残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《修行②》第十五回
流石に、どっと疲れが出て、左馬介は少し、よろけながら片隅へと下がった。そこへ一馬が近づいて、
「いやあ、危うく負けるところでした…」
と、笑顔をふり撒きながら、いつもの襤褸(ぼろ)布で首筋の汗を拭って云った。何故かバツが悪く、左馬介は、ははは…」と、笑って暈した。
悠長に話に付き合っている場合ではない。六試合が未だ左馬介には残っているのだ。次の試合は、左馬介が下がった直後に始まった樋口対塚田の後だったから、余裕がないのも道理である。それに、樋口は道場の三本の指に入る凄腕の遣い手だったから、勝負が予想よりも早く決着する可能性も高かった。
四十五番、全ての立ち合いが終了した時、既に辺りに鳴り響いていた除夜の鐘音は消え失せ、新年が静寂(しじま)の中に訪れていた。篝火も薪を足されなくなって、火勢を弱めつつあった。最後近くに集中していた試合を終えた左馬介は流石に疲れ果て、地に仰向けになって微動だにしない。一馬と違い、結果が二勝四敗三分けと奮闘したのだから、初見参での偉業に門弟達も一目(もく)置いて讃えたのだが、左馬介は、さ程、嬉しくもなかった。というのも、やはり一馬に対しての遠慮が心の奥底に渦巻いていたからである。