水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

よくある・ユーモア短編集-43- 早とちり

2016年11月04日 00時00分00秒 | #小説

 会社社長の道橋は庭戸のサッシを開け、朝風を肌に感じながら空を眺(なが)めた。そしてどういう訳か、思わず溜息(ためいき)を吐(は)いた。空は曇(どん)よりと全天が薄墨(うすずみ)色に曇(くも)っていた。今日は楽しみにしていた地区大会のサッカー・決勝が抜歯(ぬけば)競技場で行われる。道橋はその試合を観戦するつもりでいたのだ。抜歯競技場は生憎(あいにく)、観戦席が防雨構造にはなっていなかった。道橋には早とちり癖(ぐせ)があり、この空では降るな…と早とちりしたのである。
 決勝に進出したのは道橋がかつて所属していたチームで、決勝まで勝ち進めるなどとは、神仏でも予想できなかったであろう快挙(かいきょ)だった。チームが勝ち進むに従い、当然、OBの道橋としては応援しない訳にはいかない。これまでにも道橋は差し入れ、付け届けなど、相応の応援をしていた。チームメンバーには今日の試合前の昼食の特製焼き肉弁当を出前で店へ発注していた。
 昼前、お抱え運転手に車を横付けさせ、道橋は抜歯競技場へと乗り込んだ。席は事前に特等席を確保してあり、試合前に監督や選手達と握手、歓談し、激励したが、監督も選手達も道橋の格好に多少、戸惑った。というのも、道橋は運転手に傘を持たせ、自身はすでに雨合羽(あまがっぱ)に身を包んでいたのである。雨は降っていなかった。いや、降っていなかったというより少しずつ青空も見せ始めていたのである。道橋は、また空を眺めた。いや、いやいやいや、降るに違いない、降らない訳がない…と道橋は自分の早とちりを正当化しようと無理に心で叫んだ。そうしないと、雨合羽に身を包んだ自分が、少しピエロに思えた。道橋にとり、一端(いったん)決断した行動を打ち消すことは、社長の地位が許さなかったのである。
 結局、空は次第に晴れだし、試合開始の午後2時には雲一つない快晴になっていた。試合が開始されたとき、道橋の姿は抜歯競技場にはなかった。
 世の中には、早とちりして目的を果たせなくなることが、よくある。

                    完


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