今週は色々と"楽しみで仕方のない事"を綴ってきたが、何だろう、根本的に不思議な気がしている。どうしてここまで"大船に乗ったつもりで"楽しませて貰える事が確定しているのか、と。
前2作の『光』と『Passion』は宇多田ヒカルのキャリアの中でもとりわけ特別扱いを受けてきた曲だ。『ヒカルの5』では『光』がオープニング・ナンバーだったし、『Utada United 2006』では『Passion』がオープニングで、『光』がエンディングだった。ここまでするとまるで「キングダムハーツで売れた歌手」にみえてくるが、今週みてきたように実際は逆で、『光』も『Passion』もヒカルのキャリアの中では売上の谷間にある楽曲だ。本来なら黒歴史としてそっ閉じされていても文句の言えないポジションだった。それが今や神格化されまくって『誓い』と『Don't Think Twice』のハードルを上げに上げているのだから人生本当にわからない。
いや本当にわからないのはヒカルの態度だな。「エヴァンゲリオン」に関しては本人も元々凄い思い入れが強い作品で、アーティスト活動休止中にも関わらず『桜流し』を制作してきた時は気迫すら感じさせた。タイアップかくあるべしという作品への入れ込みよう。『Beautiful World』と『桜流し』が歴史的な名曲になったとしてもそれは必然的な流れでしかなかった。
それが、「キングダムハーツ」についてはどうだろう。ヒカルがこのシリーズをやりこんだという話はきかない。ヒカルとて全くゲームをやらない訳ではなく、トルネコとかシレンとか、プレイした時はちゃんと発言している。キングダムハーツについても、実際に手にとれば何らかのコメントがあってもおかしくない。それがない。そのまま素直に受け取れば、ヒカルはキングダムハーツに何の思い入れもこだわりもない事になる。
売上だけをみればそれもさもありなんだ。あまり成功しなかったタイアップ、自分もどうも乗り気ではなかったから―と。勿論現実は真逆で、のっけから自分の名前を冠した歌を提供した。気合いが入ってるなんてもんじゃなく、「ゲームと心中した」と言ってもいいレベル。なのにプレイはしていないというこのギャップ。何か、恐ろしい。
実際にプレイしたユーザーたちからは、『光』も『Passion』もゲームに合いすぎていて身震いするとか何とか、神懸かった評価を得ている。知らない身からすれば「ほんまかいな、こんな恋人にフラレタだのという歌詞で?」と思う所なんだが、そう言うんだからそうなんだろう。
ヒカルの「タイアップ力」は近年更に上がっている。『あなた』が「DESTINY 鎌倉ものがたり」のエンディングで流れてきた時は感服してしまった。出来上がった映画を観た上で一年かけて作曲してもあそこまでは行かない、という位にジャストフィットしていた。その現状の力量と過去の(16年前と13年前の)実績を併せて考えれば『誓い』と『Passion』がハズしてくるなんて有り得ない。そう捉えるしかないのである。
この、「思い入れのないゲームと心中して一蓮托生」という奇妙な状況に対する合点のいく解釈は今の私にはまだ無い。将来振り返ってみた時にどんな風景がみえるのか想像もつかない。しかしこの確固たる信頼は揺るぎそうもない。まだまだこの物語は続いていきそうだ。
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『誓い』と『Don't Think Twice』の間違いかな?