若い市職員の永田は、疲れていた。働けど、働けどだな…と、啄木の詩を脳裏(のうり)で口ずさみながら、じぃ~~っと、格好をつけ、凍(こご)えた手を見た。やはり、ささくれだった詩に出てくるようなそんな手ではなかった。ただのありふれた、どこにでもありそうな手だった。今朝の雪がいけないんだっ! と、雪を悪者(わるもの)にした。子供の頃、雪が降るとあれだけ喜んでいた自分が信じられなかった。
「なぜ雪なんか降るんでしょうねっ!」
雪を掻(か)きながら、永田は誰に言うでなく口を開いていた。
「ははは…馬鹿か、お前は! 降らなきゃスキー場が困るだろうがっ!」
「…そうか。それも、そうですね…」
隣りで同じ作業をしていた先輩職員の会国(えくに)は、すでに持ち場の雪を掻き終え、ひと息ついていた。永田もラッシュをかけ、残った持ち場の雪を掻き終えた。掻き終えたとき、永田は、また思った。『そうだ…雪は働くチャンスを与えてくれたんだ…』と。
「さあ、昼にするかっ! 今日の昼飯(ひるめし)は美味(うま)いぞっ!」
「そうですねっ!」
会国が偉そうな声で上から目線で言った。この人は食い気(け)だけの人だな…と永田は思いながらも、そのことは口には出さず、会国に同調した。
食堂へ入ったとき、永田はまた思った。『そうだ、会国さんは、世の中の仕組みを考えるチャンスをくれたんだ…』と。
物事で、ふと考えさせられるチャンスに巡り会うことは、確かに、よくある。
完