水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《修行②》第十五回

2009年09月22日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《修行②》第十五回
 流石に、どっと疲れが出て、左馬介は少し、よろけながら片隅へと下がった。そこへ一馬が近づいて、
「いやあ、危うく負けるところでした…」
 と、笑顔をふり撒きながら、いつもの襤褸(ぼろ)布で首筋の汗を拭って云った。何故かバツが悪く、左馬介は、ははは…」と、笑って暈し
た。
 悠長に話に付き合っている場合ではない。六試合が未だ左馬介には残っているのだ。次の試合は、左馬介が下がった直後に始まった樋口対塚田の後だったから、余裕がないのも道理である。それに、樋口は道場の三本の指に入る凄腕の遣い手だったから、勝負が予
想よりも早く決着する可能性も高かった。
 四十五番、全ての立ち合いが終了した時、既に辺りに鳴り響いていた除夜の鐘音は消え失せ、新年が静寂(しじま)の中に訪れていた。篝火も薪を足されなくなって、火勢を弱めつつあった。最後近く集中していた試合を終えた左馬介は流石に疲れ果て、地に仰向になって微動だにしない。一馬と違い、結果が二勝四敗三分けと闘したのだから、初見参での偉業に門弟達も一目(もく)置いて讃たのだが、左馬介は、さ程、嬉しくもなかった。というのも、やはり馬に対しての遠慮が心の奥底に渦巻いていたからである。


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