林檎嬢の苦労はアングラで時々サブカルめなのにメジャーになってしまった事にあると思っていたが実際にこうやってアルバムを聴いてみると、西洋商業音楽の歴史を概観する事で日本人としてのアイデンティティーに常に向き合わねばならないこと、更に自作自演屋を標榜しつつも自身は(或いは共同制作者の誰かかもわからないが)プロデューサーとしての資質に傾いていることの2点もまた苦悩の源泉なんだろうなぁと想像した。ほんとあんたの生き方は大変だわね。
サブカルかつアングラで、なかなか纏まらない才能あるミュージシャンたちを統合する機能としては、こうなってくると、椎名林檎と較べれば知名度も予算も体質も従って品質もまるで及ばないが、システムとしての優秀さは今や上坂すみれの方が上回っているようにみえる。アングラもサブカルもメジャーでなければなんでもありの趣味の広さが持ち味な彼女だが、林檎嬢に較べてずるいのは、自身が自作自演屋でもなければ日本人としての拘りもない事だ。御存知の方は御存知だろうが彼女は一介の声優に過ぎず、更に度を越したソ連&ロシア・フリークだからだ。
声優なので歌手としてのクォリティーやキャリアに拘泥する必要はないし、日本が潰れたらロシアに行くだけ(上智のロシア語学科を卒業しているので気合が違う)なので日本人の洋楽コンプレックスで遊ぶ事すら出来る。しかもベースが東欧文化なのだから西洋商業音楽を相対化する事すら出来るだろう。まだそこまでいってないけども。言い方は悪いが逃げ道盛りだくさんなので腰掛けのフリをして音楽活動を続ける事が出来る。正直敵わんよ。
なんだかこういう視点でも世代は動いてるんだなぁと痛感せざるを得ず。前向きかどうかはわからないけども。
…という前フリをすれば話の流れはわかるかな。アメリカと日本の2つのルーツ・アイデンティティーをもつとされているヒカルさんの現状はどんなだという話になる訳ですね。御存知の通りイタリア人と結婚して離婚してロンドンに住んでいるヒカルさんの現在の帰属意識はどうなっているのやら。それを改めて考えてみたい、かな? はてさてどうなることやらねー。
| Trackback ( 0 )
|