夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

恋しい秋日和・・♪    《初出2006.10.5.》

2008-05-04 17:53:14 | 定年後の思い
東京の郊外は、ここ数日、雨が降ったり、ときたま曇り空となり、21度前後の日となっている。
明日も大雨が予報されて、晴れ間は土曜日からと報じられている。

昨夜も小雨が降り中、鈴虫はかぼそい鳴き声をして折、月を誉(ほ)めることも出来なかった。

酢橘(すだち)を口に含み、純米酒をそそいだぐい呑みに実を入れても、
庭に雨の降る情景を眺めても侘しい思いがする。

秋日和の夜、月を眺めながら、純米酒をその日あった弐合徳利とぐい呑みで頂きたいと思っているが、
普段の行いが不摂生の為か中々叶(かな)えてくれない。

秋日和の昼下がり、近くの公園で陽射しの中のコスモス、ススキの穂などを誉めながら、
散策する夢を見たりしている。

コスモスは秋桜と称されているが、可憐な彩りを見せてくれ、
雨に当たると花はうなだれる可哀想と思われるが、
晴れ間、曇り空でもそれなりの彩りあり、実は芯の強い花のひとつと思ったりしている。

女性の一部のお方で優美な可憐さを感じさせる人がいるが、
内面はしなやかな心をお持ちのであると想いを馳せたりしている。

こうして小雨の降る主庭を眺めながら綴っているが、
雨が強く降りそそいで来た・・。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ときには、映画とテレビの寸評・・♪  《初出2006.10.4.》

2008-05-04 17:50:45 | 映画・テレビ
私はテレビを視聴するのは、ニュース、天気予報、そしてドキュメンタリーの番組を観る事が多い。

テレビで放映されるドラマは、失望することが多いので、
倉本 聡、向田邦子の脚本以外はここ20年前後ほとんど観ていない。

テレビの質の低下は、やはり民間放送の無料という基で安易に製作されるのが、
根底にあると確信している。

映画の場合は、有料という制度が原則の為、
監督、脚本、出演者に失望した場合は次作は観て貰える機会が少なくなる。

従って、小説、随筆などと同様に、その方なりの持ち味で懸命に作品に命をそそぐ、
と思ったりしている。

日頃、私なりの歯ごたえのある作品は、ビデオテープ、DVDを再生し、
家のテレビで視聴したりしている。

昨夜、NHK衛星第2に於いて、丹波哲郎を偲んで『三匹の侍』が放映していたので、
娯楽映画なので、ビールを呑みながら観た。

1963年(昭和38年)にフジテレビで、
五社英雄という演出家がテレビ時代劇としては型破りなダイナミックな演出であったので、
私はたびたび視聴していた。

好評を得ていたこの『三匹の侍』は、
翌年に松竹映画は丹波哲郎の出資するプロダクションと合作で上映した。

昨夜はこの作品を観たが、脚本、構成の荒さが目立ち、
ところどころ黒澤 明の『用心棒』(1961年)の幾つかのシーンを思い出すのに、
失望したりした。

丹波哲郎の出演作で甦(よみがえ)るのは、
篠田正浩・監督の『暗殺』(1964年)、野村芳太郎・監督の『砂の器』(1974年)に上映された作品である。

丹波哲郎の多彩な持ち味をこの両作品をうかがえると思ったりした。

いずれにしても、テレビ、映画のドラマは、
脚本の良し悪しがすべてを決定する、と私は確信している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名残りの香り・・♪    《初出2006.10.3.》

2008-05-04 17:28:02 | 定年後の思い
東京の郊外は、ときたま薄日の射す曇り空を迎えている。
日中は23度前後の過ごしやすい穏(おだ)やかな秋の一日となる。

主庭に降り立つと、枝葉が雨露をたたえて、草花もしっとりとしている。

微(かす)かな匂いが漂ってきた折、金木犀(キンモクセイ)の芳香と分かった・・。
金木犀の枝に橙黄色の小花が残っているが、大方は地上に絨毯のように敷き占めている。

昨日の午前中まで秋の長雨で色はあせているが、それなりの風情がある。

金木犀の枝に残ったたわわな小花は、雨で濾過(ろか)されたのか、
咲き始めの強い香りはなく、微かな芳香に中年女性を思いを託すのは考え過ぎかしら、と煙草を取り出した。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初まりは、雨・・。   《初出2006.10.2.》

2008-05-04 17:13:20 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨日の午後3時過ぎから雨が降りはじめた・・。

家内は実父の3回忌に行って貰うので、
旅行バックの再点検を行ったりしていた。
私は今回は留守番役に徹し、
家内の母、家内の妹などで法要、お墓参りをして頂くこととなっている。

その後、近くの温泉観光ホテルに3泊4日でのんびりとして貰う予定とした。


家内の父が2年前に亡くなり、その前の5年間は入退院を繰り返していた・・。
私達夫婦は、家内の父、母と4人で、家内の父が元気だった頃、
たびたび旅行、花見などに行った。

私は家内の父、母が万一寝たきりになった時、
のちの思いに、と思って頂ければ良いかなぁ、
とも思いながら旅先のひとときを私共は楽しんだりした。


家内の父は、長年連れ添った妻と娘が交互で、夜を徹して看病されながら、
最期の入院で1ヶ月後に大学病院の個室で亡くなった。

仮通夜の日、前日の死去の後始末を終えて、家内が早朝に自宅に戻ってきた・・。

台風のような風は強く、豪雨であった。

家内に2時間ばかり仮眠を取った後、
喪服を濡らすわけにいかないので、タクシーで遠方の葬儀所に向かった。

『お父さんも・・お母さんに長年看病して貰ったり・・
お母さんも睡眠時間も削って、心身共々尽くしたのだから・・
後悔はないと思うよ・・』
と疲れた顔立ちの家内に私は言った。

タクシーは都心の高速道路を疾走し、やがて千葉県の八千代台市に向かった。

それからの日々は、仮通夜、通夜、本葬、告別式、初七日と慌しいを私共は送った。


私は死者には敬(うやま)うが、
かといって3回忌、7回忌、13回忌と続く法事には、
生きている人の慰めと思っている。

私は家内には、俺が死んだ時は、
家族葬で花と音楽に包まれて、出来うる限り簡素にして貰いたい、
とここ5年言い続けている。

お墓は要らず、樹木葬のある里山に埋めて頂きたい。
私は死者は土に帰る、という独断と偏見であるので、
四十九日の納骨が終われば、
何らかの雑木の下で永久に安らかに眠る、という考えの持ち主である。

残された人は、温泉滞在の帰りでも、
気が向いた時、お線香の1本でも良いと思っている。

家内の父の四十九日の法要、納骨を終わった後、
私達夫婦は家内の母と3人で、お寺の近くの温泉観光ホテルに3泊4日で滞在した。

そして家内の母は一人住まいの生活になったので、
年末年始は私達の自宅に5泊前後泊まって頂き、
ときたま温泉滞在旅行に行ったりしている。
そして家内は毎晩実家と電話で話し合ったりし、
月の4日前後は実家に泊まっては、他愛無い話をし、雑事をしている。

昨年の夏、新盆の時は私は自宅で留守番役をして、
新盆が終わった後は、
近くの温泉観光ホテルに家内たちと3泊をして貰ったりしている。

さすが一周忌だけは、家内に付いて私は法要にでかけた。
その後、やはり4泊5日で私達3人は滞在した。

私は家内の父の法要は、
お父さんとは生前の旅行先で楽しみを分かち合ったから、
心の思いは済んでいるので、一周忌が最後と言い、
後は家内にまかせている。


今回の3回忌は、家内ひとりで参列している。

この三日、家内は3泊ばかり家を空けるので、
掃除、洗濯に余念がなく、
留守の間の私の食事の料理に勤(いそ)しんでいた。

今朝は3時より、洗濯、掃除、料理をしていた。
私も4時過ぎに起きだして、
『雨がやまないなぁ・・』
と家内に言ったりした。

私は大雨の降りしきる中、近くのバス停に行き、時刻表で始発の時間を確認し、
帰宅後の軒下の玄関先で、
『XXちゃん、法事がてらで旅行に行くの・・
初めての雨だょね・・』
と家内を慰めた。

私は家内の旅行バックを持ち、家内とバス停まで行き、
始発のバスを待った。

バスに家内は乗り込み、
車内から家内の笑顔と小さく振る手で、私は救われた・・。

私の勝手な論理で世間をどこまで・・と思い返したが、
せんなきことと思っている。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茜雲(あかねぐも)の時節を迎えて・・♪ 《初出2006.10.1.》

2008-05-04 17:10:37 | 定年後の思い
目覚めたのが4時であったが、起きだして玄関庭に出た・・。
まだ薄暗くので、台所で煎茶を淹れて、カレンダーを1枚捲る・・。
古人は『神無月』と称されているが、旧暦であるので、余り私の心に響かない。

煎茶を少し飲んだ後、玄関庭で煙草を喫いながら、薄明るくなった空を見つめた後、樹木を見たりした。

これからの日々、葉の色合いは日増しに紅色、黄色に染められる時節となる。

空の色合いも朝焼け、夕焼けには、雲は赤く染まり、私は美を感じる・・。

このような思っていたら、昨日の昼下がり買い物の帰りに、
住宅街の一角の空き地にコスモスが咲き乱れ、そのはずれにアザミの花を見たのが甦(よみがえ)ったりした・・。

秋日和の中で、たんたんと咲く野花には、私は素直に美を感じ、心を浄化させてくれる。

私の立っている近くに紫式部(ムラサキシキブ)があり、たわわな実は紫色に染められてきている。

こうした情景から、私は秋の深まりを教示して頂く・・。

私は年を重ねた今、秋の時節に心を寄せたりするのが好きである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多感な少女のような天気となり・・♪

2008-05-04 15:53:00 | 定年後の思い
東京の郊外は、曇り空で朝を迎え、
まもなく薄日の射す中、私は11時過ぎに買物に出かけた。

帰路、霧雨が降りだし、家に着いた頃は家内が慌しく洗濯物を取り込んでいた。

30分ぐらい過ぎると、再び薄日となり、そして晴れ間となったので、
家内は再び洗濯物を外に干したりしている。

先程、庭に下り立ち、樹木を眺めながら煙草を喫っていると、
霧雨が降ってきたのである。

私は多感な少女のような天気かしら、と微苦笑したのである。


私は朝から、ここ2週間ばかり夢中になっている別ブログの
【年金青年のたわむれ記~かりそめ草紙~】に
今まで4つのサイトに書き散らかした投稿文を整理、統合している。

先程まで本日45通ばかり投稿をしてきたが、
あと何通本日投稿できるかしら、
と考えたりしている。

そして疲れを感じると、ときおり庭のテラスに下り立ち、
樹木の若葉を眺めながら、煙草を喫ったりしている。

このように私は、少年のように相変わらず熱中している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

されど、パソコン・・♪   《初出2006.9.29.》

2008-05-04 15:15:46 | 定年後の思い
9月の中旬、パソコンの電源がときたま突然に落ちることがあった。

22日(金)に購入元のパソコン量販店のクリニック科に問い合わせをした後、
修理点検を依頼したが、来宅は26日(火)となった。

あるブログをはじめ、パソコンの使用は23日(土)の午後より、一切取り止める事とした。

翌日より、最悪のケースを思って、最新のパソコン状況を確認するために、パソコン量販店に行き、見たりした。

26日(火)に量販店のクリニック科に来宅して貰い、パソコンの実態を調べて貰った結果、
心臓部のキャッシュメモリ、メインメモリの一部でわずかな磨耗があり、部品の交換の話となる。

部品代の概算を訊くと、10万円を超えるので、結局は新製品の購入とした。

ディスクトップ、ノート型は、新調した場合のケースで昨夜まで悩んだが、
安定性と操作性を配慮し、従来通りディスクトップとした。

問題として、壊れかけたパソコンのハードディスクのデータ救済であった。

結果として、強制的に出来うる限り、新機種に移行して貰い、
新機種のパソコンは本日の午前中に自宅に着き、
色々と再設定させるために、先ほどまで時間が掛かったりしている。

操作が覚束ない状態でこのブログを綴りはじめている・・。


私が綴っているパソコンは、昨日到着した富士通のディスクトップである。

ディスプレイは最近流行の20.1型のワイド画面であり、
CPU、メモリ、ハードディスクもある程度最強版となっている。

この一週間前に愛用していた機種は、やはり富士通のディスクトップのタワー型であった。
2001年(平成13年)の秋、定年退職時が2004年(平成16年)秋であったので、
定年後の生活に備えてパソコンを一新した。

この頃の時代は、液晶ディスプレイが普及し始めたであったが、
迷ったりしたが安定性を配慮し、19型のフルフラットCRTとした。
ドライブもCD-R/RWとDVD-RAM/Rの2ドライブ、そしてフロッピー・ディスクも備えたタワー型であったので、
ある程度10年前後は大丈夫かしら、と思ったりしていた。

プリンターも新調し、机、脇机、そして椅子を買い揃え、定年後に備えたりした。

それまで使用していたのは、富士通のノートパソコンを使用していた。
1998年(平成10年)の夏に会社と自宅で使うので購入し、それ相応に使い込んでいたが、
下取りとしてこのノートパソコンを手放した。

昨日、最新の富士通のカタログに、
【本製品には、有寿命部品(LCD、HDD等)が含まれています。
有寿命部品の交換の時期の目安は使用頻度や使用環境等に異なりますが、
一日8時間のご使用で約5年です】
と明示されていたのを読んだりして、苦笑いをしたりした。

何よりWEBの環境がここ10年進化し、ハード、ソフト・メーカーが連動し、飛躍してきたが、
世界の誰が今日の状況を予測できたのが私は問いかけている。

多分、どのお方の予測出来なかった、と思ったりしている。

各分野の専門担当の方達が、時代を先取りしたそれぞれの思考の結晶が、
今日のWEB環境と思ったりしている。


私はあるブログを綴り始めたのは、一昨年の11月の下旬からであるが、
旅行などで投稿できない場合は、事前に綴って折、
今回のようにパソコン本体の故障は初めてであった。

何時もお読み頂いているお方には、この間は申し訳なく、しょげていたのが本音である。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

されど、秋分の日・・♪   《初出2006.9.23.》

2008-05-04 15:13:27 | 定年後の思い
定年退職後になると、家内と私は、私の実家の長兄宅に行き、
仏間にお線香を上げた後、長兄夫婦と他愛無い身過ぎ世過ぎの話などをする。

その後、私達夫婦は花屋に寄り、墓前にお線香とお米をそなえ、
祖先、祖父、父、母などを丁重にうやまい、感謝をする。

お寺を去った後、家内と街中で昼食をし、買い物をし、帰宅するのが、
ここ2年ばかり続いている。

私が40歳前後の時は、母、叔父、叔母が元気であったので、
長兄宅に集まり、甥と共に全員でお寺に行き、お墓参りした後に、長兄宅に戻り、
昼食を頂きながら、よもやま話をしたりしていた。

3時過ぎに散会となったりしていたが、ここ20年に過ぎた今は、
母、叔父達は亡くなり、甥の2人はそれぞれ結婚をして、独立した家庭を持っている。

時の流れが、余りにも早いと感じたりしている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金木犀の香りにつつまれて・・♪   《初出2006.9.22.》

2008-05-04 15:11:15 | 定年後の思い
昨日の朝、家内が
『金木犀(キンモクセイ)の花が咲いたわ・・』
と朝の挨拶代わりに言った。

私は庭先に下りて、居間に近い1本の金木犀から、10メートル離れていても芳香が漂っている。

5日前頃から、莟(つぼみ)も膨らんで折、何時咲くのかしら、と思っていたりしていた。

花が咲き始めたので、日中は庭の手入れをした。
特に、金木犀の2本の樹木の周囲は丁寧にした。
花がはらはらと地上に舞い降りる時は、しっとりとした黒土が望ましい、
とここ30年思い続けているからである。

落下した花びらが、樹木の周辺を橙黄色に染めて、私はひとつの美を感じたりしている。

東京の郊外に私は住んでいるが、
周辺のお宅でも、金木犀の香りが漂う時は、秋の彼岸の頃が多い。

金木犀、沈丁花の香りは、
20、30代のお洒落な香水をつけた女性を思い、
白梅、日本水仙の香りは、
40、50代のほのかな匂いの女性を私は感じたりしている。

女性にうとい私は、こうようにして早春と秋のおどずれの花を見詰めたりしている。

東京の郊外は、おだやかな晴れ間となっている。
明日は、お墓参りの日でもある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋日和のひとときは・・♪   《初出2006.9.21.》

2008-05-04 15:08:52 | 定年後の思い
東京の郊外は、ここ数日澄み切った秋空の晴れ間となっている。

午後のひとときは、文春文庫の【世界の都市の物語】を読んだりしている。
ここ数日は、猿谷 要・著『ニューヨーク』を読んで、
人々の営みの集積の歩みである都市形成、そして変貌の時代を改めて教示させられ、
こうした歴史にひそんだその時代を想像をめぐらしている・・。

この【世界の都市の物語】シリーズは、『カイロ』、『パリ』、『北京』、『ソウル』と、
平成10年前後に購入して、通勤の行き来に読んだりしていた。

今回は、再読し始めたが、その頃に認識できなかったことも改めて教示を受けたりしている。

何事もそうであるが、想像力が乏しい場合は、私の不勉強と思ったりしている。

そして、読書をしていて、疲れたと思ったら、
秋にうつろいはじめた庭の樹木、草花を見たりしている。

その後、昼寝をする時もある。

ときたま、秋日和の陽射しを受けて、庭の手入れに専念することもあれば、
買い物の行きに少し遠廻りして、遊歩道の周囲の季節のうつろいを感じたりしている。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

定年退職後、2年が過ぎれば・・♪  《初出2006.9.20.》

2008-05-04 15:02:48 | 定年後の思い
私は10月下旬になれば、定年退職後、丸2年が終わり、
3年生を迎えようとしている。

定年退職の前後は、家内の父が死去したので、この前後は何かと慌しかった。

それでも定年退職後の直後の1ヶ月は、ときおり平日の日中に散策していると、
このような贅沢をしてよいのだろうか、
と思ったりしていた。

私は退職の5年前頃から、退職後は自分の自由自在な生活をしたく、
我が家の財政状態を家内と話し合ったりした。
その中に、自分達は退職後の生活の基本方針として何をしたいのか、
最優先の課題であることはいうまでもない。

多くのサラリーマンの人達と同様に、平日は睡眠時間を削って、
最後の5年を勤め、定年を迎えた。

退職後、先輩達の多くと同様に単純に私は失業保険を頂こうとしたが、
この頃の時代は失業者が増えて時であり、
このお方達の勤労意欲の熱意をニュースで知るたび、失礼と思い、
失業保険の手続きは辞退した。

家内との共通の趣味は、国内旅行である。
これ以外は、お互いの趣味を大切にしょう、とした。

私は小説、随筆、歴史書、現代史など書物を読んだり、
VCT、DVDの映画、ドキュメンタリーを家で観たり、
カセット、CDの音楽を聴いたり、
VCT、DVDの音楽を視聴するのが楽しみだった。

そして、この間に文章を綴り、何らかの形で公表ができたら、
と漠然に思ったりしていた。


我が家では、日常生活は分担している。

家内は料理、掃除、洗濯をしてくれるので、
私は買い物、ときたま庭の手入れをしている。
私の分担が少ないので、すまないと思い、朝の茶坊主をしている。

私は起床後、煎茶を淹れて、少し飲んだ後は玄関庭で煙草を喫ったりしている。
朝刊を取りいれた後、コーヒーと牛乳をそれぞれのマグカップに入れ、
目覚めた家内の枕元に置く。

煙草に関しては、退職後にパソコンの横にお盆に載せた煎茶と灰皿を置き、喫ったりしていた。
或いは新聞を読んだり、テレビを観たりするときも同様であった。

晩秋になると暖房をするので、煙草で空気の汚れが酷(ひど)く感じて、
換気する為に、窓を開けたり閉めたりした。

これではいけないと思い、家の中では煙草を喫わないと宣言し、
庭先などで喫いはじめた。
通称、ほたる、となった。
春の蛍、秋の蛍と四季蛍である。
庭の樹木、草花を眺めながら、その時の思い考えたりし、煙草を喫ったりしている。

退職後の数ヶ月は、会社のことも考えたりしたこともあったが、
すべて想い出の出来事に心が変化してきた。

あの時は、あんなこともあった、と蘇(よみがえ)ることがあるが、
あの現役時代の勤務内容、スケジュールは苦戦もしたが、
私なりに何とか及第点と思っている。

現役時代は勤務の関係から、音楽主体であり、流行の歌などに注視していた。

ここ数年の音楽は分からなくなった代わりに、
これ以前の音楽は、ときおり聴いている。

退職後、朝の陽射し、昼下がり、夕暮れなどのうつろいが楽しみとなり、
そして雑木の四季の彩りに心を寄せたりしている。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遠くからビアノの音が聴こえて・・♪   《初出2006.9.19.》

2008-05-04 14:57:11 | 青年時代の想いで
東京の郊外は、午後3時過ぎに雨があがり、
薄日の射す中、樹木の枝葉から枝へと微風が流れている。

居間に戻ると、近所のお宅からピアノの音色が聴こえてきた・・。

女の子の弾くバイエルの何番かしらと思っていた時、
東京オリンピックの少し前頃が蘇(よみがえ)ってきた・・。

あの頃は大学生の身であり、今もあるが程遠くない所に音楽専門学校がある。

近所の家では、親戚の娘と云われた方が、下宿していた。

バイオリンの音色が、ある一定時刻に聴こえてきた。
練習をされているらしく、今日はスムーズに聴こえている、
と感じたりしていた。

まもなく卒業したらしく、音色が途絶えた・・。

数年後、新聞で有数なバイオリニストになった、と綴られていた。


このころ実家の最寄には、音楽家の夫婦が引っ越しされてきた。

ご主人は日本の交響楽団でオーボエを担当され、
奥様はピアニストと風の噂で聞こえてきた。

日中からピアノの音色が聴こえ、
私なりにそのピアノ独奏曲を覚えてしまった。
私が10数曲覚えた頃、海外に行かれたと後日、聞いたりした。

私が23歳になると、このお方は国内の有数なホールでピアノ独奏会を開催するまでになった。

数年後、レコード会社でレコードを3枚録音し、
ご主人と離婚され、小高い丘陵に一軒屋を構えて、生活されている。

私はこのピアニストが著名になる前、
ピアノの練習で聴こえてきた音色を懐かしく想いだしている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まとまりのない庭・・♪    《初出2006.9.17.》

2008-05-04 14:54:16 | 現役サラリーマン時代の想いで
昨日、庭の手入れを日中していたが、多少小奇麗な庭となった。

先程、庭に下り立ち、煙草を喫いながら、まとまりのない庭と思ったりした。

敷地が変形なので、家屋を配置した結果、玄関庭と主庭となった。
若い30半(なか)ばの勢いで、茶室まで設けてしまったので、造園の予算がなくなった。

止む得ず、遠い親戚の小父さんが植木業をしているので、
ある程度の額を包み、雑木を植えて貰った。

そして、実家の兄宅より雑木を10種類前後頂き、自己流に植え込んだりした。

草花は家内が植えて、私達は散歩の折、園芸店で樹木、草花を買い求めたりした。

かぼそかった雑木も4年過ぎると、それなりに枝葉を伸びはじめた・・。


7年も過ぎると、虫が付き枝葉がまばらになる珊瑚樹(サンゴジュ)の三本を切り倒し、
大きく育ったユズリハの2本は庭のバランスが崩れるので、止む得ず伐った。

枝葉の剪定は私なりに勝手にしていたが、全般的に大きくなった。


定年退職の5年前、退職後の体力の衰えも考えて、
剪定専用の高枝バサミが届く程度の高さに留めよう、と家内と話し合った。

植木屋さんに4メートル前後に調整してほしいと依頼し、
後日、会社から11時過ぎに帰宅したら、
『貴方・・庭の樹・・驚くわよ・・』
と家内は言った。

深夜の暗い主庭を観ると、主木に枝がある程度になり、
短い丸太に枝を付けたようになっていた。

剪定された枝葉は、トラック3台となり、廃材処分料には、それ相当の額となった。

このように短めとなった雑木は、数年過ぎるとそれなりの樹形となり、
植木屋さんの剪定バランスを忠実に守って私なりに手入れをしている。


人様に観せるほどの庭ではないが、
まとまりのない庭なりに、苦楽の30年間を見られてきたので、それなりに愛着もある。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋日和のひとときは・・♪    《初出2006.9.16.》

2008-05-04 14:50:18 | 定年後の思い
東京の郊外は、午前中は晴れ間となり、午後から曇り空が予測され、
22度前後の過ごしやすい日中を迎える。

庭の樹木の枝葉、草花は秋の色合いに染められてきている・・。

まもなく金木犀(キンモクセイ)の花咲く時節を迎えるので、
日中は庭の手入れに専念しょうとしている。

一年のわずかなひとときに香りをもたらす金木犀に敬意を示し、
風情、情感を甘受するには小奇麗な状況が前提となる。

主庭の枝葉には、おだやかな秋の陽射しが差し込んでいる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋雨の降る日々・・♪    《初出2006.9.14.》

2008-05-04 14:43:55 | 定年後の思い
東京の郊外では、このところ雨の降る日が続いている。

気温も23度前後で肌寒く感じられ、退職後の身の私は、外出は買い物などの最小限とし、
居間から庭を見詰めて、よく降るなぁ、と空を見詰めて呆(あき)れている。

樹木の枝葉、草花は、うるおいを通り過ぎ雨露が滴(した)り落ちている。


先程、玄関庭で煙草を喫つていると、
前方の前のお宅で小学生の女の子が、
玄関を出ようとしていた。

そして空を見詰め、またぁ・・雨・・と云った表情のしぐさをして、
カラフルな雨傘を広げた。

『おはよう・・』
と私は言うと、

『おはよう・・ございます・・』
と女の子は、はにかむように言った。

そして雨の降りしきる中、とぼとぼと通学への道を歩いていった。


私は本を読んだりして過ごすが、
お勤めの方達、通学で学校に通う生徒達、お気の毒な日々と思ったりしている。

そして居間に戻ると、インターネットで『秋雨前線』を検索した。

夏の晴天をもたらす太平洋の高気圧の勢力が、弱まって南海上に退くと共に、
大陸で成長した寒冷な高気圧が日本付近まで南下してくると、
この2つの高気圧の間に停滞前線が生じます。
これが、夏から秋へと移行時に長雨をもたらす秋雨前線です。

また、秋雨前線の北側の高気圧がシベリア大陸で勢力を強めた場合は、
非常に寒冷である為、前線が日本列島を南下すると、
気温が急激に下がることもある。

このように表示されていたので、
シベリア大陸と太平洋にサンドイッチされた日本列島は、
秋雨前線の停滞する中、秋日和が恋しい、と思っていても、
もうしばらく秋雨の続く日々となる。

こうした時は、八代亜紀の『雨の慕情』(作詞・阿久 悠)の、

♪雨々ふれふれ もっとふれ

などは間違っても口ずさんだりしない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする