水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-65- 気分しだい

2016年11月26日 00時00分00秒 | #小説

 目覚めると、朝から雪が降っていた。ああ、どうも冷えると思ったら…と御門(みかど)は雪明かりの窓を見た。今日は幸い、休みだから、そう慌(あわ)てることもない…という気分だ。御門はまた、ウトウトとそれから半時間ばかり眠った。目覚めたとき、明日(あした)ならドタバタだ…と御門は苦(にが)笑いをしながら、ベッドから嫌々、出た。
 洗顔を済ませた御門はキッチンへ入った。卵をスクランブルにし、ガーリックトーストとシナモン・ティーで軽い朝食を…と思っていたが、時計を見ると10時前になっていた。こりゃ朝食どころか、今で言うブランチだな…と、またまた苦笑いをしながら洗い終えた食器を拭いていると、やけに自分がお馬鹿に思え、御門は三度(みたび)苦笑いをした。
 スクランブル味が上手(うま)くいったのか、御門の気分は高揚(こうよう)していた。怖(こわ)いもので、気分が高まると知らず知らず行動力も湧いてくる。まあ、昼からゆっくりと…と思っていた雪掻きを、さて、これからやってしまうかっ! という気分へ変化した。
 昼前の雪は柔らかく、日射しで半ば解けかかっていたから足下が濡れた。しまった! と長靴を履かなかった軽はずみを悔いたが、もう遅い。御門の気分はまた低くなり、テンションは下降の一歩を辿(たど)った。株価暴落のようなものである。…まあ、それは少し違うだろうが、ともかく御門の気分は降下した。気分が降下すると、すべてに積極性がなくなる。御門の目論見では、雪掻きで軽く汗を流し、ひとっ風呂(ぶろ)浴びるかっ! …というものだったが、気分が急降下したことで、風呂へ入る気も失せていた。だいいち、雪解けでそんなに汗も掻かなかったから、さっぱりしよう! などという気分にならなかったこともある。さて、そうなれば…別にどうということもない。濡れた靴下を暖炉(だんろ)の火で乾かしながら、御門は何を思うでなくウツラウツラ…と眠っていた。気分とは怖いものである。僅(わず)か数十分、眠っただけで、御門の気分は元に戻(もど)っていた。いや、それよりもむしろ、足の心地いい暖かさで、気分は高揚へと変化していた。さてっ! 豚汁(とんじる)でも作るか…と、御門は徐(おもむろ)に立つと、またキッチンへ入った。調理も気分しだいである。高まった気分がいい味の豚汁を生み出したのである。その夜、御門は美味(うま)い豚汁で腹を満たすこととなった。さらには、止めた風呂も沸かす気になり、結果、御門は心地よく一日を終えたのだった。
 気分しだいで物事の成り行きが変化することは、確かによくある。

                          完 


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