町役場の財政課長である川竹は朝から似合わない日曜大工に励(はげ)んでいた。かなり前に取りつけた棚がグラついて物を載(の)せられなくなったからだ。整理していらなくなった陶磁器類を新聞紙に包んでダンボール箱に収納したまではよかったが、重くなった箱を載せようと思った途端、グラッ! ときたのだ。オット!! と、危うく片手で支(ささ)えて箱を下ろし、川竹はやれやれ…と安息(あんそく)の吐息(といき)を漏(も)らした。そのとき、川竹は問題の棚(たな)を眺(なが)めながら、『ゆるんだのか…』と思った。棚を支える板木のボルトを見ると、やはり緩(ゆる)んでいた。すでに夕方近くだったから、修理は後日、することにした。
夜になり、録画しておいたテレビの囲碁番組を観ていると、勝った棋士が最後に解説していた。
『…は、緩(ゆる)む手となり、まず打たないと思いまして、付け越しました。それがよかったようです…』
川竹はそれを観ながら、『ゆるんじゃいかんな、ゆるんじゃ…』と偉(えら)そうに思った。それが一週間前の日曜だったのだが、その棚の修理が気になり、一週間を職場でイライラしていた訳だ。
「課長、予算要求書の素案が出来ました…」
課長補佐の武藤が川竹に伺(うかが)いを立てた。
「んっ? ああ! そこへ置いといて。あとで見るから…」
虚(うつ)ろな眼差(まなざ)しで、アングリと川竹は武藤に返した。
「どうしたんです? 課長。ここ最近、少し怪(おか)しいですよ…。大丈夫ですか?」
「いやなに…なんでもない、なんでもない。少しゆるんだだけだ」
「えっ?」
「ははは…こっちのことだ」
川竹は潜在意識が緩んでいたのか、[ゆるむ]という言葉を知らず知らず口にしていた。武藤は笑って暈(ぼか)した川竹の顔を訝(いぶか)しそうに窺(うかが)いながら、前の席へと戻(もど)った。
一週間前、そんなことがあったのだが、少し板木を調整したあと、無事にボルトを締め付けて川竹は欠伸(あくび)を一つした。よくよく考えれば、昨日の夜、『あしたは修理するぞっ!』と意気込んだまではよかったが、それが祟(たた)って、なかなか眠れなかったのだ。それが欠伸となったのである。ともかく一件落着し、川竹はアングリした顔で妻の顔を見て、『これは…』と、深い溜息(ためいき)を一つ吐(つ)いた。
長く続くと、物、、事、組織によらず、緩むことは、よくある。
完