ゆみちゃんの365日

日々の出来事を綴っています。

「草津違い」恥ずかしや

2010-04-26 00:07:23 | 学問

誰でも思い込みがある。土曜日の朝刊の「声の欄」で、私と同じ間違った思い込みをしていた方がいた。私一人が無知で無かったので、思わず「そうだよね」と喜んだ。私も草津温泉は、滋賀県の草津にあるものだと、関西に就職した時から長い間思っていた。それには訳がある。琵琶湖のほとりには雄琴温泉があり、群馬県だとは夢にも思うはずもない。温泉好きで全国あちこち行っていれば、間違うようなことは無いかも知れないが・・・。
それでも”草津温泉”の間違った思い込みでは、投稿者のように誰かに話をして、恥ずかしい思いはしていない。投稿者のように恥ずかしい思いをしたのは、同じ温泉でも、”雄琴温泉”だった。40年以上も大昔の話だ。王仁博士を連れて、鳥取へ帰省した時の列車内での出来事だ。二人連れの若い女性がそばにいた。 「どこからですか?」 「滋賀県からです」 「滋賀と言えば、”ゆうきん温泉”がありますね」 「ゆうきん温泉って、おごと温泉のことですか?」 「これは失礼。そ・う・で・す。おごと温泉です」。ことわざの”穴があったら入りたい”の心境になった。
今では”雄琴温泉”は、関西の男性では知らぬ人はいないほどメジャーだ。間違っても「ゆうきんのソープに行こうか」という男はいない。一昔前は”おごとのトルコ”だった。「ゆみちゃん行ったの?」。そんなことに答えれば、おごとを通り越して「おおごと」になると、肩肘を張ってみる。「行ってませぇ~ん」。
恥をかけば、いくら大昔だろうが決して忘れることはない。 「聞くは一時(いっとき)の恥。知らぬは一生の恥」 ということわざがある。一番戒めなければならないのは、”知ったかぶり”。
若い貴女、恥をかくなるなら今のうち。 ”若い時の恥は、買ってでもかきなさい”。こんなことわざはなかったか・・・。 ”若い時の苦労は買ってでもしなさい” 買う金が無い。あっそう。

4月24日(土曜日)○日新聞朝刊
「草津違い」恥ずかしや
愛媛県新居浜市・高橋 恒夫(無職・61)
若いころは、そこそこの物知りを自任していた。実はそうではなく、ただうぬぼれていただけ。その私が、思い出しても赤面するような恥を滋賀県草津市でかいてから10年がたつ。その時。私はJRの「青春18きっぷ」で東京に向かっていた。時間があったので草津で下車し、通勤途中のサラリーマンに道を尋ねた。私は「草津は全国的に有名なところ」と思いこんでいたが、このサラリーマンとはなぜか話がかみあわなかった。おかしいなと思いながら、再び電車に乗って東へ向かった。後日気がついたのだが、地理に明るく物知りを自負している私が、かの有名な草津温泉(群馬県)の最寄の駅だと思っていたので。ただ文字が同じと言うことで、そこがてっきり草津温泉の草津と思いこんでいたのだ。話がかみ合わないはずだ。そのサラリーマン氏は「こいつ、何を言っているの?」と、笑っていたかもしれない。そのとき以来、鼻っ柱が折れて自称もの知りは返上した。あれから10年。思い出しても恥ずかしくなるような旅先での出来事だが、いまだに草津温泉には行ったことがない。赤面しきりだが、懐かしい旅先でのひとこまである。

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徒然草(第八段)を勉強しましょう

2009-04-18 03:44:08 | 学問

4月12日(日曜日)の京○新聞の朝刊に「古典の日」として、松村栄子さんと読み解く徒然草(兼好法師)の第三段、第八段の記事が出ていた。中学生のころに習ったといっても、『徒然草』は『方丈記』、『枕草子』とならんで三大随筆のひとつで、作者は兼好法師。序文の「つれづれなるままに、日ぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」のこれくらいの訳しか教えてもらっていないと思うのだが、頭の良かったK子さんの記憶はどうだろう。
だって第八段は色気ムンムンで、物好きな先生以外ここまで訳して教えてはくれないだろう。
訳は訳する人の文章センスで全く異なることが良く分る。古文として読めれば良さが判り、それにこしたことはないが、そんな能力は持ち合わせていない。凡人は訳を読み、ただニヤニヤしているだけである。何百年経とうが、今も昔も男は変わっていないのは確かなようだ。

公式 男=スケベ

徒然草(第八段)
世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな。
匂ひなどはかりのものなるに、しばらく衣裳に薫物(たきもの)すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。九米の仙人の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、通を失ひけんは、誠に、手足・はだへなどのきよらに、肥え、あぶらづきたらんは、外の色ならねば
、さもあらんかし。

1.松村栄子訳
この世に女性の色香ほど男心を惑わせるものはない。人間というのはまったく愚かなものだな。
匂いなどはすぐに消えてなくなるもので、衣に燻きしめた香がしばし漂っているだけとわかっていても、あまりの芳しさについくらっときてしまう。まして手や足や肌の美しくむっちりしているようなのは、香や化粧のせいではなく生の魅力なのだから、久米の仙人とやらが洗濯女の脚の白さに見とれて空から落ちたというのも、まあ無理からぬことだよなあ。

2.吾妻利秋訳
男の子を狂わせる事といえば、なんと言っても性欲がいちばん激しい。男ごころは節操がなく身につまされる。
香りなどは、まやかしで、朝方に洗髪したシャンプー(※注1)のにおいだとわかっていても、あのたまらなくいいにおいには、ドキドキしないではいられない。空飛ぶ術を身につけた仙人(※注2)が、足で洗濯をしている女の子のふくらはぎを見て、仙人からただの嫌らしいおっさんになり空から降ってきた、とかいう話がある。二の腕やふくらはぎが、きめ細やかでぷるぷるしているのは、女の子の生のかわいさだから変に納得してしまう。
■注(※注1 原文:着物に燻したお香)(※注2 『今昔物語』【11】の久米――和州上郡――の仙人の説話より)

3.現代語訳
人の心を惑わせるのは、色欲の他にない。人の心は単純である。
匂いなんてまやかしでしかなく、そっと衣装に香りを足しているのだと知っていても、それは何ともいえない色香であったならば、必ず心は迷うのだ。飛行を楽しむ久米の仙人が、物を洗っている処女のすねの白さをちと見た途端に自我を乱され空から落っこちてしまったのは、本来の素肌の清らかさは、化粧による見せ掛けにはない魅力があり、その美しさに魅了されてしまったからであろう。

4.超現代語訳
人を惑わせるもの、それは色欲。人の心などは本当に未熟なのである。
香りは一時的なものでしかなく、それを承知で衣装に香を焚く。が、そのようにやがて消えて行くものであったとしても、なかなか得ることの出来ない香りを求めようとするのは、これまた当然のことといえよう。久米の仙人が洗濯をしている女性の肌を見て神通力を失ったというのも、確かに納得の行く話しである。手足といった肌が美しく、ふっくらと色づいているその姿は、香りのようなうわべだけの物ではない。となれば、なるほど仙人が力を失ったいうのも納得できる話だろう。

(豆知識)
1.吉田 兼好(よしだ けんこう、弘安6年(1283年) - 観応元年/正平5年4月8日(1350年5月14日)?)は、鎌倉時代から南北朝時代の随筆家・歌人。本名は卜部兼好(うらべ かねよし/うらべ の かねよし)。兼好法師(けんこうほうし)とも呼ばれる。中学校国語の検定済み教科書ではすべて「兼好法師」と表している。卜部家は後の時代に吉田家、平野家などに分かれ、兼好は吉田家系であることから吉田兼好と通称されるようになった。没年には文和元年/正平7年(1352年)説もある。
卜部氏は古代より卜占を司り、神祇官を出す神職の家で、兼好の父も吉田神社の神職であった。後宇多院に北面の武士として仕え、従五位下左兵衛佐まで上ったが、上皇の死後、出家して兼好(けんこう)を名乗った。 鎌倉に2回は訪問滞在したことが知られ、鎌倉幕府の御家人で後に執権となる金沢貞顕と親しくしている。その時、現在の神奈川県横浜市金沢区の上行寺内に庵があったと伝えられる。
鎌倉時代から南北朝時代にかけて歌人として活躍した。『徒然草』は自然の風物などが散文として書かれ日本の三大随筆に数えられ、また当時の社会風潮などを知るための資料にもなっている。

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