ゆみちゃんの365日

日々の出来事を綴っています。

続くときはこれでもかと続くものだ

2009-10-16 01:05:19 | 友達

10月15日(木曜日)
同期入社のN君の奥様がお亡くなりになった。享年60歳とは早過ぎる。2ヶ月ほど前に体調を崩し、入院したそうだ。一時は回復に向かったが、懸命の治療も空しく帰らぬ人となってしまった。今夜が通夜で弔問をしてきた。祭壇に遺影を掲げてあったが、昔の奥さんとは顔が少し違って見えた。20年くらいお会いしていないので無理もない。
通夜が終り式場の係りの方から「故人と最後のお別れをご希望の方は祭壇の前までどうぞ」のアナウンスがあった。明日の告別式では、落ち着いてお別れができないだろうと思い顔を見に行った。喪主のN君は悲しみをこらえ気丈に、「よう顔を見てやってくれ」と声をかけてくれた。故人は遺影と異なり穏やかな顔で、しかも若々しく、丸で眠っているようだった。妹尾(せのう)(旧姓)ちゃんと声をかければ、今にも起きて来そうだ。故人の独身のとき、結婚式のとき、子どもが生まれたときいずれも知っているので、顔を見ていると走馬灯のように思い出が駆け巡り、涙が自然とこみ上げてくる。主人と連れ持って競馬、酒にと、妹尾ちゃんをほったらかしにしたことを詫びた。明日は告別式と思うとせつない。
今日は77歳、昨日は83歳の告別式に出たので明日出れば3日連続となる。生涯でこんなことは2度とないことだろう。慶事であればいくらあっても嬉しいが、弔事はカンベン願えるのであれば勘弁願いたいものだ。

10月16日(金曜日)
N君の奥様の告別式に参列した。N君は65歳になるが元会社に再雇用で勤めている。彼は人脈が広く、また現役なので、通夜も告別式も沢山の方が見えていた。
大手の会社に勤めていれば、こんな時は盛大になるのだなあを実感する。弔電披露に内閣官房長官から来ていたのには少々驚いた。
式が終り喪主のN君から会葬御礼の言葉があった。妻が亡くなるまでの闘病生活を、こと細やかに話してくれた。5月末から異変があったが、N君は6月半ばから知ったとのことだった。
病院を何箇所も変えるも、中々病名がはっきりせず奥様は苦しまれたようだ。最後になり病名が判明したが、聞いたことのない病名だった。要するに血液の病気だ。白血球、赤血球、血小板などの数値がドンドン下がり、医者はこの数値で生きているのが不思議と言う位、菌に食い荒らされ、まさに体がボロボロになっていたそうだ。それまでにN君は子どもと一緒にネットで、なんとか出来ぬかと調べ、最後の手段として抗癌治療を選択したと言っていた。
奥さんが病気になってから彼と飲んだが、そんなこと一言も言ってくれなかった。奥さんが病に冒された、この4ヶ月間は、結婚してから夫婦が一番密になったと想像する。最後は自責の念を込めて、参列者にいいことを言ってお礼の挨拶にかえた。
「私は結婚してから女房を泣かしてばかりで、好きなように暮らしてきた。また女房には優しい言葉をかけたことがなかった。参列者の皆さん今一度胸に手を当てて下さい。優しさが足らないと思えば、優しくして下さい。例え自分は優しいと思っていても、もっと相方に愛情を注いでください」。
火葬場へ行く霊柩車に手を合わせ、静かに見送った。せのうちゃんさよなら~。
合掌

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« こんな昔もありました | トップ | 村祭りで孫がお稚児さんデビ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
 Nさんのお葬式 OB会を代表してお悔みに行き... (平行四辺形)
2009-10-16 08:37:39
 Nさんのお葬式 OB会を代表してお悔みに行きますのでよろしくお願いします。
 また 本日はOB会員の方で 元 部品検査課のセンター長をされていた Iさんのお葬式が同じ時刻にあるので 幹事が分かれてお悔みに行きます。
 一緒に働いていた仲間や 身内の方が亡くなられることは お互いにつらいですね。 また 健康第一で過ごしましょう。
返信する
>平行四辺形さん (ゆみちゃん)
2009-10-16 09:07:07
>平行四辺形さん
OB会の幹事ご苦労様です。
知り合いの別れはつらいです。
返信する

コメントを投稿

友達」カテゴリの最新記事