水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-40- 風の噂(うわさ)

2016年11月01日 00時00分00秒 | #小説

 誰からともなく流れ、しかも確実ではない話がある。それとなく世の中に流れ、耳に入った話・・それを人は風の噂(うわさ)と言う。
「そういや、昨日(きのう)だったか一昨日(おととい)だったか、妙な話を聞いたぞ」
 餅川(もちかわ)は仕事帰りに立ち寄ったおでん屋の屋台椅子に腰かけ、冷や酒をチビリチビリとやりながら、左横に座る杵田(きねだ)にそう言った。
「妙な話? どこで?」
 杵田はおでんのダイコンをフゥフゥ~しながら頬張(ほおば)り、訝(いぶか)しげに餅川の顔をチラ見した。
「ここだよ、ここ!」
「誰に?」
「臼岡(うすおか)」
「どんな話だ?」
 矢継ぎばやな間合いで訊(き)き返され、少しムッとしたのか、餅川はおでんのハンペンに齧(かじ)りついて、嫌な間合いをずらした。
「… 課長が変わるらしい」
「どこの?」
「馬鹿野郎! 俺達の課に決まってるだろっ!」
 餅川はまた矢継ぎばやになりそうな間合いを避(さ)け、杵田へ粗野(そや)に返した。
「鏡さんが…」
 課長に可愛がられていた杵田は急にテンションを下げ、小声になった。
「いやなに…飽(あ)くまでも風の噂らしいがな」
「なんだ、風の噂か。ははは…驚かすなよ!」
「ああ…」
 つまらんことを言ったな…と思った餅川は軽く頷(うなず)くと、それ以上その話はしなかった。
「そういや俺も、そんな妙な話を聞いたぞ」
 今度は杵田が話し出した。
「そんな妙な話? どこで?」
「ここだよ、ここ!」
「誰に?」
「臼岡(うすおか)」
「それも臼岡か。どんな話だ?」
 矢継ぎばやな間合いで逆に訊(き)き返され、少しムッとしたのか、杵田はおでんのコンニャクに齧(かじ)りついて、嫌な間合いをずらした。
「… 副部長が変わるらしい」
「どこの?」
「馬鹿野郎! 俺達の課に決まってるだろっ!」
 杵田はまた矢継ぎばやになりそうな間合いを避け、餅川へ粗野に返した。
「注連神(しめがみ)さんが…」
 副部長に可愛がられていた餅川は急にテンションを下げ、小声になった。
「いやなに…飽(あ)くまでも風の噂らしいがな」
「なんだ、風の噂か。ははは…驚かすなよ!」
「ああ…」
 つまらんことを言ったな…と思った杵田は軽く頷(うなず)くと、それ以上その話はしなかった。
 ひと月が流れたが、結局、異動はなかった。あらぬ風の噂で多くの人がモチモチと翻弄(ほんろう)されることは、確かによくある。
 
                    完


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