅(おそ)かった。職場のデスクに座れないとなると、これはもう重大問題である。いや、正確に言えば、座れることは座れるのだが、肥満体が邪魔をしてデスクに身体を密着して執務することが出来なくなった・・ということだ。さて、どうするか! 森高は窮地(きゅうち)に陥(おちい)った。ダイエットすることは当然、至上命題だったが、森高はその方法がどうしても見い出せなかったのである。
「ダイエットですか? ははは…そんなの簡単でしょうよ! 毎日、豆腐を食ってりゃいいですよっ! 森高さん」
 ぼやいた森高に、銭湯の親父は番台の上から、いとも簡単に言い放った。
「そうなんですか…」
 意味が分からず鸚鵡(おうむ)返しで呟(つぶや)いた森高だったが、やってみよう…とは思った。次の日から森高の豆腐 三昧(ざんまい)の日々が始まったのである。最初はよかったが、次第に森高は見るのも嫌(いや)になっていった。それでも我慢(がまん)し続けて食べていると、森高の身体(からだ)にある異変が起こり始めた。その異変は決して病的なものではなかった。身体が豆腐に馴染(なじ)んでしまったのだ。というより、豆腐以外の食事を身体が受けつけなくなっていた。取り分けて病(やまい)に陥(おちい)るということもなく体重は激減し、気づけば80kgを割って元どおりになったのである。ただ、職場で森高は、いつの間にか、お豆腐さんの愛称? で呼ばれるようになった。お父さん・・と聞こえなくもなく、森高はそれほど不快にも思わなかったそうだ。
 まあ、そんな話だ。なんだ、皆(みな)眠っているじゃないか。まあ、別にいいが…。

                    完


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