今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

東大和を歩く

2020年11月08日 | 東京周辺

東大和(ひがしやまと)って言われてもピンと来ない人がいると思うが、都下の(有名な)東村山市と武蔵村山市の間にある市で、都民の水がめの1つ多摩湖(村山貯水池)を擁している(ならここも広義の”村山”の一部といえる。ちなみに”東”大和と名乗ったのは、神奈川県に大和市があるから)。

その多摩湖を抱える狭山丘陵の南側を歩くため、東大和市を訪れた。

※東京に属す多摩湖と埼玉県の狭山湖(山口貯水池)を擁した、関東平野南部に孤然と残る丘陵。もともとは奥多摩の山続きで、南の多摩丘陵とも繋がっていたという。その後、青梅の東側に、南行する多摩川と北行する霞川・不老川で形成された扇状地によって開析されずに残った残丘という。

そもそも、秋の盛りなので本当は紅葉の山に行きたいのだが、狭心症持ちになったのでそれは諦め、ほとんど平地の狭山丘陵歩きにしたわけ。
もう一つ、その狭心症発作の引きがねになったのは、実は、ネットで買ったウォーキングシューズがはき慣れなくて、それを無理して近所を歩いている時だった。
”余裕のある靴”から”ぴったりの靴”に宗旨替えして、ぴったりの靴を買うのだが、最初の数ヶ月は足に合わせるのに痛い思いをしなくてはならない(それを過ぎれば足にぴったり)。
その靴を足に慣らせるためのウォーキングの目的である。

西武多摩湖線の「武蔵大和」駅(なにげにすごいネーミング)に降り立ち、目の前の丘陵を眺めながら、まずは地元の日本画家・故吉岡堅二画伯邸(屋敷風の門)を外から見学し、清水観音堂で本尊を扉の隙間から覗き、丘陵ふもとの円乗院から丘陵の一部を占める都立東大和公園の雑木林の中を歩く。
地面はドングリの実の絨毯。
水源でもある二つ池のベンチで、コンビニで買ったおにぎりを食べ、南進して丘陵を降りて、麓の雲性寺の庚申塔を見る。
付近を歩いて、このへんの駐車料金は月額8000円だとわかる。

東大和市立郷土博物館に立ち寄る。
ここにはプラネタリウムがあり、丁度開演1分前だったが、ヨソ者としては地元の常設展の方を見たい。
多摩湖は大正年間に、人口が爆発的に増えた東京都(市)民の水源として、丘陵内の東西に延びる谷地を水没させてできた人造湖で、立ち退く住民の葛藤の歴史がわかった。
一方、江戸以前の説明は、封建時代=暗黒時代というイデオロギー的視点を出し過ぎているように思う。
吉岡堅二氏についての展示もあった。

博物館の裏手から丘陵に入り、見事な竹林を抜けて、雑木林の中の木道を上下して、鹿島台という多摩湖を構成する東西の貯水池を区切る堰堤の南端に出る。
そこから堰堤となる多摩湖橋を半分まで行って、左右の多摩湖を眺める。
貯水池自体を工事しているようで、特に西側の上貯水池の水が抜かれて、渇水状態になっている。
ここから、南麓の豊鹿島神社に降りる。
ここにはキノコ型の四阿?があり、キノコ好きにはたまらない光景(写真:傘の内側に照明もある)。
この神社は一帯の鎮守で、室町時代の社殿が都の有形文化財になっている。
この神社の入口が青梅街道で、丁度立川駅行きの西武バスが来たので、それに乗り、西武拝島線の「東大和」駅前で降りた(どうもこのあたりは、。東○○と武蔵○○が併用される傾向にある)。

途中、きつい道で胸が詰り気味になったが、痛むほどではなく、また靴もだいぶ足になじんできて、以前のような歩行困難なほどの痛みはなくなったが、まだ爪先がきつい。
靴の足慣らしは今後も必要だ。



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