ユヴァルxヒカル対談、思ってたよりずっと楽しめた。…いきなりの掌返しは予想通りですよねっ。
流石に基本的な問答はほぼ総て想定内だった(自分の中に一通りの想定問答集は整備されているので)が、現代を生きる歴史学者/ベストセラー作家であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が現況をどこからどう眺めているかを知れるのはかなり興味深かった。思うに、彼が正確に現況を把握するのに不足しているのはAI開発者側から見えている景色であって…って話を始めたら長くなるので切り上げるとして。
つまり、ヒカルについても同じことが言えた。現時点でのヒカルがこのテーマについてどこまで洞察を進めているか、知見を加えているのかを知れる絶好の機会となった。つまり、
① 既に過去に問答として経験済みなので即答できた問い
② 過去に訊かれた事はなかったが知見は十分あった為その場で即興で返答できた問い
③ 過去に訊かれた事もなければそれについて考えた事もなかった為返答できなかった問い
の3段階総てを、僅か1時間余りの時間の中で総て見ることが出来たのだ。これはハラリ氏の知的蓄積と、何より知的な誠実さからくる必然的な帰結であって、力量態度とも深く尊敬に値した。ちょっと感動的だったね。
①にあたるものとしてはぼくはくまの歌詞とか釣りの比喩とか鐘の話とか、②は音楽制作するAIの感情と動機へのアプローチの話とか、まぁいろいろあったが、あのヒカルにちゃんと③をぶつけてくれて私は大変色めき立った。それが
「音楽は嘘をつけるか?」
の問いである。
いやぁ、常々ヒカルが「音楽も言語の一つ」と言うのを危なっかしいな、ちゃんと考えてるのかなと疑念を持ってきた私だが、ここまでシンプルな訊き方ができるとは思いついていなかった。まさかこのテーマでハラリ氏に知的に上回られるとは思ってなかったので(完全な油断である)、これには素直に白旗をあげた。彼への評価が大幅に上方修正されたのは言うまでもない。ごめんなさい、侮ってましたm(_ _)m この訊き方を対面インタビューですぐに繰り出せるとは余程このテーマに関して深く考察してきたのだろうなと思わせた。
対するヒカルの返答は「はぐらかし」だった。最近のヒカルにしては、大変、大変珍しい答え方で、「あーお前やっぱりちゃんと考えてなかったんか…」と呆れつつ現状を知れて大変嬉しかった一方で、はぐらかして答えたのが
「(私は)音楽に(対して)嘘はつけない」
という叙述トリックのような内容で、しかもそれがヒカルの音楽家としての真髄の一つだったのだから参った。はぐらかしながら、本来その問いに対して真っ当な答えを返すよりも実りの多いスピーチをかましたのだからおののいた。
ハラリ氏からしてみれば、極東のポップスターのおねーちゃんなんて知る由もないはずなのに、彼は最初からヒカルへのリスペクトを欠かさずに居た。どれくらい予めHikaru Utadaを知っていたかはわからなかったが、ヒカルを大した音楽家と見定め、この機会に音楽家からみた景色を吸収できたらというのが彼の狙いだったはずだ。しかし、予想以上にヒカルはこのテーマに関して知識も知見も理解も豊富で、非常に理想的な返答をしていたのだが、それが逆に「音楽家でなくても聞ける話」になりかねなかった。
そこに、「ヒカルが答えられない問い」をしてみたら「本来私(ハラリ氏)が彼女から聞きたかった、“音楽家ならではのスピーチ”」を返してくれたのだから、不意打ちにも程がある。お見事だった。彼も満足したと思う。勿論、その点は彼に訊いてみないとわからないことだけど。
そうなのよね、ヒカルは追い詰められた時にいちばんその力を発揮するのよね。『気分じゃないの(Not In The Mood)』の作詞みたいにね。その様子をまざまざと映像と音声でみせつけられたのだから、本当に貴重な対談だったと言わざるを得ない。NewsPicksのこの企画を実現させてくれた皆々様や関係者の方々、どうもありがとうございました!